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第21章 ある国の終焉
2.波乱の幕開け
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■■■前書き■■■
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5ヶ月ぶりの更新となってしまいました。大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はディスコーニ視点のお話です。
■■■■■■■■■
翌朝、目覚めるとユーリは何も入っていないクローゼットの中にいた。呼びかけても反応しないほど、念入りに壁と絨毯の隙間を嗅いでいるらしい。
「何か気になる匂いがありますか?」
クローゼットに入ると、彼はようやく顔を上げたがすぐに床を向いてしまった。彼がしきりに嗅いでいる壁の向こうは空きの客室で、クローゼット内はドレッサーとハンガーラックはあるが、窓も絵画もなく、隠し通路もないのは確認済みだ。特に気配もしないが、何かあるのだろうか。
ソファに座り、ローテーブルの上にいるユーリに朝食のクルミを与えていると、廊下の向こうから朝食を運んでくるファズたちの気配を感じた。どれも見知った気配だったが、その中に特定の気配があることに気付き、弾かれるようにドアに向かい、ノックをされる前に扉を開けた。
「ディスコーニ様。お久しぶりです」
「イスト、元気でしたか?」
「もちろんです」
ファズと共に自分の部屋に食事を運んできたイストの顔を見ると、一気に懐かしさが込み上げてきて、扉が閉まった瞬間、抱きしめて再会を喜んだ。
自分の上官であり同僚副官でもあった彼は、今は元副官らで構成されるフェアニーブでの警備にあたっている。彼がフェアニーブに出入りする者たちを注視し、各国の金の移動を注意深く観察してくれているおかげで、他国の経済状況が把握できている。それだけでなく、フェアニーブの警備に左遷された元副官の中から、仲間になる人物を見つけてくれた功労者だ。
「この度のご活躍、誠におめでとうございます。勝利の一報も喜ばしいことですが、ディスコーニ様に素敵な出会いもあったと聞き、皆が大変嬉しく思っています」
「元気そうでなによりですが、なぜ出会いがあったと知っているのですか?」
「勝利が報じられて間もなく、バルジアラ様が連絡して下さいました。まさかディスコーニ様の運命のお相手がシェニカ様であったとは、皆が驚きと同時に納得もしております。我々も心から応援しております」
「期待に応えられるよう、頑張りたいと思います」
あの方は常日頃から離れた場所にいる仲間達にマメに連絡しているのだが、今回の一件は処理することが多すぎるから、後回しになっていると思っていたのに。この様子だと、「こういう情報こそ、すぐ連絡した方がいい。離れているからこそ一体感が大事なんだ」とか言って、期限が迫った書類を後回しにしたに違いない。『戦力外として放逐された者』というレッテルを貼られた仲間だからこそ、彼らを優先したことは目を瞑るが、バルジアラ様は戦勝の連絡より、自分の恋愛を面白おかしく言いふらしたかっただけに違いない。今後、自分の恋模様を逐一伝達することがサボる理由になりかねないから、シェニカとの情報は最小限にしなければ。
短時間ではあったがイストとの再会を噛み締めると、部屋に残ったファズから連絡事項の報告を受けつつ朝食を終えた。彼女の部屋に2人の護衛が移動したことを気配で確認し、彼女の部屋に繋がる内扉をノックした。
「おはようございます。準備は大丈夫でしょうか」
「うん、大丈夫だよ」
「では行きましょうか」
今日シェニカが身に着けているのは、自分が選んだピンクのボレロと白のワンピース、アイボリーの靴だ。他の選択肢もあるなか、自分が選んだものを身につけてもらえると、彼女のパートナーに選ばれたような気がしてとても嬉しい。
ーー自分の選んだ物をもっと身につけて欲しい。彼女に似合う物は自分が一番分かっているのだと、みんなに知って欲しい。今度はネックレスや髪飾りを買いに行き、ゆくゆくは左手の薬指に嵌める指輪も…。
自分が選んだ物を身につけているのを見て喜ぶ、というのは承認欲求だけでなく、独占欲をこんなにも刺激するらしい。自分にも独占欲はあったのだな、と思うと少しだけ安心感を覚える。
「ユーリくんは、いまどうしてる?」
「いまはポーチの中で周囲を警戒しているようです」
「そっか。知らない場所だから警戒するよね」
「昨日も部屋の探検をしていましたが、まだ納得していないようで今朝も念入りに動き回っていました」
彼女と何気ない会話をしながら当事者控室・海に入ると、そこには王太子殿下、ライオット、バルジアラ様、副官達。そして議長と筆頭事務官、筆頭速記官が待っていた。
「ディスコーニ様、シェニカ様、はじめまして。このたび議長を務めます、オルブレストの大使ユスワド・ディーニルングと申します。こちらは今回筆頭事務官を務めるサザベルのウェルニ・タンドラ、こちらは筆頭速記官を務めるネイダスのダリア・トーレスです。どうぞよろしくお願いします」
「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」
「手続きの進行は基本的にこちらに任せていただければいいのですが、シェニカ様にお願いしたいことがございます」
「はい、なんでしょうか」
「現在、トラント国王陛下は議場にいらっしゃるのですが、強制催眠を解除した際に暴言暴力行為がありましたので、猿轡を噛み、車椅子に拘束した状態なのです。拘束を解いても冷静に話せない可能性があるため、シェニカ様に再度強制催眠をかけて頂く必要がありそうです。その際は、ご協力いただけないでしょうか」
「わかりました」
「では、すでに全ての国の代表者が議場に揃っておりますので、これより議場への移動をお願いします」
筆頭事務官を先頭にして議場に足を踏み入れると、どの議席にも国王や王太子、筆頭将軍、宰相候補と言われる文官など錚々たる者たちが座っていて、彼らの視線はすべて自分の後ろを歩くシェニカに注がれている。注目の的になっているシェニカは真っ直ぐ前を向いているが、議長席の正面に拘束された状態で車椅子に座るトラント国王に気付くと、響かないほどの小さなため息を吐いた。国王はシェニカを見ると何か感じたのか、車椅子をギシギシと鳴らすほど身体を揺らし、猿轡を噛む口からは呻き声を響かせた。
席に座ると、議長席の向こう側の当事者席に座るトラントの大使と文官5人が見えた。トラント国王の証言から大使は何の関係もないのは確かだが、すでに色々と苦労があったのだろう。全員の顔に疲れが見て取れる。
自分たちが着席したことを確認した議長は、議長席に置いてある木槌を手に取り、ドンドンドンと軽く叩いた。
「これより、トラント国による『白い渡り鳥』様の戦場介入について、尋問手続きの開始を宣言します。まず最初に当事者席に座る方々による宣誓を行います。では、ウィニストラよりお願いします」
ライオットや殿下、バルジアラ様、自分と順番に宣誓を行うと、次に宣誓を行うシェニカは自分たちと同じように立ち上がって、机に置かれた宣誓書を手に取り右手を挙げた。
「フェアニーブの中立の精神と秩序を重んじ、閉会宣言が行われるまでの間、嘘偽りなく述べることを誓います。シェニカ・ヒジェイト」
2人の傭兵、トラント大使、文官らの宣誓が終わると、議長はトラント国王に顔を向けた。
「陛下にも宣誓をしていただきます。衛兵、猿轡を外しなさい」
衛兵がトラント国王の猿轡を外した直後、国王は拘束された手足を無理に動かし、車椅子ごと転びそうな勢いで暴れ出した。
「貴様ら!トラント国王である私にこのような仕打ちをして!!許されると思っているのか!!」
「陛下、落ち着いてください。陛下が冷静になっていただけたら拘束を解いても」
「私を見せ物にする気なのか!サルマ!!貴様、大使ならこのような愚行を止めさせろ!」
名指しされたトラント大使は頭を抱え、響き渡る大声に耳を刺激されて迷惑そうな顔をする者たちが続出した。議長が木縋をガンガンと打ち付けるように鳴らすと、暴れていた国王は呆気に取られたように動きを止めた。
「トラント国王陛下。陛下が冷静な状態であれば拘束を解いても構わないと思いましたが、何も始まっていない段階からこのような状況では、拘束は妥当だと判断いたします。陛下には大変不本意と思いますが、トラント国による大罪が真実なのかを明らかにするためには、必要な措置であることをご理解ください」
「ふざけるな!」
この後に及んで国王らしからぬ振る舞いしか出来ない状態に、トラント大使らだけでなく、議長を含めた世界中の代表者らの呆れた視線と空気が議場を包んでいる。当初、トラント大使は
「ウィニストラ側は、強制催眠をかけなければ陛下は真実を話さないどころか、暴れて会話もままならないとおっしゃいますが、それは陛下が一国の王として相応しい扱いをされていないと感じたからかもしれません。陛下は歴史ある国を統治してきた誇り高き人物ですので、きちんとした場を設ければ強制催眠の力を借りることなく、理性的に真実を話してくださいます。嫌疑がかけられていても、有罪が証明されるまでは無罪なのですから、地下牢でしか面会出来ないなど納得できません。トラント公邸に陛下をお連れするのが無理というのなら、せめてフェアニーブ内のわが国の執務室で、強制催眠も拘束も解いた状態で1対1で話をさせて頂きたい」
と要望を出した。その申し出には議長も同調し、
「真実を明らかにするため、手続きをスムーズに進行させるためには国王陛下への拘束と強制催眠が必要、というウィニストラ側の意見は参考にするべきことですが、強制催眠を用いた証言は信用性の高い手段ではあるものの、一般の犯罪者に行っている方法を一国の王に、それも各国の代表者が集まる場で適用するのは、陛下個人だけでなく国の尊厳に関わる重大事案であると思います。しかし大罪に関わることは、世界共通の重大事案でもあるのも事実。今後このような事件が起きないことを祈りますが、今回の手続きが前例となりえますので、相手国側の立場に配慮し反論の機会を確保するためにも、手続き開始前にトラント側にも準備する時間を与える必要があると思います。
そのためにもまず、大使のおっしゃるように陛下の身の安全が保障された状態で拘束と強制催眠を解き、準備の時間を与えてはどうでしょうか」
と苦言を呈した。
ウィニストラ側はその要望を聞き入れ、フェアニーブ内のトラントの執務室に国王を連れていき、トラント大使や文官、フェアニーブ内で働いているトラントの元副官達といった関係者の前で、議長と筆頭書記官らが拘束と術を解除したのだが…。その場にいたバルジアラ様とエニアスに大声で罵る、冷静になるよう声をかけた議長を殴る、議長を守ろうとする筆頭書記官を蹴るなどしたため、目的であった打ち合わせはできず、車椅子に拘束され猿轡をした状態になった。
その一件でトラント大使や議長たちは、まともなやり取りは不可能と判断しているようだから、手続きが開始されて早い段階でシェニカに強制催眠をかけてもらうつもりのようだ。
ガンガンガン!と議長が木縋を鳴らすと、内臓まで響くような大きな音に圧倒されて国王は大人しくなった。
「トラント国王陛下。これから始まる尋問は、陛下の話を各国代表者に届ける場であり、決して陛下を見せ物にするものではありません。私が発言を認めるまでご静粛に願います。ルールを守って頂けないのであれば、相応の措置をとらせて頂きます。では陛下、証言を行う上で必要な宣誓をお願い致します」
「……フェアニーブの中立の精神と秩序を重んじ、閉会宣言が行われるまでの間、嘘偽りなく述べることを誓う。フニジア・アーベストル=トラント」
議長と各国の冷たい視線に晒され、トラント国王は騒ぎ立てるのは不利になるとようやく分かったようで、悔しそうな顔をしながら衛兵が見せる紙を見ながら大人しく宣誓を述べた。
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自分の上官であり同僚副官でもあった彼は、今は元副官らで構成されるフェアニーブでの警備にあたっている。彼がフェアニーブに出入りする者たちを注視し、各国の金の移動を注意深く観察してくれているおかげで、他国の経済状況が把握できている。それだけでなく、フェアニーブの警備に左遷された元副官の中から、仲間になる人物を見つけてくれた功労者だ。
「この度のご活躍、誠におめでとうございます。勝利の一報も喜ばしいことですが、ディスコーニ様に素敵な出会いもあったと聞き、皆が大変嬉しく思っています」
「元気そうでなによりですが、なぜ出会いがあったと知っているのですか?」
「勝利が報じられて間もなく、バルジアラ様が連絡して下さいました。まさかディスコーニ様の運命のお相手がシェニカ様であったとは、皆が驚きと同時に納得もしております。我々も心から応援しております」
「期待に応えられるよう、頑張りたいと思います」
あの方は常日頃から離れた場所にいる仲間達にマメに連絡しているのだが、今回の一件は処理することが多すぎるから、後回しになっていると思っていたのに。この様子だと、「こういう情報こそ、すぐ連絡した方がいい。離れているからこそ一体感が大事なんだ」とか言って、期限が迫った書類を後回しにしたに違いない。『戦力外として放逐された者』というレッテルを貼られた仲間だからこそ、彼らを優先したことは目を瞑るが、バルジアラ様は戦勝の連絡より、自分の恋愛を面白おかしく言いふらしたかっただけに違いない。今後、自分の恋模様を逐一伝達することがサボる理由になりかねないから、シェニカとの情報は最小限にしなければ。
短時間ではあったがイストとの再会を噛み締めると、部屋に残ったファズから連絡事項の報告を受けつつ朝食を終えた。彼女の部屋に2人の護衛が移動したことを気配で確認し、彼女の部屋に繋がる内扉をノックした。
「おはようございます。準備は大丈夫でしょうか」
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今日シェニカが身に着けているのは、自分が選んだピンクのボレロと白のワンピース、アイボリーの靴だ。他の選択肢もあるなか、自分が選んだものを身につけてもらえると、彼女のパートナーに選ばれたような気がしてとても嬉しい。
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「ユーリくんは、いまどうしてる?」
「いまはポーチの中で周囲を警戒しているようです」
「そっか。知らない場所だから警戒するよね」
「昨日も部屋の探検をしていましたが、まだ納得していないようで今朝も念入りに動き回っていました」
彼女と何気ない会話をしながら当事者控室・海に入ると、そこには王太子殿下、ライオット、バルジアラ様、副官達。そして議長と筆頭事務官、筆頭速記官が待っていた。
「ディスコーニ様、シェニカ様、はじめまして。このたび議長を務めます、オルブレストの大使ユスワド・ディーニルングと申します。こちらは今回筆頭事務官を務めるサザベルのウェルニ・タンドラ、こちらは筆頭速記官を務めるネイダスのダリア・トーレスです。どうぞよろしくお願いします」
「はじめまして。どうぞよろしくお願いします」
「手続きの進行は基本的にこちらに任せていただければいいのですが、シェニカ様にお願いしたいことがございます」
「はい、なんでしょうか」
「現在、トラント国王陛下は議場にいらっしゃるのですが、強制催眠を解除した際に暴言暴力行為がありましたので、猿轡を噛み、車椅子に拘束した状態なのです。拘束を解いても冷静に話せない可能性があるため、シェニカ様に再度強制催眠をかけて頂く必要がありそうです。その際は、ご協力いただけないでしょうか」
「わかりました」
「では、すでに全ての国の代表者が議場に揃っておりますので、これより議場への移動をお願いします」
筆頭事務官を先頭にして議場に足を踏み入れると、どの議席にも国王や王太子、筆頭将軍、宰相候補と言われる文官など錚々たる者たちが座っていて、彼らの視線はすべて自分の後ろを歩くシェニカに注がれている。注目の的になっているシェニカは真っ直ぐ前を向いているが、議長席の正面に拘束された状態で車椅子に座るトラント国王に気付くと、響かないほどの小さなため息を吐いた。国王はシェニカを見ると何か感じたのか、車椅子をギシギシと鳴らすほど身体を揺らし、猿轡を噛む口からは呻き声を響かせた。
席に座ると、議長席の向こう側の当事者席に座るトラントの大使と文官5人が見えた。トラント国王の証言から大使は何の関係もないのは確かだが、すでに色々と苦労があったのだろう。全員の顔に疲れが見て取れる。
自分たちが着席したことを確認した議長は、議長席に置いてある木槌を手に取り、ドンドンドンと軽く叩いた。
「これより、トラント国による『白い渡り鳥』様の戦場介入について、尋問手続きの開始を宣言します。まず最初に当事者席に座る方々による宣誓を行います。では、ウィニストラよりお願いします」
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「フェアニーブの中立の精神と秩序を重んじ、閉会宣言が行われるまでの間、嘘偽りなく述べることを誓います。シェニカ・ヒジェイト」
2人の傭兵、トラント大使、文官らの宣誓が終わると、議長はトラント国王に顔を向けた。
「陛下にも宣誓をしていただきます。衛兵、猿轡を外しなさい」
衛兵がトラント国王の猿轡を外した直後、国王は拘束された手足を無理に動かし、車椅子ごと転びそうな勢いで暴れ出した。
「貴様ら!トラント国王である私にこのような仕打ちをして!!許されると思っているのか!!」
「陛下、落ち着いてください。陛下が冷静になっていただけたら拘束を解いても」
「私を見せ物にする気なのか!サルマ!!貴様、大使ならこのような愚行を止めさせろ!」
名指しされたトラント大使は頭を抱え、響き渡る大声に耳を刺激されて迷惑そうな顔をする者たちが続出した。議長が木縋をガンガンと打ち付けるように鳴らすと、暴れていた国王は呆気に取られたように動きを止めた。
「トラント国王陛下。陛下が冷静な状態であれば拘束を解いても構わないと思いましたが、何も始まっていない段階からこのような状況では、拘束は妥当だと判断いたします。陛下には大変不本意と思いますが、トラント国による大罪が真実なのかを明らかにするためには、必要な措置であることをご理解ください」
「ふざけるな!」
この後に及んで国王らしからぬ振る舞いしか出来ない状態に、トラント大使らだけでなく、議長を含めた世界中の代表者らの呆れた視線と空気が議場を包んでいる。当初、トラント大使は
「ウィニストラ側は、強制催眠をかけなければ陛下は真実を話さないどころか、暴れて会話もままならないとおっしゃいますが、それは陛下が一国の王として相応しい扱いをされていないと感じたからかもしれません。陛下は歴史ある国を統治してきた誇り高き人物ですので、きちんとした場を設ければ強制催眠の力を借りることなく、理性的に真実を話してくださいます。嫌疑がかけられていても、有罪が証明されるまでは無罪なのですから、地下牢でしか面会出来ないなど納得できません。トラント公邸に陛下をお連れするのが無理というのなら、せめてフェアニーブ内のわが国の執務室で、強制催眠も拘束も解いた状態で1対1で話をさせて頂きたい」
と要望を出した。その申し出には議長も同調し、
「真実を明らかにするため、手続きをスムーズに進行させるためには国王陛下への拘束と強制催眠が必要、というウィニストラ側の意見は参考にするべきことですが、強制催眠を用いた証言は信用性の高い手段ではあるものの、一般の犯罪者に行っている方法を一国の王に、それも各国の代表者が集まる場で適用するのは、陛下個人だけでなく国の尊厳に関わる重大事案であると思います。しかし大罪に関わることは、世界共通の重大事案でもあるのも事実。今後このような事件が起きないことを祈りますが、今回の手続きが前例となりえますので、相手国側の立場に配慮し反論の機会を確保するためにも、手続き開始前にトラント側にも準備する時間を与える必要があると思います。
そのためにもまず、大使のおっしゃるように陛下の身の安全が保障された状態で拘束と強制催眠を解き、準備の時間を与えてはどうでしょうか」
と苦言を呈した。
ウィニストラ側はその要望を聞き入れ、フェアニーブ内のトラントの執務室に国王を連れていき、トラント大使や文官、フェアニーブ内で働いているトラントの元副官達といった関係者の前で、議長と筆頭書記官らが拘束と術を解除したのだが…。その場にいたバルジアラ様とエニアスに大声で罵る、冷静になるよう声をかけた議長を殴る、議長を守ろうとする筆頭書記官を蹴るなどしたため、目的であった打ち合わせはできず、車椅子に拘束され猿轡をした状態になった。
その一件でトラント大使や議長たちは、まともなやり取りは不可能と判断しているようだから、手続きが開始されて早い段階でシェニカに強制催眠をかけてもらうつもりのようだ。
ガンガンガン!と議長が木縋を鳴らすと、内臓まで響くような大きな音に圧倒されて国王は大人しくなった。
「トラント国王陛下。これから始まる尋問は、陛下の話を各国代表者に届ける場であり、決して陛下を見せ物にするものではありません。私が発言を認めるまでご静粛に願います。ルールを守って頂けないのであれば、相応の措置をとらせて頂きます。では陛下、証言を行う上で必要な宣誓をお願い致します」
「……フェアニーブの中立の精神と秩序を重んじ、閉会宣言が行われるまでの間、嘘偽りなく述べることを誓う。フニジア・アーベストル=トラント」
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