50 / 61
君が困ったら僕が助ける(フェリクス視点)2
しおりを挟むクラリスがリスのように愛くるしく、計算されつくした動作でカーテシーをする。
「ごきげんよう、皆さま。私、アンリエッタ様の友人のクラリス・ゴデチアと申します。突然アンリエッタ様がいなくなってご心配をおかけしたかと思いますわ。でも大丈夫。アンリエッタ様はお色直しに行かれただけですの。みなさまを驚かせるサプライズ演出でしたのよ。このことは皇帝陛下と皇妃殿下もご存じでいらっしゃいます」
「な……」
ハインツが目をむく。
フェリクスがはっと振り返った先の父皇帝と母皇妃はにっこりとほほ笑んでいる。なるほど、さすがユーグだ。根回しがうまい。
うろたえるハインツに美しい、完璧な笑顔を向け、クラリスは続けた。
「アンリエッタ様はすぐに戻られますわ。ですから、どうぞ安心して、パーティーをお楽しみくださいませ」
「よくもぬけぬけとそんな嘘を……。皆さん!この方たちは皇太子の婚約者であるアンリエッタ様の不祥事をごまかすためにこう言っているのにすぎません!」
「なぜ嘘だと思うんです?」
ユーグが静かに尋ねる。
「決まっている、アンリエッタ様がお色直しをされているわけがないからだ」
「ふぅん……そうですか。まあ、いいでしょう」
ユーグの言葉に、勝ち誇ったようにハインツが叫ぶ。
「皆さん!側近までこのような稚拙な嘘でアンリエッタ様をかばいたてするとは、もはや
アンリエッタ様の不貞は明白!今すぐ――……?」
ハインツは不思議そうに周囲を見渡す。ハインツの考えでは、ハインツに同意する者たちが声をあげるはずだったのだろう。しかし、今、ハインツの言葉に反応するものは誰ひとりとしていない。みな一様にぼうっとしており、ハインツの言葉が聞こえているかも怪しい。
ハインツは目を見開いた。
「ごめんなさい、フェロモンが漏れてしまったのかしら。抑制剤を飲んでいますが、効果は完璧ではないですから」
ふう、ふう、と荒い息を繰り返すクラリスの言葉は本当だろう。そばにいる、アルファであるユーグの額にも汗が伝っている。
それでもふたりが今ここに立ってくれているのは、フェリクスとアンリエッタのためなのだ。それがわかるから、フェリクスはぐっと握りしめたこぶしをほどいた。
「ベータのものだっている!それなのに、こんなふうにぼんやりとしているのはおかしい!は……、お前たち、まさか、魅了魔法を」
「それ以上言わないほうがいいですよ。私たちは、あなたの手口を試しただけにすぎません」
ユーグが、クラリスをかばうように立つ。
魅了魔法――それは、人を少しだけ自分に好意的にする、特異体質を持つものだけが使える、小さな魔法だ。それをオメガのフェロモンと組み合わせるとこんな力を持つのだった。オーク親子が使った手口でもある。これは、フェリクスとユーグが立てた仮設だ。こんなところで使うとは思わなかったが。
「あなたが配下のオメガに魅了魔法を使わせて、アリウム侯爵の意識を混濁させ、違法な契約を結ばせたことは調べがついています。この場でつまびらかにしてもいいんですよ?」
「ぐ……」
「おとなしく、アンリエッタ様のお戻りを待ちましょう」
にこやかに――けれど氷点下の視線でユーグがハインツを睥睨する。
その指が、そっとホールの出口を指し示した。
「殿下、今のうちに」
「ああ、ありがとう、ユーグ、ゴデチア嬢も」
フェリクスは急いでホールを出た。
扉がばたんと音を立てて閉じる。
「どこだ……アンリエッタ……」
やみくもに走り出そうとしたところで、使用人――給仕メイドが、ただならぬ様子でフェリクスに声をかけてきた。
「皇太子殿下!」
「君は……アンリエッタの……」
胸にぎゅっと手を当ててそう口にするメイドに見覚えがある。
フリージア学園で、アンリエッタに憧れの目を向けていた上級生の一人だ。
庶民だったが、卒業後に皇城へ就職したらしい。フェリクスの言葉に、給仕メイドは目を見開いた。
「……!覚えていただけているとは、光栄です。……しかし、不作法失礼します。それよりも、アンリエッタ様をお救い申し上げねばなりません」
「やはり、アンリエッタは攫われていたのか」
「正確には、だまされて連れていかれた、です。貴族令嬢が、クラリス様が呼んでいる、と嘘をついてアンリエッタ様を呼び出したのです。ヒートだから……と」
なるほど、たしかに、そう言われればアンリエッタは従ってしまうだろう。クラリスは彼女にとって唯一無二の親友だ。
「私、アンリエッタ様に少し席を外す、と言われてから、気になって後をつけたんです。アンリエッタ様を連れ出したのは、裏でアンリエッタ様を悪く言う、アンリエッタ様を快く思わない生徒でしたから」
沈痛な顔をする給仕メイドに、フェリクスは先を促す。メイドはフェリクスを「こちらです」と先導しながら、真剣な顔で話をつづけた。
「アンリエッタ様は、左翼の一階にある今日は使われていない休憩室に向かわれました。それを確認して、私、急いでひとを呼んで来ようと思って……」
「あそこにいたわけか」
「はい。……皇太子殿下、どうかアンリエッタ様をお救いください」
「当然だ」
頭を下げる給仕メイドにそう返す。給仕メイドはほっとしたようにその表情を緩めた。
……アンリエッタには敵もいるが、今目の前でアンリエッタを案じる給仕メイドのように、アンリエッタを慕うものもいる。それがわかって、フェリクスの表にうっすらと笑みが浮かぶ。
「君の名前は」
「エルナ・マロウです。皇太子殿下」
「そうか。エルナ・マロウ。では君は、アンリエッタを連れて行った令嬢を拘束してほしい。その扉の向こうに衛兵がいる。何人使っても構わない」
「はい……!」
返事とともに、給仕メイド――エルナが踵を返す。足音が遠ざかると同時に、フェリクスも走り出した。
今度こそ、必ず守ると心に決めて。
――君が困ったら、僕が助ける。呪いのような言葉を、呪いにはしない。僕を好きだと笑ってくれた君を信じる。
そう、誓ったから。
■■■
0
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる