元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

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第一章

赤い瞳の奴隷2

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 それなら――それなら、こんな目、持って生まれたくなかった。

 一度死んで、生まれなおして、普通の目が欲しい。
 お嬢様がまだ何かを言っている。けれどうまく聞き取れない。

 すすり泣くレインが、徐々に反応を失っていくのが面白くないのか、時折傘でレインをつつきながら、甲高い罵声を浴びせてくる。

 ぜえぜえと息をする、熱のあるレインの手当てをするなど、考えてもいないのだろう。今までもずっとそうだった。
 レインは悲しくて悲しくて、今すぐ消えてしまいたいとすら思った。けれどレインは頑丈で、どんなに弱ってもいつも生還してしまう。

 それが苦しかった。
 それから、お嬢様はレインが気を失うまでそこにいたように思う。

 気が付けばお嬢様の気配は消えていて、レインがはっと目を覚ましたのは、あたりがすっかり薄暗くなったころだった。

 傷の痛みと熱でのどがカラカラに乾いていたから、レインはそっと体を起こした。
 遠くの館から漏れ聞こえる音楽と、見える明かりにまぶしく目を細め、レインは少しだけ、とこっそり干し草小屋を出た。

 どうにかして、公爵親子にパトリシアお嬢様のたくらみを知らさねばならない、と思った。
 だって、お嬢様がどんなことをするかわからないけれど、好きでもない相手と結婚するなんてかわいそうだ。どうせ、レインが罰を受けるだけなのだから、大丈夫。
 干し草小屋の外には、ざあざあと雨が降っていた。

 ごくりと喉を鳴らし、雨水を両手にためてすすると、少しだけ喉の熱さが和らぐ気がした。
 夢中になって雨水を飲んでいると、小さくぱしゃ、という足音が聞こえた。ご主人様かお嬢様か、それとも別の使用人か……。その誰だったとしても、干し草小屋から出ていることがばれたら、公爵親子にたくらみを知らせるどころではない。

 そう思ってレインは物陰に隠れようと身を小さくかがませるが、レインの不審な様子に気付いたのか、足音の主はぴたりとその動きを止め、レインに向けてだろうか、戸惑ったように言葉を紡いだ。

「君、どうして……そんなところにいるんだい?濡れてしまうよ、こちらへおいで」

 優しい声だった。レインの姿がよく見えていないのだろう。レインに向かって傘をさし出して、館の光を背ににっこりとほほ笑んだ。ように見えた。
 暗くて、レインにも声の主の顔はよく見えない。けれど、傘をさし出されたのは初めてで、レインは驚いて体をこわばらせた。

「……?どうして来ないの?」
「わ、私は、奴隷なので。奴隷なので、お客様の傘になんて入れません」

 声の主である――おそらくは――少年は領主の使用人ではなかった。使用人にしては、レインに向ける声も態度も優しすぎた。
 そう思ってレインが固辞すると、少年は息を呑んだ。

「タンペット男爵は君を奴隷として扱っているのか!?」
「……ぇ、あ」

 レインはこくん、と頷いた。
 レインの肯定に、少年は驚き、そして怒っているように見えた。

「奴隷はもうずいぶん前に禁止されたはずだ。タンベット男爵はどうして君を……」

 少年が声を荒げる。けれど、そこにパトリシアお嬢様のような恐ろしさはなかった。
 レインのために怒ってくれていたからだろうか。

 レインは前髪の中に隠れてしまった目をぱちぱちと瞬いて、少年の、レインより頭二つ分大きい背を見上げた。
 その時だった。一瞬だけ、さあっと雨が途切れた。雲が風に吹かれて、その位置をずらしたのだ。わずかに訪れた湿った晴れ間の中、ぽっかりとした月明かりがレインと、少年の姿を照らした。

 少年は、美しかった。まるで遠目に一度だけ見たことのあるガラス細工の人形のようだった。
 紺碧の髪に、炯々と輝く青い瞳。眼鏡越しのまなざしは透き通って、驚いたようにレインを見つめている。
 すっと通った鼻梁に、はっきりとした目鼻立ち。こんなに美しいひとが存在するのか、と思うほどきれいな少年だった。彼は、見惚れているレインの両肩をがしりと掴んで、小さく「レイン……?」とつぶやいた。
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