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第二話 聖女暗殺未遂という濡れ衣①
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アトルリエ聖竜国では竜の神話が信じられている。雪深いアトルリエ聖竜国は、街灯が生み出される前は、長い冬に降る雪のせいで冬は常に暗かった。
その暗さ──闇に紛れて犯罪が起きるのが、昔は魔物が生み出されるためだと思われていた。
そう、闇は魔物を生む。その闇を打ち払うために天から遣わされたのが、竜だ。
闇と戦い、世界を光の下に連れ出した竜はしかし、しかしその身を闇に浸食され、正気を失った。
闇の化身となり、世界を滅ぼさんとする存在へと堕ちた邪竜を浄化したのは、ひとりの人間の少女だった。
聖なる光の力を持ち聖女と呼ばれた少女は、その命と引き換えにして邪竜をアトルリエのいっとう高い場所まで届くステラ火山のうちに封印した。
その竜は今もステラ火山のもとに眠っている……そういう神話だ。
そのため、竜と聖女はともにこの国での信仰対象なのである。
今代の聖女であるセレナ・リリス・フララットも当然、信仰される存在だ。
ゆえに、アトルリエ聖竜国の象徴ともいえるセレナを害そうとした、殺そうとしたということは、この国では反逆罪となる。
その拘束は、突然だった。
聖女であるセレナ・リリス・フララットの暗殺を企てたとして、ミリエルは投獄された。
聞けば、セレナが眠っているとき、セレナの部屋に侵入した何者かが、セレナの胸をナイフで突いたのだ。幸い、何重にも防護魔法を施している聖女セレナには傷一つなかったが、聖女が暗殺されかかったことが問題となった。
現場には、髪が落ちていた。銀色の長い髪はミリエルの色だ。
また、現場に残されていたナイフはミリエルの私物だった。安っぽい、木製のペーパーナイフが凶器だとされた。決定打となったのはセレナの証言。正直、これが一番の理由だろう。
「お姉様があたしを殺そうとしたのよ!」
そのひとことで、ろくな弁明の機会も与えられず、「聖女のはきだめ」は犯罪者となった。
聖女を殺そうとしたのだ。火刑が妥当だろうとのことだったが、身内ゆえにそれは聖女の名に傷をつけることになりかねない。この件は公にせず、かわりにミリエルは竜の眠るとされる火山への贄として火口に投げられることとなった。
表向きには、聖女の悪姉が改心し、自分から生贄役を買って出た、と発表されるらしい。
ぼろぼろの貫頭衣を着せられ、後ろ手に縛られたミリエルは、ステラ火山の火口に設置された、火口に飛び込むための──強制的に落とすための、簡単に壊れる台に載せられていた。
「ユアン……ユアン……」
かさついた唇で呟くのは愛しい恋人の名前だ。
ミリエルが暗殺などするはずがない、と抗議したユアンは、そのまま犯罪者の肩を持った共犯者として投獄された。
牢に入れられ、はげしい拷問を受けている、とだけ、ミリエルは看守に聞いた。
「ユアン……」
ミリエルのせいだ。ミリエルと恋人になったのが、いけなかったのだろうか。
……いいや、きっと、ユアンはミリエルが彼の恋人でなくともかばってくれただろう。けれど一介の騎士では聖女という権力に勝てない。
英雄から一転して逆賊とされたユアンの輝かしい未来を奪ったのは、間違いなくミリエルという存在だった。
「気分はどう? お姉様」
「セレナ……」
うなだれるミリエルの耳に、硬い石ころを蹴る音と、甘い砂糖菓子のような声が届いた。
銀色の神秘的な髪に青い目をした、ミリエルと同じ色彩の、けれどミリエルより甘やかな容姿の彼女こそ、ミリエルの双子の妹、セレナだ。似ていない双子のミリエルたちだったが、セレナはおそらくミリエルのことが嫌いなのだろう。
セレナはことあるごとに何か悪いことをミリエルのせいにした。
両親もそれに倣ってミリエルを虐げた。
聖女としてセレナが選ばれたのは、セレナとミリエルが候補となったとき、両親が金を積んでセレナをごり押ししたからだ。
たしかに聖なる魔力を有しているセレナだが、その力がどれだけのものかは家族ですら知らない。修行をしているところすら、ミリエルは見たことがない。
それでも、この国の権力はセレナのものだ。王子や宰相、騎士団長と懇意にしているセレナに集中した権力は、人ひとりを殺めることも、救うことだってたやすい。
ミリエルはゆるゆると顔を上げた。かさついた唇を震わせる。縛られたまま、その場に膝をついてセレナに懇願した。
その暗さ──闇に紛れて犯罪が起きるのが、昔は魔物が生み出されるためだと思われていた。
そう、闇は魔物を生む。その闇を打ち払うために天から遣わされたのが、竜だ。
闇と戦い、世界を光の下に連れ出した竜はしかし、しかしその身を闇に浸食され、正気を失った。
闇の化身となり、世界を滅ぼさんとする存在へと堕ちた邪竜を浄化したのは、ひとりの人間の少女だった。
聖なる光の力を持ち聖女と呼ばれた少女は、その命と引き換えにして邪竜をアトルリエのいっとう高い場所まで届くステラ火山のうちに封印した。
その竜は今もステラ火山のもとに眠っている……そういう神話だ。
そのため、竜と聖女はともにこの国での信仰対象なのである。
今代の聖女であるセレナ・リリス・フララットも当然、信仰される存在だ。
ゆえに、アトルリエ聖竜国の象徴ともいえるセレナを害そうとした、殺そうとしたということは、この国では反逆罪となる。
その拘束は、突然だった。
聖女であるセレナ・リリス・フララットの暗殺を企てたとして、ミリエルは投獄された。
聞けば、セレナが眠っているとき、セレナの部屋に侵入した何者かが、セレナの胸をナイフで突いたのだ。幸い、何重にも防護魔法を施している聖女セレナには傷一つなかったが、聖女が暗殺されかかったことが問題となった。
現場には、髪が落ちていた。銀色の長い髪はミリエルの色だ。
また、現場に残されていたナイフはミリエルの私物だった。安っぽい、木製のペーパーナイフが凶器だとされた。決定打となったのはセレナの証言。正直、これが一番の理由だろう。
「お姉様があたしを殺そうとしたのよ!」
そのひとことで、ろくな弁明の機会も与えられず、「聖女のはきだめ」は犯罪者となった。
聖女を殺そうとしたのだ。火刑が妥当だろうとのことだったが、身内ゆえにそれは聖女の名に傷をつけることになりかねない。この件は公にせず、かわりにミリエルは竜の眠るとされる火山への贄として火口に投げられることとなった。
表向きには、聖女の悪姉が改心し、自分から生贄役を買って出た、と発表されるらしい。
ぼろぼろの貫頭衣を着せられ、後ろ手に縛られたミリエルは、ステラ火山の火口に設置された、火口に飛び込むための──強制的に落とすための、簡単に壊れる台に載せられていた。
「ユアン……ユアン……」
かさついた唇で呟くのは愛しい恋人の名前だ。
ミリエルが暗殺などするはずがない、と抗議したユアンは、そのまま犯罪者の肩を持った共犯者として投獄された。
牢に入れられ、はげしい拷問を受けている、とだけ、ミリエルは看守に聞いた。
「ユアン……」
ミリエルのせいだ。ミリエルと恋人になったのが、いけなかったのだろうか。
……いいや、きっと、ユアンはミリエルが彼の恋人でなくともかばってくれただろう。けれど一介の騎士では聖女という権力に勝てない。
英雄から一転して逆賊とされたユアンの輝かしい未来を奪ったのは、間違いなくミリエルという存在だった。
「気分はどう? お姉様」
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うなだれるミリエルの耳に、硬い石ころを蹴る音と、甘い砂糖菓子のような声が届いた。
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それでも、この国の権力はセレナのものだ。王子や宰相、騎士団長と懇意にしているセレナに集中した権力は、人ひとりを殺めることも、救うことだってたやすい。
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