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第一章
奴隷だった女の子1
しおりを挟む――雨の日に見つけたから、君はレインというんだよ――……。
そう言って、優しく頭を撫でてくださった、あのあたたかい手を覚えている。
昔のレインはいつもおなかをすかせていた。そもそもレインはレインという名前でもなく、ただ名無しと呼ばれる存在だった。
名無し――レインは、ぼろぼろの、擦り切れた麻袋で作った服を着ていた。泥で汚れている顔は、レインの飼い主である領主、その娘の手によるものだ。
レインは、領主一家の奴隷であったが、物のように扱われたことはほとんどなかった。
物扱いならまだましだった。レインは、領主一家の憂さ晴らしの道具で、そこにあるだけでいとわしいなにかだった。
この邸に奴隷はレインしかおらず、だからなのか、レインは使用人たちからも苛立ちのはけ口として扱われていた。今日はお嬢様に、雨の中、沼の中に人形を落としたと言って探させられた。お嬢様が一人でこんなところに人形を持ってくるわけがない。嘘だというのは明らかなことだったが、断ることは許されない。
レインは奴隷だからだ。お嬢様はレインを沼に突き飛ばし、レインの髪が泥で汚れるのを見て喜び、うふふ!と声をあげた。
「名無し!ちゃんと探しなさいよ!見つけないと、食事抜きだからね!」
「……はい、お嬢様」
静かにそう口にしたレインに、お嬢様は何が気に入らなかったのだろう。手にしたかさの先でレインをつついた。つつかれて転んだレインは、泥の中に頭から突っ込んだ。
お嬢様はそれに満足したようににんまり笑ったが、それでかさの先が汚れたのが気に食わなかったらしい。
「あんたのせいでかさが汚れたわ!許さない!名無しのくせに!」
その場に落ちていた石を投げつけられ、それは力なく泥に沈むレインの顔に当たる。
痛い。血が出たかもしれない。伝う濡れた感触が、泥のものと違うこと、それから、鉄錆に似た臭いが鼻をついたから、そう思った。
「見つけるまで帰ってくるんじゃないわよ!」
お嬢様は肩をいからせて邸へと帰っていく。
レインはのろのろと、どうにか体を起こし、立ちあがった。沼の中を手でさぐるが、やはり人形があるようには思えない。
レインは、痛む傷口を汚れた手で押さえながら、とぷん、と音を立てて泥のなかに座りこんだ。
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