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はじめて1
しおりを挟むそれから三日がたった。アンリエッタの悩みとは裏腹に、フェリクスがアンリエッタのもとに顔を見せることはなかった。けれど、邸に帰ることは身の安全のために、とやんわりと断られ――確かに、今アンリエッタの生家にオメガを守るだけの設備は急には整えられない――アンリエッタは居心地の悪い生活を送っていた。もちろん、フェリクスが遣わしてくれた使用人はみな気立てがよく、アンリエッタによくしてくれはしたが、アンリエッタの言葉にできない孤独がそれで埋まることはなかった。
代わりに、フェリクスからアンリエッタに与えられた部屋に、手紙が送られてきた。
友人を呼んで気晴らしをするといい、と。
友人と言われてアンリエッタにすぐに思いつくのは、つい先日まで婚約者候補だったクラリスだ。アンリエッタはヘレンにクラリスを呼ぶ準備ができるかを尋ね、諾と答えもらうやすぐにクラリスへと招待状を出した。
その日のうちに「すぐに行きます」と返事をくれたクラリスは、アンリエッタが提示した日付で一番近い日付に城へとやってくることとなり、そうして、フェリクスと話して四日目の今日、アンリエッタとクラリスのお茶会が開かれる運びになったのである。
「来てくれてありがとう、クラリス」
白い噴水を中央に、周囲を薔薇の生垣が覆っている。
日当たりのいい庭園に布でひさしを作ってもらって、その下にティーテーブルを置いた。
飲み物や菓子までアンリエッタが手配してもいいのかわからなかったから、大まかにはヘレンに任せたが、庭園でお茶会をするというのはアンリエッタのアイデアだ。
話し声がこもらない、というのもあるが、とにかくアンリエッタは外に出て気晴らしをしたかったのだ。
「お招きいただき、光栄です、アンリエッタ様」
「……あ……」
招かれたクラリスは、アンリエッタに対し一歩下がって優雅なカーテシーで臣下の礼を取った。
それを、アンリエッタがもうフェリクスの婚約者だとみなされているのだと思い――また、あんなにも仲のよかったクラリスに距離を置かれているようでさみしく思って、アンリエッタの声は震える。
しかし、クラリスは顔をあげていたずらっ子のような表情を浮かべると、アンリエッタ様、ともう一度アンリエッタを呼んだ。
「私、アンリエッタ様にもう一度お会いできてうれしいですわ」
アンリエッタの腕を、学園にいたころのようにするりと取ったクラリスは、アンリエッタに笑いかける。
それで、アンリエッタは、クラリスは使用人たちの手前、そういうへりくだった態度を取らねばならなかったのだと思いいたった。
アンリエッタは自分で思うより、今の状況に戸惑っているらしい。
「私も……私もうれしいわ」
ヘレン以外には下がってもらい、アンリエッタはクラリスと一緒に席についた。
さまざまな木の実が入ったクッキーを口に含む。久々に落ち着ける状況で食べたクッキーは甘く、味がすることにアンリエッタはほっと息をついた。
「アンリエッタ様、大丈夫ですか?」
「え……?どうして、そんなことを聞くの、クラリス」
「顔色が悪いです。オメガになったと聞きました」
「オメガになったからかしら……」
アンリエッタがごまかすように言うと、クラリスが真剣な顔をする。アンリエッタは目を瞬いた。
「お手紙を読んで、アンリエッタ様のお体に負担がかかっているのじゃないかと心配でいました。でも、今見ると、それはオメガの体調不良、というよりは、心労のほうが大きいんじゃないかと思います。違いますか?」
労わるような言葉に、アンリエッタは小さく息を呑む。
幼馴染で、幼いころから近くにいたが、まさかこんなにも心の疲れを見抜かれているとは思わなかった。
「どうしてそう思うの?」
「ずっとアンリエッタ様と一緒にいたんですもの。形式ばかりでも、私はアンリエッタ様の元婚約者候補ですよ?わからないはずありません」
クラリスはそう言って、アンリエッタを心配げに見つめた。
その目はまっすぐで澄んでいる。これはごまかすことはできないわね、そう思って、アンリエッタは白旗をあげた。
「あなたにはなにも隠し事できないわね、クラリス」
「光栄ですわ、アンリエッタ様。それで……どうしてそんなにお辛そうにされているのか、お聞きしても?」
「……、私がフェリクスの番になったことは知っているでしょう?」
アンリエッタが目を伏せると、クラリスはそのリスのように愛くるしい顔に怒りを滲ませる。いささか苛立った様子で薫り高い紅茶の一杯を飲み干すと、かちゃん、とわずかに音を立ててティーカップを置いた。
「ええ。あのすっとこどっこい、いくらあの悪名高いフレッド・オークから私の大切なアンリエッタ様を守るためとはいえ、いきなりビッチングして、しかも番にするなんて……許しがたいです。……もしかして、それでお心を痛められたのですか?」
「……え?すっと……何ですって?」
「すっとこどっこいです、アンリエッタ様。市井の言葉で、おばかさん、という意味ですわ」
「いいえ!いいえ!フェリクスにひどいことをされたわけではないのよ、違うの」
アンリエッタが慌てて否定するも、クラリスは燃える薪のように声を荒げて怒りを表した。
アンリエッタがヘレンのほうを見るも、クラリスはヒートアップして止まらない。ヘレンのほうもなにやら頷いて止めようとしないので、クラリスは怒りに満ちた声をあげるばかりだ。
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