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救出2
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――私が努力してかなわないことなんてない。だからアンリエッタは歌うのだ。
歌詞に、意思を乗せて。
フェリクスのもとに帰りたい、という想いを乗せて。
「クソ……!」
どん!どん!叩く音が強くなり、ひときわ強い音の後、その音はぱったりと止んだ。
フレッドの息遣いが少しずつ遠くなる。
集中しているせい?それとも、フレッドが諦めてどこかへ行ったのだろうか。アンリエッタが薄らと目を開けたとき、魔法をかけているのにもかかわらず、クローゼットが何者かの手によってあっけなく開かれた。フェリクスに会いたい、そういう意思をこめた魔法だ。
だから――この扉を開けられるのはあなたしかいない。
それがわかっているから、アンリエッタは気づけば先ほどまでの恐怖も忘れて微笑んでいた。
「フェリクス……」
「遅くなってごめん、アンリエッタ。フレッド・オークは逃げたらしい。クローゼットから君の歌が聞こえて来たけれど、ほかには何もなかっ……」
魔法の明かりは消えていた。月だけが照らす薄暗い部屋の中、フェリクスのたくましい胸に抱きつき、アンリエッタは息をついた。
頭から少し流れた血が固まってドレスにこびりついている。それを目にしたフェリクスが、怒りと後悔に目を凝らせるのを見た。
「フェリクス……」
「アンリエッタ……僕は、君を傷つけてばかりだ」
「フェリクス、私、あなたが来てくれてうれしいわ。だから、そうやって自分を責めるのはやめて。それに、あなたはちゃんと、私を助けてくれた」
――信じていたの。
アンリエッタは目を細めた。
それにつられるように、フェリクスの表情もわずかに緩む。
「君が困ったら、助けに行く、そう誓っただろう?」
「約束したもの、ね」
フェリクスの目に濡れた色がにじむ。くしゃりとその顔がゆがんで、フェリクスはアンリエッタを抱きしめたまま、顔を伏せた。
「ごめん……。君を何度も危険な目に合わせて……君を傷つけた」
「いいえ、私はあなたに傷つけられてなんかいないわ」
「――どうしてそう言えるんだ。君をつらい目に合わせた。今も君は怪我をしている。――守りたいと、思って……でも、僕の守り方は間違っていた」
守りたかった。ずっと、こうして。
腕の中にアンリエッタを閉じ込めて、フェリクスは吐き出すように言った。
「フェリクス……?」
「アンリエッタ、あの日、突き放したときのことを覚えている?君に、好きだと告げられて、僕は君を拒絶した」
「ええ……」
アンリエッタは目を伏せた。それは、今もなお胸にこびりつく、苦々しい記憶だったからだ。
「本当は、あの日もこうして君を抱きしめたかった。でも、自分にはその資格がないと思っていたんだ。君の合意も聞かず、君をオメガにして、その上勝手に番にした。城にとどめおいて、勝手に婚約者として扱って……。その責任をとらなければ、と、そればかりだった」
――けれど違った。フェリクスはそう言って顔をあげた。フェリクスの空色の目と、アンリエッタのアメジストの目がひたりと合う。
「本当は、本当に僕がしなければならなかったのは、こうして君に正直になることだったんだ。君に、番になってほしいと乞うべきだった。婚約してほしいと懇願して、君が好きだと白状すべきだった。ごまかさず、君を守るためだなんて大義名分で隠さず、君が、なんの心配もなく嫁いで来られるように、君の家を復興させようとしているんだと、伝えるべきだった」
「え……」
アンリエッタは目を瞬いた。アンリエッタの家を――アリウム家を復興させようとしている?そんなこと初めて聞いた。言葉が足りないにもほどがある、と思った。
「言ってもらわないと、わからないわ」
「まったくだ。でも、これからはきちんと全部君に言う。胸のうちを全部伝える」
――君を、愛しているから。アンリエッタ。
フェリクスがまっすぐにアンリエッタを見つめる。その薄青い目に、アンリエッタの顔が映る。知っているわ、とアンリエッタは思った。
「知っているわ。あなたがとっても考え込むたちだってこと。そして……あなたが、私を好きだってこと」
不謹慎だけれど、こんな時になってやっと、フェリクスの本音が聴けたことがうれしい。そうして、フェリクスへの想いを伝えられたことも。
すっかりから回って、遠回りをした。膝を突き合わせて話せばきっと一時間もあれば終わる話だった。だけど、自分たちはこうしなければ、きっとそれにも気づけない。それでも、やっと互いの心にたどり着いたのだ。
アンリエッタは、フェリクスの腕の中で、彼の頬に手を添えた。フェリクスの目が丸くなるのが面白くて、アンリエッタはふふ、と吐息で笑った。こんな時に言う言葉を、アンリエッタは知っていた。
「私も――……あなたを愛しているわ」
フェリクスの唇が、アンリエッタのそれに重ねられる。甘い、甘い口づけは、アンリエッタの胸をほわりと温めた。
「アンリエッタ……」
フェリクスが小さくささやく。呼ばれた名前は、今までで一番優しくて、泣きたくなるほどやわらかな響きを持って、アンリエッタの耳朶を打った。
窓の外、穏やかな満天の空を星が流れていく。
月と星々が、ふたりの姿を照らしていた。
■■■
歌詞に、意思を乗せて。
フェリクスのもとに帰りたい、という想いを乗せて。
「クソ……!」
どん!どん!叩く音が強くなり、ひときわ強い音の後、その音はぱったりと止んだ。
フレッドの息遣いが少しずつ遠くなる。
集中しているせい?それとも、フレッドが諦めてどこかへ行ったのだろうか。アンリエッタが薄らと目を開けたとき、魔法をかけているのにもかかわらず、クローゼットが何者かの手によってあっけなく開かれた。フェリクスに会いたい、そういう意思をこめた魔法だ。
だから――この扉を開けられるのはあなたしかいない。
それがわかっているから、アンリエッタは気づけば先ほどまでの恐怖も忘れて微笑んでいた。
「フェリクス……」
「遅くなってごめん、アンリエッタ。フレッド・オークは逃げたらしい。クローゼットから君の歌が聞こえて来たけれど、ほかには何もなかっ……」
魔法の明かりは消えていた。月だけが照らす薄暗い部屋の中、フェリクスのたくましい胸に抱きつき、アンリエッタは息をついた。
頭から少し流れた血が固まってドレスにこびりついている。それを目にしたフェリクスが、怒りと後悔に目を凝らせるのを見た。
「フェリクス……」
「アンリエッタ……僕は、君を傷つけてばかりだ」
「フェリクス、私、あなたが来てくれてうれしいわ。だから、そうやって自分を責めるのはやめて。それに、あなたはちゃんと、私を助けてくれた」
――信じていたの。
アンリエッタは目を細めた。
それにつられるように、フェリクスの表情もわずかに緩む。
「君が困ったら、助けに行く、そう誓っただろう?」
「約束したもの、ね」
フェリクスの目に濡れた色がにじむ。くしゃりとその顔がゆがんで、フェリクスはアンリエッタを抱きしめたまま、顔を伏せた。
「ごめん……。君を何度も危険な目に合わせて……君を傷つけた」
「いいえ、私はあなたに傷つけられてなんかいないわ」
「――どうしてそう言えるんだ。君をつらい目に合わせた。今も君は怪我をしている。――守りたいと、思って……でも、僕の守り方は間違っていた」
守りたかった。ずっと、こうして。
腕の中にアンリエッタを閉じ込めて、フェリクスは吐き出すように言った。
「フェリクス……?」
「アンリエッタ、あの日、突き放したときのことを覚えている?君に、好きだと告げられて、僕は君を拒絶した」
「ええ……」
アンリエッタは目を伏せた。それは、今もなお胸にこびりつく、苦々しい記憶だったからだ。
「本当は、あの日もこうして君を抱きしめたかった。でも、自分にはその資格がないと思っていたんだ。君の合意も聞かず、君をオメガにして、その上勝手に番にした。城にとどめおいて、勝手に婚約者として扱って……。その責任をとらなければ、と、そればかりだった」
――けれど違った。フェリクスはそう言って顔をあげた。フェリクスの空色の目と、アンリエッタのアメジストの目がひたりと合う。
「本当は、本当に僕がしなければならなかったのは、こうして君に正直になることだったんだ。君に、番になってほしいと乞うべきだった。婚約してほしいと懇願して、君が好きだと白状すべきだった。ごまかさず、君を守るためだなんて大義名分で隠さず、君が、なんの心配もなく嫁いで来られるように、君の家を復興させようとしているんだと、伝えるべきだった」
「え……」
アンリエッタは目を瞬いた。アンリエッタの家を――アリウム家を復興させようとしている?そんなこと初めて聞いた。言葉が足りないにもほどがある、と思った。
「言ってもらわないと、わからないわ」
「まったくだ。でも、これからはきちんと全部君に言う。胸のうちを全部伝える」
――君を、愛しているから。アンリエッタ。
フェリクスがまっすぐにアンリエッタを見つめる。その薄青い目に、アンリエッタの顔が映る。知っているわ、とアンリエッタは思った。
「知っているわ。あなたがとっても考え込むたちだってこと。そして……あなたが、私を好きだってこと」
不謹慎だけれど、こんな時になってやっと、フェリクスの本音が聴けたことがうれしい。そうして、フェリクスへの想いを伝えられたことも。
すっかりから回って、遠回りをした。膝を突き合わせて話せばきっと一時間もあれば終わる話だった。だけど、自分たちはこうしなければ、きっとそれにも気づけない。それでも、やっと互いの心にたどり着いたのだ。
アンリエッタは、フェリクスの腕の中で、彼の頬に手を添えた。フェリクスの目が丸くなるのが面白くて、アンリエッタはふふ、と吐息で笑った。こんな時に言う言葉を、アンリエッタは知っていた。
「私も――……あなたを愛しているわ」
フェリクスの唇が、アンリエッタのそれに重ねられる。甘い、甘い口づけは、アンリエッタの胸をほわりと温めた。
「アンリエッタ……」
フェリクスが小さくささやく。呼ばれた名前は、今までで一番優しくて、泣きたくなるほどやわらかな響きを持って、アンリエッタの耳朶を打った。
窓の外、穏やかな満天の空を星が流れていく。
月と星々が、ふたりの姿を照らしていた。
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