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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣②
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尊厳なんてなくていい。プライドなんて捨てられる。ユアンのためなら。
──ユアンが、生きていてくれるなら。
「私のことが嫌いなんでしょう? 私はどうなってもいいから、ちゃんと死ぬから、だから……ユアンだけは助けて……」
「──ああ、あの騎士? 死んだわよ、今朝」
「え……?」
ミリエルの言葉に、何でもないようにセレナが返す。当惑した声が、自分でも自覚できないまま、ミリエルの唇から漏れだした。
「あんたを救おうとでもしたのかしら、ミリーを助けないと国を滅ぼす、なんて言ったのが運の尽きね。揚げ足をとられて反逆罪確定、斬首刑よ」
すい、とセレナの手が彼女の首に当てられる。そのまま横に引かれた手は、ユアンの首を切るような動作に見えた。今聞いたことが信じられなくて呆然とするミリエルに、セレナが口角を上げる。
「フフ、あはは! その顔、面白―い!」
腹を押さえ、けらけらと笑うセレナは、その白い法衣から感じられる神秘的な雰囲気とは真逆の気配を放っていた。
膝をついたまま目を見開くミリエルの顎をくい、とセレナが指先でもち上げる。ミリエルの目から流れ落ちる涙を見て、愉快そうに顔を歪める。
反射的に、ミリエルは縛られた手のまま、セレナにと飛びかかっていた。頭突きの形になって、けれどセレナは少したたらを踏む程度で、特に痛がる様子はなかった。
逆に、すぐに護衛に取り押さえられたミリエルが、河口近くの硬い岩に押し付けられて顎をしたたかに打った。痛みがミリエルの顎下から胸までを襲う。じわりと広がる熱い感覚は、鉄の匂いがした。どうやらどこかを切ったらしい。
でも、頭に血が上りすぎて、痛みをうまく拾えなかった。
「う、ぁ……ッ」
「あーあ、なにするのよ。転んだら法衣が汚れちゃうじゃない。これ、絹でできてるんだからね」
地面に散らばる長い銀髪が少しずつ赤く染まる。それを見降ろしたまま、セレナは言い聞かせるように言った。
「いい? お姉様。あんたはもう、差し出すものも持ってないの。何もできないのよ」
視線だけが仰向く。セレナの顔は隠しきれない喜色に満ちていた。ミリエルは奥歯を噛む。噛みすぎてぎしぎしと音が鳴った。
「あんたのこと、嫌いか聞いたわね? 嫌いじゃないわ。どうでもいいんだもの」
「……どうでもいいなら、どうして放っておいてくれなかったの……」
絶望が染み渡った胸から、肺から、絞り出すように声を吐く。セレナは自分の整えられた銀髪をくるくると指に巻き付けながら言った。
「あんたには役割があるからよ。この世界の人間にはみんな『役割がある』」
「やく、わり……?」
「そう、お姉様。あんたは聖女の悪姉。妹に嫉妬して、聖女の座を奪おうとするの」
意味の分からない言葉だ。神にでもなったみたいに、運命を語るセレナに、背筋が冷たくなるのを感じる。
「嫉妬なんてしないわ」
「そう、あんたはそう思って、役割を全うしなかった。だからあの騎士も死んだのよ」
「──え……? いた……ッ」
当たり前のように言われて、ミリエルの時が止まったようになる。ようやっと我に返ったとき、セレナの手がミリエルの前髪を掴んだ。ぶちぶちと何本か髪が抜ける。抜けた髪を見て、「汚い」と呟いたセレナは手に絡んだミリエルの髪を捨てた。
「だって、ここはそういう世界なんだもの。ああ、楽しみ、邪竜様は最後の攻略対象なのよね。腰元まである長い黒髪に、血みたいな真っ赤な目! 実際に見るとどんなイケメンなのかしら!」
「こうりゃく……たいしょう……?」
楽し気にはしゃぐセレナが理解できない。そういう世界?どういうこと?ごちゃごちゃとした頭で、口にできた言葉はわずかだった。
「邪竜……? 神話の……?」
「そ。あんたが死ねば、人間の醜さに反応して邪竜様が現れる」
そんな話、聞いたこともない。ミリエルが芋虫のように這いつくばっているのを満足そうに見て、セレナが言葉を続けた。
「この世界に転生したなら、ハーレムルートからの女王エンドを目指したいじゃない? 聖女セレナが世界中の人々に愛されるエンディングよ、さいっこう!」
「……?」
セレナの言葉は相変わらず頭にうまく入ってこない。上滑りしていく情報たちに、同返して言いかわからなくなる。混乱してもはや言葉も出てこないミリエルに、セレナは飽いたようだった。
「……あーあ、盛り上がらないわね。かわいそうだから教えてあげる。この世界はね、日本、という異世界の国で作られた物語、乙女ゲーム『竜恋』の世界なの」
とん、とセレナの靴がミリエルの頭の横に漬けられる。軽く蹴られても、ミリエルにはもう抱ける情などなかった。
「聖女として生まれたヒロインが王子、宰相、騎士団長、とか、そういう高貴な相手の心を癒して結ばれる恋物語。でもスパイスは必要よね? 聖女には姉がいるの。聖女に嫉妬して聖女を殺そうとする悪姉がね」
──ユアンが、生きていてくれるなら。
「私のことが嫌いなんでしょう? 私はどうなってもいいから、ちゃんと死ぬから、だから……ユアンだけは助けて……」
「──ああ、あの騎士? 死んだわよ、今朝」
「え……?」
ミリエルの言葉に、何でもないようにセレナが返す。当惑した声が、自分でも自覚できないまま、ミリエルの唇から漏れだした。
「あんたを救おうとでもしたのかしら、ミリーを助けないと国を滅ぼす、なんて言ったのが運の尽きね。揚げ足をとられて反逆罪確定、斬首刑よ」
すい、とセレナの手が彼女の首に当てられる。そのまま横に引かれた手は、ユアンの首を切るような動作に見えた。今聞いたことが信じられなくて呆然とするミリエルに、セレナが口角を上げる。
「フフ、あはは! その顔、面白―い!」
腹を押さえ、けらけらと笑うセレナは、その白い法衣から感じられる神秘的な雰囲気とは真逆の気配を放っていた。
膝をついたまま目を見開くミリエルの顎をくい、とセレナが指先でもち上げる。ミリエルの目から流れ落ちる涙を見て、愉快そうに顔を歪める。
反射的に、ミリエルは縛られた手のまま、セレナにと飛びかかっていた。頭突きの形になって、けれどセレナは少したたらを踏む程度で、特に痛がる様子はなかった。
逆に、すぐに護衛に取り押さえられたミリエルが、河口近くの硬い岩に押し付けられて顎をしたたかに打った。痛みがミリエルの顎下から胸までを襲う。じわりと広がる熱い感覚は、鉄の匂いがした。どうやらどこかを切ったらしい。
でも、頭に血が上りすぎて、痛みをうまく拾えなかった。
「う、ぁ……ッ」
「あーあ、なにするのよ。転んだら法衣が汚れちゃうじゃない。これ、絹でできてるんだからね」
地面に散らばる長い銀髪が少しずつ赤く染まる。それを見降ろしたまま、セレナは言い聞かせるように言った。
「いい? お姉様。あんたはもう、差し出すものも持ってないの。何もできないのよ」
視線だけが仰向く。セレナの顔は隠しきれない喜色に満ちていた。ミリエルは奥歯を噛む。噛みすぎてぎしぎしと音が鳴った。
「あんたのこと、嫌いか聞いたわね? 嫌いじゃないわ。どうでもいいんだもの」
「……どうでもいいなら、どうして放っておいてくれなかったの……」
絶望が染み渡った胸から、肺から、絞り出すように声を吐く。セレナは自分の整えられた銀髪をくるくると指に巻き付けながら言った。
「あんたには役割があるからよ。この世界の人間にはみんな『役割がある』」
「やく、わり……?」
「そう、お姉様。あんたは聖女の悪姉。妹に嫉妬して、聖女の座を奪おうとするの」
意味の分からない言葉だ。神にでもなったみたいに、運命を語るセレナに、背筋が冷たくなるのを感じる。
「嫉妬なんてしないわ」
「そう、あんたはそう思って、役割を全うしなかった。だからあの騎士も死んだのよ」
「──え……? いた……ッ」
当たり前のように言われて、ミリエルの時が止まったようになる。ようやっと我に返ったとき、セレナの手がミリエルの前髪を掴んだ。ぶちぶちと何本か髪が抜ける。抜けた髪を見て、「汚い」と呟いたセレナは手に絡んだミリエルの髪を捨てた。
「だって、ここはそういう世界なんだもの。ああ、楽しみ、邪竜様は最後の攻略対象なのよね。腰元まである長い黒髪に、血みたいな真っ赤な目! 実際に見るとどんなイケメンなのかしら!」
「こうりゃく……たいしょう……?」
楽し気にはしゃぐセレナが理解できない。そういう世界?どういうこと?ごちゃごちゃとした頭で、口にできた言葉はわずかだった。
「邪竜……? 神話の……?」
「そ。あんたが死ねば、人間の醜さに反応して邪竜様が現れる」
そんな話、聞いたこともない。ミリエルが芋虫のように這いつくばっているのを満足そうに見て、セレナが言葉を続けた。
「この世界に転生したなら、ハーレムルートからの女王エンドを目指したいじゃない? 聖女セレナが世界中の人々に愛されるエンディングよ、さいっこう!」
「……?」
セレナの言葉は相変わらず頭にうまく入ってこない。上滑りしていく情報たちに、同返して言いかわからなくなる。混乱してもはや言葉も出てこないミリエルに、セレナは飽いたようだった。
「……あーあ、盛り上がらないわね。かわいそうだから教えてあげる。この世界はね、日本、という異世界の国で作られた物語、乙女ゲーム『竜恋』の世界なの」
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「聖女として生まれたヒロインが王子、宰相、騎士団長、とか、そういう高貴な相手の心を癒して結ばれる恋物語。でもスパイスは必要よね? 聖女には姉がいるの。聖女に嫉妬して聖女を殺そうとする悪姉がね」
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