乙女ゲームのヒロインに転生したけど恋の相手は悪役でした!?

高遠すばる

文字の大きさ
上 下
8 / 40
出会い編

どうして君にさわれないんだろう

しおりを挟む
「お父様、あれは?」
「あれはベルクフリート。戦争中に使われたりするんだ」
「へえ。あっ、お父様、じゃああれは?」
「馬房だよ。私の馬もあそこにいる。見るかい?」
「お父様はお仕事でしょ。ね?ヴィー」

 王城。リーゼロッテは、自身の斜め後ろで手を引かれ、所在無げについてきているクロヴィスを振り返った。
 クロヴィスはなんだか震えているようにも見える。だから、その視線の先を辿ったのだ。
 そこにあったのは。

「犬の……おうち?」

 広々としたーー下手すると先ほど遠くに見た馬房ほどもある、ちょっとした屋敷のような建物の中に、仔犬たちがころころと遊んでいるのが見えた。
 あら、かわいい。と思って、クロヴィスもそういう気持ちで見ていたのかしら、などと考える。けれど、すぐにそれは間違いだとわかった。

 「ヴィー、私の手を握って。もっと強く」
 「リズ……?」
 「私だって蛇や虫は好きじゃないもの。苦手なものがあったって構いやしないわよ」

 ヒソヒソと告げると、クロヴィスは目をパチパチとしばたたき、ほしてホッとしたような顔をした。

「リズはすごい。僕のことがなんでもわかるんだ」
「ヴィーを見てたらわかるわよ」

 あんなにあからさまに怯えているのに、誰も気付かないのはおかしい。そういうと、クロヴィスは「本当にリズはすごい」と笑った。

「なんでよ」
「そのすごさをわかってない鈍感さもリズの魅力だよね。でも、僕だけがリズの魅力を知ってるっていうのも、なんだか、うん、とってもいい」

 最後は独り言みたいで、リズはなんだこいつ、などと思うなどした。

「リズはいつも本当にかわいい。今日のそのドレスも、似合ってるよ」
「あ……ありがとう。ヴィーは口がうますぎるわ。他の子にそんなの言わないでね」

 今日のドレスは公爵夫人が選んでくれた、桃色にフリルがたっぷりついたものだ。2つに結われた頭には共布で作った大きなリボンが揺れている。たしかにたしかに、自分でも可愛いとは思う。
 でも、クロヴィスがいつか女のトラブルに巻き込まれそうで怖い。修羅場を演じられたら突撃して庇うのが大変そうだ。

「リズ以外に言わないよ。こんなこと」

 クロヴィスは、はっきりと断言した。
 その目になにか熱のようなものを感じてーーあの恥ずかしさが襲ってきそうで、リーゼロッテはとっさに目をそらした。

「お前たちは本当に仲がいいな。うう……離れるのが寂しいが、私は仕事の時間だ。王城の侍女に話を付けてあるから、ゆっくり過ごしなさい。また休憩時間に会いに来るよ」

 ティーゼ侯爵が眩しそうにリーゼロッテとクロヴィスを見て言った。
 父はそれからもしばし粘っていたが、結果部下に叱られながら耳を引っ張られ、引きずられていくことになった父を見て、リーゼロッテとクロヴィスは顔を見合わせて笑った。






「ヴィー、東屋がある!いきましょ!」
「待ってよ、リズ!」

 2人の後をついてくる侍女は、まだ年若く、見習いを脱したばかりの頃のようだった。
 闊達なーー主にリーゼロッテのことを考えて、この人選にしたのだろう。アガーテと名乗った彼女は、なるほど足が速く、リーゼロッテが入ってはいけない場所に入りそうになると、先回りして首根っこを捕まえるなど大活躍を見せていた。

 「リーゼロッテ様、そちらには王太子殿下がいらっしゃいます、どうぞごゆっくりお歩きになってください」

 走るな、歩け、と釘を刺され、リーゼロッテは足を止めた。そうだそうだ。ここは家ではないのだ。お淑やかにせねばと気取ってしゃなりしゃなりと歩いてみる。
 が、足をくじいたの?と、クロヴィスが心配そうに見てくるので、即封印した。


 ーーん?
 王太子。……王太子、アルブレヒト。キーワードからすらっと浮かんだ名前は、聞いたこと、というよりは、読んだことのある名前だった。

「王太子……アルブレヒト、殿下?」
「リズ、王太子殿下のことを知ってるの?」
「え、合ってるの」

 不思議そうにこちらを見るクロヴィスに対して、こちらもトンチンカンな答えを返してしまった。
 困惑の空気が漂うなか、アガーテが、ご存知なら話は早いです、とばかりに話し出した。

「ええ、王太子殿下は、先の儀式で愛犬を選定されました。王族の方は愛犬様のことに対して厳しいので、くれぐれも、ご注意をなさってくださいね」

 言い聞かせるように言うアガーテの言葉に、はあ、と頷き、次にあれ?と思った。
 王太子アルブレヒトの愛犬。シャロ。
 ふわふわとした記憶が、もう一度固まるように形を成していく。

 ーーアルブレヒトは本当にメイン攻略対象なの?全然落とせない……。
 ーーいや待って詰んだ!
 ーーフラグそんな序盤なの!?愛犬を助けないと落とせない……!?
 ーーハァ……、いや、無理ですよこれは。難攻不落じゃなくただの不落ですわ。

 女の声が聞こえる。そうだそうだ。王太子アルブレヒト。メイン攻略対象とうたわれパッケージのど真ん中を飾ったにもかかわらず、フラグ管理が面倒かつ、恋愛に至るにおいてガチャみたいな運要素も追加され、「仔犬学園」最大の人気キャラであるのにもかかわらず、攻略できたものがほとんどいないと言う公式バグみたいなキャラだ。
 けれど、今そんなことはどうでもよくて、リーゼロッテはその愛犬「シャロ」の死因が、自分と手を繋いでいるクロヴィスであることを思い出してブルリと震えた。
 ーー当時子供だったにもかかわらず、クロヴィスは、人間を洗脳してシャロを殺させたのだ。
 大丈夫、ヴィーはそんなことしない。私がさせない。
 クロヴィスの死ぬ、その直接的な原因は、愛犬シャロの死から始まるのだ。
 クロヴィスを守るのは、リーゼロッテだ。そう決めたのだから、大丈夫。未来が変わったのだから、大丈夫。

「あっ、ヴィー、ちょっと、喉が渇いたから、お茶にしない?アガーテさん、いいかしら」
「ええ。ティーゼ騎士団長からも頼まれていますからね。準備をしてまいりますので、東屋のベンチでお待ちください」
「あっ、えっ、それは、ちょっと。気後れする、から」

 急に挙動不審になったリーゼロッテを、アガーテは怪訝な目で見る。クロヴィスが、「緊張がぶり返しちゃった?」と微笑んでリーゼロッテの手を握る力を強くした。
 握られた手が熱い。それに安心して、リーゼロッテはぎくしゃくと笑顔を浮かべた。

 「うん、そう。ごめんね上がり下がりが激しくて……」
 「ああ、そうなのですね。緊張しますものね……私もそうですから……」

 アガーテが思い出してかちょっと苦く笑って言う。では、あちらのベンチで、と手で指されたのは、なるほどアーモンドの木が植わる小道の中に、そっと置かれたベンチ。
 どこにでも座る場所があるな、と心の中で突っ込みつつ、リーゼロッテはありがとう、と返事をした。

 それでは、とアガーテが行ってしまうと、待っていたように、クロヴィスがリーゼロッテに向き直って口を開いた。
 
「リズ、どうしたの?急に……なにか、あった?」
「なんでもないの、ただ、そうね。嫌な予感がして……」

 嫌な予感、とクロヴィスは繰り返した。
 リーゼロッテだって漠然とした事しか言えないから、それ以上は口にできない。思い出した記憶で混乱して、ぐるぐる回る頭を処理しようと必死で、クロヴィスをますます困惑させた。

 ーー大丈夫。ヴィーは、洗脳するとか、そう言うこと、できないもの。

 リーゼロッテは落ち着こうと息を吸うーーその時だった。
 とん、と軽い衝撃。リーゼロッテの肩から生えた、銀色のなにか。
 腐ったようなにおいがして、次にふわっと浮いたリーゼロッテの肩から赤い、赤い、なにか、が?

 ーーリズ!
 クロヴィスの絶叫が、まるで遠くから響くように、現実味がなく聞こえる。
 ヴィー、どうしてそんなに、怖い顔してるの。
 リーゼロッテは、肩口から溢れる鉄の臭いも、焼けるような痛みも、全部全部後回しにして、クロヴィスから伸ばされた手に、当然のように自分の手を差し出そうとした。
 けれど、伸ばした手はクロヴィスからまた遠ざかって。ついで、頭を襲った衝撃に、リーゼロッテの意識は暗転した。
 

 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。※R6.5/18お気に入り登録300超に感謝!一話書いてみましたので是非是非! *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。 ※R7.2/22お気に入り登録500を超えておりましたことに感謝を込めて、一話お届けいたします。本当にありがとうございます。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】脇役令嬢だって死にたくない

こな
恋愛
自分はただの、ヒロインとヒーローの恋愛を発展させるために呆気なく死ぬ脇役令嬢──そんな運命、納得できるわけがない。 ※ざまぁは後半

踏み台令嬢はへこたれない

IchikoMiyagi
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...