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第一章
赤い瞳の奴隷1
しおりを挟む目が覚めると、干し草小屋に寝かされていた。
レインは小さく息をつき、まだ熱っぽい体をゆっくりと起こした。
(……また、死ねなかった)
レインは自分がまた生きながらえていることに気付いて、うなだれるようにうつむいた。
死んでしまったほうが楽なんじゃないか、そう思い続けて今日も生きている。
それなのにレインのこの体はやたらと丈夫で、レインに安息を許してくれはしなかった。
レインが何事もあきらめるように受け入れてしまうのは、このずっとレインに付きまとう希死観念のせいなのかもしれない。
足を引き寄せて、小さくうずくまる。
と、同時に、誰かが干し草小屋の入り口からぬうと顔を出した。
「ご主人様……?」
レインはかすれた声で己の主人――領主を呼んだ。
レインに呼ばれた領主はレインの声にわざとらしく嫌な顔をして、まるでレインに話しかけることが唾棄すべきことであるというように足で蹴った。
「きゃ……!」
「この死にぞこないが。パトリシアの命令をこなさなかったらしいな!」
パトリシアというのは領主の娘のことだ。パトリシアの人形を見つけられなかったことをなじられているらしい。
レインは目を伏せ、領主の足蹴を耐えるようにおとなしく受けいれた。
がん、がん、と何度も蹴られる。ただでさえ弱った体が傷だらけになっていく。
ひとしきりレインを痛めつけてしっかりしたのか、領主はふうと一息ついて、レインを睥睨した。
「名無し、命令を聞かなかった罰だ。今日はそこから出ることを禁じる」
「はい……」
レインはのろのろと顔をあげ、そして地面に顔をこすりつけた。
その上から足を乗せられ、レインの口に土が入る。じゃり、と口の中に広がった、苦みに近い味。それにレインはえずきそうになった。
レインの頭を足蹴にして満足したらしく、領主はレインにもう一度「役立たず!」と吐き捨てて干し草小屋から出て行った。
ぐしゃ、と崩れ落ちるように横たわったレインの頭に、きゃらきゃらとした甲高い笑い声が降ってくる。パトリシア――お嬢様だ。
「無様ねえ、名無し。ない人形を探して体調を崩すなんて、かわいそう」
お嬢様の白い手袋をした手が、レインの前髪を掴んで持ち上げる。
痛みに思わずしかめられたレインの顔をひとつ張って、お嬢様は表情を消した。
「死んじゃえばよかったのよ、あんたなんか」
ぱん。ぱん。とお嬢様がレインの頬を平手でたたく。
「血の色みたいな汚い目の色。忌々しいわ」
レインは、殴られすぎてすっかり腫れた目元に爪を立てられ、ぐう、と呻いた。
しばらくレインの苦しむ顔を見ていたお嬢様は、レインの髪を放り捨てるように振り払ってにっこりとほほ笑んだ。
「でも今日は許してあげる。私は優しいもの」
お嬢様の傘がレインの隣に突き立てられる。
「今日は王都から公爵様が来るの。そのご子息もね。私は辺境領主の娘だけど、わざわざ私たちの領に来るのだもの。うまくやれば、私と結婚してくださる可能性もゼロではないのよ」
そう言うお嬢様の目には、なにかたくらみのようなものが見えた。レインは心がざわつく心地がして、それをどうにか止めねば、と思った。けれど、できなかった。レインの心に、お嬢様への恐怖がじわりと染みついていたからだ。
お嬢様は自身が公爵のご子息を陥れ、公爵のご子息の意に沿わぬプロポーズを受けるのを想像したのか、その場で嬉しそうにくるりと回った。
そうして、今も地べたに這いつくばったままのレインを見てにやりと笑う。
「ま、あんたには関係ないけれど」
レインは倒れ伏したまま、じくじくと痛む傷を抱えてぼんやりとお嬢様を見上げた。
(どうして私はこんなに、この人たちから嫌われているんだろう)
物心がついたときにはすでにこうだった。
愛されているお嬢様を見れば、レインの受けている仕打ちが普通ではないことくらい分かる。
汚い奴隷だから?それとも、ご主人様たちが揃ってきみが悪いという、この血のように真っ赤な色をした目がいけないのだろうか。
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