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第2章
キスと執着
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――はじめて触れたシャルロットの唇は、まるで砂糖菓子のように甘かった。
シャルロットは無垢だ。シャルロットがまだ恋をしらないこともわかっていた。
それでも、シャルロットがうろたえたように、照れた様に頬を赤らめ、潤んだエメラルドグリーンの瞳でこちらを見てきたから。かわいくて、かわいくて――恋しくて、耐えようと思っても、もうだめだった。
「ぷあ、あ、あるぶれひと、さまっ?」
唇が離れる。鼻で息を吸うという知識もないシャルロットが愛しい。
無垢で、無邪気で、アルブレヒト以外からこんな感情を向けられたことのないシャルロット。
この恋を知らぬ少女を、大切に大切にいつくしんでいきたいと思っていたのに、どうやらシャルロットに恋をしていると自覚してから我慢した10年と少しという歳月が、いよいよアルブレヒトの理性をすり減らせているらしかった。
「シャロ……」
「あ、あるっ、ん、」
二度目の口づけもやはり甘くて、それなのにどうしようもなく気持ちが良かった。
好きだ、愛している、恋をしている。
好意の言葉全てを束ねても足りない。シャルロットが好きで好きで、たまらないのだ。
歯列をなぞり、形のいい歯を舐める。開いた口の中に舌を侵入させて、シャルロットの薄い舌を絡めとった。
「ん、ん、んぅ、ん!」
力の抜けた拳がアルブレヒトの胸を叩く。
はっと我に返ったアルブレヒトは、弾かれたようにシャルロットを解放した。
「あ、あうぶえひとさま…?」
呂律の回らない口で、アルブレヒトを呼ぶ。それ以上聞いていたらこのあとの一線を超えてしまいそうで、思わずアルブレヒトはシャルロットの口を手のひらで塞いだ。
「ん、ん!?」
「ごめん、ごめんシャロ。僕は……」
狼狽したアルブレヒトを驚いたように見つめるシャルロットと視線が交わる。
もういい大人なのに、シャルロットを前にして、こんなに抑えが効かないなんて思わなかった。
自身がシャルロットに飾ったアーモンドの花弁が一枚、はらりと散った。
その時、4年前の婚約披露のパーティーのことを思い出した。アルブレヒトがシャルロットから目を離した原因ーーその言葉。
ーーあまりに過保護で、シャルロット様が逃げてしまいそうです。
はっと、アルブレヒトは瞠目した。散ったものが、シャルロットからの信頼だとすら思えて、アルブレヒトはうろたえる。
アルブレヒトは、シャルロットをもう手放せない、そんなこととっくにわかっている。
それでもーーわかっていたはずなのに、シャルロットが自分の腕をすり抜けていくのを想像して、身体が凍るようだった。
「あ、あの、わたし、わたし、」
シャルロットが、自分の顔を抑えて俯いた。逸らされた目に、そんな資格もないのに胸が痛んだ。
だけど、シャルロットがアルブレヒトから離れたら、死んでしまうのはアルブレヒトの方なのだ。
シャルロットがアルブレヒトから一歩、足を引いた。
それを知覚してしまうと、もうだめだった。
シャルロットの腕をとって、ぐいと自分に引き寄せる。
ふたたびゼロになったシャルロットとの距離に安堵してしまう自分に吐き気がする。
それでももう、その一言が自身の口から飛び出すのを止めることはできなかった。
「君は僕のものだ、シャロ」
「ある、ぶれひと、さま」
「君が僕から離れることを、僕は許さない」
射抜いた視線を、シャルロットは受け止めた。ーー否、アルブレヒトがシャルロットを串刺しにしたと言った方が正しかっただろう。
縫いとめられたように動けないシャルロットを見つめたまま、アルブレヒトはシャルロットを腕の中に閉じ込める。
水を運んでくるといった侍女の姿は、いつまでたっても見えない。控えていた侍女たちは、遠くに距離を取っている。きっと、アルブレヒトがこんなことをしているなんて見えないだろう。
それをいいことに、アルブレヒトはシャルロットが極度の緊張で気絶するように眠るまで、その腕に抱きしめたままーーこみ上げる淀んだ欲を、腹の中に押し込めていた。
アルブレヒトは、やはり壊れたままなのだ。
少しのきっかけで、こんなにも目の前が暗くなる。
今のアルブレヒトにとって、シャルロットだけがまばゆい存在だった。
シャルロットにとって不幸なことに、シャルロットがいないと、自分は息も出来ないのだった。
シャルロットは無垢だ。シャルロットがまだ恋をしらないこともわかっていた。
それでも、シャルロットがうろたえたように、照れた様に頬を赤らめ、潤んだエメラルドグリーンの瞳でこちらを見てきたから。かわいくて、かわいくて――恋しくて、耐えようと思っても、もうだめだった。
「ぷあ、あ、あるぶれひと、さまっ?」
唇が離れる。鼻で息を吸うという知識もないシャルロットが愛しい。
無垢で、無邪気で、アルブレヒト以外からこんな感情を向けられたことのないシャルロット。
この恋を知らぬ少女を、大切に大切にいつくしんでいきたいと思っていたのに、どうやらシャルロットに恋をしていると自覚してから我慢した10年と少しという歳月が、いよいよアルブレヒトの理性をすり減らせているらしかった。
「シャロ……」
「あ、あるっ、ん、」
二度目の口づけもやはり甘くて、それなのにどうしようもなく気持ちが良かった。
好きだ、愛している、恋をしている。
好意の言葉全てを束ねても足りない。シャルロットが好きで好きで、たまらないのだ。
歯列をなぞり、形のいい歯を舐める。開いた口の中に舌を侵入させて、シャルロットの薄い舌を絡めとった。
「ん、ん、んぅ、ん!」
力の抜けた拳がアルブレヒトの胸を叩く。
はっと我に返ったアルブレヒトは、弾かれたようにシャルロットを解放した。
「あ、あうぶえひとさま…?」
呂律の回らない口で、アルブレヒトを呼ぶ。それ以上聞いていたらこのあとの一線を超えてしまいそうで、思わずアルブレヒトはシャルロットの口を手のひらで塞いだ。
「ん、ん!?」
「ごめん、ごめんシャロ。僕は……」
狼狽したアルブレヒトを驚いたように見つめるシャルロットと視線が交わる。
もういい大人なのに、シャルロットを前にして、こんなに抑えが効かないなんて思わなかった。
自身がシャルロットに飾ったアーモンドの花弁が一枚、はらりと散った。
その時、4年前の婚約披露のパーティーのことを思い出した。アルブレヒトがシャルロットから目を離した原因ーーその言葉。
ーーあまりに過保護で、シャルロット様が逃げてしまいそうです。
はっと、アルブレヒトは瞠目した。散ったものが、シャルロットからの信頼だとすら思えて、アルブレヒトはうろたえる。
アルブレヒトは、シャルロットをもう手放せない、そんなこととっくにわかっている。
それでもーーわかっていたはずなのに、シャルロットが自分の腕をすり抜けていくのを想像して、身体が凍るようだった。
「あ、あの、わたし、わたし、」
シャルロットが、自分の顔を抑えて俯いた。逸らされた目に、そんな資格もないのに胸が痛んだ。
だけど、シャルロットがアルブレヒトから離れたら、死んでしまうのはアルブレヒトの方なのだ。
シャルロットがアルブレヒトから一歩、足を引いた。
それを知覚してしまうと、もうだめだった。
シャルロットの腕をとって、ぐいと自分に引き寄せる。
ふたたびゼロになったシャルロットとの距離に安堵してしまう自分に吐き気がする。
それでももう、その一言が自身の口から飛び出すのを止めることはできなかった。
「君は僕のものだ、シャロ」
「ある、ぶれひと、さま」
「君が僕から離れることを、僕は許さない」
射抜いた視線を、シャルロットは受け止めた。ーー否、アルブレヒトがシャルロットを串刺しにしたと言った方が正しかっただろう。
縫いとめられたように動けないシャルロットを見つめたまま、アルブレヒトはシャルロットを腕の中に閉じ込める。
水を運んでくるといった侍女の姿は、いつまでたっても見えない。控えていた侍女たちは、遠くに距離を取っている。きっと、アルブレヒトがこんなことをしているなんて見えないだろう。
それをいいことに、アルブレヒトはシャルロットが極度の緊張で気絶するように眠るまで、その腕に抱きしめたままーーこみ上げる淀んだ欲を、腹の中に押し込めていた。
アルブレヒトは、やはり壊れたままなのだ。
少しのきっかけで、こんなにも目の前が暗くなる。
今のアルブレヒトにとって、シャルロットだけがまばゆい存在だった。
シャルロットにとって不幸なことに、シャルロットがいないと、自分は息も出来ないのだった。
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