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出会い編
どうして君にさわれないんだろう
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「お父様、あれは?」
「あれはベルクフリート。戦争中に使われたりするんだ」
「へえ。あっ、お父様、じゃああれは?」
「馬房だよ。私の馬もあそこにいる。見るかい?」
「お父様はお仕事でしょ。ね?ヴィー」
王城。リーゼロッテは、自身の斜め後ろで手を引かれ、所在無げについてきているクロヴィスを振り返った。
クロヴィスはなんだか震えているようにも見える。だから、その視線の先を辿ったのだ。
そこにあったのは。
「犬の……おうち?」
広々としたーー下手すると先ほど遠くに見た馬房ほどもある、ちょっとした屋敷のような建物の中に、仔犬たちがころころと遊んでいるのが見えた。
あら、かわいい。と思って、クロヴィスもそういう気持ちで見ていたのかしら、などと考える。けれど、すぐにそれは間違いだとわかった。
「ヴィー、私の手を握って。もっと強く」
「リズ……?」
「私だって蛇や虫は好きじゃないもの。苦手なものがあったって構いやしないわよ」
ヒソヒソと告げると、クロヴィスは目をパチパチとしばたたき、ほしてホッとしたような顔をした。
「リズはすごい。僕のことがなんでもわかるんだ」
「ヴィーを見てたらわかるわよ」
あんなにあからさまに怯えているのに、誰も気付かないのはおかしい。そういうと、クロヴィスは「本当にリズはすごい」と笑った。
「なんでよ」
「そのすごさをわかってない鈍感さもリズの魅力だよね。でも、僕だけがリズの魅力を知ってるっていうのも、なんだか、うん、とってもいい」
最後は独り言みたいで、リズはなんだこいつ、などと思うなどした。
「リズはいつも本当にかわいい。今日のそのドレスも、似合ってるよ」
「あ……ありがとう。ヴィーは口がうますぎるわ。他の子にそんなの言わないでね」
今日のドレスは公爵夫人が選んでくれた、桃色にフリルがたっぷりついたものだ。2つに結われた頭には共布で作った大きなリボンが揺れている。たしかにたしかに、自分でも可愛いとは思う。
でも、クロヴィスがいつか女のトラブルに巻き込まれそうで怖い。修羅場を演じられたら突撃して庇うのが大変そうだ。
「リズ以外に言わないよ。こんなこと」
クロヴィスは、はっきりと断言した。
その目になにか熱のようなものを感じてーーあの恥ずかしさが襲ってきそうで、リーゼロッテはとっさに目をそらした。
「お前たちは本当に仲がいいな。うう……離れるのが寂しいが、私は仕事の時間だ。王城の侍女に話を付けてあるから、ゆっくり過ごしなさい。また休憩時間に会いに来るよ」
ティーゼ侯爵が眩しそうにリーゼロッテとクロヴィスを見て言った。
父はそれからもしばし粘っていたが、結果部下に叱られながら耳を引っ張られ、引きずられていくことになった父を見て、リーゼロッテとクロヴィスは顔を見合わせて笑った。
「ヴィー、東屋がある!いきましょ!」
「待ってよ、リズ!」
2人の後をついてくる侍女は、まだ年若く、見習いを脱したばかりの頃のようだった。
闊達なーー主にリーゼロッテのことを考えて、この人選にしたのだろう。アガーテと名乗った彼女は、なるほど足が速く、リーゼロッテが入ってはいけない場所に入りそうになると、先回りして首根っこを捕まえるなど大活躍を見せていた。
「リーゼロッテ様、そちらには王太子殿下がいらっしゃいます、どうぞごゆっくりお歩きになってください」
走るな、歩け、と釘を刺され、リーゼロッテは足を止めた。そうだそうだ。ここは家ではないのだ。お淑やかにせねばと気取ってしゃなりしゃなりと歩いてみる。
が、足をくじいたの?と、クロヴィスが心配そうに見てくるので、即封印した。
ーーん?
王太子。……王太子、アルブレヒト。キーワードからすらっと浮かんだ名前は、聞いたこと、というよりは、読んだことのある名前だった。
「王太子……アルブレヒト、殿下?」
「リズ、王太子殿下のことを知ってるの?」
「え、合ってるの」
不思議そうにこちらを見るクロヴィスに対して、こちらもトンチンカンな答えを返してしまった。
困惑の空気が漂うなか、アガーテが、ご存知なら話は早いです、とばかりに話し出した。
「ええ、王太子殿下は、先の儀式で愛犬を選定されました。王族の方は愛犬様のことに対して厳しいので、くれぐれも、ご注意をなさってくださいね」
言い聞かせるように言うアガーテの言葉に、はあ、と頷き、次にあれ?と思った。
王太子アルブレヒトの愛犬。シャロ。
ふわふわとした記憶が、もう一度固まるように形を成していく。
ーーアルブレヒトは本当にメイン攻略対象なの?全然落とせない……。
ーーいや待って詰んだ!
ーーフラグそんな序盤なの!?愛犬を助けないと落とせない……!?
ーーハァ……、いや、無理ですよこれは。難攻不落じゃなくただの不落ですわ。
女の声が聞こえる。そうだそうだ。王太子アルブレヒト。メイン攻略対象とうたわれパッケージのど真ん中を飾ったにもかかわらず、フラグ管理が面倒かつ、恋愛に至るにおいてガチャみたいな運要素も追加され、「仔犬学園」最大の人気キャラであるのにもかかわらず、攻略できたものがほとんどいないと言う公式バグみたいなキャラだ。
けれど、今そんなことはどうでもよくて、リーゼロッテはその愛犬「シャロ」の死因が、自分と手を繋いでいるクロヴィスであることを思い出してブルリと震えた。
ーー当時子供だったにもかかわらず、クロヴィスは、人間を洗脳してシャロを殺させたのだ。
大丈夫、ヴィーはそんなことしない。私がさせない。
クロヴィスの死ぬ、その直接的な原因は、愛犬シャロの死から始まるのだ。
クロヴィスを守るのは、リーゼロッテだ。そう決めたのだから、大丈夫。未来が変わったのだから、大丈夫。
「あっ、ヴィー、ちょっと、喉が渇いたから、お茶にしない?アガーテさん、いいかしら」
「ええ。ティーゼ騎士団長からも頼まれていますからね。準備をしてまいりますので、東屋のベンチでお待ちください」
「あっ、えっ、それは、ちょっと。気後れする、から」
急に挙動不審になったリーゼロッテを、アガーテは怪訝な目で見る。クロヴィスが、「緊張がぶり返しちゃった?」と微笑んでリーゼロッテの手を握る力を強くした。
握られた手が熱い。それに安心して、リーゼロッテはぎくしゃくと笑顔を浮かべた。
「うん、そう。ごめんね上がり下がりが激しくて……」
「ああ、そうなのですね。緊張しますものね……私もそうですから……」
アガーテが思い出してかちょっと苦く笑って言う。では、あちらのベンチで、と手で指されたのは、なるほどアーモンドの木が植わる小道の中に、そっと置かれたベンチ。
どこにでも座る場所があるな、と心の中で突っ込みつつ、リーゼロッテはありがとう、と返事をした。
それでは、とアガーテが行ってしまうと、待っていたように、クロヴィスがリーゼロッテに向き直って口を開いた。
「リズ、どうしたの?急に……なにか、あった?」
「なんでもないの、ただ、そうね。嫌な予感がして……」
嫌な予感、とクロヴィスは繰り返した。
リーゼロッテだって漠然とした事しか言えないから、それ以上は口にできない。思い出した記憶で混乱して、ぐるぐる回る頭を処理しようと必死で、クロヴィスをますます困惑させた。
ーー大丈夫。ヴィーは、洗脳するとか、そう言うこと、できないもの。
リーゼロッテは落ち着こうと息を吸うーーその時だった。
とん、と軽い衝撃。リーゼロッテの肩から生えた、銀色のなにか。
腐ったようなにおいがして、次にふわっと浮いたリーゼロッテの肩から赤い、赤い、なにか、が?
ーーリズ!
クロヴィスの絶叫が、まるで遠くから響くように、現実味がなく聞こえる。
ヴィー、どうしてそんなに、怖い顔してるの。
リーゼロッテは、肩口から溢れる鉄の臭いも、焼けるような痛みも、全部全部後回しにして、クロヴィスから伸ばされた手に、当然のように自分の手を差し出そうとした。
けれど、伸ばした手はクロヴィスからまた遠ざかって。ついで、頭を襲った衝撃に、リーゼロッテの意識は暗転した。
「あれはベルクフリート。戦争中に使われたりするんだ」
「へえ。あっ、お父様、じゃああれは?」
「馬房だよ。私の馬もあそこにいる。見るかい?」
「お父様はお仕事でしょ。ね?ヴィー」
王城。リーゼロッテは、自身の斜め後ろで手を引かれ、所在無げについてきているクロヴィスを振り返った。
クロヴィスはなんだか震えているようにも見える。だから、その視線の先を辿ったのだ。
そこにあったのは。
「犬の……おうち?」
広々としたーー下手すると先ほど遠くに見た馬房ほどもある、ちょっとした屋敷のような建物の中に、仔犬たちがころころと遊んでいるのが見えた。
あら、かわいい。と思って、クロヴィスもそういう気持ちで見ていたのかしら、などと考える。けれど、すぐにそれは間違いだとわかった。
「ヴィー、私の手を握って。もっと強く」
「リズ……?」
「私だって蛇や虫は好きじゃないもの。苦手なものがあったって構いやしないわよ」
ヒソヒソと告げると、クロヴィスは目をパチパチとしばたたき、ほしてホッとしたような顔をした。
「リズはすごい。僕のことがなんでもわかるんだ」
「ヴィーを見てたらわかるわよ」
あんなにあからさまに怯えているのに、誰も気付かないのはおかしい。そういうと、クロヴィスは「本当にリズはすごい」と笑った。
「なんでよ」
「そのすごさをわかってない鈍感さもリズの魅力だよね。でも、僕だけがリズの魅力を知ってるっていうのも、なんだか、うん、とってもいい」
最後は独り言みたいで、リズはなんだこいつ、などと思うなどした。
「リズはいつも本当にかわいい。今日のそのドレスも、似合ってるよ」
「あ……ありがとう。ヴィーは口がうますぎるわ。他の子にそんなの言わないでね」
今日のドレスは公爵夫人が選んでくれた、桃色にフリルがたっぷりついたものだ。2つに結われた頭には共布で作った大きなリボンが揺れている。たしかにたしかに、自分でも可愛いとは思う。
でも、クロヴィスがいつか女のトラブルに巻き込まれそうで怖い。修羅場を演じられたら突撃して庇うのが大変そうだ。
「リズ以外に言わないよ。こんなこと」
クロヴィスは、はっきりと断言した。
その目になにか熱のようなものを感じてーーあの恥ずかしさが襲ってきそうで、リーゼロッテはとっさに目をそらした。
「お前たちは本当に仲がいいな。うう……離れるのが寂しいが、私は仕事の時間だ。王城の侍女に話を付けてあるから、ゆっくり過ごしなさい。また休憩時間に会いに来るよ」
ティーゼ侯爵が眩しそうにリーゼロッテとクロヴィスを見て言った。
父はそれからもしばし粘っていたが、結果部下に叱られながら耳を引っ張られ、引きずられていくことになった父を見て、リーゼロッテとクロヴィスは顔を見合わせて笑った。
「ヴィー、東屋がある!いきましょ!」
「待ってよ、リズ!」
2人の後をついてくる侍女は、まだ年若く、見習いを脱したばかりの頃のようだった。
闊達なーー主にリーゼロッテのことを考えて、この人選にしたのだろう。アガーテと名乗った彼女は、なるほど足が速く、リーゼロッテが入ってはいけない場所に入りそうになると、先回りして首根っこを捕まえるなど大活躍を見せていた。
「リーゼロッテ様、そちらには王太子殿下がいらっしゃいます、どうぞごゆっくりお歩きになってください」
走るな、歩け、と釘を刺され、リーゼロッテは足を止めた。そうだそうだ。ここは家ではないのだ。お淑やかにせねばと気取ってしゃなりしゃなりと歩いてみる。
が、足をくじいたの?と、クロヴィスが心配そうに見てくるので、即封印した。
ーーん?
王太子。……王太子、アルブレヒト。キーワードからすらっと浮かんだ名前は、聞いたこと、というよりは、読んだことのある名前だった。
「王太子……アルブレヒト、殿下?」
「リズ、王太子殿下のことを知ってるの?」
「え、合ってるの」
不思議そうにこちらを見るクロヴィスに対して、こちらもトンチンカンな答えを返してしまった。
困惑の空気が漂うなか、アガーテが、ご存知なら話は早いです、とばかりに話し出した。
「ええ、王太子殿下は、先の儀式で愛犬を選定されました。王族の方は愛犬様のことに対して厳しいので、くれぐれも、ご注意をなさってくださいね」
言い聞かせるように言うアガーテの言葉に、はあ、と頷き、次にあれ?と思った。
王太子アルブレヒトの愛犬。シャロ。
ふわふわとした記憶が、もう一度固まるように形を成していく。
ーーアルブレヒトは本当にメイン攻略対象なの?全然落とせない……。
ーーいや待って詰んだ!
ーーフラグそんな序盤なの!?愛犬を助けないと落とせない……!?
ーーハァ……、いや、無理ですよこれは。難攻不落じゃなくただの不落ですわ。
女の声が聞こえる。そうだそうだ。王太子アルブレヒト。メイン攻略対象とうたわれパッケージのど真ん中を飾ったにもかかわらず、フラグ管理が面倒かつ、恋愛に至るにおいてガチャみたいな運要素も追加され、「仔犬学園」最大の人気キャラであるのにもかかわらず、攻略できたものがほとんどいないと言う公式バグみたいなキャラだ。
けれど、今そんなことはどうでもよくて、リーゼロッテはその愛犬「シャロ」の死因が、自分と手を繋いでいるクロヴィスであることを思い出してブルリと震えた。
ーー当時子供だったにもかかわらず、クロヴィスは、人間を洗脳してシャロを殺させたのだ。
大丈夫、ヴィーはそんなことしない。私がさせない。
クロヴィスの死ぬ、その直接的な原因は、愛犬シャロの死から始まるのだ。
クロヴィスを守るのは、リーゼロッテだ。そう決めたのだから、大丈夫。未来が変わったのだから、大丈夫。
「あっ、ヴィー、ちょっと、喉が渇いたから、お茶にしない?アガーテさん、いいかしら」
「ええ。ティーゼ騎士団長からも頼まれていますからね。準備をしてまいりますので、東屋のベンチでお待ちください」
「あっ、えっ、それは、ちょっと。気後れする、から」
急に挙動不審になったリーゼロッテを、アガーテは怪訝な目で見る。クロヴィスが、「緊張がぶり返しちゃった?」と微笑んでリーゼロッテの手を握る力を強くした。
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どこにでも座る場所があるな、と心の中で突っ込みつつ、リーゼロッテはありがとう、と返事をした。
それでは、とアガーテが行ってしまうと、待っていたように、クロヴィスがリーゼロッテに向き直って口を開いた。
「リズ、どうしたの?急に……なにか、あった?」
「なんでもないの、ただ、そうね。嫌な予感がして……」
嫌な予感、とクロヴィスは繰り返した。
リーゼロッテだって漠然とした事しか言えないから、それ以上は口にできない。思い出した記憶で混乱して、ぐるぐる回る頭を処理しようと必死で、クロヴィスをますます困惑させた。
ーー大丈夫。ヴィーは、洗脳するとか、そう言うこと、できないもの。
リーゼロッテは落ち着こうと息を吸うーーその時だった。
とん、と軽い衝撃。リーゼロッテの肩から生えた、銀色のなにか。
腐ったようなにおいがして、次にふわっと浮いたリーゼロッテの肩から赤い、赤い、なにか、が?
ーーリズ!
クロヴィスの絶叫が、まるで遠くから響くように、現実味がなく聞こえる。
ヴィー、どうしてそんなに、怖い顔してるの。
リーゼロッテは、肩口から溢れる鉄の臭いも、焼けるような痛みも、全部全部後回しにして、クロヴィスから伸ばされた手に、当然のように自分の手を差し出そうとした。
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