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はじめて2
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「オメガを同意なしに番にするアルファなんて、すっとこどっこいで十分です。……それに、アンリエッタさまの不調の原因がそれでないなら、フェリクス殿下はアンリエッタ様になにをしたんですの?」
「フェリクスが何かしたことは決定事項なのね……」
「当然です。アンリエッタ様に非があるはずがございません」
クラリスはこんなに苛烈な子だったかしら、とアンリエッタは思った。いつも物静かではかなく、アンリエッタの一歩後ろをついてくるような少女だったクラリスはどこへ行ってしまったのだろう。アンリエッタ至上主義!といった様子のクラリスに救われるところがないわけではない。肯定してもらって少なからず心は楽になった。だが、アンリエッタの悩みはそれで解決することではない。
アンリエッタは、ひとつ息をして口を開いた。
「……違うの。悪いのは、私なのよ、クラリス」
「アンリエッタ様が?」
全く信じていない様子のクラリスに頷いて、アンリエッタは続ける。
「私、フェリクスのことを好きなの。番になれて嬉しいとも思ったわ。でも、私は同時に嫌だと思ってしまったのよ。同情で番にしてもらうことが、いやだって」
黙って聞いてくれるクラリスは、こんなプライドの高いだけで何を持つわけでもない自分を情けなく思うかもしれない。
そう自分で思って落ち込みながら、アンリエッタは本心を吐露した。ヘレンが、クラリスが心配そうに眉を下げる。
「フェリクスは私を好いてくれているわ。それはわかっているの。でも、あの日まで、私たちは互いに結ばれることを諦めていた……。それが、いざ私が没落して、望まない婚姻を強いられた途端、フェリクスは私を性転換させてオメガにしたの。そんなことができるなら、最初からしているはずだわ」
アンリエッタは手を握りしめる。情けない。こんな体たらくで、本当に自分は女侯爵になるつもりだったのだろうか。
「だからやっぱり、この婚約の根底にあるのは同情なのよ。でも、そんなやさしいフェリクスに、今の私では返せるものがなにもないの」
「アンリエッタ様……」
「ごめんなさい、こんなことを話して」
ため息とともに、アンリエッタは紅茶に口をつける。すっかり冷めてしまった紅茶は、今のアンリエッタには飲みやすかった。
「いいえ、私、アンリエッタ様のお悩みならいつでもお聞きしたいです」
ヘレンが紅茶を淹れなおしてくれる。クラリスはアンリエッタの手をとって身を乗り出した。
「こんな状況になって初めて言いますが、私、アンリエッタ様の婚約者候補でいられて、嬉しかったのです」
優しい二人に救われながら、アンリエッタは静かに瞬きをする。クラリスの声は強く、アンリエッタに響いた。意味のない婚約者候補であれてうれしかった、と言われるとは思わなかった。アンリエッタはいつだって、クラリスの時間を無為に過ごさせることに罪悪感を抱いていたから。
「なんでもお話できる親友ですもの。恋愛感情を抱けなくても、私、アンリエッタ様となら生涯をともにしてもいいと思っていましたわ」
「クラリス……」
「もちろん、アンリエッタ様が慕う方と添い遂げられるのが一番よろしいですわ。でも……それでお悩みになる必要なんて、ございませんのよ」
クラリスが、自分の席に戻って微笑む。愛くるしいリスのようだと思っていた少女は、アンリエッタと同じ年の、頼りになる友人の顔をしていた。そんなことに、今さら気づいた。
「どういうこと?」
「アンリエッタ様はこの世で一番素晴らしいお方ですもの。お心のままに、気持ちのままに生きるのは当然の権利です」
「く、クラリス、当然って……褒めるにしても……そこまでではないわ……」
「いいえ、褒めすぎだなんてありえません。私、まだアンリエッタ様の魅力の一片も口にできていません」
クラリスが真剣な顔でアンリエッタを正面から見つめてくる。だからアンリエッタは思わず口をつぐんだ。
「アンリエッタ様が、誰より努力家で、お優しいのか、私は世界で二番目に詳しいつもりです」
「二番?」
「ええ。一番は悔しいことに、殿下です」
アンリエッタはそれに何かを言うことはできなかった。
クラリスが嘘を言うとは思えないけれど、そこまでアンリエッタがフェリクスに評価されているとは思えなかったからだ。
「フェリクスが何かしたことは決定事項なのね……」
「当然です。アンリエッタ様に非があるはずがございません」
クラリスはこんなに苛烈な子だったかしら、とアンリエッタは思った。いつも物静かではかなく、アンリエッタの一歩後ろをついてくるような少女だったクラリスはどこへ行ってしまったのだろう。アンリエッタ至上主義!といった様子のクラリスに救われるところがないわけではない。肯定してもらって少なからず心は楽になった。だが、アンリエッタの悩みはそれで解決することではない。
アンリエッタは、ひとつ息をして口を開いた。
「……違うの。悪いのは、私なのよ、クラリス」
「アンリエッタ様が?」
全く信じていない様子のクラリスに頷いて、アンリエッタは続ける。
「私、フェリクスのことを好きなの。番になれて嬉しいとも思ったわ。でも、私は同時に嫌だと思ってしまったのよ。同情で番にしてもらうことが、いやだって」
黙って聞いてくれるクラリスは、こんなプライドの高いだけで何を持つわけでもない自分を情けなく思うかもしれない。
そう自分で思って落ち込みながら、アンリエッタは本心を吐露した。ヘレンが、クラリスが心配そうに眉を下げる。
「フェリクスは私を好いてくれているわ。それはわかっているの。でも、あの日まで、私たちは互いに結ばれることを諦めていた……。それが、いざ私が没落して、望まない婚姻を強いられた途端、フェリクスは私を性転換させてオメガにしたの。そんなことができるなら、最初からしているはずだわ」
アンリエッタは手を握りしめる。情けない。こんな体たらくで、本当に自分は女侯爵になるつもりだったのだろうか。
「だからやっぱり、この婚約の根底にあるのは同情なのよ。でも、そんなやさしいフェリクスに、今の私では返せるものがなにもないの」
「アンリエッタ様……」
「ごめんなさい、こんなことを話して」
ため息とともに、アンリエッタは紅茶に口をつける。すっかり冷めてしまった紅茶は、今のアンリエッタには飲みやすかった。
「いいえ、私、アンリエッタ様のお悩みならいつでもお聞きしたいです」
ヘレンが紅茶を淹れなおしてくれる。クラリスはアンリエッタの手をとって身を乗り出した。
「こんな状況になって初めて言いますが、私、アンリエッタ様の婚約者候補でいられて、嬉しかったのです」
優しい二人に救われながら、アンリエッタは静かに瞬きをする。クラリスの声は強く、アンリエッタに響いた。意味のない婚約者候補であれてうれしかった、と言われるとは思わなかった。アンリエッタはいつだって、クラリスの時間を無為に過ごさせることに罪悪感を抱いていたから。
「なんでもお話できる親友ですもの。恋愛感情を抱けなくても、私、アンリエッタ様となら生涯をともにしてもいいと思っていましたわ」
「クラリス……」
「もちろん、アンリエッタ様が慕う方と添い遂げられるのが一番よろしいですわ。でも……それでお悩みになる必要なんて、ございませんのよ」
クラリスが、自分の席に戻って微笑む。愛くるしいリスのようだと思っていた少女は、アンリエッタと同じ年の、頼りになる友人の顔をしていた。そんなことに、今さら気づいた。
「どういうこと?」
「アンリエッタ様はこの世で一番素晴らしいお方ですもの。お心のままに、気持ちのままに生きるのは当然の権利です」
「く、クラリス、当然って……褒めるにしても……そこまでではないわ……」
「いいえ、褒めすぎだなんてありえません。私、まだアンリエッタ様の魅力の一片も口にできていません」
クラリスが真剣な顔でアンリエッタを正面から見つめてくる。だからアンリエッタは思わず口をつぐんだ。
「アンリエッタ様が、誰より努力家で、お優しいのか、私は世界で二番目に詳しいつもりです」
「二番?」
「ええ。一番は悔しいことに、殿下です」
アンリエッタはそれに何かを言うことはできなかった。
クラリスが嘘を言うとは思えないけれど、そこまでアンリエッタがフェリクスに評価されているとは思えなかったからだ。
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