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第2章

いつだって腕の中で

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 アルブレヒトにキスをされた。
 その事実は、シャルロットの胸の内をぎゅうと締め付けて、どうしようもなく恥ずかしくさせた。

 火照った頰を見られたくなくて目をそらした。
 うるさい心臓の音を聴かれたくなくてアルブレヒトから距離を取った。

 ーー次の瞬間、アルブレヒトに、腕を引かれる。
 抱きとめられた腕の中で、シャルロットはアルブレヒトの匂いを吸い込んで、鼓動の音を聞いて、それで、それで、もう、おかしくなりそうだった。
 いつも安心できるアルブレヒトの腕の中が、煮えたぎったお湯ーーいいや、熱された凶器みたいにシャルロットを焼く。

 とくん、とくん、とくん、とくん。
 胸の音がうるさい。それに、どうしてこんなに苦しいのだろう。
 甘苦しいような感覚に、手足がぞわぞわして、シャルロットは震えた。

 嵐のような口づけだった。
 アルブレヒトは、シャルロットを大切にしてくれる。
 それはシャルロットがシャロだからーー愛犬だからのはずで……シャロは、こんな風に扱われたことなどなかったから、今自分を襲っている感覚がなんなのかわからなかった。

 いやではない。好もしい感覚だ。
 だけど、はじめての激しい感情に押しつぶされて、シャルロットはもういっぱいいっぱいだったのだろう。

 アルブレヒトが、シャルロットと視線を合わせる。そうして、喉を撫でられて、シャルロットが懐かしさに目を細めた時のことだ。

「君は僕のものだ、シャロ」

 アルブレヒトが、そんなことを言った。

「ある、ぶれひと、さま」
「君が僕から離れることを、僕は許さない」

 シャルロットの身体が、背筋を駆け上った、大きな感情のせいで震える。
 アルブレヒトは、シャルロットを自分のものだと言ったのだ。
 それは当然のことだ。シャルロットはアルブレヒトの愛犬だ。アルブレヒトのために存在するといってもよかった。

 けれど、アルブレヒトは自身からシャルロットを離さないと言ったのだ。
 背中がびりびりして、シャルロットはーーシャルロットはーー……。
 喉が震えて出てこない。声を出そうとしても、身体は大きすぎる想いを持て余して、思う通りに動いてくれやしなかった。

 ーーあなたの隣に、いられる。

 アルブレヒトの言葉を咀嚼するたび、シャルロットの華奢な腕を、足を、胴を、頭を、胸をーー心臓を、震えが走った。
 この日この時この瞬間、シャルロットの指の先まですべてが、たった1つの感情に支配された。
 ああーーああーー!
 今、シャルロットの喉がうまく動けば、悲鳴をあげていたかもしれない。
 ーーシャルロットの心は、歓喜に震えていた。

 シャルロットは、血の一滴までアルブレヒトのものだ。魂まですべて。だれでもない、シャルロットは今、そう決めた。
 アルブレヒトは、シャルロットに、アルブレヒトのものになる権利をくれたのだ。
 だから、その権利を大事にすくい上げて、胸の中に閉じ込めた。
 この権利は、シャルロットだけのものだ。
 誰にもとられないように、守らねばと思った。

 アルブレヒトの腕の中で、いまだ高鳴る心臓の鼓動に酔いしれる。
 アルブレヒトの心臓の音も速かった。それが溶け合うように同調して、とくん、とくんとシャルロットの血液を流していく。

 大好きなアルブレヒトの匂いが全身を覆って、世界で一番安心できる場所にいて。だからか、シャルロットは、うっかり眠くなってしまった。
 安心すると眠ってしまうのは、シャロのときからずっと持っている癖なのかもしれない。


 ーーシャルロットは無垢だった。
 それは、純真という意味とは少し違う。
 自分の感情の奥にある、1つの真実。
 想いの源たるその塊に気付かぬほどにシャルロットは子供で、だから、アルブレヒトの仄暗い眼差しをも全て含めて好きだと思って。
 ーー……それだから、アルブレヒトの想いと自分の想いの間にある、決定的なねじれについて、眠りに落ちるまで、ついぞ気づくことができなかったのだった。
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