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救出1
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魔法の明かりで灯された埃っぽい部屋で、フレッドが抵抗するアンリエッタの手を掴んで強く引く。アンリエッタはうまくフレッドの力に逆らえずにその場に倒れ込んだ。
自分で思っているより力が弱弱しく、アンリエッタはくっと奥歯を噛みしめる。
のしかかってきたフレッドが口を開く。
「お前は本来なら俺の嫁になるはずだったんだよ!それなのに、皇太子の婚約者だァ?絵結局お前も血筋と身分しか見てねえじゃねえか」
「きゃぁ……っ」
フレッドがアンリエッタの長い髪を掴み、引きずった。ぶちぶちと髪の抜ける音がする。
「あの皇太子も気に食わない。アルファだからって俺たちを見下しやがって……。お前もだ、アンリエッタ」
フレッドの目が血走ってアンリエッタを見下ろす。そのまなざしにただならぬものを感じてアンリエッタは背筋を震わせた。
「何を……」
「ああ、アンリエッタ。お前、本当に顔だけはきれいだよな。だから俺の嫁にして見せびらかしてやろうと思ったんだ……。俺を見下したアルファのやつらを俺が見下してやるんだ……それですっとすると思ったのに。なんでお前、オメガになってるんだよ」
がん!とフレッドの脚が床を踏む。
「俺の計画が台無しじゃねえか。……まあ、いい。だから、俺はお前らの結婚を台無しにしてやろうと思ってな」
「どういうこと……」
「お前は皇太子の婚約者だろう?それがこんな密室で男と二人だ。それも、前婚約する予定だった男と。外聞を気にする貴族の奴らはどう思うだろうなあ?」
「……っ!」
アンリエッタの顔から血の気が引く。それをおかしそうに見やって、フレッドははは、と声をあげて笑った。
「わかったか!?お前、ベータに人生台無しにされるんだよ……!ははっ!」
アンリエッタが座り込んだまま後ずさる。それを目ざとく見つけたフレッドは目をかっと見開いてアンリエッタを捕まえた。
「何逃げてんだ!?……あのなぁ!よく聞け、女は一生男にへりくだってりゃいいんだよ!」
ぐい、と髪が引っ張られ、アンリエッタの軽い体がずりり、と床を滑った。美しい真珠の縫い付けられていた青いドレスはもう見る影もない。
アンリエッタはフレッドを見上げた。
たしかフレッドの出身はベータばかりの村だった。それでアルファへの劣等感が強いのだろうか。アンリエッタをこうして虐げたいほどに……。
第二性への偏見が、彼をこんな風にしたのかもしれない。それでも、アンリエッタの大切なものを踏みにじったフレッドを許せるかと言われれば、そうではなかった。
「生意気な目で見るんじゃねえ!」
髪を掴んだ手を振り回され、アンリエッタはクローゼットにしたたかに背をぶつけた。
痛い。フレッドの尋常ではない様子は、このまま抵抗もできずここにいれば、最悪命が危ないと、アンリエッタに確信させるものだった。すくむ体を奮い立たせ、アンリエッタはフレッドの動きをじっと見た。けして目を逸らすな、今気を緩めれば、フェリクスのところに帰ることができない。――あの、腕の中に帰りたい。だから、アンリエッタは歯を食いしばった。
「何見てんだよ!」
怒り狂ったフレッドに突き飛ばされる――今だ。
アンリエッタは突き飛ばされた勢いのまま、先ほどぶつかった衝撃でわずかに開いたクローゼットに滑り込んだ。ボリュームのないドレスでよかった。フレッドが目の色を変えて追ってくる。それより早く、アンリエッタが魔法でクローゼットの扉を施錠した。
アンリエッタは、震える唇を必死に動かし、歌う。恐怖でささやくような歌声にしかならないけれど、歌を止めるということは歌魔法が解除されるということだ。アンリエッタは必死に声を絞り出した。
いつかフェリクスと考えた、継続的な魔法――歌っている間だけは、魔法が続くという理論を思いだす。歌っている間だけは魔法が続く。だから、アンリエッタは歌い続けなければいけない。フェリクスに、もう一度会いたいなら。
どんどん、とクローゼットをたたく音がする。背中に振動が響く。
怖い。怖くてたまらない。
フレッドに屈してしまいそうになる。でも、アンリエッタは歌うことをやめなかった。
「下手な歌なんか歌ってるんじゃねえ!出てこい!!」
アンリエッタは体を震わせた。冷汗がこめかみを伝う。
けれど、アンリエッタはきゅっと目を閉じ、両の手を胸の前で祈るように組んで歌い続けた。
一曲を歌い終わってすぐに、紡ぐ歌を別の歌に変える。
魔法の力は、その魔法に込めた意思の力だ。
ならば、アンリエッタにとって最も意思の込められる歌は、この曲だった。
「下手くそ!調子っぱずれで聞くのも嫌になる!」
フレッドの罵声が聞こえる。それでもアンリエッタは歌い続けた。
調子っぱずれなのはわかっている。だけど、これはフェリクスの歌。今なおアンリエッタのお守りとしてそばにある、大切な歌。
フェリクスは教えてくれた。アンリエッタは、大丈夫だと。性別なんて関係ない。
自分で思っているより力が弱弱しく、アンリエッタはくっと奥歯を噛みしめる。
のしかかってきたフレッドが口を開く。
「お前は本来なら俺の嫁になるはずだったんだよ!それなのに、皇太子の婚約者だァ?絵結局お前も血筋と身分しか見てねえじゃねえか」
「きゃぁ……っ」
フレッドがアンリエッタの長い髪を掴み、引きずった。ぶちぶちと髪の抜ける音がする。
「あの皇太子も気に食わない。アルファだからって俺たちを見下しやがって……。お前もだ、アンリエッタ」
フレッドの目が血走ってアンリエッタを見下ろす。そのまなざしにただならぬものを感じてアンリエッタは背筋を震わせた。
「何を……」
「ああ、アンリエッタ。お前、本当に顔だけはきれいだよな。だから俺の嫁にして見せびらかしてやろうと思ったんだ……。俺を見下したアルファのやつらを俺が見下してやるんだ……それですっとすると思ったのに。なんでお前、オメガになってるんだよ」
がん!とフレッドの脚が床を踏む。
「俺の計画が台無しじゃねえか。……まあ、いい。だから、俺はお前らの結婚を台無しにしてやろうと思ってな」
「どういうこと……」
「お前は皇太子の婚約者だろう?それがこんな密室で男と二人だ。それも、前婚約する予定だった男と。外聞を気にする貴族の奴らはどう思うだろうなあ?」
「……っ!」
アンリエッタの顔から血の気が引く。それをおかしそうに見やって、フレッドははは、と声をあげて笑った。
「わかったか!?お前、ベータに人生台無しにされるんだよ……!ははっ!」
アンリエッタが座り込んだまま後ずさる。それを目ざとく見つけたフレッドは目をかっと見開いてアンリエッタを捕まえた。
「何逃げてんだ!?……あのなぁ!よく聞け、女は一生男にへりくだってりゃいいんだよ!」
ぐい、と髪が引っ張られ、アンリエッタの軽い体がずりり、と床を滑った。美しい真珠の縫い付けられていた青いドレスはもう見る影もない。
アンリエッタはフレッドを見上げた。
たしかフレッドの出身はベータばかりの村だった。それでアルファへの劣等感が強いのだろうか。アンリエッタをこうして虐げたいほどに……。
第二性への偏見が、彼をこんな風にしたのかもしれない。それでも、アンリエッタの大切なものを踏みにじったフレッドを許せるかと言われれば、そうではなかった。
「生意気な目で見るんじゃねえ!」
髪を掴んだ手を振り回され、アンリエッタはクローゼットにしたたかに背をぶつけた。
痛い。フレッドの尋常ではない様子は、このまま抵抗もできずここにいれば、最悪命が危ないと、アンリエッタに確信させるものだった。すくむ体を奮い立たせ、アンリエッタはフレッドの動きをじっと見た。けして目を逸らすな、今気を緩めれば、フェリクスのところに帰ることができない。――あの、腕の中に帰りたい。だから、アンリエッタは歯を食いしばった。
「何見てんだよ!」
怒り狂ったフレッドに突き飛ばされる――今だ。
アンリエッタは突き飛ばされた勢いのまま、先ほどぶつかった衝撃でわずかに開いたクローゼットに滑り込んだ。ボリュームのないドレスでよかった。フレッドが目の色を変えて追ってくる。それより早く、アンリエッタが魔法でクローゼットの扉を施錠した。
アンリエッタは、震える唇を必死に動かし、歌う。恐怖でささやくような歌声にしかならないけれど、歌を止めるということは歌魔法が解除されるということだ。アンリエッタは必死に声を絞り出した。
いつかフェリクスと考えた、継続的な魔法――歌っている間だけは、魔法が続くという理論を思いだす。歌っている間だけは魔法が続く。だから、アンリエッタは歌い続けなければいけない。フェリクスに、もう一度会いたいなら。
どんどん、とクローゼットをたたく音がする。背中に振動が響く。
怖い。怖くてたまらない。
フレッドに屈してしまいそうになる。でも、アンリエッタは歌うことをやめなかった。
「下手な歌なんか歌ってるんじゃねえ!出てこい!!」
アンリエッタは体を震わせた。冷汗がこめかみを伝う。
けれど、アンリエッタはきゅっと目を閉じ、両の手を胸の前で祈るように組んで歌い続けた。
一曲を歌い終わってすぐに、紡ぐ歌を別の歌に変える。
魔法の力は、その魔法に込めた意思の力だ。
ならば、アンリエッタにとって最も意思の込められる歌は、この曲だった。
「下手くそ!調子っぱずれで聞くのも嫌になる!」
フレッドの罵声が聞こえる。それでもアンリエッタは歌い続けた。
調子っぱずれなのはわかっている。だけど、これはフェリクスの歌。今なおアンリエッタのお守りとしてそばにある、大切な歌。
フェリクスは教えてくれた。アンリエッタは、大丈夫だと。性別なんて関係ない。
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