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出会い(フェリクス視点)3
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少女が、フェリクスが必死に言いつのった言い訳を聞いてぽつりとつぶやく。
「でも……私は、好きだったわ」
「――……ありがとう」
フェリクスは言った。
「君は、歌が下手な僕のことを、情けないと思う?」
「思わないわ……」
「そうだろう? そう言うと思った。君は優しいから」
「私は本当にそう思ったのよ。……私のことを知ってるの?」
「いいや」
けれど、優しいと思った。普通、こんな怪しい声の主が話うかけてくれば、逃げるか叫ぶかするだろう。それなのに、彼女はフェリクスが悩んでいると思って話を聞いてくれている。これが優しさでなくてなんだというのだ。
「初対面だよ。……いや、対面すらしてないか。でも、この短時間でも、君がやさしいってわかるよ。とっても頑張り屋だってことも」
――そうだ。フェリクスは理解していた。少女の歌は、きちんと訓練をして修めた実力が伴っていた。それは、努力をしなければ得られないものだ。
彼女は泣いていた。頑張って頑張って、それでもできないことを諦められないから、涙が出るのだ。
フェリクスは、それをわかっていた。幼いころ、生まれというどうしようもないことでつぶれて消えた夢を想いだしたから。思えば、フェリクスが何を見ても感動しなくなったのは、あの頃だった気がする。あのときの想いを、少女が抱えて持ってくれていたのかも、なんて思ったりして。フェリクスは、はっと思いついて、ポケットの中を漁った。
小さく折りたたまれた羊皮紙は、フェリクスのお守りだ。幼い字で書かれたぐちゃぐちゃの楽譜。持ち歩いていることすら無意識で、忘れていたことを思いだす。フェリクスはそれを広げて、生垣の下の隙間から少女のもとへ送り込んだ。
「これ、さっきの歌」
「え?」
「僕は作曲家になりたかったんだけど、だめ。絶望的に才能がないんだ」
あれは物心がついたころだ。少し思っただけで、燃え盛る炎のごとく怒られた夢。才能がないと言ったのは、父皇帝だった気がする。きっと、フェリクスは皇帝を継ぐ人間だから、しかたがなかったと、今ならわかる。でもあの頃はそれに傷ついて。傷ついていることすら胸の奥にしまってしまった。この楽譜のように。
「そんなこと……」
少女が気まずそうに言う。フェリクスは笑った。
「大丈夫。今は追ってない夢だよ。でも、そうだな……もしよかったら、その歌、歌ってくれない? 楽譜、読めるんだろう?」
「少しだけ。……どうしてわかったの?」
「これでも観察眼はあるほうなんだ。耳もいい。アルファだからかな。そういう身体能力は優れているかもしれないな。ま、音楽の才能はないんだけれど」
「アルファ……」
少女の動きがはた、と止まる。フェリクスは不思議に思って、生垣の隙間から少女の様子を見やって――その、次の瞬間だった。
「きみ――どうし、」
ほとばしるような、音の奔流。あとからあとからあふれ出す美しくも透明な声が、フェリクスの胸をそっと包み込む。
これが、彼女の歌。――これが、この子という人。
短いフレーズは、すぐに終わった。それでも、いいや、だからこそ、だろうか。
フェリクスは、胸から沸き起こる感動を素直に言葉にした。
「すごい! すごいすごい! 君の歌、きれいだ! 僕が今まで聴いたことのあるどんな歌よりきれいで、素晴らしかった!」
「こんなの、たいしたこと――」
「ある! 大したことあるよ。少なくとも、僕はそう思った。全世界の人間が否定したって、僕は素晴らしかったって胸を張って言えるよ」
本心だ。強く、心から、強く、思っている。
フェリクスが興奮で手を握りしめると、少女の声が聞こえた。
嗚咽交じりの、震えた声。
「どうしたの!?」
「う、うれしくて」
「嬉しい……?」
「ほめて、もらえたから」
少女はしゃくりあげながら言った。アメシスト色の目が、日の光を受けて――いいや、内側から、きらきらと輝く。その光を見てしまうと、先ほどまでの彼女の目が、ガラス玉のように思えるほどに。
フェリクスは、はっと息をした。ぽつりと落とした声は、少女に聞こえただろうか。
「……君は、すごく頑張ってるんだね」
改めてそう思う。彼女は必死に努力したのだ。けれど、それを誰にも認めてもらえなくて、縮こまってしまった。いや――彼女自身が、彼女を否定して、傷つけていたのだろう。
「うん……うん……がんばった、私、がんばってるの……」
少女は目からぼろぼろと涙を流して、何度も頑張っている、と言った。
「でも……私は、好きだったわ」
「――……ありがとう」
フェリクスは言った。
「君は、歌が下手な僕のことを、情けないと思う?」
「思わないわ……」
「そうだろう? そう言うと思った。君は優しいから」
「私は本当にそう思ったのよ。……私のことを知ってるの?」
「いいや」
けれど、優しいと思った。普通、こんな怪しい声の主が話うかけてくれば、逃げるか叫ぶかするだろう。それなのに、彼女はフェリクスが悩んでいると思って話を聞いてくれている。これが優しさでなくてなんだというのだ。
「初対面だよ。……いや、対面すらしてないか。でも、この短時間でも、君がやさしいってわかるよ。とっても頑張り屋だってことも」
――そうだ。フェリクスは理解していた。少女の歌は、きちんと訓練をして修めた実力が伴っていた。それは、努力をしなければ得られないものだ。
彼女は泣いていた。頑張って頑張って、それでもできないことを諦められないから、涙が出るのだ。
フェリクスは、それをわかっていた。幼いころ、生まれというどうしようもないことでつぶれて消えた夢を想いだしたから。思えば、フェリクスが何を見ても感動しなくなったのは、あの頃だった気がする。あのときの想いを、少女が抱えて持ってくれていたのかも、なんて思ったりして。フェリクスは、はっと思いついて、ポケットの中を漁った。
小さく折りたたまれた羊皮紙は、フェリクスのお守りだ。幼い字で書かれたぐちゃぐちゃの楽譜。持ち歩いていることすら無意識で、忘れていたことを思いだす。フェリクスはそれを広げて、生垣の下の隙間から少女のもとへ送り込んだ。
「これ、さっきの歌」
「え?」
「僕は作曲家になりたかったんだけど、だめ。絶望的に才能がないんだ」
あれは物心がついたころだ。少し思っただけで、燃え盛る炎のごとく怒られた夢。才能がないと言ったのは、父皇帝だった気がする。きっと、フェリクスは皇帝を継ぐ人間だから、しかたがなかったと、今ならわかる。でもあの頃はそれに傷ついて。傷ついていることすら胸の奥にしまってしまった。この楽譜のように。
「そんなこと……」
少女が気まずそうに言う。フェリクスは笑った。
「大丈夫。今は追ってない夢だよ。でも、そうだな……もしよかったら、その歌、歌ってくれない? 楽譜、読めるんだろう?」
「少しだけ。……どうしてわかったの?」
「これでも観察眼はあるほうなんだ。耳もいい。アルファだからかな。そういう身体能力は優れているかもしれないな。ま、音楽の才能はないんだけれど」
「アルファ……」
少女の動きがはた、と止まる。フェリクスは不思議に思って、生垣の隙間から少女の様子を見やって――その、次の瞬間だった。
「きみ――どうし、」
ほとばしるような、音の奔流。あとからあとからあふれ出す美しくも透明な声が、フェリクスの胸をそっと包み込む。
これが、彼女の歌。――これが、この子という人。
短いフレーズは、すぐに終わった。それでも、いいや、だからこそ、だろうか。
フェリクスは、胸から沸き起こる感動を素直に言葉にした。
「すごい! すごいすごい! 君の歌、きれいだ! 僕が今まで聴いたことのあるどんな歌よりきれいで、素晴らしかった!」
「こんなの、たいしたこと――」
「ある! 大したことあるよ。少なくとも、僕はそう思った。全世界の人間が否定したって、僕は素晴らしかったって胸を張って言えるよ」
本心だ。強く、心から、強く、思っている。
フェリクスが興奮で手を握りしめると、少女の声が聞こえた。
嗚咽交じりの、震えた声。
「どうしたの!?」
「う、うれしくて」
「嬉しい……?」
「ほめて、もらえたから」
少女はしゃくりあげながら言った。アメシスト色の目が、日の光を受けて――いいや、内側から、きらきらと輝く。その光を見てしまうと、先ほどまでの彼女の目が、ガラス玉のように思えるほどに。
フェリクスは、はっと息をした。ぽつりと落とした声は、少女に聞こえただろうか。
「……君は、すごく頑張ってるんだね」
改めてそう思う。彼女は必死に努力したのだ。けれど、それを誰にも認めてもらえなくて、縮こまってしまった。いや――彼女自身が、彼女を否定して、傷つけていたのだろう。
「うん……うん……がんばった、私、がんばってるの……」
少女は目からぼろぼろと涙を流して、何度も頑張っている、と言った。
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