アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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出会い(フェリクス視点)5

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 それが変わったのは、アンリエッタの周囲に余計な声がまとわりつき始めてからだ。
 アルファとアルファで結ばれることはない。後継を残し難い性別同士が結ばれるなんて非生産的だ。身分あるものだからこそ、後に続くもののことを考えねばならない。
 皇太子であるフェリクスと仲のいいアンリエッタへの嫉妬か、いつからか、アンリエッタにそんな陰口が降りかかってきた。
 アルファという第二性のせいで虐げられたアンリエッタが、今度は女という第一性のせいで傷付けられている。
 フェリクスがいくら咎めても、アンリエッタの耳を埋め尽くす悪意ある言葉は止まらなかった。むしろ、フェリクスに見つからぬよう隠れてささやかれる分だけ、アンリエッタを守ることは困難になった。クラリスというアンリエッタの幼馴染が彼女の婚約者候補になったことで一応は沈静化したが、それはすでに、アンリエッタの心がフェリクスに壁を作ってしまった後だった。
 婚約者候補となって防波堤の役割を果たしたクラリス。アンリエッタは知らないが、クラリスは自ら願って彼女の婚約者候補になったのだ。アンリエッタへの攻撃を止めるために。そんなクラリスに、一度、面と向かって怒りをぶつけられたことがある。
「自分の影響力を考えてください!アンリエッタ様を表立ってかばえば、嫉妬を煽るに決まっています。私の大事なアンリエッタ様を守れないなら何もしないで!」
 暴言を吐いたと――フェリクスはそれを当然の叱責だと受け止めたが――自覚をしていたのだろう。その怒りを目に宿したまま、フェリクスへ「不敬への罰」を望んだクラリスを、フェリクスは罰しなかった。当たり前だ。クラリスは、アンリエッタを守ろうとして最善を尽くしただけなのだから。ふたりは、アンリエッタを大切に思う戦友とも言える関係だった。
 それからしばらくして、アンリエッタはフェリクスへの警戒を少しだけ緩めてくれた。
 また前のように話せるようになったことが、心の底から嬉しくて、フェリクスは何度もアンリエッタに話しかけた。相変わらず、一線を引かれていたけれど、あえて大げさに好意をつたえることで、周囲からアンリエッタへ向けられるまなざしが「ああ、どうせ結ばれないものなあ」とやわらかくなることに気付いてからは、それを免罪符にして心の内を吐きだした。
 側近のユーグはそんなフェリクスを心配したが、アンリエッタのためなら、報われない男を演じるくらい、なんでもなかった。
「ね、フェリクス。歌っている間ずっと作用する魔法を考えたの。ずっと魔力を操作し続けるのは大変でしょう?それがね、歌を媒介にして、ひとつひとつのフレーズに意味のある言葉を乗せれば、魔法の重ねがけが簡単にできるの」
「でも、それだと継続させる魔力が膨大にならないかい?」
「それは……確かにそうなんだけどっ!もう、一生懸命考えたのに!」
「いや、でもアイデアは画期的だ。すごいよ、アンリエッタ」
「……急に褒めるなんて。……ありがとう」
 アンリエッタの楽し気な声を思いだす。あれは、いつか教室の移動時間に話したことだ。
 アルファも、ベータもオメガも、性の垣根なしに通える学園。フェリクスが提案した議題は、今、こうしてフリージア学園という形をとっている。クラリスという防波堤を得たアンリエッタの周囲にはひとが集まり始めた。その中には、優秀なアルファ以外の生徒もいて、アンリエッタの考える物事は、いつも多くの人間の考えを混ぜ合わせ、時には議論をぶつけ合い、切磋琢磨の末に素晴らしい結果となって彼女へと舞い戻った。
 フェリクスが整えた制度はアンリエッタの力を伸ばす手助けになれただろうか。
 アンリエッタの飛躍とともに、フェリクスの作り出した「性の垣根ない学びの場」は評価され始めた。
 フェリクスは多くの称賛を受けたが、それはフェリクスにとってはどうでもいいことだった。
 アンリエッタのためにしたことだったからだ。
 それが――どうして、いつから狂ってしまったのだろう。
 オーク商会、という豪商が急に力をつけて来たのは、フェリクスの提言した「性差のない国」という考え方が、広まり始めたためだった。
 オーク商会は、アルファの善良な商人や職人から品物を買いたたき、それを商品として売りさばくことで急激に成長してきた商会だ。不当な取引に抵抗すれば「皇太子の理想に逆らうのか」と脅して言うことを聞かせていた、という声も聞く。証言だけではとらえられない。オーク商会のたちの悪いところは、それまで評価されていなかったアルファではない商人たちを抱き込んだところにある。国民の大多数であるベータを引き込んだ彼らに手をこまねいている間に、オーク商会は王家でもたやすく罰せられないほど力をつけた。
 そうして学園にやってきたのがフレッド・オークだ。
 フレッドは、学園の有名人であるアンリエッタに目を付けた。フレッドの目は、アンリエッタを美しいアクセサリーを見る目で見ていた。
 フェリクスは、フレッドがアンリエッタに近づくことを許容していたわけではない。
 しかし、フレッドの見方は大勢のべータの生徒たちだ。彼らがフレッドを称賛すればするほど、フェリクスは「気づかれないように」フレッドを遠ざける、という手を使えなくなった。罪もない彼らを退学になどできない。フレッドが問題らしい問題行動を起こしていないこともあって、フェリクスたちにできることは多くなかった。
 せいぜい、アンリエッタの取り巻きぶってフレッドをアンリエッタから引き離すことくらい。それも効果的とはいえなかった。
 そうこうしている間に、フレッドは実家の力を使ってアンリエッタの家を陥れた。
 狡猾なことに、書類上は正当な手続きを踏みながら。
 フェリクスは、また守れなかったのだ。
 ……いいや。
「僕も、あいつと同じだ……」
 アンリエッタの絹糸のような髪がフェリクスの指から滑り落ちる。
「守るどころか、アンリエッタを傷つけた……」
 アンリエッタは疲れ切って眠っている。やすらか寝息は、彼女がまだ遠く起きないことを示していた。
 フェリクスは、アンリエッタを無理矢理番にしたようなものだ。
 フレッド・オークとなにもかわらない。
 フェリクスは自嘲すると、アンリエッタの目元を指先で拭った。涙の乾いた跡がある。かわいそうに――……。フェリクスに許されたのは、アンリエッタがせめて眠りの中では安らかであるよう、祈ることだけだった。

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