アルファの私がアルファの皇太子に溺愛執着されていますっ!

高遠すばる

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うなじを噛まれて3

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 フェリクスに手を引かれる。アンリエッタは、その背を見てほっと息をついた。
 フェリクスの顔が、重苦しい決意に強張っている。そのさまは、見てはいなかった。
 無言で手を引かれて歩く。教室へ向かうものと思っていたアンリエッタは、人気のない中庭の、木立の陰――少し前に、フェリクスが想いを告げてきた場所に差し掛かった時、フェリクスの足がふいに止められたのを見てとって首を傾げた。
「フェリクス……?」
 アンリエッタが少し上を見上げる。フェリクスは上背があるから、それはいつものことなのだけれど、今日はなぜだか、フェリクスがいつもより大きく――威圧感のようなものを感じる、といえばいいのだろうか――思えた。
 アンリエッタはフェリクス、とかすれた声で口にした。
 なにか言わねば、と思うのに、話すべき内容が思い浮かばない。
 アンリエッタは肩を震わせ、何度も瞬きをした。
 フェリクスの空色の目が陰っている。アンリエッタは逃げ出したいような気持ちになって、そこでどうして?と思った。フェリクスはフレッドから救い出してくれたのだ。たとえそれが一時的なものだとしても、アンリエッタは確かに今、フェリクスに助けられた。
 それなのに、なぜ――……。それほど、今のフェリクスの様子は異様だった。暗いまなざしが重いなにかを孕んでアンリエッタを射抜く。
 アンリエッタは知らず、息を止めていた。あとから思えば、それは圧倒的な力を持つ「強いアルファ」であるフェリクスに、フェリクスより弱いアルファ性しか持たないアンリエッタが本能的に屈服していた証だったのだろう。
 アンリエッタが一歩後ずさる。フェリクスが追いかけるように一歩詰めて、だから二人の距離は縮まらなかった。
「フェリクス、どうしたの……」
「アンリエッタ」
 静かな声だった。この状況には似つかわしくないほど、温度のない声――いいや、温度がない、のではない。フェリクスの声には抑えきれない怒りが宿り、けれど同時に、彼の目にはアンリエッタへのぎらぎらとした欲が見えた。
 それは、支配欲なのかもしれない。フェリクスが自分を好きだということは知っている、けれど、今この状況で、それがアンリエッタに向けられるとは思わなかった。
 ――逃げ出すべきだ。アンリエッタでは、強いアルファであるフェリクスには勝てない。
 けれど――一瞬、そう、一瞬、アンリエッタは「フェリクスのものになりたい」と思ってしまった。オメガのもつ被支配欲のような――守られ、囲われたい、という想いが、アンリエッタの足をその場に縫い留めた。
 ふいに、ふわりと、なにか、花のような、ミルクのようなにおいが鼻腔をくすぐった。
 それはひどく弱弱しく、けれど一度かげば忘れられないような多幸感をアンリエッタにもたらした。
「アンリエッタ、僕の、アンリエッタ」
「落ち着いて、フェリクス、私はアルファだわ。あなたの番にはなれない」
 我に返ったアンリエッタが上ずった声を出しても、フェリクスの動きは止まらなかった。まるでオメガの発情期に充てられたアルファのように、フェリクスの目が炯々と輝いている。わずかにのぞいた口元からアルファ特有の鋭い犬歯が見えて、アンリエッタはその大きなアメジストの目を零れ落ちんばかりに見開いた。
 噛むつもりなのだ。アルファだからとなにも身に着けていない、アンリエッタの無防備な裸のうなじを、フェリクスは噛もうとしている。
 アルファはオメガのうなじを噛んで番にする。オメガはアルファにむやみに噛まれないようにチョーカーをつけているのだ。クラリスだってそう。
 アンリエッタはアルファだ。だから、フェリクスに噛まれてもなんともない。そのはずだ。
 けれど、今のアンリエッタは「フェリクスに噛まれれば、自分の中のなにかが決定的に変わってしまう」と本能で理解していた。
 フェリクスの腕がアンリエッタの体を抱きすくめ、アンリエッタの首筋へとフェリクスの鼻が押し付けられる。アンリエッタの体には、自分でも理解できないほど力が入っていなかった。無抵抗だった、とすら言っていい。すー、すーと匂いを嗅ぐ息の音がする。アンリエッタは喘ぐように息をした。
「フェリ、クス、やめて」
 声が震える。ああ、と理解した。アンリエッタは、アンリエッタの体は、今、フェリクスへの敗北を認めて、屈服しているのだ、と。アンリエッタは目を閉じた。もはや抵抗しても無駄だった。
 やがて、そのうなじへと、鋭い犬歯が押し付けられる。
 次に走るだろう、鋭い痛みに、アンリエッタがぎゅうっと体をこわばらせた、その時だった。
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