アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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気まずい食卓

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 ――気まずい食卓だわ……。
 アンリエッタはジャガイモのポタージュを口に含みながら、そう思った。
 あの日、あの後、目が覚めるとアンリエッタの体はきれいになっていて、体が痛い以外に不調はなかった。けれどラットが収まったらしいフェリクスは、相変わらずアンリエッタの前には現れなかった。最初はよかった。アンリエッタにも気持ちの整理をする時間が必要だったから。しかし、時間がたってもフェリクスはアンリエッタを避けた。焦れたアンリエッタが護衛に尋ねても、フェリクスは政務に明け暮れている、という返事が返ってくるばかり。
 ――会いにくいのは私も同じだわ。……でも、会うくらいしてくれたっていいじゃない。
 番になったからだろうか。さみしい気持ちが沸き起こってしまうのを止められない。
 せめて食事だけでも一緒に、と望んだアンリエッタのために、ようやくフェリクスはこうした時間を空けてくれた。政務をしているというのは本当なのだろう。フェリクスの目の下にはうっすらと隈があった。
 フェリクスが用意してくれた食事用の部屋は、城の奥にある皇太子の居住区の中にある。
 代わりに、アンリエッタの部屋はフェリクスの部屋から遠ざけられた。ラットでアンリエッタを抱いたことを悔いているのだろうか。アンリエッタは自分から身をさし出したのに。
 そんなことを思いながら、朝昼晩の食事は同じ部屋で摂る。
 皇帝夫妻から「ぜひ同じ部屋で」と誘いがあったが、アンリエッタはそれを丁寧に断った。
 アンリエッタは没落した家の令嬢だ。オメガになったとはいえ、皇家になにも輝かしいものをもたらせない。
 皇帝夫妻がいくら優しく、心が広くても、アンリエッタにはまだ夫妻と会う勇気が出なかった。
 はあ、とため息をつくたびに、フェリクスの目がアンリエッタに向く。
 何か言おうとして口を開くが、何を言えばいいのだろうと思って、口を閉じる。
 このポタージュおいしいわ?
 そう言えば魔法の新しい回路を思いついたの?
 今日は何をしていたの?
 そのどれもがこの空気の中で発するにはふさわしくない気がする。
 もう一度ため息をついて、アンリエッタは運ばれてきた魚料理に手を付けた。
「……おいしい」
「それはよかった、料理長もきっと喜ぶ」
 今日初めての会話だ。アンリエッタは少しだけ目元をやわらげた。
 さすが皇城の料理人は素晴らしい腕前で、食事はいつだって味がよかった。
 確かにおいしかったけれど、アンリエッタには、あの学園でフェリクスたちと笑いあいながら食べる食事のほうがおいしいように思えた。
 前菜にカリフラワーのムース。魚料理はスズキのポワレ。肉料理はローストビーフ。あまり量の食べられないアンリエッタのために小ぶりに盛り付けられた料理たちは見た目にも美しい。
 会話が弾むこともなく、食事は進んでいく。ローストビーフをあらかた食べ終えたところで、ふいに一陣の風が吹く。そういえば、今日は紅葉を見たくて窓を開けてもらっていたのだった。
 遠くに見える城下町は、紅葉のためでなく色とりどりに染まっている。
 そういえば、とアンリエッタは料理から顔をあげた。
「花祭り……」
 花祭りとは、花女神フリージアをたたえ、今年の秋の豊饒を感謝する、フリージア帝国に百年間続く祭りのことだ。花女神からとって花祭り、その華やかなさまは、大人にも子供にも人気で、毎年この祭りのために王都へやってくる観光客が大勢いる。
 また、花女神フリージアを奉る祭りであることから、恋人たちや夫婦が絆を深めるご利益があるともされる。この日に番となる恋人同士も多いというのだから、この祭りがどれほど好かれているかわかるというものだ。
「花祭りに、行きたいわ……」
 去年まではクラリスや家族と楽しんでいたが、今年はいろいろあったせいですっかり忘れていた。思いだすと、あの華やかな飾りつけやかわいらしい菓子を売り出す屋台、花女神にちなんださまざまな催しの楽しさが恋しくなる。
 ぽつりとつぶやいたアンリエッタに、フェリクスが顔をあげる。驚いたように目を見開いているフェリクスに、思わずくすりと笑みがこぼれる。
「意外かしら。私、花祭り、大好きなの」
「いや……」
 フェリクスは空色の目を瞬いた。しばらく何か考えている様子だっだが、ややあって、その口を開く。
「行こう」
「え……」
 突然の宣言に、アンリエッタは驚いた。本当にかなえられえるとは思っていなかった。
 城から出してもらえないとすら思っていたのだ。あっさり花祭りに行こう、と言われて、アンリエッタはカトラリーを置く。
「君が望むことを、したい。番だからではなく、君のことが、好きだから」
 真顔でそんなことを言われて、アンリエッタは頬が熱を持つのを感じる。
 面と向かって言われると恥ずかしい。おかしな空気だ。……けれど、いやではなかった。
「ありがとう……」
 静かな部屋が、やわらかな気配に包まれる。アンリエッタの口元には、いつのまにか柔らかな笑みが浮かべられていた。

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