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出会い(フェリクス視点)4
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フェリクスは、どうして今、彼女を抱きしめることができないんだろうと思った。この、ひと一人分の厚さの生垣。その幅が、ひどく遠く感じた。フェリクスは、生垣の下の隙間から、少女の手を生垣越しに握った。振りほどかれないことにほっとして、フェリクスは口を開く。
「……君はえらいね」
「……うう……」
「君は、頑張りたいって思ってる。それは、すごいことだよ」
「……? うた、じゃないの」
「うん、歌じゃない。もちろん、君の歌は素晴らしかった。でも、君にはそれだけじゃないよ」
「君は頑張りたいって言ったよね。君は努力できるひとだ。頑張る力がある」
つなげた手に、力がこもる。握り返されて、フェリクスは顔を熱くした。
「大丈夫だよ。想像して。君が望めば、君が努力すれば、なんだって叶うって」
「……ほんとう?」
少女の目が、生垣の向こう――こちらの姿を探してさまよっている。戸惑うまなざしが、信じたい、とうるんでいた。
「うん。大丈夫。君の努力を無駄になんてさせない」
フェリクスは、決めた。
「ここを、そういう国に、僕がして見せる」
アルファだ、オメガだ、なんて関係ない国にする。アルファだから、できないから否定していいなんてそんなこと許しはしない。
彼女が嘆く原因になった風潮ごと取り除いて、彼女を笑顔にしたい。
幸い、フェリクスには――皇子であるフェリクスには、その力があった。フェリクスは、己の生まれ持った才能は、すべてこのために会ったのだと思いすらした。
彼女を、幸せにするために、フェリクスはこう生まれついたのだと。
「ありがとう」
少女が不思議そうに首をかしげる。その時だった。
「アンリエッタ――!」
「お父様!」
誰か、大人の声。ついで、少女の父を呼ぶ声。ああ、君は、アンリエッタっていうんだね。
フェリクスは微笑んで、少女――アンリエッタの手を、解放した。つないでいた手にはアンリエッタのぬくもりが残っている。少しだけ、寂しかった。
「君を心配する人も、愛している人もいる。だから大丈夫、絶対に、君は大丈夫だよ。さ、おゆき。……アンリエッタ」
フェリクスは、見えないとわかっていても、アンリエッタに手を振った。
「もし、君がまた自信をなくしたら、歌を歌って。その歌を褒めた僕を思い出して。絶対に、絶対に、君は大丈夫だって、思い出して」
そう、君は絶対大丈夫。アンリエッタ。僕の女神。
君が、僕の生き方を変えてくれた。だから、君が悲しむようなことから、君を守りたい。・
フェリクスは、アンリエッタの姿が見えなくなるまでその背を追い続けた。
次に出会ったのはフリージア学園の入学式だ。
数年ぶりに見たアンリエッタは透き通るように美しかった。アンリエッタはあの時のうずくまった姿が嘘のように凛と立っていて、歌魔法という繊細な魔法の優秀な使い手として、またアリウム侯爵家の誇る歌姫として名をはせていた。学園の入学試験もフェリクスについで二位という成績を収めた彼女は、さすがアンリエッタだと――アリウム侯爵家の次期当主だと称賛されていた。
けれど、フェリクスはそれがアンリエッタ自身のたゆまぬ努力によるものだと知っている。
アンリエッタはその事実をひけらかしていないから、知らない人間も多いだろう。だが、アンリエッタばかり見ていたフェリクスには、そこに驚くほどの研鑽が積まれているのがわかった。
教授に質問を繰り返し、図書館に何度も通うアンリエッタ。
つかれてうたたねをしている彼女のノートには、魔法のこつを試行錯誤した名残や、教授に質問した項目への考察がびっしりと書き込まれていた。
――フェリクス皇太子殿下……?
――フェリクスでいいよ。アリウム嬢。
――では、私のこともアンリエッタ、と。ずっと、あなたに名前を呼ばれたいと思っていたのです。
フェリクスが話しかけたとき、アンリエッタは驚いていた。それもそのはずで、アンリエッタは幼いころのあの出会いを覚えていて、声の正体がフェリクスだということに気付いていたのだ。もちろん、調べればわかることだ。しかし、フェリクスはあの、たった数刻の出会いをで、声の主を探すほど興味を持ってくれたことが嬉しかった。
アンリエッタは魔法が好きらしい。歌を媒介にした歌魔法が得意だと笑ったアンリエッタのノートに挟まれた、折り目ばかりの楽譜を見たとき、フェリクスの中に沸き起こった喜びを、彼女はそのいっぺんでもわかっているだろうか。
思えば、その時のフェリクスとアンリエッタの関係が、一番穏やかなものだった。
アンリエッタは細かい魔力操作が得意だった。果物が好きで、脂っこい肉は苦手だった。歌うことが何より好きだと言った彼女の笑顔を今も覚えている。
アンリエッタのことを知るほど、フェリクスは深い恋の海に溺れた。
アンリエッタとフェリクスはすぐに仲良くなった。切磋琢磨しあうライバルだったし、フェリクスのうぬぼれでなければ、互いにそれとなく慕いあう間柄だった。
「……君はえらいね」
「……うう……」
「君は、頑張りたいって思ってる。それは、すごいことだよ」
「……? うた、じゃないの」
「うん、歌じゃない。もちろん、君の歌は素晴らしかった。でも、君にはそれだけじゃないよ」
「君は頑張りたいって言ったよね。君は努力できるひとだ。頑張る力がある」
つなげた手に、力がこもる。握り返されて、フェリクスは顔を熱くした。
「大丈夫だよ。想像して。君が望めば、君が努力すれば、なんだって叶うって」
「……ほんとう?」
少女の目が、生垣の向こう――こちらの姿を探してさまよっている。戸惑うまなざしが、信じたい、とうるんでいた。
「うん。大丈夫。君の努力を無駄になんてさせない」
フェリクスは、決めた。
「ここを、そういう国に、僕がして見せる」
アルファだ、オメガだ、なんて関係ない国にする。アルファだから、できないから否定していいなんてそんなこと許しはしない。
彼女が嘆く原因になった風潮ごと取り除いて、彼女を笑顔にしたい。
幸い、フェリクスには――皇子であるフェリクスには、その力があった。フェリクスは、己の生まれ持った才能は、すべてこのために会ったのだと思いすらした。
彼女を、幸せにするために、フェリクスはこう生まれついたのだと。
「ありがとう」
少女が不思議そうに首をかしげる。その時だった。
「アンリエッタ――!」
「お父様!」
誰か、大人の声。ついで、少女の父を呼ぶ声。ああ、君は、アンリエッタっていうんだね。
フェリクスは微笑んで、少女――アンリエッタの手を、解放した。つないでいた手にはアンリエッタのぬくもりが残っている。少しだけ、寂しかった。
「君を心配する人も、愛している人もいる。だから大丈夫、絶対に、君は大丈夫だよ。さ、おゆき。……アンリエッタ」
フェリクスは、見えないとわかっていても、アンリエッタに手を振った。
「もし、君がまた自信をなくしたら、歌を歌って。その歌を褒めた僕を思い出して。絶対に、絶対に、君は大丈夫だって、思い出して」
そう、君は絶対大丈夫。アンリエッタ。僕の女神。
君が、僕の生き方を変えてくれた。だから、君が悲しむようなことから、君を守りたい。・
フェリクスは、アンリエッタの姿が見えなくなるまでその背を追い続けた。
次に出会ったのはフリージア学園の入学式だ。
数年ぶりに見たアンリエッタは透き通るように美しかった。アンリエッタはあの時のうずくまった姿が嘘のように凛と立っていて、歌魔法という繊細な魔法の優秀な使い手として、またアリウム侯爵家の誇る歌姫として名をはせていた。学園の入学試験もフェリクスについで二位という成績を収めた彼女は、さすがアンリエッタだと――アリウム侯爵家の次期当主だと称賛されていた。
けれど、フェリクスはそれがアンリエッタ自身のたゆまぬ努力によるものだと知っている。
アンリエッタはその事実をひけらかしていないから、知らない人間も多いだろう。だが、アンリエッタばかり見ていたフェリクスには、そこに驚くほどの研鑽が積まれているのがわかった。
教授に質問を繰り返し、図書館に何度も通うアンリエッタ。
つかれてうたたねをしている彼女のノートには、魔法のこつを試行錯誤した名残や、教授に質問した項目への考察がびっしりと書き込まれていた。
――フェリクス皇太子殿下……?
――フェリクスでいいよ。アリウム嬢。
――では、私のこともアンリエッタ、と。ずっと、あなたに名前を呼ばれたいと思っていたのです。
フェリクスが話しかけたとき、アンリエッタは驚いていた。それもそのはずで、アンリエッタは幼いころのあの出会いを覚えていて、声の正体がフェリクスだということに気付いていたのだ。もちろん、調べればわかることだ。しかし、フェリクスはあの、たった数刻の出会いをで、声の主を探すほど興味を持ってくれたことが嬉しかった。
アンリエッタは魔法が好きらしい。歌を媒介にした歌魔法が得意だと笑ったアンリエッタのノートに挟まれた、折り目ばかりの楽譜を見たとき、フェリクスの中に沸き起こった喜びを、彼女はそのいっぺんでもわかっているだろうか。
思えば、その時のフェリクスとアンリエッタの関係が、一番穏やかなものだった。
アンリエッタは細かい魔力操作が得意だった。果物が好きで、脂っこい肉は苦手だった。歌うことが何より好きだと言った彼女の笑顔を今も覚えている。
アンリエッタのことを知るほど、フェリクスは深い恋の海に溺れた。
アンリエッタとフェリクスはすぐに仲良くなった。切磋琢磨しあうライバルだったし、フェリクスのうぬぼれでなければ、互いにそれとなく慕いあう間柄だった。
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