36 / 42
第2章
狂気
しおりを挟む
残酷な表現があります。
王の葬儀は粛々と――かの人が王であることを感じさせないほど、静かなものだった。
涙を流すものも、悲しむものもいない。たった一人を除いて。
王の顔を見たことがない人間のほうが多い葬儀を、亡くなった王はどう思うのだろうか。
ベルクフリートに設置されたベッドの上。かつて喪った愛犬の骨を抱いて、眠るように逝った王は、もしかしたら不幸ではなかったかもしれない。
シャルロットは、会ったこともない王の死を悲しめるほど、王のことを知らなかった。
だから、ただ、ただ――シャルロットは、王の棺の前に茫然と立ちすくみ、はらはらと、静かに涙を流す王妃を見ていた。
王はきっと、不幸ではなかった。
夢見るように、だれも顧みず、愛する唯一を抱いて逝けたのだ。楽で、幸福な眠りをこれからも続けるだけ。シャルロットもシャロも、王を知らない。
だから、伝え聞いていた王の話だけで王を形作って想像した。
アルブレヒトとよく似た王――愛犬を喪って心を壊した王。彼は、もしかすると、シャルロットが産まれることなく、二度と会うことのなかったアルブレヒトなのかもしれなかった。
「王太子殿下、即位の準備を――」
「国が乱れます、何とぞ……」
アルブレヒトが、議会の大臣たちに懇願されている。
葬儀中に不謹慎な。顔をゆがめた参列者らが言う。
けれど、もともとなんの仕事もしていなかった王だ。臣下らは、もう王を見限っていたのだろう。
だからこんな簡略化した葬儀で、国庫からの支出を抑えようとしているのだ。
静かに涙を流す王妃を、後ろから見つめる。毅然と立つ王妃の背中は、恋が苦しいものだと口にしたあの日よりずっと小さく見えたのだった。
「わすれないで……」
ふいに、王妃がつぶやいた。小さな小さな声が、かすれて音階をたどっていく。
「わすれないで……おぼえていて……」
歌う王妃の姿は、もう誰も見ていない。
だけど、シャルロットはずっと忘れない。ひとつの恋の、終わり――。
あまりにも悲しくて、シャルロットの手が伸ばせないものがあるということを。
「マルティーズ、アルブレヒトさまは、お元気でいらっしゃる?」
「シャルロット様。会いに行けばよろしいのですよ?」
「いいえ――、今、お忙しい時期だから。寝る前にいつも来てくださっていたけれど、今は来てくださらないもの、それだけ大変なのだと思うわ」
戴冠式の準備、葬儀の後の種々ある手続きを経て――最後に会ったアルブレヒトの目のしたには濃い隈があった。
その世話をするようにと、シャルロットは自身のところにいる侍女たちを一時的にアルブレヒト付きにしている。だからシャルロットは、今、マルティナひとりを伴って、食堂に向かって歩いているのだ。
消沈したシャルロットを、マルティナが痛々しいものを見るように目に映す。
「そんなの、気にしなくても、あの王太子殿下ならもろ手を挙げて歓迎するでしょう。シャルロット様に文字通りメロメロなんですから」
「いいえ、だけど」
「それでも、です。シャルロット様」
マルティナは、シャルロットの手を取った。
「王太子殿下に、お会いしましょう。そうでないと、シャルロット様が倒れてしまいます」
マルティナの、緑の目に映った自分が目に入る。やつれたおもては白く、病的なまでに青白く――生気のない自分の顔に、もう、言い返す気力すらないことに気づいた。
国にかかわらなかった王は、死んだあとに、少したってから、はじめて大勢の心を揺らした。
王妃は部屋に閉じこもり、在りし日の王のようになった。
アルブレヒトは執務に明けから暮れまで拘束され、ヴィルヘルムも缶詰で、臣下は右往左往し、それをまとめるためにまた時間をついやす。
そしてシャルロットは、見たことのないはずの王を、どうしてもアルブレヒトに重ねてしまい、心臓の下、腹の上のあたりがカッと熱くなり、痛みを覚えてしまうのだ。
誰もかれもが沈んでいる。置き土産というには、王の遺したそれは重すぎた。
「……そうね、久しぶりに、アルブレヒトさまにお会いしたいわ」
「それでは、参りましょう、シャルロットさ、ま……ッ!」
ぴたり、と。マルティナが、シャルロットを守るように素早く前に出る。
「シャルロット様、わたくしから離れないで。ゆっくり、こちらにいらして」
腰に佩いたレイピアを抜き放ち、マルティナが鋭く言った。
シャルロットが息をのみ、慎重に歩を進め――そうして、陰から這い出るように現れた一人の男を見て、足を止め、た。
「あ――」
声が引きつれた。シャルロットは動けなかった。その顔、その顔を覚えていた。
19年前――白銀のナイフ。特徴のない顔の男。
震える足が、動いてくれない。背筋を焼けつくような痛みが走る――。
シャルロット様!マルティナが叫ぶ。その一瞬をつかれた。
振り返ったマルティナの姿を、隙ととったのか。目を血走らせ、口からよだれを垂らし、腐ったような息を吐く男――。
その血管の浮き上がった手が、マルティナの、レイピアを持たない手――白い手袋をした右の手を摑まえ、ぎゅうと握りつぶした。
ぺき、ぐちゃ、と嫌な音がする。
「……ッ、が、ぁ」
マルティナの喉がぎゅるりとなって、汗が噴き出す様子が見えた。
「マルティーズ!」
「シャルロット、さま、お部屋へ、走って。部下を、配置して、います」
「それでは――マルティーズは」
「こい、つの、狙いは、わたくしではありません」
「マル――」
「――走って!!」
血を吐くような声。シャルロットの役立たずの足は、ようやく動いてくれた。
踵を返し、マルティナの背から飛び出すように走り出したシャルロットは――けれど、もう、遅かったのだ。
シャルロットの華奢な体を、ひょろりと背の高い誰かがまるで掬い上げるかのように抱き上げる。ついで、背骨がきしむような強さで羽交い絞めにされて、シャルロットは呻いた。
そして頭上から、狂ったような笑い声が落ちてくるのを、吐きそうな絶望の中で聞いた。
「ああ、やっとこの腕の中に飛び込んできたんだね。僕の愛犬」
「兄上、どうして」
「ここにいるのかって?そりゃあ僕が傀儡じゃないからさ」
すいと指をさす。顔がただれ、目が映ろな男をせせら笑ってクロヴィスは言った。
「それ、失敗作。やっぱりだめだねえ、加工品は。愛犬は、きちんと、天然ものじゃないと。それでも結構、いいや、19年か。持ったほうだけどさ」
シャルロットのつむじに頬ずりして、クロヴィスは言った。
加工品――天然もの。この上ない侮辱、その中に、忌まわしい響きを感じ――意味を悟ったシャルロットはう、と胃から何かせりあがるのを感じた。同じことに気づいたのだろう、マルティナはカッと目を見開いた。
――加工品と呼ばれた男の手から、赤に染まった手袋を脱ぎ捨てるように右の手を抜き去り、瞬間、床を蹴って跳躍した。
レイピアをクロヴィスの眉間に突き立てんと突進したマルティナの切っ先は、しかし、ずぐんという、肉を切るような感覚に阻まれる。
「犬は一人じゃないんだってば。ああ、言ってなかったね。ごめんごめん」
刺し貫いた肉塊はこちらを振り返る。腕にレイピアが貫通したというのに、表情一つ変えぬその「ひと」は、そのままひっくりかえすようにして、マルティナを地面に押さえつけた。
「不細工で、馬鹿で、筋肉だけが取り柄の愚妹……かわいくもないマルティナ、どうだい?偉大なお兄さまの犬になってみる?」
「……お断りだわ。クロヴィス・ティーゼ。それに、もうわたくしにはマルティーズというがあるの。あなたの犬に、なると思って?」
「なん、だと――」
とたん、かんしゃくを起こしたように金髪をぐしゃぐしゃに振り乱すクロヴィスが、シャルロットを取り落とした。
「お前が――お前が!犬に!すでに!その栄誉を!誉れを!――僕が得ていないものをなぜおまえが!」
マルティナの機転に、シャルロットはクロヴィスの足元から走り出そうとし――けれど、その背を思い切り蹴飛ばされる。
「――ッ!」
声なき悲鳴がほとばしる。それを意にも返さず、動けないシャルロットを再び抱き上げたクロヴィスは、息を荒げて言った。
シャルロットは痛みに気を失いそうになりながら、その言葉を聞く。
「ゆる、ゆるさない、ぞ、やはり、じゃあ、やはり、この国は、くそったれだ、マルティナ、ま、まずはお前を、殺してやる」
クロヴィスは、片足を持ち上げる。その下には、マルティナの、青紫の右手があって、まさか。
「お、おまえ、あの王太子に、右手を、つぶされたんだってな、な、なら、まずはここから、壊してやるよォ!」
「――やめて!」
ぐちゃりと、嫌な音がした。
肉がつぶれ、骨が砕ける音――マルティナの悲鳴は聞こえない。
苦し気に眉をゆがめるだけのマルティナに、だがその一瞬で唐突に飽きたのか、クロヴィスはなあんだ。とつぶやく。
「楽器にもならない。つまらない女!」
許せない――怒りとは、これか。こういうことか。
シャルロットは、クロヴィスを振りきろうと拘束された手に力を籠める。びくともしない腕を、それでも動かさんと。
それでもどうにもならない現実に、シャルロットの目に熱いものがこみ上げる。
けれどその時――声が聞こえた。かすれたような、小さな小さな声が。
しゃるろっと、さま。マルティナの唇が動くのが視界の端にうつる。
――生きて、あきらめないで――おねがい――。
「ああ、そうだ」
クロヴィスが、思いついたように、「ひと」に命令した。
「片づけておけよ、おもちゃは」
シャルロットが最後に見たものは、振り上げられた二人の男の手。そうして、その足元で倒れ伏し、それでもなおシャルロットを救おうと手を伸ばす、自身の友の姿だった。
王の葬儀は粛々と――かの人が王であることを感じさせないほど、静かなものだった。
涙を流すものも、悲しむものもいない。たった一人を除いて。
王の顔を見たことがない人間のほうが多い葬儀を、亡くなった王はどう思うのだろうか。
ベルクフリートに設置されたベッドの上。かつて喪った愛犬の骨を抱いて、眠るように逝った王は、もしかしたら不幸ではなかったかもしれない。
シャルロットは、会ったこともない王の死を悲しめるほど、王のことを知らなかった。
だから、ただ、ただ――シャルロットは、王の棺の前に茫然と立ちすくみ、はらはらと、静かに涙を流す王妃を見ていた。
王はきっと、不幸ではなかった。
夢見るように、だれも顧みず、愛する唯一を抱いて逝けたのだ。楽で、幸福な眠りをこれからも続けるだけ。シャルロットもシャロも、王を知らない。
だから、伝え聞いていた王の話だけで王を形作って想像した。
アルブレヒトとよく似た王――愛犬を喪って心を壊した王。彼は、もしかすると、シャルロットが産まれることなく、二度と会うことのなかったアルブレヒトなのかもしれなかった。
「王太子殿下、即位の準備を――」
「国が乱れます、何とぞ……」
アルブレヒトが、議会の大臣たちに懇願されている。
葬儀中に不謹慎な。顔をゆがめた参列者らが言う。
けれど、もともとなんの仕事もしていなかった王だ。臣下らは、もう王を見限っていたのだろう。
だからこんな簡略化した葬儀で、国庫からの支出を抑えようとしているのだ。
静かに涙を流す王妃を、後ろから見つめる。毅然と立つ王妃の背中は、恋が苦しいものだと口にしたあの日よりずっと小さく見えたのだった。
「わすれないで……」
ふいに、王妃がつぶやいた。小さな小さな声が、かすれて音階をたどっていく。
「わすれないで……おぼえていて……」
歌う王妃の姿は、もう誰も見ていない。
だけど、シャルロットはずっと忘れない。ひとつの恋の、終わり――。
あまりにも悲しくて、シャルロットの手が伸ばせないものがあるということを。
「マルティーズ、アルブレヒトさまは、お元気でいらっしゃる?」
「シャルロット様。会いに行けばよろしいのですよ?」
「いいえ――、今、お忙しい時期だから。寝る前にいつも来てくださっていたけれど、今は来てくださらないもの、それだけ大変なのだと思うわ」
戴冠式の準備、葬儀の後の種々ある手続きを経て――最後に会ったアルブレヒトの目のしたには濃い隈があった。
その世話をするようにと、シャルロットは自身のところにいる侍女たちを一時的にアルブレヒト付きにしている。だからシャルロットは、今、マルティナひとりを伴って、食堂に向かって歩いているのだ。
消沈したシャルロットを、マルティナが痛々しいものを見るように目に映す。
「そんなの、気にしなくても、あの王太子殿下ならもろ手を挙げて歓迎するでしょう。シャルロット様に文字通りメロメロなんですから」
「いいえ、だけど」
「それでも、です。シャルロット様」
マルティナは、シャルロットの手を取った。
「王太子殿下に、お会いしましょう。そうでないと、シャルロット様が倒れてしまいます」
マルティナの、緑の目に映った自分が目に入る。やつれたおもては白く、病的なまでに青白く――生気のない自分の顔に、もう、言い返す気力すらないことに気づいた。
国にかかわらなかった王は、死んだあとに、少したってから、はじめて大勢の心を揺らした。
王妃は部屋に閉じこもり、在りし日の王のようになった。
アルブレヒトは執務に明けから暮れまで拘束され、ヴィルヘルムも缶詰で、臣下は右往左往し、それをまとめるためにまた時間をついやす。
そしてシャルロットは、見たことのないはずの王を、どうしてもアルブレヒトに重ねてしまい、心臓の下、腹の上のあたりがカッと熱くなり、痛みを覚えてしまうのだ。
誰もかれもが沈んでいる。置き土産というには、王の遺したそれは重すぎた。
「……そうね、久しぶりに、アルブレヒトさまにお会いしたいわ」
「それでは、参りましょう、シャルロットさ、ま……ッ!」
ぴたり、と。マルティナが、シャルロットを守るように素早く前に出る。
「シャルロット様、わたくしから離れないで。ゆっくり、こちらにいらして」
腰に佩いたレイピアを抜き放ち、マルティナが鋭く言った。
シャルロットが息をのみ、慎重に歩を進め――そうして、陰から這い出るように現れた一人の男を見て、足を止め、た。
「あ――」
声が引きつれた。シャルロットは動けなかった。その顔、その顔を覚えていた。
19年前――白銀のナイフ。特徴のない顔の男。
震える足が、動いてくれない。背筋を焼けつくような痛みが走る――。
シャルロット様!マルティナが叫ぶ。その一瞬をつかれた。
振り返ったマルティナの姿を、隙ととったのか。目を血走らせ、口からよだれを垂らし、腐ったような息を吐く男――。
その血管の浮き上がった手が、マルティナの、レイピアを持たない手――白い手袋をした右の手を摑まえ、ぎゅうと握りつぶした。
ぺき、ぐちゃ、と嫌な音がする。
「……ッ、が、ぁ」
マルティナの喉がぎゅるりとなって、汗が噴き出す様子が見えた。
「マルティーズ!」
「シャルロット、さま、お部屋へ、走って。部下を、配置して、います」
「それでは――マルティーズは」
「こい、つの、狙いは、わたくしではありません」
「マル――」
「――走って!!」
血を吐くような声。シャルロットの役立たずの足は、ようやく動いてくれた。
踵を返し、マルティナの背から飛び出すように走り出したシャルロットは――けれど、もう、遅かったのだ。
シャルロットの華奢な体を、ひょろりと背の高い誰かがまるで掬い上げるかのように抱き上げる。ついで、背骨がきしむような強さで羽交い絞めにされて、シャルロットは呻いた。
そして頭上から、狂ったような笑い声が落ちてくるのを、吐きそうな絶望の中で聞いた。
「ああ、やっとこの腕の中に飛び込んできたんだね。僕の愛犬」
「兄上、どうして」
「ここにいるのかって?そりゃあ僕が傀儡じゃないからさ」
すいと指をさす。顔がただれ、目が映ろな男をせせら笑ってクロヴィスは言った。
「それ、失敗作。やっぱりだめだねえ、加工品は。愛犬は、きちんと、天然ものじゃないと。それでも結構、いいや、19年か。持ったほうだけどさ」
シャルロットのつむじに頬ずりして、クロヴィスは言った。
加工品――天然もの。この上ない侮辱、その中に、忌まわしい響きを感じ――意味を悟ったシャルロットはう、と胃から何かせりあがるのを感じた。同じことに気づいたのだろう、マルティナはカッと目を見開いた。
――加工品と呼ばれた男の手から、赤に染まった手袋を脱ぎ捨てるように右の手を抜き去り、瞬間、床を蹴って跳躍した。
レイピアをクロヴィスの眉間に突き立てんと突進したマルティナの切っ先は、しかし、ずぐんという、肉を切るような感覚に阻まれる。
「犬は一人じゃないんだってば。ああ、言ってなかったね。ごめんごめん」
刺し貫いた肉塊はこちらを振り返る。腕にレイピアが貫通したというのに、表情一つ変えぬその「ひと」は、そのままひっくりかえすようにして、マルティナを地面に押さえつけた。
「不細工で、馬鹿で、筋肉だけが取り柄の愚妹……かわいくもないマルティナ、どうだい?偉大なお兄さまの犬になってみる?」
「……お断りだわ。クロヴィス・ティーゼ。それに、もうわたくしにはマルティーズというがあるの。あなたの犬に、なると思って?」
「なん、だと――」
とたん、かんしゃくを起こしたように金髪をぐしゃぐしゃに振り乱すクロヴィスが、シャルロットを取り落とした。
「お前が――お前が!犬に!すでに!その栄誉を!誉れを!――僕が得ていないものをなぜおまえが!」
マルティナの機転に、シャルロットはクロヴィスの足元から走り出そうとし――けれど、その背を思い切り蹴飛ばされる。
「――ッ!」
声なき悲鳴がほとばしる。それを意にも返さず、動けないシャルロットを再び抱き上げたクロヴィスは、息を荒げて言った。
シャルロットは痛みに気を失いそうになりながら、その言葉を聞く。
「ゆる、ゆるさない、ぞ、やはり、じゃあ、やはり、この国は、くそったれだ、マルティナ、ま、まずはお前を、殺してやる」
クロヴィスは、片足を持ち上げる。その下には、マルティナの、青紫の右手があって、まさか。
「お、おまえ、あの王太子に、右手を、つぶされたんだってな、な、なら、まずはここから、壊してやるよォ!」
「――やめて!」
ぐちゃりと、嫌な音がした。
肉がつぶれ、骨が砕ける音――マルティナの悲鳴は聞こえない。
苦し気に眉をゆがめるだけのマルティナに、だがその一瞬で唐突に飽きたのか、クロヴィスはなあんだ。とつぶやく。
「楽器にもならない。つまらない女!」
許せない――怒りとは、これか。こういうことか。
シャルロットは、クロヴィスを振りきろうと拘束された手に力を籠める。びくともしない腕を、それでも動かさんと。
それでもどうにもならない現実に、シャルロットの目に熱いものがこみ上げる。
けれどその時――声が聞こえた。かすれたような、小さな小さな声が。
しゃるろっと、さま。マルティナの唇が動くのが視界の端にうつる。
――生きて、あきらめないで――おねがい――。
「ああ、そうだ」
クロヴィスが、思いついたように、「ひと」に命令した。
「片づけておけよ、おもちゃは」
シャルロットが最後に見たものは、振り上げられた二人の男の手。そうして、その足元で倒れ伏し、それでもなおシャルロットを救おうと手を伸ばす、自身の友の姿だった。
0
お気に入りに追加
1,465
あなたにおすすめの小説
稀代の悪女として処刑されたはずの私は、なぜか幼女になって公爵様に溺愛されています
水谷繭
ファンタジー
グレースは皆に悪女と罵られながら処刑された。しかし、確かに死んだはずが目を覚ますと森の中だった。その上、なぜか元の姿とは似ても似つかない幼女の姿になっている。
森を彷徨っていたグレースは、公爵様に見つかりお屋敷に引き取られることに。初めは戸惑っていたグレースだが、都合がいいので、かわい子ぶって公爵家の力を利用することに決める。
公爵様にシャーリーと名付けられ、溺愛されながら過ごすグレース。そんなある日、前世で自分を陥れたシスターと出くわす。公爵様に好意を持っているそのシスターは、シャーリーを世話するという口実で公爵に近づこうとする。シスターの目的を察したグレースは、彼女に復讐することを思いつき……。
◇画像はGirly Drop様からお借りしました
◆エール送ってくれた方ありがとうございます!
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~
柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。
家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。
そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。
というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。
けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。
そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。
ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。
それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。
そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。
一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。
これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。
他サイトでも掲載中。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜
しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。
高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。
しかし父は知らないのだ。
ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。
そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。
それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。
けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。
その相手はなんと辺境伯様で——。
なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。
彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。
それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。
天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。
壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる