24 / 61
性転換と悩み4
しおりを挟む
「フェリクス様は、アンリエッタ様をはっきりとした同意なしにビッチングなさいましたが、アンリエッタ様が責められぬよう、ご自分のせいだと宣言されたことだけは、褒めて差し上げてもいいと思いましたわ」
「怒って……いないの?」
「もちろん怒っておりますわ。好いた相手にそんなことをするなんて、フェリクス様にはあとでお説教をしなければなりません」
「そ、そうではなくて……。私に、対して」
「アンリエッタ様に、ですか?どうして?」
不思議な顔をして首をかしげるヘレンに、アンリエッタは目を瞬いた。
「それは……私のせいで、フェリクス様が悪く言われてしまうかもしれないから」
「好きな相手に不名誉をかぶせるなんて、そんなことをしたら私はフェリクス様のお尻を叩かねばなりませんでしたわ。アンリエッタ様、アンリエッタ様はなにも悪くございません。それを心においていてくださいませ」
「……わかったわ。……ありがとう、ヘレン」
アンリエッタの言葉に、ヘレンの顔が緩む。
そうして胸を押さえ、ヘレンはほっとしたように言った。
「ああ、よかった。フェリクス様がお好きになったのが、アンリエッタ様のような方で」
「待って、私、そんな風に言われる人間じゃあ」
アンリエッタが焦って言うと、ヘレンはゆるくかぶりを振った。
「いいえ、フェリクス様がこんなによい方を連れてこられたのですもの。大切にお育てしたかいがありましたわ」
「連れてこられた、って……婚約者でもないのに」
アンリエッタがそう言うと、ヘレンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「アンリエッタ様がそうおっしゃっても、婚約は決定事項だと思われます。アルファとオメガの番というのは、切っても切れないものですし、フェリクス様に番ができることを、皇家のみなさまは待ち望んでおられました。……そして、これが最大の理由ですが、もし、婚約せずに番を解消、となったとき、傷つくのはアンリエッタ様です。番解消はオメガにとって負担が大きく、衰弱死してしまうこともあります。フェリクス様がそれをよしとするとは思えません」
ヘレンは、そう言って、深く頭を下げた。
「アンリエッタ様には望まない婚姻かと存じます。しかし、どうか、フェリクス様のために婚約を受け入れてはいただけないでしょうか」
「ま、まって、ヘレン。私は……」
「お願いします、アンリエッタ様……」
すがるようなヘレンの様子に、アンリエッタはそれ以上を口にすることができなかった。
だって、どうして言えるだろう。
今さら、身分も財産も失った自分が、フェリクスの隣に並ぶ自信がない、なんて。
アンリエッタはどこまでも惨めだった。フェリクスが自分を好いてくれているのは知っているし、今までは性別さえ違っていれば、とさえ思っていた。
けれど、今は状況が違うのだ。どれほど周囲が許し、本人が望んでも、一国の皇太子の婚姻というものは簡単ではない。身分も財も、器量も手腕もなくては務まらない。
少なくとも、アンリエッタは身分も財も失った不完全な自分が、フェリクスの隣にならんでふさわしいとは思えなかった。
フェリクスが好きだ、愛している。けれど――……いつかかならずフェリクスが困るような、そんな選択はしたくなかった。オメガに比べて、番を解消してもアルファにはそれほどの苦しみはない。だから、アンリエッタが苦しむだけなら、それでいいじゃないかと思うのだ。
――私が困ったら、フェリクスが助けてくれるんでしょう?
いつか、そう言ったことを思い出す。
そう、フェリクスは、アンリエッタが困ったから助けてくれたのだ。
……そう思わないと、アンリエッタはやり切れない。
同情と責任感で婚約を結んでもらう、なんて、そんな悲しくてみじめったらしいこと、アンリエッタはしたくはなかった。
「考える時間を、くれないかしら……」
黙りこくり、ややあってそれだけを小さな声で返したアンリエッタに、ヘレンは嫌な顔をしなかった。
それは、アンリエッタへの思いやりなのだと思う。
本当は、フェリクスのために婚約を受け入れてほしいのだろう。アンリエッタだって、自分が婚約を受け入れればすべて丸く収まるのだと理解している。
ごまかすように口に含んだブドウもリンゴも、まったく味がしない。
「ええ、ええ……いきなりのことですものね、私が気を急きすぎました。ごゆっくりお考えください」
自分の中の自尊心を守るためにそうしたアンリエッタに、ヘレンはどこまでも優しい。アンリエッタはヘレンが食事の片づけをする間、ずっと黙してうつむいていた。
■■■
「怒って……いないの?」
「もちろん怒っておりますわ。好いた相手にそんなことをするなんて、フェリクス様にはあとでお説教をしなければなりません」
「そ、そうではなくて……。私に、対して」
「アンリエッタ様に、ですか?どうして?」
不思議な顔をして首をかしげるヘレンに、アンリエッタは目を瞬いた。
「それは……私のせいで、フェリクス様が悪く言われてしまうかもしれないから」
「好きな相手に不名誉をかぶせるなんて、そんなことをしたら私はフェリクス様のお尻を叩かねばなりませんでしたわ。アンリエッタ様、アンリエッタ様はなにも悪くございません。それを心においていてくださいませ」
「……わかったわ。……ありがとう、ヘレン」
アンリエッタの言葉に、ヘレンの顔が緩む。
そうして胸を押さえ、ヘレンはほっとしたように言った。
「ああ、よかった。フェリクス様がお好きになったのが、アンリエッタ様のような方で」
「待って、私、そんな風に言われる人間じゃあ」
アンリエッタが焦って言うと、ヘレンはゆるくかぶりを振った。
「いいえ、フェリクス様がこんなによい方を連れてこられたのですもの。大切にお育てしたかいがありましたわ」
「連れてこられた、って……婚約者でもないのに」
アンリエッタがそう言うと、ヘレンは申し訳なさそうに眉を下げた。
「アンリエッタ様がそうおっしゃっても、婚約は決定事項だと思われます。アルファとオメガの番というのは、切っても切れないものですし、フェリクス様に番ができることを、皇家のみなさまは待ち望んでおられました。……そして、これが最大の理由ですが、もし、婚約せずに番を解消、となったとき、傷つくのはアンリエッタ様です。番解消はオメガにとって負担が大きく、衰弱死してしまうこともあります。フェリクス様がそれをよしとするとは思えません」
ヘレンは、そう言って、深く頭を下げた。
「アンリエッタ様には望まない婚姻かと存じます。しかし、どうか、フェリクス様のために婚約を受け入れてはいただけないでしょうか」
「ま、まって、ヘレン。私は……」
「お願いします、アンリエッタ様……」
すがるようなヘレンの様子に、アンリエッタはそれ以上を口にすることができなかった。
だって、どうして言えるだろう。
今さら、身分も財産も失った自分が、フェリクスの隣に並ぶ自信がない、なんて。
アンリエッタはどこまでも惨めだった。フェリクスが自分を好いてくれているのは知っているし、今までは性別さえ違っていれば、とさえ思っていた。
けれど、今は状況が違うのだ。どれほど周囲が許し、本人が望んでも、一国の皇太子の婚姻というものは簡単ではない。身分も財も、器量も手腕もなくては務まらない。
少なくとも、アンリエッタは身分も財も失った不完全な自分が、フェリクスの隣にならんでふさわしいとは思えなかった。
フェリクスが好きだ、愛している。けれど――……いつかかならずフェリクスが困るような、そんな選択はしたくなかった。オメガに比べて、番を解消してもアルファにはそれほどの苦しみはない。だから、アンリエッタが苦しむだけなら、それでいいじゃないかと思うのだ。
――私が困ったら、フェリクスが助けてくれるんでしょう?
いつか、そう言ったことを思い出す。
そう、フェリクスは、アンリエッタが困ったから助けてくれたのだ。
……そう思わないと、アンリエッタはやり切れない。
同情と責任感で婚約を結んでもらう、なんて、そんな悲しくてみじめったらしいこと、アンリエッタはしたくはなかった。
「考える時間を、くれないかしら……」
黙りこくり、ややあってそれだけを小さな声で返したアンリエッタに、ヘレンは嫌な顔をしなかった。
それは、アンリエッタへの思いやりなのだと思う。
本当は、フェリクスのために婚約を受け入れてほしいのだろう。アンリエッタだって、自分が婚約を受け入れればすべて丸く収まるのだと理解している。
ごまかすように口に含んだブドウもリンゴも、まったく味がしない。
「ええ、ええ……いきなりのことですものね、私が気を急きすぎました。ごゆっくりお考えください」
自分の中の自尊心を守るためにそうしたアンリエッタに、ヘレンはどこまでも優しい。アンリエッタはヘレンが食事の片づけをする間、ずっと黙してうつむいていた。
■■■
0
お気に入りに追加
542
あなたにおすすめの小説

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて
アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。
二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる