アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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「ともかくですわ。アンリエッタ様自身が一番価値あるものなのです。皇太子殿下だってそう思われているはずですわ。アンリエッタ様が身一つで嫁いだところで、誰も文句を言う人などいません。……ですから、アンリエッタ様、私から言うべきことではないかもしれませんが、殿下は同情でアンリエッタ様を番になさったわけではないのですよ」
「クラリス……」
 アンリエッタは口の端をひくつかせた。うまく笑えている自覚がない。
「……ありがとう」
 そう言って、ただ感謝だけを述べたアンリエッタは、今もクラリスの言うことを信じ切ることができなかった。けれど、クラリスの言葉に、そうだったら、と気が楽になったことは確かだ。
 アンリエッタはクッキーをかじり、紅茶を飲んだ。
 胸が重い。ただ、悩みの種類は変わった気がする。
 今も心配を目に映したクラリスに申し訳なく思いながら、アンリエッタはうまく言葉を紡げない。
 アンリエッタは自分がどうすべきなのかわかっている。フェリクスとの婚約を受け入れて、幸せになればいいとみんなが言う。
 それが一番いいのだと理解している――けれど、アンリエッタはその答えをどうしても受け付けられないでいた。
 そうして、それは、自分がフェリクスにふさわしくないと思ってしまう、意気地のない心のせいだとも、わかっていた。
 ――と、ふいに、アンリエッタとクラリスのいる中庭に、誰かの焦ったような足音が響く。
「アリウム侯爵令嬢!」
「ユーグ様……?」
 あらたまった言い方をしてアンリエッタを呼んだのは、フェリクスの側近のユーグだった。おそらく、遠巻きにだが周囲にいる使用人たちの目を気にしてのことだろう。
 しかし、額に汗をかいてまで走ってきたユーグの様子はいつもの飄々としたさまからは想像できない。隣にいるクラリスも、ユーグのいつになく慌てた様子に驚いているようだった。
「どうなさったの、そんなに急いで……」
「歓談中申し訳ありません。アリウム侯爵令嬢……。しかし、今、殿下の命が危険で」
「え……!?」
「落ち着いてください、ユーグ様……!」
 肩で息をするユーグにクラリスが水をさし出すが、ユーグはそれを手で制した。
「ユーグ様、今、フェリクスが危険とおっしゃったの?」
 アンリエッタの声がその場にひびく。声が震えることを止めることができない。
 ユーグはアンリエッタを見つめ、ずれた眼鏡を直すこともせずに、はい、と返した。
「どうか、フェリクス殿下を助けてください……!」
 悲痛な声が庭園に響く。アンリエッタは頷き、クラリスとヘレンに目配せをした。二人を伴って立ちあがる。
「わかりました。ユーグ様、フェリクスのところに、お連れください」
「ありがとうございます……!」
 すぐさまアンリエッタたちを導くために踵を返したユーグを見失わぬようについていく。
 長い回廊を抜け、いくつもの部屋を通り過ぎた。おそらく向かっているのは城の最奥――皇族であるフェリクスが生活している部屋だろう。
 回廊を早足で進みながら、アンリエッタはユーグに尋ねる。
「そういえばどうして私に助けを?」
 城には優秀な医官や近衛兵がいるはずだ。
 フェリクスが何かの病気なら医官を頼るべきであるし、フェリクスが不埒ものに襲われたそうだというのなら近衛兵が対処するはず。
 どちらにしても、医療に関しては素人で、武芸に秀でたわけではないアンリエッタが役に立つとは思えない。
 そう思って口にした言葉に、ユーグははっと重要なことに気づいた、といった顔をして、言いにくそうに口を開いた。
「ラット、というのはご存じですか」
「アルファの生理現象ですよね。オメガの発情期……ヒートに対応するものだと聞いています。私はラットになったことがありませんが……」
 それ以上を言うのははばかられ、アンリエッタは一度口を閉ざした。
 ラット、それはアルファの発情期だ。
 性的欲求が高まったときや、オメガに誘引されたとき、アルファはオメガと同じように発情し、それは抑制剤などで抑えることができる。
 ただ、アルファの発情期であるラットとオメガの発情期――ヒートという――の決定的な違いは、ラットには周期がなく、主にアルファ自身の本能によって引き起こされる、という点だ。
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