アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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巣作り

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 舞踏会が終わり、すべきことがあるから、というフェリクスと別れたアンリエッタの鼻孔をくすぐったのは、どこか甘やかな、ミルクにもにた香りだった。
 婚約披露も終わったのだから、とフェリクスの居室の隣に部屋を用意され、まだ半刻もたっていないだろう。
 アンリエッタは導かれるようにして立ちあがった。侍女であるヘレンには下がってもらった。今日は彼女の魔法がなければ乗り切れなかったというのもあったので、早く休んでほしくて簡単に寝支度を整えてもらったあと、そう言ったのだ。ヘレンは最初恐縮していたが、アンリエッタが強く言うと、その皺のある顔を笑みの形に変え「それでは、お言葉に甘えて」と自分の住まいに帰ったのだ。
 ヘレンに帰ってもらったのはいい判断だったと思う。だって、この匂いを嗅ぐと、アンリエッタの頭がふわっとゆだったようになってしまう。もっとこの香りを堪能したくてふらふらと部屋をさまようアンリエッタを、とてもじゃないが見せられない。
 アンリエッタの口に唾液がたまる。おなかがすいたような。胸が締め付けられるような、寂しいような心地がして、アンリエッタはぎゅっと胸元の布地を握りしめた。
 アンリエッタの視線が部屋の中をさまよう、広々した部屋は歴代の皇太子妃の居室になっていて、隣の皇太子の部屋とは扉で繋がっている。
 アンリエッタの視線が、その扉で止まる。このとてもいい香りは、フェリクスの部屋から漂っているようだったからだ。
 酩酊したようにふらりふらりとフェリクスの部屋へ続く扉へと歩みを進める。扉に手をかけ――はたして。そこに鍵はかけられていなかった。
 アンリエッタの喉がからからに乾く。けれどかぐわしい香りに誘われてしまって、その本能に抗えない。アンリエッタは扉をゆっくりと開けた。
 ふわりと広がるのは慕わしくも甘い、ミルクのような匂いだ。これが番のフェロモンに誘引されたオメガの習性なのだと、アンリエッタにはそこまでを考える余裕がなかった。
 続き間の扉を開けて、フェリクスの部屋へ足を踏み入れる。立ち込めるフェロモンの香りに頭がくらくらした。
 クローゼットを開き、フェリクスのコートとシャツを手に取る。
 まるで夢遊病のようにそれらを抱きしめ、アンリエッタはフェリクスのベッドへと転がった。シーツをかき集め、布地に埋もれて熱い息を吐くアンリエッタ。
「フェリ、クス……」
 人肌が恋しい、というのだろうか。いいや、違う。フェリクスが恋しいのだ。
 アンリエッタがアメジストの瞳を蕩かし、切なくフェリクスの名を呼んだ、その時だった。
「アンリエッタ……?」
 聞こえた声に、視線を動かす。フェリクスの部屋、その入り口に、慕わしい金の色が見えた。
「フェリクス……」
 アンリエッタは、意図せぬまま甘やかな声を出した。
 フェリクスが駆け寄ってくる。
 フェリクスは、アンリエッタの額に手を置いて、アンリエッタ、ともう一度アンリエッタの名を呼んだ。
「熱はないな……アンリエッタ、大丈夫かい?」
「ん……ええ、気分の悪いところはないわ」
 アンリエッタは微笑んだまま言った。今はなんだかとても気分がよかった。
 フェリクスが、アンリエッタの身の周りににまとったものを見て息を呑む。
「これは……僕の……。アンリエッタ、巣作りしたの?」
「巣作り……?」
 アンリエッタは聞き返した。巣作りとは、オメガがアルファの私物を集め、鳥の巣のようなものを作る行為だ。
 オメガがアルファのフェロモンに充てられたとき、甘えたいとき、寂しいとき――そういう時に巣作りをすると聞く。
 アンリエッタは、自分がそれをしていたことを聞いても、特に不思議に思うことはなかった。
 これがオメガの本能に基づいたものなら、なんて素敵なことだろうと思ったのだ。
「アンリエッタ」
 フェリクスがアンリエッタを呼ぶ。優しい声で、何度も。アンリエッタは微笑んで、その声に酔いしれた。
「アンリエッタ、大好きな僕のアンリエッタ……」
「私も、フェリクスのことが大好きよ」
 抱きしめてくれる腕は温かく、アンリエッタの意識を少しずつ深いところに横たえてくれる。アンリエッタはもうフェリクスに全部全部をあげたってよかったのだけれど、フェリクスはそうはしなかった。きっと、彼なりのけじめなのだろう。
 なんて素敵なひとなのだろう、なんて誠実で――いとしい人なのだろう。アンリエッタは、巣材に使ったフェリクスの服に埋もれ、フェリクスの手に抱かれて――その匂いの中で、幸せに笑った。
「眠い?アンリエッタ」
「ん……」
「眠っていいよ。君の眠りは、僕が守ろう」
 フェリクスがそう優しくささやくと、アンリエッタの意識は静かに沈んでいく。やわらかな布地と、優しい腕に包まれて、アンリエッタは幸福の中、眠りについた。

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