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第一章
タンベット男爵家からの救出、そして保護2
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とくん、とくん、と心臓の音が、包み込まれ、胸に抱かれたせいで触れあった耳か伝わってくる。安心する――……。
どれだけそうしていただろう。
ふいに、ユリウスが馬車についた小窓のカーテンを開けた。窓の向こうは土砂降りの雨で、それに気付いてから、さきほどまで静かだと思っていたのに、馬車の天井からも雨の粒の打ち付ける音がひっきりなしに響いているのを知った。
レインが腫れぼったい目でぱち、ぱち、と窓の外を見る。
「そろそろだよ」
そうユリウスに言われて、目を凝らすと明かりが見えた。レインは邸から外に出たことがないから、街灯を見てもそれを街灯だと理解できなかった。ユリウスに、あの明かりは街灯だよ、と教わって、やっとそれが道しるべの明かりなのだと知った。
たくさんの街灯が導くように道を照らしている。
「あれが今日泊まるホテルだよ」
遠目で見た「ほてる」は、ひょっとしたら領主の館より大きいかもしれない。
馬車を飛ばして二つ向こうの大きい街に来たのだ、と教えられて、レインは今自分が館の外にいるのだ、と自覚した。
ユリウスに抱かれて入ったホテルの天井は首が痛くなるほどに高かった。
まばゆく高価なガラスがふんだんに使われたシャンデリアが、ホテルのエントランスを明るく照らす。ホテルの前に公爵家の馬車がついた時点で集まってきていたのか、ホテルの執事やメイドが入り口に勢ぞろいして、レインたちを出迎える。
「いらっしゃいませ、アンダーサン公爵閣下、ご子息様、それから……」
ホテルのオーナーだろうか。ひとり立派なスーツを着こなした初老の男性は、はユリウスの腕に抱かれている小さなレインを見て、おや、と肩眉をあげた。
「レインだ。僕たちの大切な姫君だから、相応の対応を頼む」
「なるほど、承知いたしました。誰か、温かいお湯と、たくさんの清潔なタオルを。お嬢様にぴったりのワンピースも用意しなさい」
「はい、オーナー」
ユリウスの言葉で、ホテルの従業員たちがレインに向けるまなざしが一斉に変わった。そこに好奇の色なんてみじんもない。彼らの目には、その瞬間、レインは哀れなみずぼらしい少女ではなく、敬うべき上等な宿泊客のひとりとなったらしかった。
従業員たちがきびきびとした動きでレインのためのものを準備し始める。レインはそれを不思議な気持ちになって見つめた。
「ひめ、ぎみ」
「姫君だよ。レイン。君は僕らのお姫様なのだから」
「で、でも、ユリウスさま」
レインは戸惑ってユリウスを見上げた。そうして、隣にいるアンダーサン公爵と交互に見る。
「どうしたんだい?レイン」
「こ、公爵様。私、は……」
「はは、急に姫君と言っては緊張してしまうかな。でも、レイン、君は我々がずっと探していた大切なひとなんだ。詳しいことはまた別の機会に教えてあげようね。まずは体を清潔にして、温かくしよう。ほら、部屋に案内してもらうから」
アンダーサン公爵はにこにこと笑ってレインのごわごわの髪を撫でた。
一瞬いたましいような目になって、けれどその色は優しいまま。
レインは小さくは、と息を吐いた。
「父上、レインは小さくとも淑女ですよ。あまりべたべた触らないでください」
「ええ……お前は抱いているのに……」
「僕はいいのです」
ユリウスがつんと顎をあげる。
アンダーサン公爵は弱ったような顔をしてユリウスを見て、そんな二人の仕草が不思議で、レインは目を瞬いた。
どれだけそうしていただろう。
ふいに、ユリウスが馬車についた小窓のカーテンを開けた。窓の向こうは土砂降りの雨で、それに気付いてから、さきほどまで静かだと思っていたのに、馬車の天井からも雨の粒の打ち付ける音がひっきりなしに響いているのを知った。
レインが腫れぼったい目でぱち、ぱち、と窓の外を見る。
「そろそろだよ」
そうユリウスに言われて、目を凝らすと明かりが見えた。レインは邸から外に出たことがないから、街灯を見てもそれを街灯だと理解できなかった。ユリウスに、あの明かりは街灯だよ、と教わって、やっとそれが道しるべの明かりなのだと知った。
たくさんの街灯が導くように道を照らしている。
「あれが今日泊まるホテルだよ」
遠目で見た「ほてる」は、ひょっとしたら領主の館より大きいかもしれない。
馬車を飛ばして二つ向こうの大きい街に来たのだ、と教えられて、レインは今自分が館の外にいるのだ、と自覚した。
ユリウスに抱かれて入ったホテルの天井は首が痛くなるほどに高かった。
まばゆく高価なガラスがふんだんに使われたシャンデリアが、ホテルのエントランスを明るく照らす。ホテルの前に公爵家の馬車がついた時点で集まってきていたのか、ホテルの執事やメイドが入り口に勢ぞろいして、レインたちを出迎える。
「いらっしゃいませ、アンダーサン公爵閣下、ご子息様、それから……」
ホテルのオーナーだろうか。ひとり立派なスーツを着こなした初老の男性は、はユリウスの腕に抱かれている小さなレインを見て、おや、と肩眉をあげた。
「レインだ。僕たちの大切な姫君だから、相応の対応を頼む」
「なるほど、承知いたしました。誰か、温かいお湯と、たくさんの清潔なタオルを。お嬢様にぴったりのワンピースも用意しなさい」
「はい、オーナー」
ユリウスの言葉で、ホテルの従業員たちがレインに向けるまなざしが一斉に変わった。そこに好奇の色なんてみじんもない。彼らの目には、その瞬間、レインは哀れなみずぼらしい少女ではなく、敬うべき上等な宿泊客のひとりとなったらしかった。
従業員たちがきびきびとした動きでレインのためのものを準備し始める。レインはそれを不思議な気持ちになって見つめた。
「ひめ、ぎみ」
「姫君だよ。レイン。君は僕らのお姫様なのだから」
「で、でも、ユリウスさま」
レインは戸惑ってユリウスを見上げた。そうして、隣にいるアンダーサン公爵と交互に見る。
「どうしたんだい?レイン」
「こ、公爵様。私、は……」
「はは、急に姫君と言っては緊張してしまうかな。でも、レイン、君は我々がずっと探していた大切なひとなんだ。詳しいことはまた別の機会に教えてあげようね。まずは体を清潔にして、温かくしよう。ほら、部屋に案内してもらうから」
アンダーサン公爵はにこにこと笑ってレインのごわごわの髪を撫でた。
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レインは小さくは、と息を吐いた。
「父上、レインは小さくとも淑女ですよ。あまりべたべた触らないでください」
「ええ……お前は抱いているのに……」
「僕はいいのです」
ユリウスがつんと顎をあげる。
アンダーサン公爵は弱ったような顔をしてユリウスを見て、そんな二人の仕草が不思議で、レインは目を瞬いた。
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