10 / 67
第一章
タンベット男爵家からの救出、そして保護2
しおりを挟む
とくん、とくん、と心臓の音が、包み込まれ、胸に抱かれたせいで触れあった耳か伝わってくる。安心する――……。
どれだけそうしていただろう。
ふいに、ユリウスが馬車についた小窓のカーテンを開けた。窓の向こうは土砂降りの雨で、それに気付いてから、さきほどまで静かだと思っていたのに、馬車の天井からも雨の粒の打ち付ける音がひっきりなしに響いているのを知った。
レインが腫れぼったい目でぱち、ぱち、と窓の外を見る。
「そろそろだよ」
そうユリウスに言われて、目を凝らすと明かりが見えた。レインは邸から外に出たことがないから、街灯を見てもそれを街灯だと理解できなかった。ユリウスに、あの明かりは街灯だよ、と教わって、やっとそれが道しるべの明かりなのだと知った。
たくさんの街灯が導くように道を照らしている。
「あれが今日泊まるホテルだよ」
遠目で見た「ほてる」は、ひょっとしたら領主の館より大きいかもしれない。
馬車を飛ばして二つ向こうの大きい街に来たのだ、と教えられて、レインは今自分が館の外にいるのだ、と自覚した。
ユリウスに抱かれて入ったホテルの天井は首が痛くなるほどに高かった。
まばゆく高価なガラスがふんだんに使われたシャンデリアが、ホテルのエントランスを明るく照らす。ホテルの前に公爵家の馬車がついた時点で集まってきていたのか、ホテルの執事やメイドが入り口に勢ぞろいして、レインたちを出迎える。
「いらっしゃいませ、アンダーサン公爵閣下、ご子息様、それから……」
ホテルのオーナーだろうか。ひとり立派なスーツを着こなした初老の男性は、はユリウスの腕に抱かれている小さなレインを見て、おや、と肩眉をあげた。
「レインだ。僕たちの大切な姫君だから、相応の対応を頼む」
「なるほど、承知いたしました。誰か、温かいお湯と、たくさんの清潔なタオルを。お嬢様にぴったりのワンピースも用意しなさい」
「はい、オーナー」
ユリウスの言葉で、ホテルの従業員たちがレインに向けるまなざしが一斉に変わった。そこに好奇の色なんてみじんもない。彼らの目には、その瞬間、レインは哀れなみずぼらしい少女ではなく、敬うべき上等な宿泊客のひとりとなったらしかった。
従業員たちがきびきびとした動きでレインのためのものを準備し始める。レインはそれを不思議な気持ちになって見つめた。
「ひめ、ぎみ」
「姫君だよ。レイン。君は僕らのお姫様なのだから」
「で、でも、ユリウスさま」
レインは戸惑ってユリウスを見上げた。そうして、隣にいるアンダーサン公爵と交互に見る。
「どうしたんだい?レイン」
「こ、公爵様。私、は……」
「はは、急に姫君と言っては緊張してしまうかな。でも、レイン、君は我々がずっと探していた大切なひとなんだ。詳しいことはまた別の機会に教えてあげようね。まずは体を清潔にして、温かくしよう。ほら、部屋に案内してもらうから」
アンダーサン公爵はにこにこと笑ってレインのごわごわの髪を撫でた。
一瞬いたましいような目になって、けれどその色は優しいまま。
レインは小さくは、と息を吐いた。
「父上、レインは小さくとも淑女ですよ。あまりべたべた触らないでください」
「ええ……お前は抱いているのに……」
「僕はいいのです」
ユリウスがつんと顎をあげる。
アンダーサン公爵は弱ったような顔をしてユリウスを見て、そんな二人の仕草が不思議で、レインは目を瞬いた。
どれだけそうしていただろう。
ふいに、ユリウスが馬車についた小窓のカーテンを開けた。窓の向こうは土砂降りの雨で、それに気付いてから、さきほどまで静かだと思っていたのに、馬車の天井からも雨の粒の打ち付ける音がひっきりなしに響いているのを知った。
レインが腫れぼったい目でぱち、ぱち、と窓の外を見る。
「そろそろだよ」
そうユリウスに言われて、目を凝らすと明かりが見えた。レインは邸から外に出たことがないから、街灯を見てもそれを街灯だと理解できなかった。ユリウスに、あの明かりは街灯だよ、と教わって、やっとそれが道しるべの明かりなのだと知った。
たくさんの街灯が導くように道を照らしている。
「あれが今日泊まるホテルだよ」
遠目で見た「ほてる」は、ひょっとしたら領主の館より大きいかもしれない。
馬車を飛ばして二つ向こうの大きい街に来たのだ、と教えられて、レインは今自分が館の外にいるのだ、と自覚した。
ユリウスに抱かれて入ったホテルの天井は首が痛くなるほどに高かった。
まばゆく高価なガラスがふんだんに使われたシャンデリアが、ホテルのエントランスを明るく照らす。ホテルの前に公爵家の馬車がついた時点で集まってきていたのか、ホテルの執事やメイドが入り口に勢ぞろいして、レインたちを出迎える。
「いらっしゃいませ、アンダーサン公爵閣下、ご子息様、それから……」
ホテルのオーナーだろうか。ひとり立派なスーツを着こなした初老の男性は、はユリウスの腕に抱かれている小さなレインを見て、おや、と肩眉をあげた。
「レインだ。僕たちの大切な姫君だから、相応の対応を頼む」
「なるほど、承知いたしました。誰か、温かいお湯と、たくさんの清潔なタオルを。お嬢様にぴったりのワンピースも用意しなさい」
「はい、オーナー」
ユリウスの言葉で、ホテルの従業員たちがレインに向けるまなざしが一斉に変わった。そこに好奇の色なんてみじんもない。彼らの目には、その瞬間、レインは哀れなみずぼらしい少女ではなく、敬うべき上等な宿泊客のひとりとなったらしかった。
従業員たちがきびきびとした動きでレインのためのものを準備し始める。レインはそれを不思議な気持ちになって見つめた。
「ひめ、ぎみ」
「姫君だよ。レイン。君は僕らのお姫様なのだから」
「で、でも、ユリウスさま」
レインは戸惑ってユリウスを見上げた。そうして、隣にいるアンダーサン公爵と交互に見る。
「どうしたんだい?レイン」
「こ、公爵様。私、は……」
「はは、急に姫君と言っては緊張してしまうかな。でも、レイン、君は我々がずっと探していた大切なひとなんだ。詳しいことはまた別の機会に教えてあげようね。まずは体を清潔にして、温かくしよう。ほら、部屋に案内してもらうから」
アンダーサン公爵はにこにこと笑ってレインのごわごわの髪を撫でた。
一瞬いたましいような目になって、けれどその色は優しいまま。
レインは小さくは、と息を吐いた。
「父上、レインは小さくとも淑女ですよ。あまりべたべた触らないでください」
「ええ……お前は抱いているのに……」
「僕はいいのです」
ユリウスがつんと顎をあげる。
アンダーサン公爵は弱ったような顔をしてユリウスを見て、そんな二人の仕草が不思議で、レインは目を瞬いた。
23
お気に入りに追加
1,943
あなたにおすすめの小説

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?
桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。
だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。
「もう!どうしてなのよ!!」
クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!?
天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
21時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~
湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。
「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」
夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。
公爵である夫とから啖呵を切られたが。
翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。
地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。
「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。
一度、言った言葉を撤回するのは難しい。
そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。
徐々に距離を詰めていきましょう。
全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。
第二章から口説きまくり。
第四章で完結です。
第五章に番外編を追加しました。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

噂の悪女が妻になりました
はくまいキャベツ
恋愛
ミラ・イヴァンチスカ。
国王の右腕と言われている宰相を父に持つ彼女は見目麗しく気品溢れる容姿とは裏腹に、父の権力を良い事に贅沢を好み、自分と同等かそれ以上の人間としか付き合わないプライドの塊の様な女だという。
その名前は国中に知れ渡っており、田舎の貧乏貴族ローガン・ウィリアムズの耳にも届いていた。そんな彼に一通の手紙が届く。その手紙にはあの噂の悪女、ミラ・イヴァンチスカとの婚姻を勧める内容が書かれていた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる