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第21章 ある国の終焉
3.虚勢と咆哮
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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今回はディスコーニ視点のお話です。
■■■■■■■■■
「衛兵、大罪に関わった疑いのある4人の『白い渡り鳥』様をここに連れて参れ」
議長がそう言うと、地下牢に一番近い1階の扉が開き、トラント国王の隣まで4人の『白い渡り鳥』様達が車椅子に乗せられた状態で連れてこられた。彼らは目元の包帯は外されているが、まだ強制催眠は解除されておらず、ぐったりとしている。
「では、まずディスコーニ殿。貴殿が作成した報告書では、トラントとウィニストラとの戦争において、トラント側が『白い渡り鳥』様の戦場介入を行ったと主張されています。どのようなことが起きたのか、改めて証言をお願いします」
「トラントが我が国へ侵攻の構えを見せたため、私が戦場へ赴いたところ、私はトラントの筆頭将軍であったアステラより魔法による攻撃を受けました。その際に左頬を負傷した私は、傷口から左肩にかけて黒く変色し、徐々に魔力が抜け、耐えがたい気怠さに襲われて立てなくなるという、初めての症状に見舞われました。その後、白魔道士による治療が行われましたが、傷口は塞がらず、症状が改善されることもありませんでした。
白魔道士にはそのような症状が出る原因を特定できず、治療も不可能と言われましたが、その後シェニカ様によって治療して頂きました。そして、私が受けた怪我は『聖なる一滴』と呼ばれる、『白い渡り鳥』様しか作ることのできない毒薬であること。傷の程度から、ランクAの方を戦場に連れて行ったものであると、シェニカ様に教えて頂きました。
シェニカ様より発行された証明書を提出いたします」
要点だけを告げると、証明書を席まで取りに来た筆頭事務官へ渡した。事務官はその書類をそのまま議長に渡すと、議長は内容を確認した。
「いま私に渡されたシェニカ様の名で発行された2枚の証明書のうち、シェニカ様による大罪の証明書を読み上げます。
『ウィニストラ領ラーナに運ばれてきた負傷した複数のウィニストラ兵を診察したところ、『白い渡り鳥』のみが作れる『聖なる一滴』を受けていた。負傷者から聞き取った話やその症状から、ウィニストラとの戦場において、トラントが『白い渡り鳥』を戦場に介入させたと判断する。 シェニカ・ヒジェイト』
シェニカ様、この証明書はシェニカ様がお書きになったもので間違いありませんか?」
「間違いありません」
「ではこの証明書がシェニカ様による正式なものであることを確認するため、水で濡らした指で文面をなぞらせていただきます」
議長は左手で証明書を議席に向かって掲げると、机の上に置かれた小さなガラスの水入れに右手の指を入れ、文面の最初から一番下にあるシェニカの名前までを、時折浸し直しながらゆっくりとなぞった。紙は水を含んだことで透けたものの、文字はどこも滲んでいない。
「この通り、証明書の文字は滲んでおりません。こちらの証明書はシェニカ様による正式なものであることを確認しました。では次に。トラント国王陛下に質問を行います。
トラントとウィニストラ間で起きた戦争において、『白い渡り鳥』様を戦場介入させるという大罪が行われた疑いがございます。この件についてお認めになりますか?」
「そのようなことは行っていない」
「ではこの一件についてどうお考えでしょうか」
「ウィニストラが我が国に侵攻する口実を作るために、その娘とグルになっているんだ!」
「その娘とは誰のことでしょうか」
「そこにいるシェニカ・ヒジェイトだ!」
トラント国王のこれまでで一番大きな声が響き渡ると、耳を塞いだり、顔を顰めて不快感を示す者が続出した。
「では陛下は、今回の大罪についてトラントは一切関係はなく、ウィニストラとシェニカ様による虚偽を主張するということで間違いありませんか?」
「当たり前だ!」
「では次に。戦場介入の疑いのある4人の『白い渡り鳥』様の尋問を行います。ウェルニ筆頭事務官、4人の方々のネームタグを読み上げなさい」
筆頭事務官は車椅子に座る4人の『白い渡り鳥』様の襟元からネームタグを取り出すと、順に名前を読み上げていった。
「ハニアベル・テイラ様。ルーティン・ラウ様。メファロ・ドルアーニ様。ムド・ファニエステル様です」
「こちら4名の方々の状態について、シェニカ様の名で発行された証明書を読み上げます。
『ハニアベル・テイラ、ルーティン・ラウ、メファロ・ドルアーニ、ムド・ファニエステルの4名は、重度の麻薬中毒のため『白い渡り鳥』による治療も不可能である。シェニカ・ヒジェイト』
シェニカ様、この証明書はシェニカ様がお書きになったもので間違いありませんか?」
「間違いありません」
「ではこの証明書がシェニカ様による公式なものであることを確認するため、水で濡らした指で文面をなぞらせていただきます」
さっきと同じように議長は水で濡らした指でかざした書類をなぞったが、その文字は滲むことはなかった。
「この通り、証明書の文字は滲んでおりません。こちらの証明書もシェニカ様による正式なものであることを確認しました。ウェルニ筆頭事務官、強制催眠を解除しなさい」
筆頭事務官が強制催眠を解除すると、4人は一様に奇声を上げ、車椅子ごと倒れるように激しくもがいたため、横で控えていた衛兵たちが車椅子を支えた。
「ベラルス!ベラルス!約束を果たせ!」
「飴!飴を寄越せ!早く!」
「いい加減にしろ!いつまで待たせるんだ!!」
「アステラ!ベラルス!私の命令が聞けぬのか!」
「ハニアベル様、ルーティン様、メファロ様、ムド様、落ち着いて下さい」
議長が木槌で大きな音を何度も鳴らしたが、国王と違って4人が冷静になる様子はない。ただ、発言の内容を聞いていると、会話しているわけではないが、それぞれが同じようなことを喚いてはいるのは分かる。議長は自身の声も木槌の音も聞こえていない様子を見ると、議長席から降りて4人の前に立った。
「皆様にはトラントとウィニストラが戦う戦場に」
「アステラ!早く飴を持ってこい!」
「『聖なる一滴』を渡したではないか!約束を反故にするのか!」
「離せ離せ離せぇぇぇ!!!」
「今すぐ飴を持ってこなければ、もう手を貸してやらんぞ!」
議長は4人を落ち着かせようと、肩に手を置いて視線を合わせ優しく声をかけようとしたものの、4人は議長の手を跳ね除けるように肩を大きく揺らし、暴れ喚き続けてしまう。そんな様子に匙を投げた議長は、首を左右に振るとシェニカを見た。
「シェニカ様、このままでは尋問どころか宣誓も出来ませんので、大変申し訳ありませんが、肩を叩かれた時に返答するような形で強制催眠をかけて頂いてもよろしいでしょうか」
「分かりました」
シェニカが目の前に立つと、4人は目を見開いて彼女を凝視しながら一層暴れ始めた。シェニカが彼らの前に立つと反応が変わるのは、今回だけでなく4人を発見した時もそうだった。おそらく4人に競わせる形で『聖なる一滴』を作らせていたのだろう。
「お前の飴を寄越せ!」
「ベラルスめ!また別の鳥を呼んだのか?!」
「独り占めは許さんぞ!」
「お前が飴を隠したのか?!」
「これから問いかけられる質問に、肩を叩かれた者は嘘偽りなく答えなさい」
シェニカが額に指を当てて強制催眠をかけると、4人は一気に脱力して車椅子にもたれかかり、静かになった。
「シェニカ様、ありがとうございます」
議長がシェニカに礼を言うと、彼女は暗い顔で戻ってきた。4人の様子を見て、何か思うところがあるのだろうか。
「皆様には、トラントとウィニストラが戦う戦場に介入した疑いがもたれています。そのような事実はございますか?」
「事実だ」
議長が順に肩を叩いていくと、4人からまったく同じ返事が返ってきた。それを見たトラント国王は、目をしきりに動かしている。どう反論すればいいか考えているようだ。
「どちらの国に手を貸したのですか」
「トラントだ」
「誰がそのようなことを提案したのですか」
「ベラルスとアステラだ」
「ベラルスとアステラ、というのは誰のことでしょうか」
「ベラルスはトラント首都の神官長、アステラはトラントの筆頭将軍だ」
「戦場不介入の禁を犯してしまうのに、なぜそのようなことをしたのですか」
「ベラルスとアステラが、絶対に発覚しないから安心して良いと言ったからだ」
「飴は『聖なる一滴』としか交換しないと言うからだ」
「戦場介入の大罪を犯すことに迷いはなかったのですか」
「飴をもらえるのならそれでもいい」
「飴とはどんな飴でしょうか」
「ベニキアがたっぷり入った飴だ」
「ベニキア、というのは何のことですか」
「麻薬だ」
ベニキアという麻薬は、中毒性が高いために定期的に治療魔法をかけながら使用しなければ、すぐに廃人になるという代物のため、白魔道士が少ない現状ではどの国も流通を管理、制限している。『白い渡り鳥』様であれば上手く付き合えるとは思うが、トラントは手軽に摂取できるように飴に加工し、治療の時間を与えなかったのだろう。
「どのようなことをすれば、ベニキアの飴を貰えたのですか?」
「『聖なる一滴』が5滴分なら、飴も5個だ」
「どのような場所で『聖なる一滴』を作ったのですか」
「アステラに連れて行かれたテントだ」
「テントで焚かれる香が飴と合う」
「副官かアステラ、ベラルスに渡せば飴がもらえる」
「そんな老いぼれの妄言など信じるに値しない!」
不利な状況が続くのを我慢できなかったのか、トラント国王がそう発言すると、議長は国王の目の前まで移動した。
「陛下。嘘をつくことが出来ない強制催眠は、宣誓が不要なほど信頼性が高いのです。
こちらの4人は、トラントから離れた国の間を移動中となっていたにも関わらず、トラント首都の近くにある貧民街にて、キルレ国の将軍ソルディナンド殿らによって発見、保護されています。なぜ行方不明だった方々がトラント国内にいて、このような証言をしているのかお分かりになりますか?」
「そんなこと知らん!すべてウィニストラとその娘の陰謀だ!」
「陛下には後程改めてお話を聞かせていただきます。ここまでで質問のある方は、挙手を願います」
議長が議席に向けて語りかけると、ハルディアルドの筆頭将軍が手を挙げた。
「ハルディアルドに発言を許します」
議長が指名すると、筆頭将軍は立ち上がってシェニカに視線を向けた。
「シェニカ様に質問があります。このような重度の麻薬中毒でも、治療魔法の使用や『聖なる一滴』は作れるのでしょうか?」
「シェニカ様、ご返答を願います」
「『聖なる一滴』と麻薬の入った飴を交換していたようなので、対価を求めて集中力が保たれ、『聖なる一滴』は作れたのだと思います。治療魔法は麻薬の対価であれば使用出来たかもしれませんが、それでも失明や欠損部分の治療といった難度の高い治療は出来なかったと思います」
「ありがとうございました」
「ほかに質問はありますか? 無いようなので、こちら4人の方々は、トラントとウィニストラとの戦場において、トラントの指揮下のもと、戦場介入の禁を犯したことを証言したと判断します。異論のある方は後ほど文書を提出して下さい」
トラント国王は苦々しい顔をしながら4人を見ているが、その頭の中では今もどうにか乗り切れないか考えているようだ。そして議長席に戻った議長は木槌を軽く鳴らした。
「トラント国王陛下。4人の『白い渡り鳥』様たちは、トラントの首都の神官長ベラルス殿と筆頭将軍アステラ殿に命じられて『聖なる一滴』を作り、ウィニストラとの戦場において使用した、と証言していますが、陛下はどのようにお考えでしょうか」
「あいつらは麻薬で幻覚を見ているだけで、我が国は介入の大罪など犯しておらん!ウィニストラはその娘と結託し、我が国を陥れようとしているのだ!それに、重度の麻薬中毒者の話すことなど、強制催眠であっても信用するに値しないのではないか?!」
「陛下のおっしゃることは確かに一理あります。では、別の証拠物として、ウィニストラ側からはディスコーニ殿による証言、先ほど確認したシェニカ様による証明書、陛下や捕縛したトラント軍副官らの強制催眠下による証言などを記述した書面が提出されています。それらについても虚偽だということでしょうか」
「我が国は潔白なのだから、そのすべてが捏造だ」
「では、その潔白を示すためにも、『強制催眠下での聴き取りにおいて陛下が大罪を認めた』というウィニストラ側が示した重要な証言を、陛下自身に否定していただきたいと思います。この場で同じ状況で証言していただきたいのですが。承諾していただけますか」
「王である私が潔白を主張しているし、この場で宣誓もしたのだ。そのような必要はない」
「もちろん今回の一件以外のことについては質問いたしませんし、そのような質問があった場合はトラント大使のご判断で術を解除していただいて結構です。大使、よろしいですか?」
「はい、同意いたします」
「ふざけるな!大使の分際で王の判断を覆すのか!お前を可愛がってやった恩を忘れたのか!」
議長が当事者席に座るトラント大使に意見を求めると、大使は国王を見ずに頷いた。それを見た国王は、車椅子をガタガタ動かすほど身体を動かして激昂したが、その様子を見たトラント大使は、ゆっくりと立ち上がって国王に強い眼差しを向けた。
「陛下もご存じかと思いますが、一番信頼性が高いのは強制催眠下での証言です。お気持ちはわかりますが、重要人物とされたベラルス神官長やアステラ様といった方々が死去している今、潔白を証明するにはもうこの手段しか残っておりません。
それに…。ウィニストラ側から提出された証拠書類は理路整然としており、口を挟む部分など殆どありません。今回の一件において実際に何が行われたのか、というのは全ての指揮監督権を持つ陛下が一番分かっていらっしゃると思います。
私自身、我が国が大罪を犯したなど信じたくはありませんし、そのような提案があったとしても、思慮深い陛下は一笑に付して終わったはずです。どうか一国の王として潔い姿勢で臨み、潔白をお示し下さいませ」
トラント大使が言い聞かせるように話すと、国王は口をわなわなと震わせて大使を睨みつけた。その様子を見た議長はシェニカに視線を向けた。
「ではシェニカ様、よろしくお願いします」
「来るな!私に触るな!」
議長に呼ばれたシェニカが国王の前まで行くと、国王は彼女に唾を吐きかけようとする動きを見せたが、衛兵が素早く猿轡を噛ませた。そして衛兵3人がかりで頭と身体を固定すると、シェニカが額に指を当てた。
「これから問いかけられる質問に全て嘘偽りなく答えなさい。はい、術にかかりました」
「ありがとうございます」
議長はシェニカと自分が席に戻ったのを確認すると、手元にあった書類の束を手に取り、トントンと音をさせて端を揃えた。
■■■後書き■■■
今回は早めに更新ができました。(o^^o)
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■■■■■■■■■
「衛兵、大罪に関わった疑いのある4人の『白い渡り鳥』様をここに連れて参れ」
議長がそう言うと、地下牢に一番近い1階の扉が開き、トラント国王の隣まで4人の『白い渡り鳥』様達が車椅子に乗せられた状態で連れてこられた。彼らは目元の包帯は外されているが、まだ強制催眠は解除されておらず、ぐったりとしている。
「では、まずディスコーニ殿。貴殿が作成した報告書では、トラントとウィニストラとの戦争において、トラント側が『白い渡り鳥』様の戦場介入を行ったと主張されています。どのようなことが起きたのか、改めて証言をお願いします」
「トラントが我が国へ侵攻の構えを見せたため、私が戦場へ赴いたところ、私はトラントの筆頭将軍であったアステラより魔法による攻撃を受けました。その際に左頬を負傷した私は、傷口から左肩にかけて黒く変色し、徐々に魔力が抜け、耐えがたい気怠さに襲われて立てなくなるという、初めての症状に見舞われました。その後、白魔道士による治療が行われましたが、傷口は塞がらず、症状が改善されることもありませんでした。
白魔道士にはそのような症状が出る原因を特定できず、治療も不可能と言われましたが、その後シェニカ様によって治療して頂きました。そして、私が受けた怪我は『聖なる一滴』と呼ばれる、『白い渡り鳥』様しか作ることのできない毒薬であること。傷の程度から、ランクAの方を戦場に連れて行ったものであると、シェニカ様に教えて頂きました。
シェニカ様より発行された証明書を提出いたします」
要点だけを告げると、証明書を席まで取りに来た筆頭事務官へ渡した。事務官はその書類をそのまま議長に渡すと、議長は内容を確認した。
「いま私に渡されたシェニカ様の名で発行された2枚の証明書のうち、シェニカ様による大罪の証明書を読み上げます。
『ウィニストラ領ラーナに運ばれてきた負傷した複数のウィニストラ兵を診察したところ、『白い渡り鳥』のみが作れる『聖なる一滴』を受けていた。負傷者から聞き取った話やその症状から、ウィニストラとの戦場において、トラントが『白い渡り鳥』を戦場に介入させたと判断する。 シェニカ・ヒジェイト』
シェニカ様、この証明書はシェニカ様がお書きになったもので間違いありませんか?」
「間違いありません」
「ではこの証明書がシェニカ様による正式なものであることを確認するため、水で濡らした指で文面をなぞらせていただきます」
議長は左手で証明書を議席に向かって掲げると、机の上に置かれた小さなガラスの水入れに右手の指を入れ、文面の最初から一番下にあるシェニカの名前までを、時折浸し直しながらゆっくりとなぞった。紙は水を含んだことで透けたものの、文字はどこも滲んでいない。
「この通り、証明書の文字は滲んでおりません。こちらの証明書はシェニカ様による正式なものであることを確認しました。では次に。トラント国王陛下に質問を行います。
トラントとウィニストラ間で起きた戦争において、『白い渡り鳥』様を戦場介入させるという大罪が行われた疑いがございます。この件についてお認めになりますか?」
「そのようなことは行っていない」
「ではこの一件についてどうお考えでしょうか」
「ウィニストラが我が国に侵攻する口実を作るために、その娘とグルになっているんだ!」
「その娘とは誰のことでしょうか」
「そこにいるシェニカ・ヒジェイトだ!」
トラント国王のこれまでで一番大きな声が響き渡ると、耳を塞いだり、顔を顰めて不快感を示す者が続出した。
「では陛下は、今回の大罪についてトラントは一切関係はなく、ウィニストラとシェニカ様による虚偽を主張するということで間違いありませんか?」
「当たり前だ!」
「では次に。戦場介入の疑いのある4人の『白い渡り鳥』様の尋問を行います。ウェルニ筆頭事務官、4人の方々のネームタグを読み上げなさい」
筆頭事務官は車椅子に座る4人の『白い渡り鳥』様の襟元からネームタグを取り出すと、順に名前を読み上げていった。
「ハニアベル・テイラ様。ルーティン・ラウ様。メファロ・ドルアーニ様。ムド・ファニエステル様です」
「こちら4名の方々の状態について、シェニカ様の名で発行された証明書を読み上げます。
『ハニアベル・テイラ、ルーティン・ラウ、メファロ・ドルアーニ、ムド・ファニエステルの4名は、重度の麻薬中毒のため『白い渡り鳥』による治療も不可能である。シェニカ・ヒジェイト』
シェニカ様、この証明書はシェニカ様がお書きになったもので間違いありませんか?」
「間違いありません」
「ではこの証明書がシェニカ様による公式なものであることを確認するため、水で濡らした指で文面をなぞらせていただきます」
さっきと同じように議長は水で濡らした指でかざした書類をなぞったが、その文字は滲むことはなかった。
「この通り、証明書の文字は滲んでおりません。こちらの証明書もシェニカ様による正式なものであることを確認しました。ウェルニ筆頭事務官、強制催眠を解除しなさい」
筆頭事務官が強制催眠を解除すると、4人は一様に奇声を上げ、車椅子ごと倒れるように激しくもがいたため、横で控えていた衛兵たちが車椅子を支えた。
「ベラルス!ベラルス!約束を果たせ!」
「飴!飴を寄越せ!早く!」
「いい加減にしろ!いつまで待たせるんだ!!」
「アステラ!ベラルス!私の命令が聞けぬのか!」
「ハニアベル様、ルーティン様、メファロ様、ムド様、落ち着いて下さい」
議長が木槌で大きな音を何度も鳴らしたが、国王と違って4人が冷静になる様子はない。ただ、発言の内容を聞いていると、会話しているわけではないが、それぞれが同じようなことを喚いてはいるのは分かる。議長は自身の声も木槌の音も聞こえていない様子を見ると、議長席から降りて4人の前に立った。
「皆様にはトラントとウィニストラが戦う戦場に」
「アステラ!早く飴を持ってこい!」
「『聖なる一滴』を渡したではないか!約束を反故にするのか!」
「離せ離せ離せぇぇぇ!!!」
「今すぐ飴を持ってこなければ、もう手を貸してやらんぞ!」
議長は4人を落ち着かせようと、肩に手を置いて視線を合わせ優しく声をかけようとしたものの、4人は議長の手を跳ね除けるように肩を大きく揺らし、暴れ喚き続けてしまう。そんな様子に匙を投げた議長は、首を左右に振るとシェニカを見た。
「シェニカ様、このままでは尋問どころか宣誓も出来ませんので、大変申し訳ありませんが、肩を叩かれた時に返答するような形で強制催眠をかけて頂いてもよろしいでしょうか」
「分かりました」
シェニカが目の前に立つと、4人は目を見開いて彼女を凝視しながら一層暴れ始めた。シェニカが彼らの前に立つと反応が変わるのは、今回だけでなく4人を発見した時もそうだった。おそらく4人に競わせる形で『聖なる一滴』を作らせていたのだろう。
「お前の飴を寄越せ!」
「ベラルスめ!また別の鳥を呼んだのか?!」
「独り占めは許さんぞ!」
「お前が飴を隠したのか?!」
「これから問いかけられる質問に、肩を叩かれた者は嘘偽りなく答えなさい」
シェニカが額に指を当てて強制催眠をかけると、4人は一気に脱力して車椅子にもたれかかり、静かになった。
「シェニカ様、ありがとうございます」
議長がシェニカに礼を言うと、彼女は暗い顔で戻ってきた。4人の様子を見て、何か思うところがあるのだろうか。
「皆様には、トラントとウィニストラが戦う戦場に介入した疑いがもたれています。そのような事実はございますか?」
「事実だ」
議長が順に肩を叩いていくと、4人からまったく同じ返事が返ってきた。それを見たトラント国王は、目をしきりに動かしている。どう反論すればいいか考えているようだ。
「どちらの国に手を貸したのですか」
「トラントだ」
「誰がそのようなことを提案したのですか」
「ベラルスとアステラだ」
「ベラルスとアステラ、というのは誰のことでしょうか」
「ベラルスはトラント首都の神官長、アステラはトラントの筆頭将軍だ」
「戦場不介入の禁を犯してしまうのに、なぜそのようなことをしたのですか」
「ベラルスとアステラが、絶対に発覚しないから安心して良いと言ったからだ」
「飴は『聖なる一滴』としか交換しないと言うからだ」
「戦場介入の大罪を犯すことに迷いはなかったのですか」
「飴をもらえるのならそれでもいい」
「飴とはどんな飴でしょうか」
「ベニキアがたっぷり入った飴だ」
「ベニキア、というのは何のことですか」
「麻薬だ」
ベニキアという麻薬は、中毒性が高いために定期的に治療魔法をかけながら使用しなければ、すぐに廃人になるという代物のため、白魔道士が少ない現状ではどの国も流通を管理、制限している。『白い渡り鳥』様であれば上手く付き合えるとは思うが、トラントは手軽に摂取できるように飴に加工し、治療の時間を与えなかったのだろう。
「どのようなことをすれば、ベニキアの飴を貰えたのですか?」
「『聖なる一滴』が5滴分なら、飴も5個だ」
「どのような場所で『聖なる一滴』を作ったのですか」
「アステラに連れて行かれたテントだ」
「テントで焚かれる香が飴と合う」
「副官かアステラ、ベラルスに渡せば飴がもらえる」
「そんな老いぼれの妄言など信じるに値しない!」
不利な状況が続くのを我慢できなかったのか、トラント国王がそう発言すると、議長は国王の目の前まで移動した。
「陛下。嘘をつくことが出来ない強制催眠は、宣誓が不要なほど信頼性が高いのです。
こちらの4人は、トラントから離れた国の間を移動中となっていたにも関わらず、トラント首都の近くにある貧民街にて、キルレ国の将軍ソルディナンド殿らによって発見、保護されています。なぜ行方不明だった方々がトラント国内にいて、このような証言をしているのかお分かりになりますか?」
「そんなこと知らん!すべてウィニストラとその娘の陰謀だ!」
「陛下には後程改めてお話を聞かせていただきます。ここまでで質問のある方は、挙手を願います」
議長が議席に向けて語りかけると、ハルディアルドの筆頭将軍が手を挙げた。
「ハルディアルドに発言を許します」
議長が指名すると、筆頭将軍は立ち上がってシェニカに視線を向けた。
「シェニカ様に質問があります。このような重度の麻薬中毒でも、治療魔法の使用や『聖なる一滴』は作れるのでしょうか?」
「シェニカ様、ご返答を願います」
「『聖なる一滴』と麻薬の入った飴を交換していたようなので、対価を求めて集中力が保たれ、『聖なる一滴』は作れたのだと思います。治療魔法は麻薬の対価であれば使用出来たかもしれませんが、それでも失明や欠損部分の治療といった難度の高い治療は出来なかったと思います」
「ありがとうございました」
「ほかに質問はありますか? 無いようなので、こちら4人の方々は、トラントとウィニストラとの戦場において、トラントの指揮下のもと、戦場介入の禁を犯したことを証言したと判断します。異論のある方は後ほど文書を提出して下さい」
トラント国王は苦々しい顔をしながら4人を見ているが、その頭の中では今もどうにか乗り切れないか考えているようだ。そして議長席に戻った議長は木槌を軽く鳴らした。
「トラント国王陛下。4人の『白い渡り鳥』様たちは、トラントの首都の神官長ベラルス殿と筆頭将軍アステラ殿に命じられて『聖なる一滴』を作り、ウィニストラとの戦場において使用した、と証言していますが、陛下はどのようにお考えでしょうか」
「あいつらは麻薬で幻覚を見ているだけで、我が国は介入の大罪など犯しておらん!ウィニストラはその娘と結託し、我が国を陥れようとしているのだ!それに、重度の麻薬中毒者の話すことなど、強制催眠であっても信用するに値しないのではないか?!」
「陛下のおっしゃることは確かに一理あります。では、別の証拠物として、ウィニストラ側からはディスコーニ殿による証言、先ほど確認したシェニカ様による証明書、陛下や捕縛したトラント軍副官らの強制催眠下による証言などを記述した書面が提出されています。それらについても虚偽だということでしょうか」
「我が国は潔白なのだから、そのすべてが捏造だ」
「では、その潔白を示すためにも、『強制催眠下での聴き取りにおいて陛下が大罪を認めた』というウィニストラ側が示した重要な証言を、陛下自身に否定していただきたいと思います。この場で同じ状況で証言していただきたいのですが。承諾していただけますか」
「王である私が潔白を主張しているし、この場で宣誓もしたのだ。そのような必要はない」
「もちろん今回の一件以外のことについては質問いたしませんし、そのような質問があった場合はトラント大使のご判断で術を解除していただいて結構です。大使、よろしいですか?」
「はい、同意いたします」
「ふざけるな!大使の分際で王の判断を覆すのか!お前を可愛がってやった恩を忘れたのか!」
議長が当事者席に座るトラント大使に意見を求めると、大使は国王を見ずに頷いた。それを見た国王は、車椅子をガタガタ動かすほど身体を動かして激昂したが、その様子を見たトラント大使は、ゆっくりと立ち上がって国王に強い眼差しを向けた。
「陛下もご存じかと思いますが、一番信頼性が高いのは強制催眠下での証言です。お気持ちはわかりますが、重要人物とされたベラルス神官長やアステラ様といった方々が死去している今、潔白を証明するにはもうこの手段しか残っておりません。
それに…。ウィニストラ側から提出された証拠書類は理路整然としており、口を挟む部分など殆どありません。今回の一件において実際に何が行われたのか、というのは全ての指揮監督権を持つ陛下が一番分かっていらっしゃると思います。
私自身、我が国が大罪を犯したなど信じたくはありませんし、そのような提案があったとしても、思慮深い陛下は一笑に付して終わったはずです。どうか一国の王として潔い姿勢で臨み、潔白をお示し下さいませ」
トラント大使が言い聞かせるように話すと、国王は口をわなわなと震わせて大使を睨みつけた。その様子を見た議長はシェニカに視線を向けた。
「ではシェニカ様、よろしくお願いします」
「来るな!私に触るな!」
議長に呼ばれたシェニカが国王の前まで行くと、国王は彼女に唾を吐きかけようとする動きを見せたが、衛兵が素早く猿轡を噛ませた。そして衛兵3人がかりで頭と身体を固定すると、シェニカが額に指を当てた。
「これから問いかけられる質問に全て嘘偽りなく答えなさい。はい、術にかかりました」
「ありがとうございます」
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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まだ17章なのですが一言だけ…
ざまあみろ!!
結構序盤からおいおい…w→流石にアリエナイ🥶→調子乗りすぎだろ早く天罰くだれ~~😡😠😡→月の人まだ😭😭😭はやく😭😭😭
となっていたのでディズの回が個人的にめちゃくちゃすっきりしました😂😂
基本純愛派(?)なので読んでいてこんな感情で主人公ちゃんに他のパートナーたち(?)ができるのを望んだのはじめてな気がします😂😂
ルクトは嫌いどころかどこか憎めない所があり好きではあるんですけど暫く痛い目見て欲しい😡😡
あとイルバ様もぜひ再登場してほしい🥺🥺
章進むにつれどんどんタイトルに納得がいってます、2人とも完璧じゃないけどそこが人間らしくてすきです
恋愛模様も並一通りでなくこう付き合ったり別れたりみたいな変遷ある所が新鮮で楽しいです
そして今、18章の初め、そろそろルクトがかわいそうにもなってきました(早い)
ディズとも仲良くして欲しいけど…なんならイルバ様にも日が当たってほしいけど…もどかしい!!笑これからどうなるのか気になります😳🫢
また読み進めたら感想書きます🥰
るるさん、感想をありがとうございます!
たくさんの物語があるなか、読んでいただきありがとうございます。
シェニカにも被害がでてしまいましたが、ルクトは根は悪い人ではないのですが、対人関係が不器用で…。
恋愛初心者同士、言葉など色々足りないルクトとシェニカでしたが、ルクトの過ちとディズの存在は大きな分岐点になっていると思います。
18.5章を読まれた後、ディズに対する印象が変わるのではないかと思いますが、彼はとても真面目なのです。笑
更新は遅くなっていますが、今後も楽しみにしていただけたら嬉しいです。(o^^o)
16章あたりを更新されてた頃読ませていただいてて、久しぶりにアルファポリスさん覗きに来たら更新されてたので1話から全部読み直してしまいました!
今後の展開も楽しみにしていますヾ(*´∀`*)ノ
さとさん、感想をありがとうございます!
長いお話ですが最初から読み直していただき、ありがとうございます。m(_ _)m
16章の頃と18章ではシェニカたちの関係もずいぶん変わりましたね。今後どうなるのか楽しみにしていてくださいね。
色々あって更新が遅くなっていますが、頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願いします。
シェニカが口説き方を聞いたのは、やはり、動物を口説くためのあれでしょうか。女性を口説く要領で動物を口説くために……(笑)
となると、随分と手応えを感じていたようなソルディナントさん、実際は全くかすってすらないのでは。残念!
……ちなみに、動物をオトすなら、餌付けが一番オススメですよ。もっとも、移動し続けるシェニカには難しいかもしれませんが。
>嘉藤 静狗さん、感想をありがとうございます!
シェニカはウィニストラでオオカミリスのナンパを考えているので、参考にしようとイチコロ!な口説き文句の教えを請うたようです。
動物を相手にするなら餌で釣るのが良いのでしょうが、シェニカは動物を動物だと思えてないのか、口説き落とそうとしちゃっています。
ソルディナンドは幸せな勘違い中ですが、薔薇色の夢が醒めた時、ものすごく落胆しそうですね。(笑)