アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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舞踏会にて3

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 突然の破天荒な動きに、周囲の注目が集まる。
「フェリクス!?」
「君が、僕の婚約者だと世のアルファに見せつけてやりたくて」
 フェリクスは笑って言った。ダンスで組になっていた人々がそれを聞いて「あらあら」「まあまあ」と相好を崩す。
「婚約者だからってこんなこと……はずかしいわ」
 顔を赤らめるアンリエッタに、フェリクスは相変わらず笑顔のままだ。
 そのまま、頬に唇を近づけてくるフェリクスに、キスをされる!とアンリエッタは身構えた。だが、フェリクスの唇は、まるでキスをするときの体制のまま、アンリエッタの頬をかすめる。驚いて目を瞬くアンリエッタの耳元に唇を寄せ、フェリクスは低い、小さな声で囁いた。
「今はまだ、君に想いを返せない。僕にはその資格がない。だから待っていて。全部、僕が取り戻すから……」
「え……」
 フェリクスの目は真剣だった。
 アンリエッタが目を瞬いて、どういうことかを聞き返そうとしているうちに曲が終わる。まもなく、ファーストダンスが終わったために、皇太子とその婚約者にあいさつをすべく、人が集まってきた。
 ……それで、アンリエッタは完璧にタイミングを逃してしまった。
 アンリエッタも、皇太子の婚約者としてあいさつを受ける――が、フェリクスへのご機嫌伺いがほとんどで、アンリエッタに声をかけるひとは少なかった。代わりに、アンリエッタを遠巻きに見るひとは多かった。性転換して皇太子の番となったこと――そして、先日の花祭りでの出来事が関係しているのだろう。
 アンリエッタを遠巻きにしている人々のなかには見知った顔もある。学園で、アンリエッタがアルファだったころ、アンリエッタを羨望のまなざしで見ていた生徒たちだ。
 かつてあこがれと好意に満ちていた視線は、今は気まずげで、わずかにとげのあるものに変わっている。
 仕方ないわ……アンリエッタはひとりごちて、フェリクスの隣で微笑んだ。とはいっても、あまりにも大勢いるせいでアンリエッタは次第に疲れてきてしまった。オメガに性転換したためだろうか。アルファだった時は高いヒールを履いていてもまったく気にならなかったのに、今は体力がなくて足がすっかり小鹿のように震えている。
 どうしよう、フェリクスに言う?いいえ、我慢しなければ……。
 そんなことを思うも、力の入らない脚では踏ん張ることができず、どんどんと人波に流されて行ってしまう。
 その時――ふいに、押しのけるようにされて、アンリエッタはたたらを踏んだ。
 フェリクスのところに行きたい人が、列につまってこちらに来てしまったのだろうか。
 そう思って振り返ったアンリエッタを待っていたのは、先ほど見た学園の同級生で。そのうちのひとりが、いささか挙動不審になりながら「アンリエッタ様」とアンリエッタを呼んだ。
「お耳に入れたいことがございます……」
「何かしら」
 アンリエッタのほうに来る人ははけた後だから、基本的に、今、アンリエッタはこうして人波の中、フェリクスの隣に立って笑っているだけでいい。忙しく、にこやかに挨拶に来る人々に対応しているフェリクスはともかく、アンリエッタの手は空いている。困ったことでもあっただろうか。と、アンリエッタが尋ねると、少女は深刻な顔でアンリエッタに返した。
「クラリス・ゴデチア様がヒートで苦しんでおります。しきりに、アンリエッタ様を呼んでほしいとおっしゃって……」
「クラリスが?」
「はい」
 少女は頷く。
 たしかに、クラリスをこの婚約発表の場である舞踏会に紹介した。ヒート……発情期の時期と重なるからこられないかもしれない、と連絡があったが、来てくれていたのだ。
 けれどヒートのせいでホールに来られず、どこかで休んでいるのだろう。不安になるのはわかる。はやく行ってあげなければ、と思って、アンリエッタは少女に向き直った。
「わかったわ、案内してくれる?」
 ちらりと横目で見たフェリクスは、変わらず招待客の対応に追われている。
 今声をかけて中断させれば、困るのはフェリクスだ。
 それに、クラリスが待っているのはおそらく城の中だ。皇城で危ないことは起こりようがない。アンリエッタがそんなことを考えていると、少女の手がせかすように、アンリエッタの服の袖をくい、と引く。
 この少女もクラリスのことが心配なのだわ、と解釈して、アンリエッタはそばにいた使用人に少し席を外す旨を伝え、ホールを出た。
 ホールから出ると、明るかったホールとの差で回廊が少し暗いように感じた。明かりの魔法が弱まってきているのかしら、あとで誰かに伝えておかないと、と思いながら、アンリエッタは歩を進める。
 少女に先導され、ホールから少し離れた静かな休憩室のひとつにたどり着く。ぎい……と少しきしんだ音を立てる扉を開けると、中は回廊以上に暗く、埃のにおいがして、部屋を照らすものは窓から差し込む月明かりくらいしかないありようだった。
「ここに、クラリスがいるの……?」
 一瞬の戸惑いののち、アンリエッタはそう尋ねた。少女が部屋を間違えたのだと思った――しかし。
「ごめんなさい、アンリエッタ様」
 どん、と突き飛ばされて、アンリエッタは部屋の中に倒れ込む。
「痛……っ!」
 膝をしたたかに打ち付け、痛みに顔を歪めたアンリエッタが、少女へ何をしたのか問いただそうと顔をあげた、その時だった。
 ぱっと明かりの魔法で周囲が照らされる。
 突然のまぶしさに目を閉じるアンリエッタの耳に、少女のかけてゆく音が聞こえてくる。
 立ちあがろうとしたアンリエッタの手を、何か硬いものが踏みつけにした。痛みと驚きに目をあけたアンリエッタの目の前に、何かが影を作った。
 それは人だった。ヒキガエルのような顔、短く着られた茶髪。それはアンリエッタのよく知る人物で……。
「オーク、様」
 アンリエッタが目を見開く。
 アンリエッタの手を固い靴で踏み、憎々し気にこちらを見下ろしているのは、かつてアンリエッタの家を没落させたフレッド・オーク、その人だった。

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