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性転換と悩み2
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「アンリエッタ」
「フェリクス、私、オメガになったの。……あなたの番になったの」
「……ああ」
「ごめんなさい、うまく、喜べないの」
「それは当たり前だ。君が自分を責めるのは違う」
フェリクスが、取り返しのつかないことをした、という顔で、アンリエッタの目を見返す。
けれど、アンリエッタが次の言葉を口にした瞬間、フェリクスのまなざしは豹変した。
「オーク様、とは、結婚しやすくなるわね」
オメガだもの、きっと、誰の子でも孕めるのだわ。そう言ったアンリエッタに、フェリクスは空色の目を暗く陰らせた。
「アンリエッタ、今、なんて?」
「え……」
「君は僕の番だ。だから彼と結婚する日は永遠にこないよ」
「それでも、契約が」
「まだ署名していないならどうとでもできる。アンリエッタ、君の家も、僕がなんとかする。だから、あいつと結婚するなんて、冗談でももう言わないでくれ」
フェリクスの指先は冷たく、アンリエッタの頬を撫でる手はどこかぎこちない。
それでも――それでも、その顔が陰鬱に陰り、アンリエッタをどろどろとした目で見つめてくるさまには、背筋が震える心地がした。
夕暮れは闇にそまり、気づけば紫に暮れている。
「君は、僕以外と子を作ることはできないし、僕がそうさせない。アンリエッタ……」
「それでも、皇帝陛下や、皇妃殿下は突然のことに驚きになるわ。婚約者だって決まる年ごろでしょう」
「その婚約者が君なら何も問題がない」
「問題、あるわ……。没落した侯爵家の令嬢を、皇太子妃になんてできない」
「僕は君以外いらないから」
フェリクスが言葉を続ける。けれど、アンリエッタは突然の変化と宣言に、自分の立場がぐらついてしまって、もう自分で自分の感情がうまく表せなかった。
悲しい?安心した?嬉しい?そのどれでもあって、どれでもなかった。
「わたし、は」
アンリエッタは言った。
「今、すごくみじめだわ……」
性別を変えることでしか救えないと思われたこと、そして、フェロモンに充てられていたとはいえ、ビッチングを許した自分の軽薄さへの怒りが胸にふつふつと湧き上がる。
けれど、なによりも、アンリエッタはみじめだった。
「私は、あなたにもう、なにもあげられないのに……!」
アンリエッタはそう言って、シーツに顔を伏せた。
泣いても何も変わらない。フェリクスを困惑させるだけだ。そうわかっているのに、オメガの脆弱な涙腺は、その涙を止めてはくれなかった。
嗚咽を漏らして泣くアンリエッタをの背を、フェリクスがやさしくさすってくれる。
彼は、後悔しているのだろうか。
アンリエッタを性転換させること以外で、アンリエッタを助けられないと思ったのだろうか。
それなら――それなら、もっとみじめだ。
「出ていって」
「アンリ、」
「出て行って……!」
アンリエッタは、叫ぶように言った。これ以上一緒にいて、自尊心を打ち砕かれたくなかった。
アンリエッタの言葉に、フェリクスが何か言おうとした気配を感じる。口を、開けて、閉じて、また開けて。吐息の音が、アンリエッタにフェリクスの逡巡を教えてくれた。
「……わかった。薬湯は飲んで、どうか、無理はしないで」
「……ええ」
それだけ言って、フェリクスはアンリエッタに背を向けた。
扉の音が二度して、完全に扉の閉まったのを確認すると、アンリエッタはゆるゆると顔をあげた。
流れた涙の触れた場所が突っ張ってぴりぴりと痛い。
気づけば、アンリエッタは歌を歌っていた。調子はずれの、おかしな歌。
いつかあなたが――フェリクスが教えてくれた歌を、そのまま歌う。
第二性なんてなければ、なにか、変わっていただろうか。こんなふうにギクシャクと動きがとれないようになりたかったわけじゃなかった。
「私、あなたみたいになりたかったのよ、フェリクス」
強くて素敵な、アンリエッタの尊敬するアルファ。フェリクスのように、かっこいいひとになりたかった。
しばらくして、ノックの音が聞こえてくる。
フェリクスが戻ってきたのかも、とおびえて返事をしないでいると、扉の向こうから「アンリエッタ様、食事のお支度をしてもよろしいでしょうか」と聞こえてきた。
そこでようやく「ええ、お願いします」と返せたアンリエッタは、部屋に入ってきた侍女に目を瞬いた。
侍女は、ひとり。おそらくはベータなのだろう。何のにおいもしなかった。
「フェリクス、私、オメガになったの。……あなたの番になったの」
「……ああ」
「ごめんなさい、うまく、喜べないの」
「それは当たり前だ。君が自分を責めるのは違う」
フェリクスが、取り返しのつかないことをした、という顔で、アンリエッタの目を見返す。
けれど、アンリエッタが次の言葉を口にした瞬間、フェリクスのまなざしは豹変した。
「オーク様、とは、結婚しやすくなるわね」
オメガだもの、きっと、誰の子でも孕めるのだわ。そう言ったアンリエッタに、フェリクスは空色の目を暗く陰らせた。
「アンリエッタ、今、なんて?」
「え……」
「君は僕の番だ。だから彼と結婚する日は永遠にこないよ」
「それでも、契約が」
「まだ署名していないならどうとでもできる。アンリエッタ、君の家も、僕がなんとかする。だから、あいつと結婚するなんて、冗談でももう言わないでくれ」
フェリクスの指先は冷たく、アンリエッタの頬を撫でる手はどこかぎこちない。
それでも――それでも、その顔が陰鬱に陰り、アンリエッタをどろどろとした目で見つめてくるさまには、背筋が震える心地がした。
夕暮れは闇にそまり、気づけば紫に暮れている。
「君は、僕以外と子を作ることはできないし、僕がそうさせない。アンリエッタ……」
「それでも、皇帝陛下や、皇妃殿下は突然のことに驚きになるわ。婚約者だって決まる年ごろでしょう」
「その婚約者が君なら何も問題がない」
「問題、あるわ……。没落した侯爵家の令嬢を、皇太子妃になんてできない」
「僕は君以外いらないから」
フェリクスが言葉を続ける。けれど、アンリエッタは突然の変化と宣言に、自分の立場がぐらついてしまって、もう自分で自分の感情がうまく表せなかった。
悲しい?安心した?嬉しい?そのどれでもあって、どれでもなかった。
「わたし、は」
アンリエッタは言った。
「今、すごくみじめだわ……」
性別を変えることでしか救えないと思われたこと、そして、フェロモンに充てられていたとはいえ、ビッチングを許した自分の軽薄さへの怒りが胸にふつふつと湧き上がる。
けれど、なによりも、アンリエッタはみじめだった。
「私は、あなたにもう、なにもあげられないのに……!」
アンリエッタはそう言って、シーツに顔を伏せた。
泣いても何も変わらない。フェリクスを困惑させるだけだ。そうわかっているのに、オメガの脆弱な涙腺は、その涙を止めてはくれなかった。
嗚咽を漏らして泣くアンリエッタをの背を、フェリクスがやさしくさすってくれる。
彼は、後悔しているのだろうか。
アンリエッタを性転換させること以外で、アンリエッタを助けられないと思ったのだろうか。
それなら――それなら、もっとみじめだ。
「出ていって」
「アンリ、」
「出て行って……!」
アンリエッタは、叫ぶように言った。これ以上一緒にいて、自尊心を打ち砕かれたくなかった。
アンリエッタの言葉に、フェリクスが何か言おうとした気配を感じる。口を、開けて、閉じて、また開けて。吐息の音が、アンリエッタにフェリクスの逡巡を教えてくれた。
「……わかった。薬湯は飲んで、どうか、無理はしないで」
「……ええ」
それだけ言って、フェリクスはアンリエッタに背を向けた。
扉の音が二度して、完全に扉の閉まったのを確認すると、アンリエッタはゆるゆると顔をあげた。
流れた涙の触れた場所が突っ張ってぴりぴりと痛い。
気づけば、アンリエッタは歌を歌っていた。調子はずれの、おかしな歌。
いつかあなたが――フェリクスが教えてくれた歌を、そのまま歌う。
第二性なんてなければ、なにか、変わっていただろうか。こんなふうにギクシャクと動きがとれないようになりたかったわけじゃなかった。
「私、あなたみたいになりたかったのよ、フェリクス」
強くて素敵な、アンリエッタの尊敬するアルファ。フェリクスのように、かっこいいひとになりたかった。
しばらくして、ノックの音が聞こえてくる。
フェリクスが戻ってきたのかも、とおびえて返事をしないでいると、扉の向こうから「アンリエッタ様、食事のお支度をしてもよろしいでしょうか」と聞こえてきた。
そこでようやく「ええ、お願いします」と返せたアンリエッタは、部屋に入ってきた侍女に目を瞬いた。
侍女は、ひとり。おそらくはベータなのだろう。何のにおいもしなかった。
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