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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣③
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セレナは両手を広げた。それはまるで、演説のようだった。彼女のいう「世界」の話。
「でも、そんな醜い悪姉の行為に怒った邪竜が、クライマックスで復活するの。怒り狂った邪竜に悪姉は食われる。聖女は仲間たちと邪竜を倒して、世界はハッピーエンド。でも、その邪竜の心を癒し、浄化することで名無しの邪竜ルートに行けるのよ。実質ハーレムルートって呼ばれてるそのルートでだけ、私は女王になるの」
言い終えて、はあ、と満足げに息を吐き……いいや、息を荒げたセレナは、ミリエルの反応を待つようにミリエルを見下ろした。
「ね、いいでしょう?」
むふ、とリスのような仕草で顔に手をやるセレナ。ミリエルは、ぐ、と縛られた手を握りしめた。なにを言っているのか、最初から最後までわからなかった。
でも、けれど……一つだけ言えることは、セレナのそんな満足のためだけに、ミリエルの恋人は殺されたのだ、ということだった。ミリエルの胸の内に、ふつふつとした怒りが蘇る。
「ばかげてるわ」
「勝手に言いなさいな。これがこの世界の真実よ」
つん、と顎を上げるセレナを、ミリエルは睨んだ。もはや失うものがないなら、やけっぱちになって何でもできると思った。
「もし、本当に邪竜が復活するとして……それはあなたの醜さに呆れたからだわ」
その言葉に、セレナの表情がすっと消える。瞬間的に振り上げられた手のひらは、避けることなどできないミリエルの頬に吸い込まれた。
鉄の味が口の中に広がる。痛みはなかった。怒りすぎているからだろうか。
「──黙りなさい」
「黙らないわ、セレナ、あなたはそれが本当に愛される聖女の行いだと思うの?」
「私の世界よ、私のゲームを否定しないで!」
かっとセレナの目が見開かれる。
瞬間、ミリエルの体からかくん、と力が抜けた。否定の言葉を紡ごうとした唇は閉じ、どうやっても開けることができない。……というより、セレナの望むとおりにしなければ、という意識が働いてしまうのだ。
(これは……魅了魔法……?)
洗脳ではない、催眠でもない。体の感覚はあるし、意識ははっきりしている。
完全に動けないわけではない。ただ、セレナの願いを叶えたいと思うだけ。
けれど、そんな魅了魔法があるのだろうか。
そもそも、セレナが使うのはミリエルと同じ、聖なる魔力ではなかったか。
ミリエルの聖なる魔力でできることは、汚れたものを浄化したり、人を癒したりすることだけだ。
セレナの聖なる魔力の力がミリエルのそれより大きいとして、できることがミリエルとそう変わるものだろうか。
見れば兵士の様子もおかしい。どうして気付かなかったのだろう。
どこかうつろな目は魅了魔法にかかった人間のそれによく似ている。それに、考えてみればこんなにはっきりと声を出しているのに、護衛も、距離があるとはいえ周囲の、「生贄儀式」を遂行するためにここにいる教会の人間が、セレナの妄言を止めないのも不思議だ。
──それは、両親にも通じる特徴だった。
どれだけセレナが理不尽なことを言っても、セレナを無条件に信頼する両親の目は、いつもどこか暗く陰っていた。
まさか、他の人も、両親も──この魅了魔法のようなものにかかっていたというのだろうか。
「そろそろ時間ね、飛び降りなさい、お姉様」
セレナの言葉を、身体が勝手に叶えようとする。ミリエルの脚がゆっくりと立ちあがり、板の張られただけの台を進んでいく。
一歩一歩、ただてくてくと歩くように。火口からあふれる熱気が強い。
じりじりと肌を焼く熱風がミリエルの髪を噴き上げる。
終わりは簡単に訪れて、たん、と跳ねて飛び出した一歩は、そのまま死への一歩だった。
ごう、という熱い空気が肌を焦がすのと同時に、視界が下へと落ちてゆく。
遠くに見えるのはにたりとした笑顔を浮かべたセレナで、けれどそれもすぐに見えなくなる。悔しく思う、ことはなかった。
それよりもずっと強い想いがミリエルの中に、突き抜けるように噴きあがったからだ。
──会いたい、ユアン。
空には照り付ける太陽があり、下にはミリエルを焼く炎がある。月が見えない。ユアン、私のお月さま、あなたが見えない……。
……あなたのところに行きたい、ユアン。
諦めと絶望がミリエルの全身を支配する。
そうだ、もうユアンには会えない。でも、死ねば、彼方の世界でユアンに会えるかもしれない。死への甘い誘いに、今、ミリエルが応えんとした、その瞬間だった。
──遅くなってごめん、助けに来たよ、僕のミリー。
慕わしい声が、脳に直接届く。一瞬、幻聴だと思った。都合のいい、ミリエルの妄想だと。
けれど、瞬間沸き起こったのは、火口に似つかわしくない冷たい風だった。それはミリエルの怪我を、焦げ付いた肌を癒すように柔らかくミリエルを包み込み、なにか大きなものの「腕の中」へと誘った。
はっと自分を包むものに目を向ける。
「でも、そんな醜い悪姉の行為に怒った邪竜が、クライマックスで復活するの。怒り狂った邪竜に悪姉は食われる。聖女は仲間たちと邪竜を倒して、世界はハッピーエンド。でも、その邪竜の心を癒し、浄化することで名無しの邪竜ルートに行けるのよ。実質ハーレムルートって呼ばれてるそのルートでだけ、私は女王になるの」
言い終えて、はあ、と満足げに息を吐き……いいや、息を荒げたセレナは、ミリエルの反応を待つようにミリエルを見下ろした。
「ね、いいでしょう?」
むふ、とリスのような仕草で顔に手をやるセレナ。ミリエルは、ぐ、と縛られた手を握りしめた。なにを言っているのか、最初から最後までわからなかった。
でも、けれど……一つだけ言えることは、セレナのそんな満足のためだけに、ミリエルの恋人は殺されたのだ、ということだった。ミリエルの胸の内に、ふつふつとした怒りが蘇る。
「ばかげてるわ」
「勝手に言いなさいな。これがこの世界の真実よ」
つん、と顎を上げるセレナを、ミリエルは睨んだ。もはや失うものがないなら、やけっぱちになって何でもできると思った。
「もし、本当に邪竜が復活するとして……それはあなたの醜さに呆れたからだわ」
その言葉に、セレナの表情がすっと消える。瞬間的に振り上げられた手のひらは、避けることなどできないミリエルの頬に吸い込まれた。
鉄の味が口の中に広がる。痛みはなかった。怒りすぎているからだろうか。
「──黙りなさい」
「黙らないわ、セレナ、あなたはそれが本当に愛される聖女の行いだと思うの?」
「私の世界よ、私のゲームを否定しないで!」
かっとセレナの目が見開かれる。
瞬間、ミリエルの体からかくん、と力が抜けた。否定の言葉を紡ごうとした唇は閉じ、どうやっても開けることができない。……というより、セレナの望むとおりにしなければ、という意識が働いてしまうのだ。
(これは……魅了魔法……?)
洗脳ではない、催眠でもない。体の感覚はあるし、意識ははっきりしている。
完全に動けないわけではない。ただ、セレナの願いを叶えたいと思うだけ。
けれど、そんな魅了魔法があるのだろうか。
そもそも、セレナが使うのはミリエルと同じ、聖なる魔力ではなかったか。
ミリエルの聖なる魔力でできることは、汚れたものを浄化したり、人を癒したりすることだけだ。
セレナの聖なる魔力の力がミリエルのそれより大きいとして、できることがミリエルとそう変わるものだろうか。
見れば兵士の様子もおかしい。どうして気付かなかったのだろう。
どこかうつろな目は魅了魔法にかかった人間のそれによく似ている。それに、考えてみればこんなにはっきりと声を出しているのに、護衛も、距離があるとはいえ周囲の、「生贄儀式」を遂行するためにここにいる教会の人間が、セレナの妄言を止めないのも不思議だ。
──それは、両親にも通じる特徴だった。
どれだけセレナが理不尽なことを言っても、セレナを無条件に信頼する両親の目は、いつもどこか暗く陰っていた。
まさか、他の人も、両親も──この魅了魔法のようなものにかかっていたというのだろうか。
「そろそろ時間ね、飛び降りなさい、お姉様」
セレナの言葉を、身体が勝手に叶えようとする。ミリエルの脚がゆっくりと立ちあがり、板の張られただけの台を進んでいく。
一歩一歩、ただてくてくと歩くように。火口からあふれる熱気が強い。
じりじりと肌を焼く熱風がミリエルの髪を噴き上げる。
終わりは簡単に訪れて、たん、と跳ねて飛び出した一歩は、そのまま死への一歩だった。
ごう、という熱い空気が肌を焦がすのと同時に、視界が下へと落ちてゆく。
遠くに見えるのはにたりとした笑顔を浮かべたセレナで、けれどそれもすぐに見えなくなる。悔しく思う、ことはなかった。
それよりもずっと強い想いがミリエルの中に、突き抜けるように噴きあがったからだ。
──会いたい、ユアン。
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……あなたのところに行きたい、ユアン。
諦めと絶望がミリエルの全身を支配する。
そうだ、もうユアンには会えない。でも、死ねば、彼方の世界でユアンに会えるかもしれない。死への甘い誘いに、今、ミリエルが応えんとした、その瞬間だった。
──遅くなってごめん、助けに来たよ、僕のミリー。
慕わしい声が、脳に直接届く。一瞬、幻聴だと思った。都合のいい、ミリエルの妄想だと。
けれど、瞬間沸き起こったのは、火口に似つかわしくない冷たい風だった。それはミリエルの怪我を、焦げ付いた肌を癒すように柔らかくミリエルを包み込み、なにか大きなものの「腕の中」へと誘った。
はっと自分を包むものに目を向ける。
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