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恋の始まり4
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けれど、アンリエッタはそんな慰めが欲しかったんじゃない。今、アンリエッタは自覚した。
アンリエッタは、誰かに褒めてほしかったのだ。
ぽろり、とアンリエッタの目から涙がこぼれる。
ぐす、としゃくりあげた声に、少年が焦ったように「どうしたの!?」と口にした。
「う、うれしくて」
「嬉しい……?」
「ほめて、もらえたから」
――できることがあるんだよって、教えてもらえたから。
アンリエッタは、嬉しかった。少年は、息をのんだようだった。
「……君は、すごく頑張ってるんだね」
「うん……うん……がんばった、私、がんばってるの……」
「君はえらいね」
「……うう……」
ほしかった言葉を次々にもらって、アンリエッタの涙が止まらなくなる。
少年は、やさしい声でアンリエッタに言った。
「君は、頑張りたいって思ってる。それは、すごいことだよ」
「……? うた、じゃないの」
「うん、歌じゃない。もちろん、君の歌は素晴らしかった。でも、君にはそれだけじゃないよ」
生垣の下から、少年の手が伸びる。
はっと気づいてつないだ手は温かい。アンリエッタは、楽譜を胸に抱いたまま頬を染めた。
すごく、どきどきした。
「君は頑張りたいって言ったよね。君は努力できるひとだ。頑張る力がある」
つないだ手に、力がこもる。
「大丈夫だよ。想像して。君が望めば、君が努力すれば、なんだって叶うって」
「……ほんとう?」
「うん。大丈夫。君の努力を無駄になんてさせない。ここを、そういう国に、僕がして見せる」
「……」
アンリエッタは、どういえばいいのかわからなかった。
嬉しかった。目の前が開けた気がした。
そういう思いと、少年の言葉が不思議だという思いがアンリエッタの中をぐるぐる回る。
そして、それ以上に、この少年を、好きだと思った。
それらは複雑に絡み合って、うまく言葉にならなかったけれど。
アンリエッタは、ようやっと絞り出すように「ありがとう」とだけ口にした。
少年が笑った気配がする。
その時、今度こそ、本当に大人の声がした。
「アンリエッタ――!」
「お父様!」
父がアンリエッタを探しているのだ。心配をかけてしまった。
アンリエッタが慌てると、少年がくすりと笑う。
「君を心配する人も、愛している人もいる。だから大丈夫、絶対に、君は大丈夫だよ。さ、おゆき。……アンリエッタ」
そうやって、少年は、大切なものをかみしめるように、アンリエッタの名前を呼んでくれた。
アンリエッタは少年を振り返る。「ありがとう!」と笑って。
少年の声が後ろから追いかけてくる。
「もし、君がまた自信をなくしたら、歌を歌って。その歌を褒めた僕を思い出して。絶対に、絶対に、君は大丈夫だって、思い出して」
ええ――ええ。
アンリエッタの顔に、もう涙の気配はなかった。
アンリエッタはあとになって、このとき少年の名前を聞き忘れたことに気付いて後悔する。
だから、知らない少年のことは最初、夢かと思った。
でも、夢じゃない。このハンカチと、楽譜がそれを教えてくれている。
ふたつの思い出は手の中に、少年の言葉は心のうちにある。
――私は、絶対に大丈夫。
この日から、アンリエッタのありとあらゆる才能は開花することになる。
これは、フリージアの歌姫、帝国の才女と呼ばれる侯爵令嬢――アンリエッタ・アリウムの幼い日、輝かしくいとおしい、初恋の記憶だ。
■■■
アンリエッタは、誰かに褒めてほしかったのだ。
ぽろり、とアンリエッタの目から涙がこぼれる。
ぐす、としゃくりあげた声に、少年が焦ったように「どうしたの!?」と口にした。
「う、うれしくて」
「嬉しい……?」
「ほめて、もらえたから」
――できることがあるんだよって、教えてもらえたから。
アンリエッタは、嬉しかった。少年は、息をのんだようだった。
「……君は、すごく頑張ってるんだね」
「うん……うん……がんばった、私、がんばってるの……」
「君はえらいね」
「……うう……」
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少年は、やさしい声でアンリエッタに言った。
「君は、頑張りたいって思ってる。それは、すごいことだよ」
「……? うた、じゃないの」
「うん、歌じゃない。もちろん、君の歌は素晴らしかった。でも、君にはそれだけじゃないよ」
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はっと気づいてつないだ手は温かい。アンリエッタは、楽譜を胸に抱いたまま頬を染めた。
すごく、どきどきした。
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「大丈夫だよ。想像して。君が望めば、君が努力すれば、なんだって叶うって」
「……ほんとう?」
「うん。大丈夫。君の努力を無駄になんてさせない。ここを、そういう国に、僕がして見せる」
「……」
アンリエッタは、どういえばいいのかわからなかった。
嬉しかった。目の前が開けた気がした。
そういう思いと、少年の言葉が不思議だという思いがアンリエッタの中をぐるぐる回る。
そして、それ以上に、この少年を、好きだと思った。
それらは複雑に絡み合って、うまく言葉にならなかったけれど。
アンリエッタは、ようやっと絞り出すように「ありがとう」とだけ口にした。
少年が笑った気配がする。
その時、今度こそ、本当に大人の声がした。
「アンリエッタ――!」
「お父様!」
父がアンリエッタを探しているのだ。心配をかけてしまった。
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「君を心配する人も、愛している人もいる。だから大丈夫、絶対に、君は大丈夫だよ。さ、おゆき。……アンリエッタ」
そうやって、少年は、大切なものをかみしめるように、アンリエッタの名前を呼んでくれた。
アンリエッタは少年を振り返る。「ありがとう!」と笑って。
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「もし、君がまた自信をなくしたら、歌を歌って。その歌を褒めた僕を思い出して。絶対に、絶対に、君は大丈夫だって、思い出して」
ええ――ええ。
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だから、知らない少年のことは最初、夢かと思った。
でも、夢じゃない。このハンカチと、楽譜がそれを教えてくれている。
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――私は、絶対に大丈夫。
この日から、アンリエッタのありとあらゆる才能は開花することになる。
これは、フリージアの歌姫、帝国の才女と呼ばれる侯爵令嬢――アンリエッタ・アリウムの幼い日、輝かしくいとおしい、初恋の記憶だ。
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