46 / 61
舞踏会にて1
しおりを挟む「まあ、すごくきれいです、アンリエッタ様」
「ありがとう……」
ヘレンが着付けてくれた自分の姿を見て、そしてヘレンの誉め言葉に、アンリエッタは微笑んだ。舞踏会を前にして、ヘレンは気分が高揚しているのかもしれない。
青いシルクを、裾にいくにつれて広がるように仕立てたドレスは、マーメイドラインというらしい。最新の型だというのを、今日は発情期とかぶるので欠席しているクラリスが選んでくれたのを仕立てたのだ。
東方のシルクをつかい、裾に真珠をぬいつけたドレスは、アンリエッタが動くたびにきらめいて美しい。フェリクスの瞳と同じ、空色のリボンを飾りたいと言ったアンリエッタの希望を、ヘレンは嬉しそうに承諾してくれる。けれどいざそれを身に着けるとなんだか気恥ずかしくて――と同時に、想いを否定されたあの日のことを思いだして、微妙な気持ちになってしまう。嬉しいような、切ないような、そんな気持ちだ。
――と、扉を開けて控室へとやってきたフェリクスに、アンリエッタは視線を向ける。
夜空のような濃紺のフロックコート。胸元にさえるような紫のポケットチーフを飾っている。それがアンリエッタの瞳の色だと気付いて、同じことを考えていたのだわ、とアンリエッタは頬を赤らめた。一方、見られた側のフェリクスもまた、その空色の目を見開き、顔を背けた。
不安になって、アンリエッタは尋ねる。
「どうしたの?フェリクス。も、もしかして、にあってない?」
「ち、違う。きれいだと思って……」
フェリクスが口ごもる。その顔は、耳まで真っ赤だ。しばし、かみしめるように目を閉じていたフェリクスは、ややあって、アンリエッタに向き直って口を開いた。
「――綺麗だ。君が、透き通るみたいに綺麗だ」
かあっと、それまで以上に頬が熱くなる。想いを受け入れてくれなかったくせに、こんなことだけさらりと口にするフェリクスが恨めしい。
けれど、その顔をしばらく見つめていて、あれ、と思った。なんだろう、フェリクスが、どこか吹っ切れたような顔をしている。
それを考えているうちに、控室の扉の向こうから、音楽が漏れ出してきた
「そろそろ順番だ。行こう」
手を差し出してくるフェリクス。否やというはずもなく、その手の上に手をのせた。
かつん、とヒールが音を立てる。
ゆっくりと開かれる扉。それは、戦の幕開けのようにすら感じられた。
「皇太子殿下、およびその婚約者、アンリエッタ・アリウム侯爵令嬢のおなり!」
ネーム・コールマンがフェリクスとアンリエッタの名を呼ぶ。
その声に従い、アンリエッタはフェリクスの腕を取ってホールに出た。
緊張で顔が強張るけれど、アンリエッタは笑顔を崩さぬよう顔に力を込める。
隣に立つ、フェリクスの完璧な笑顔は臣下に見せるときのそれだ。その笑顔から彼の本心は見えなくて、アンリエッタは笑顔のまま、フェリクスの腕に添えた手に力を込めた。
アンリエッタとフェリクスの関係は、先日の花祭りでのアンリエッタの告白以降、ぎくしゃくしたままだ。
今もうまく目を合わせられない。アンリエッタは静かに息をつき、気を取り直すように周りを見回した。
輝かしいシャンデリアが照らすホールは美しく、白を基調としたしつらえがなんとも豪奢だ。その中を埋める華やかなドレスやフロックコート姿の招待客がまとう色彩も相まって、このホール自体が一つの美術品のように見える。没落はしたけれど、皇太子の婚約者の家族として呼ばれたのだろう。その中には兄の姿もあった。本来侯爵家の次期当主としてあそこにいたはずの自分が、フェリクスの婚約者としてここに立っていることが、夢まぼろしではないのかと思ってしまう。
だからだろうか。アンリエッタは侯爵令嬢として、そして次期アリウム侯爵として社交界デビューしているし、このホールにも来なれているはずなのに、いつも以上に緊張している。そして気付いた。周囲からの好奇のまなざしに。それは「どうしてお前なんかがフェリクスの隣にいるのか」という意思を孕んでいてひどく恐ろしい。
思わず足がすくんでしまいそうになる。
「アンリエッタ」
ふいに、フェリクスの声がアンリエッタの耳朶を打つ。そうだ。はっとして、アンリエッタは胸を張った。
もう、腹をくくったのだ。フェリクスのとなりに立ちたいと思ったのは自分で、だからアンリエッタはフェリクスに告白したのだ。想いが受け入れられなかったとしても、決めたのはアンリエッタだった。アンリエッタは前を向く。
「アンリエッタ、行こう」
「ええ」
フェリクスに導かれ、皇帝陛下と皇妃陛下に挨拶をする。
アンリエッタは優雅にカーテシーをして礼を取った。
0
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる