元奴隷の悪役令嬢は完璧お兄様に溺愛される

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
2 / 67
第一章

婚約破棄2

しおりを挟む
 レインの体が、おこりのように震える。婚約破棄された、という事実にではなく、ユリウスの輝かしい経歴に、自分のようなものが汚れをつけてしまった、ということが、そしてそれが原因で、ユリウス自身に軽蔑されるかもしれない、ということが恐ろしかった。

 ――けれど。

「大丈夫だよ、レイン」

 ユリウスは小さくささやいた。レインにだけ聞こえるような、やわらかな声で。

 はっと振り仰いだユリウスは、レインの髪を優しく撫ぜて、レインを安心させるように微笑んで見せた。

「そうです! レイン様、ひどい!この期に及んで、いいわけをするなんて……」
「黙れ、愚か者!」
「へ……?」

 ユリウスの言葉に、ヘンリエッタはきょとんと目を瞬いた。オリバーも目を丸くしている。
 それはレインも同じで、レインはユリウスの腕に包まれたまま、ユリウスを見上げてぽかんと口を開けた。それはそうだ。いつだって穏やかで、冷静に王太子をいさめる未来の側近であるはずのユリウスが、こんな、全身に怒気をみなぎらせて、あまつさえ「愚か者」などと暴言を吐く姿を、誰が想像できただろう。

 低い声が耳朶を打つ。それは、傷ついた番を守るオオカミの唸り声にも似ていた。
 我慢ならない、というようにわなわなと震えるユリウスは、レインをそっとその場に立たせると、かつかつと靴音を鳴らし、オリバーのもとへ歩み寄った。

 それを何と勘違いしたのか、オリバーが余裕を取り戻し、手をひらひらさせて口を開く。

「そ、そうだ、愚か者だな。王太子の婚約者をいじめるなんて……」
「貴様のことを言っている。オリバー・グレイウォード!そこの女にそそのかされただけなら看過できようが、貴様、今なんと言った。私のレインを、よくも奴隷令嬢などと言ってくれたな」
「ゆ。ユリウス様……?」

 オリバーの襟首をつかみ、首を絞めるように引き上げたユリウスに、ヘンリエッタがおびえたような声を出した。ぎゅうぎゅうと首を絞められ、泡を吹いたオリバーを助けようとする者はいない。皆、ユリウスの剣幕に怯えているのだ。

「貴様も黙れ、ヘンリエッタ・コックス。貴様が私の大切なレインを貶めようと様々に画策したことはすべて調べがついている。今までレインが何も言わなかったから見逃していたが、それが間違いだった」

 ――レインに近づく害悪は、すべて私が排除せねばならなかった。

 呟かれたそれを、正面から受けたヘンリエッタはさあっと顔色を青く変える。

「で、でも、ユリウス様、私、本当にいじめられて……」
「まだ言うか。その頭にはカボチャスープでも詰まっているのではあるまいな。本当に愚かだ。だいたい、王家とレインの婚約など、私自らが破棄して久しい」
「ど、どういうことですか……?」

 今度はレインが声をあげる番だった。だって、レインはいままで、この婚約がアンダーサン公爵家のためになると思って耐えて来たのだ。それを、兄自らが破棄していた、だなんて。

「私は、お兄様のお役には立てなかったのですか……?」
「ああ、違うよ、かわいいレイン」

 今にも赤い目から涙をこぼしそうなレインの目じりをそっとぬぐい、ユリウスはオリバーたちに向けるのとは真逆の表情でレインに向き直った。

「泣かないでおくれ、私のレイン。私があの婚約を破棄したのは、お前を誰にも渡したくないと思ったからだ。お前は今、私の婚約者なんだよ、レイン」
「……え?」

 レインは目を見開いた。だって自分はユリウスとは戸籍上は兄妹のはずで、兄妹は結婚なんてできなくて……。そもそも、王家と公爵家のつながりを増すために婚約をしたのであって、レインとユリウスが結婚してしまえば、その目的もかなわなくなって……。

 あら、あら?目をぱちくりさせているレインに、ユリウスがふっと笑う。いとおしさを形にしたようなその微笑みに、レインは場違いにも頬を真っ赤に染めてしまった。
 混乱して、考えをうまく処理できない。

 レインはぐるぐる回る頭を抱えて、今日までの出来事を思い返した。――そう、それは、ある雨の日のことだった。

しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 4

あなたにおすすめの小説

殿下、私は困ります!!

IchikoMiyagi
恋愛
 公爵令嬢ルルーシア=ジュラルタは、魔法学校で第四皇子の断罪劇の声を聞き、恋愛小説好きが高じてその場へと近づいた。  すると何故だか知り合いでもない皇子から、ずっと想っていたと求婚されて? 「ふふふ、見つけたよルル」「ひゃぁっ!!」  ルルは次期当主な上に影(諜報員)見習いで想いに応えられないのに、彼に惹かれていって。  皇子は彼女への愛をだだ漏らし続ける中で、求婚するわけにはいかない秘密を知らされる。  そんな二人の攻防は、やがて皇国に忍び寄る策略までも雪だるま式に巻き込んでいき――?  だだ漏れた愛が、何かで報われ、何をか救うかもしれないストーリー。  なろうにも投稿しています。

【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる

仙桜可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。 清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。 でも、違う見方をすれば合理的で革新的。 彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。 「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。 「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」 「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」 仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。

【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。

氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。 私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。 「でも、白い結婚だったのよね……」 奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。 全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。 一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。 断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。

《完》義弟と継母をいじめ倒したら溺愛ルートに入りました。何故に?

桐生桜月姫
恋愛
公爵令嬢たるクラウディア・ローズバードは自分の前に現れた天敵たる天才な義弟と継母を追い出すために、たくさんのクラウディアの思う最高のいじめを仕掛ける。 だが、義弟は地味にずれているクラウディアの意地悪を糧にしてどんどん賢くなり、継母は陰ながら?クラウディアをものすっごく微笑ましく眺めて溺愛してしまう。 「もう!どうしてなのよ!!」 クラウディアが気がつく頃には外堀が全て埋め尽くされ、大変なことに!? 天然混じりの大人びている?少女と、冷たい天才義弟、そして変わり者な継母の家族の行方はいかに!?

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】転生地味悪役令嬢は婚約者と男好きヒロイン諸共無視しまくる。

なーさ
恋愛
アイドルオタクの地味女子 水上羽月はある日推しが轢かれそうになるのを助けて死んでしまう。そのことを不憫に思った女神が「あなた、可哀想だから転生!」「え?」なんの因果か異世界に転生してしまう!転生したのは地味な公爵令嬢レフカ・エミリーだった。目が覚めると私の周りを大人が囲っていた。婚約者の第一王子も男好きヒロインも無視します!今世はうーん小説にでも生きようかな〜と思ったらあれ?あの人は前世の推しでは!?地味令嬢のエミリーが知らず知らずのうちに戦ったり溺愛されたりするお話。 本当に駄文です。そんなものでも読んでお気に入り登録していただけたら嬉しいです!

処理中です...