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性転換と悩み1
しおりを挟む目を覚ますと、そこは見知らぬ天蓋だった。
多くのレースによって飾られた天蓋つきのベッドに、アンリエッタは横たえられていた。
広い部屋だ。アンリエッタの住む侯爵家の自室ももちろん広いが、ここはそれに輪をかけて広い。それに調度の数々が洗練されていて、アンリエッタの目にもそれが並々ならぬ高級品ばかりであることが見て取れる。窓の外には夕暮れが広がっていて、アンリエッタは思わずつぶやいた。
「こ、こは……」
「起きたの、アンリエッタ」
「フェリクス……?」
学園の制服を脱いで、ラフな格好に着替えたフェリクスがそこにいた。
フェリクスは、アンリエッタのベッドに腰かけて、アンリエッタの頬をさする。
貧血になったんだ。そう言って、アンリエッタを心配げに見つめたフェリクスは、アンリエッタの背を支えて、横にある水差しからグラスに水を汲み、それをアンリエッタに手渡してくれた。
アンリエッタは混乱しながらもフェリクスのさし出すグラスから水を飲んだ。
薄く色付いた水は甘く、果物やハーブで味をつけているのかもしれなかった。
グラスの中を飲み干したアンリエッタに、フェリクスが二杯目をよこす。
「もう喉はかわいていないわ」
「でも少ないから、もう少しこの薬湯を飲んで」
「……薬湯?」
アンリエッタが不思議に思って首をかしげると、フェリクスはまじめな顔をしていった。
「ああ。アルファからオメガに無事に性転換したとはいえ、性転換したばかりだから不安定なんだ。体調を崩してしまうことが多いらしいから……」
二杯目の薬湯を口に含み、飲み込もうとしたアンリエッタはむせた。
「アンリエッタ、大丈夫かい?」
「性転換、って、誰が?」
アンリエッタは当惑した。たしかに聞こえているのに、それがどういう意味なのかうまくかみ砕けない。
「君が。アンリエッタ。アルファから、オメガに」
真剣な顔でそう言ったフェリクスだが、彼が何を言っているのかわからない。
アンリエッタはアルファで、それは変わらない事実で、だからフェリクスに噛まれても何もないはずで。
頭の中がぐるぐるする。アンリエッタは急に喉がからからに乾いて、手に持っているグラスを握りしめた。
「アンリエッタ?」
「ふぇり、くす、私、アルファよ……?」
口の中に触れて、歯をなぞる。尖っていた、アルファの証である大きな犬歯が、心なしか小さく思えるのは気のせいだろうか。
信じられない思いと、信じたくない感情、そうして――知識の中にひとつ、はっきりと思い浮かんだ「ビッチング」という言葉が脳裏をよぎる。
ビッチング――アルファやベータが、より強いアルファにうなじを噛まれ、あるいは長期間にわたりフェロモンを注がれ、性転換するまれな現象のことだ。
通常、濃いフェロモンを長時間摂取しなければ性転換など起こりはしない。けれど、ごくごく低確率で、うなじを噛むだけで性転換することがあるという。それを起こすことができるのは、よほど相性がいいか、強いアルファしかいない。それこそ、皇帝一族のような。
アンリエッタは、フェリクスの顔を見上げた。
「君、もしかして……アンリエッタ、私がビッチングをすると思わなかったのか……?」
「ビッチング、なの、本当に」
言葉が足りない、ではない。そもそも、あの状況で、ビッチングしようとしている、なんて、口にする余裕はなかった。かといって、アンリエッタが察することもできはしまい。
ただ、そう、ただ二人の間に、決定的なすれ違いがあったというのは、たしかなことだった。
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