アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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はじめて4

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 だから抑制剤を飲んでいたとしても、ラットはいつまで続くかわからない。アルファのラットは番がいる場合にしか発生しないため、大抵は番が解消してくれる。
 そのため抑制剤の研究もオメガのものほど進んでおらず、効かないことも多いと聞く。
 ――では、番によって解消されない場合は。
 発情期は体に与える負担が大きい。だからこそオメガだって抑制剤を飲むのだ。
「そうです。そして、殿下のラットは、もう三日も続いている。薬はあってないようなものでした。……衰弱が激しく。このままだと命の危険すらあると医官に言われました」
「私のところに来なかったのはなぜ?」
「殿下は、アリウム侯爵令嬢だけには、知らせるなとおっしゃいました。アンリエッタにこれ以上の迷惑をかけることはできない。自分で何とか出来るから、と。けれど、やはり抑制剤ではどうにもならず……」
「待ってください!」
 ユーグの言葉を、クラリスが遮る。
「ということは、ユーグ様は、アンリエッタ様に、フェリクス様へその身を刺し出せとおっしゃっているのですか?結婚もしていないのに!」」
 ユーグの歩調が少し緩まる。息を切らせるなか、ユーグは小さな声で「申し訳ありません」とつぶやいた。苦し気な声だった。
「でも、これしか殿下を救う手だてはないんです」
「それでも――……!」
「いいわ、クラリス」
 それでも言い募るクラリスを落ち着かせるように、できるだけ冷静な声で、アンリエッタは言った。
「閨用の服を用意してくれないかしら。フェリクスが、そういうことをしやすいように。ごめんなさい、私、そういうことには詳しくないの」
 言って、背後を振り返る。ヘレンが頷き、どこかへ小走りで走ってゆくのを見送って、アンリエッタはなるべく明るい表情を形作った。
「それに、このドレスは気に入っているから。ほら、このままでいっては汚れるでしょう」
 冗談めかして言うと。ユーグは「そうですね」と泣き笑いのような表情を浮かべた。
 クラリスは両手を胸の前で祈るように組んで、目に涙をためている。
 アンリエッタはほほんだ。
 ――アンリエッタにこれ以上の迷惑をかけることはできない、なんて、あなたは自己犠牲の過ぎるお馬鹿さんだわ。
 困っているなら、助けなくちゃね、そう思って、アンリエッタはヘレンが用意してくれた着替えのための部屋に歩を踏みいれた。ユーグはフェリクスの容態を見てくる、と席を外す。
 クラリスが「アンリエッタ様」と気遣いの声をあげながら、ヘレンやほかのメイドと一緒に着替えを手伝ってくれる。
「クラリスは休んでいてくれてもいいのに」
「いいえ、いいえ。アンリエッタさまの大切なことですもの。お手伝いがしたいんです」
 そんなクラリスの心遣いが嬉しい。
 レースとフリルに縁どられたネグリジェは、アンリエッタの目から見ても大胆に見えた。それでも触り心地は良い絹でできており、使用人たちの最大の心配りを感じる。
 アンリエッタはガウンを羽織って、使用人たちに礼を言う。
 クラリスにはここに残ってもらい、ヘレンだけを連れてフェリクスの部屋に向かった。
「フェリクス様のために……ありがとうございます……」
「いいのよ」
 胸がばくばくとうるさい。ヘレンの言葉にそれだけをようよう口にして、アンリエッタは部屋の扉へ手をかけた。
 頭の中に、さっき思った言葉がよみがえる。
 困っているなら、助けなくちゃ。と。
 だって、フェリクスは私を助けてくれたんだもの。
 ――…………………。
 ――…………。
 ――……。
 窓は閉め切られ、カーテンが分厚く覆っている。日の光はほとんど差し込まないその部屋の中央にあるベッドに、シーツを被った大きな塊がうごめいている。
 一歩、フェリクスの部屋へ足を踏み入れたアンリエッタは、むせかえるようなフェリクスのフェロモンに思わず息を呑んだ。
 ずくりと腰の奥がうずき、下着のうちに粘ついた何かがにじむ。
 それが、アルファがオメガを強制的に発情させるフェロモンであると知識としては持っていても、アンリエッタが実際にそれを体感するのははじめてだった。
「ふぇり、くす」
 アンリエッタは思わずフェリクスを呼んだ。
 ――ラット。アルファが、己のオメガをつなぎとめるために引き起こされる、アルファの発情期。
 生理周期的に起こるオメガのそれとは違い、アルファが「番を愛する」という欲求が果たされぬときに引き起こされるものだと聞いた。
 自然界において、敵に番を奪われぬために。強制的にオメガを発情させるものであるとも。
 とにもかくにも、ラットはアルファ側が欲求不満のときに起きるものである。
 耐えていれば自然にすぎるオメガの発情期とは違い、アルファの発情期は勝手に収まるということはない。
 それでも耐え続けていると、ほかの体の機能が阻害され、体力も消耗し、命の危機に至る可能性だってある。アルファにとって――フェリクスにとって、今のこの状態は、負担が大きいはずである。
 アンリエッタの声に、シーツで自分を縛り付けたフェリクスがこちらを振り向いたのがわかった。
「どうして……どうしてここに来た……!」
 フェリクスの、いつになく、彼らしくなく焦ったような、激情にかられた声が響く。
 アンリエッタはふる、と震えて――けれどすぐに、自分が何のためにここに来たのかを思い出した。
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