天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第16章 日の差さぬ場所で

4.鍾乳洞の手がかり

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シェニカは無事だろうか。閉じ込められて泣いてないだろうか。
一緒に旅をしてきて、手の届かない場所に行ってしまうなんて初めてだ。あいつの姿が見えないと落ち着かない。早く会いたい。会ってこの手で抱き締めて、傷つけて悪かったって謝りたい。


そんなことを思いながら、シェニカとディスコーニが落ちた穴をウィニストラの兵士が掘り返すのを夜遅くまで見守った。だが蓋をするように現れた巨大な黒い岩に阻まれて、それ以上掘ることが出来なくなった。
あの時の揺れは落盤の起きたあの場所だけのものだったらしく、他に穴が開いた場所も建物が崩れた場所もなかった。あいつと同じ場所に行ける手立てがなくて、俺はイライラした気持ちよりも、胸を締め付けるような焦燥感と喪失感を感じながら、手がかりを求めてひたすら本を読んだ。



そして事故が起きてから2度目の朝を迎えた頃。ようやく1番大きな本棚から溢れた本に目を通すのが終わった。

部屋の中を見てみれば、ソルディナンドやバーナンといったキルレの連中、肩まで伸びた緑色の髪を無造作に垂らしたバルジアラの副官が1人、ディスコーニの副官のアクエルが部屋の中で本を読んでいる。
こいつらは食事や睡眠のために定期的に交代しているが、一刻も早く手がかりを掴んで助け出したい自分は時間が惜しくてそんな余裕もない。持っていた干し肉などの携帯食料を食べたり、部屋に置かれた水を飲んだりして、本を抱えてうたた寝する程度で睡眠を取った。


本棚のガラス扉を開け、どれを読もうかと背表紙を一つ一つ指でなぞっていると、1冊だけ背表紙がボロボロの薄い本があるのに気付いた。
手に取って見てみると、本というよりはノートを束にして厚紙で表紙を作った冊子だ。かなり古いのか保存状態が悪く、埃っぽいし持っただけで表紙がボロボロ剥がれ落ちる。
 

もしかしてと期待を込めてページを捲ってみたが、この書き手の字が俺の字の様に独特で読みにくい。でも、この文字はどこかで見たことがある。
どこで見たことがあるのか記憶を辿ると、レオンと一緒に旅をしていた時、シェニカが見ていた魔導書の文字に似ていること気付いた。



「これ…。旧字か」
 
読めない字ばかりだが、俺でも読める部分や地図がないかと慌ててページを捲った。
 
 
すると、俺でも何となく読めそうな旧字で書いてある黄ばんだ大きな紙が、2枚折りたたんで挟み込まれていた。
1つはバルジアラが持っていた物に似た蟻の巣の様な複雑な地図。もう1つは、大きな楕円形の中にグニャグニャした道や文字が書かれた建物、王宮らしき建物が書かれているから、首都全体の地図のようだ。


蟻の巣のような地図は黒一色で描かれているが、首都全体の地図は木や地面を表す緑色、王宮を囲む灰色の城壁、灰色と僅かな赤の2色で表された城下町、王宮は黒、首都を囲む壁の外の砂地はクリーム色で描かれていた。シェニカの落下時点を探すと、木はないが緑色で塗られていた。

2つの地図を広げて見比べて見ると、文字が読めないから正確な所は分からないが、同じ文字が書いてある箇所があるように見える。もしかして、文字が一致するところに、蟻の巣のような場所への入り口があるということではないだろうか。
首都の地図にはたくさんの入り口が書かれている様だし、もう1つの地図を見ても規模はかなり大きい。
俺の仮定が当たっていたとしても、これだけの規模を1人で全部を調べるのは無理そうだ。


部屋に置いてある街の地図も手にとって首都の地図を見比べ始めた頃、副官を連れたバルジアラが入ってきた。その瞬間にウィニストラの2人の副官は立ち上がって、姿勢を正して奴を迎えた。


「手がかりは?」


「まだ見つかっていません」


「あと数時間すれば、サザベルの奴がここに来る。アクエルはここに居て良いが、ニドニアーゼルは外に出て奴らを出迎えてやれ」


「はい」



持っていた地図は自分1人で探すのは無理と諦め、不愉快だがバルジアラにこの見つけた本と地図を教えてやることにした。
俺が地図と本を持って近付くと、バルジアラを含めたその場にいた全員が俺を凝視してきた。


 
「おい、手がかりになりそうなものがあったぞ」
 

「どれだ。へぇ、旧字か…」
 
俺から地図と本を受け取ったバルジアラは、興味深そうにそれを見始めた。
 
 

「2枚の地図はその本に挟まってた。俺は旧字が読めないから何書いてあるか分かんねぇ」
 

「バルジアラ様。私の部隊の者に旧字が少し読める者がいます」


「そうか。なら呼んでこい」
 

ニドニアーゼルと呼ばれた緑の髪の副官は、黒く日焼けした女兵士とバルジアラとエメルバの副官達を連れて戻ってきた。本を渡された女兵士は、パラパラとページを捲るとバルジアラに向かって姿勢を正して頷いた。



「読めそうか?」


「はい。読み上げます。
○○年。地質学者であった私は、トラント国王アルベロス様より2つの密命を受けた。1つは首都の地下に広がる鍾乳洞についての調査をし、地図を完成させること。もう1つは鍾乳洞内で人々が暮らせる環境にあるか調査すること。
首都に生まれた私だったが、自分の足元に鍾乳洞が広がっているなど初耳だった。その事実に驚きはしたが、その調査を行うため、王族しか足を踏み入れられない王宮書庫の最奥に入る許可を受けた。書庫の奥にある隠し部屋には、世間で知られているトラントの歴史とは違う事実が書いてある本があった。
その中に、自分と同じ当時の地質学者がまとめた本があった。そこに書かれていたのは次のことだった。

小国であったトラントが周辺国を侵略して国を大きくしていった頃、時の王ガーファエルが砂地の大地を嫌って首都の大規模な土地改良を行なった。砂地を掘ってかき出した時、この鍾乳洞の入り口が発見された。
興味を持った王は鍾乳洞のあちこちに穴を開けて出入り口を作り、その上の地層に山から運んできた大量の大きな岩や泥、土、砂利を入れて首都の土地改良を終えた。その結果、首都は草木の生える土地になったが、それから百年を過ぎた頃から土地改良をした地面が少しずつ地盤沈下するようになった。
 
首都全体の土地改良をしたため、城下町や王宮、軍の施設と、重要施設が多いのにその全てが徐々に下へ下へと沈んで行く。
そこで私と同じように、当時の国王の密命を受けた地質学者が鍾乳洞に入って調査したところ、もともと強度があまりなかったらしい鍾乳洞の天井にはヒビが入り、あちこちで落盤が起きていた。
おそらく土地改良の際に入れた大量の岩や泥、土、砂利、その上に建った街建物の重みに加え、過去に見舞われた大地震の影響で、地盤沈下も落盤が頻発するのではないかと報告した。
その本はそこでページが終わっているのだが、普通なら最後に報告者の名前を記すのに、それがないし次のページもない。
おかしいと思ってよく知らべてみると、その次のページから続く紙を切り取った跡があった。この先の内容は不都合だったから誰かが切り取ったということだろうか。もしそうだとしたら、それはこの報告書を受け取った国王が、都合の悪いことを無かったことにした可能性が高い。

また、同じ学者がまとめた別の本に、背表紙で何かを覆い隠すような細工を施された物があった。隠されていたのは、『口封じに消されるくらいなら、これだけでも隠す』と走り書きされた鍾乳洞内部と思われる地図だった。この学者は鍾乳洞内に国王にとって不都合なことを見たか、知ったかして口封じで殺されたのだろう。
もしかして、私は危険な密命を受けてしまったのではないか、自分もそうなるのではないかと恐怖に戦慄したが、一度受けた密命を断るなんてことは出来ない。もしそんなことを言い出せば、鍾乳洞のことを知った自分は早々に殺される。なんとか密命を完遂し、生命が繋がるように振る舞わなければならない。果たして学者でしかない自分に、そんな綱渡りのようなことが出来るだろうか。


自分の未来に絶望しながら教えられた街の1番南にある井戸から鍾乳洞内に入ると、 そこは地質学者である私から恐怖を取り除くような、乳白色の鍾乳石が広がる静かな世界があった。
傾斜のきつい坂道をくだっていくと、下の階層に行くごとに温度は低くなり、やがて氷が張るほどの寒さになった。上の階層ならば温度は肌寒い程度で問題ないが、洞内のどの場所も日の光は届かないため作物は育たない。そのため、地上で作ったものを定期的に持ち込む必要がある。
洞内に溜まった水は、地上の水と違って強くもないが弱くもない酸性で、長い時間をかけて岩盤に染み込んで溶かして鍾乳洞を作っている。このままでは生物が生息できない環境であるため、人間が生活出来るような状態にするには白魔道士による浄化の魔法が必須となる。

密命の1つについてはそう結論を出せたが、1番の難関だったのは地図の作成だった。
鍾乳洞内は、酸性の地下水の侵食が進んで天井も足元も壁も脆くなっている。隠されていた地図から50年が経過しているため、その間に起きた落盤の影響で行き止まりが出来ていたり、侵食で壁が壊れて新たな道が出来ていたりと、正確なものでなくなっていた。

悪戦苦闘ながらも探検を続けて地図をまとめていると、地図では行き止まりとされている場所に道が出来ていた。調べてみると、元々は壁を挟んで2つの行き止まりの道があったが、地下水の侵食が進むうちに壁が壊れて道が1つに繋がったもののようだ。壁の向こう側の道は昔の学者も知らない新たな道だったのか、彼が残した地図には記載が無かった。
新たな発見に胸を躍らせながらその道を進んでいくと、椅子やテーブルが並ぶ人の手が入った場所に出た。人は誰も居なかったが、テーブルや椅子からはまだ木の匂いがあったから最近作ったものだろう。
その先にある道を上っていくと、どこかの建物にある隠し部屋に出た。建物の外に出てみると、城下町の喧騒が遠くに聞こえ、灰色の城壁と黒い王宮が間近にあった。周囲を見渡してみれば、そこは城下町ではなく、王宮内のどこかであった。私はこの時、鍾乳洞が王宮内に繋がっていることを突き止めてしまった。

民間人の格好をした私を発見した王宮の兵士は、私を怪しい人物として取り押さえ地下牢に投獄した。その後、地下牢に現れた国王に書いていた地図は取り上げられ、その場で調査の報告をさせられることになった。
鍾乳洞の状況から人が住める環境にないこと。地盤沈下が進み、落盤が頻発するこの地に首都を置くよりも、遷都をするのが良いのでは、と死を覚悟して提案した。すると、生命は取られなかったが、今後このことを口外すれば処刑すると言われて王宮の外に追い出された。
話した印象でしか分からないが、国王はこの鍾乳洞が王宮と繋がっているのを知られたくないようだった。

もしものためにと、取り上げられた地図と同じものをもう1枚作っておいたが、今まで入っていた街の南の井戸付近には柵が設けられた。それだけでなく、『毒が混入される可能性がある』として街中の井戸を兵士が警備するようになったため、鍾乳洞内に入ることは出来なくなってしまった。

それからは鍾乳洞内の探索は諦め、鍾乳洞についての情報を得るために、国王に発覚しないように水面下で動いた。
街の老人に世間話ついでに昔話を聞いたり、民家に残っていた文献をまとめてみると、国王ガーファエルが作ったと言われる出入り口は王宮や街のあちこちにあった。最初の頃は国民も鍾乳洞に入っては、作物の貯蔵庫代わりに使っていたらしいが、王が変わると街の者が鍾乳洞内に出入りすることが禁じられ、次々に出入り口は塞がれていったらしい。
街の者は隠れて地面を掘って出入り口を作ったりしていた様だが、鍾乳洞は広大な上に侵食や落盤によって道が変わるし、出入り口は建物が建て替えられた時に塞いだりで、その実態は誰も把握しきれてないらしい。

文献や話から、首都の地図に過去あったであろう出入り口の場所を印したが、既に塞がれてしまった部分が多く、実際に出入り口があるのは確認出来なかった。きちんと確認するには、建物を取り壊して地面を掘り返さねばならない大掛かりなものとなってしまう。国王が鍾乳洞のことを秘密にしたがっているから、それも諦めるしかなかった。
 
王宮内で侍女として働いていたお婆さんの話によれば、歴代の王は王宮のどこかにある入り口から鍾乳洞に度々入っている、という話を聞いたことがあるらしい。
代々の国王が鍾乳洞内に入る、民間人が鍾乳洞内に入るのを禁止する。時間が経てば首都は崩壊してしまうというのに遷都をしないということは、もしかしてこの鍾乳洞にこだわっているのだろうか。……ここで記述は終わっています」
 
 
「そうか、ならば王宮から地下に繋がる井戸や隠し部屋を探して鍾乳洞内への入り口を見つけろ。多分落ちた2人だけでなく、トラントの国王や将軍達もいるはずだ。必ずサザベルの奴らより先に国王を見つけろ」
 

バルジアラがそう命令すると、エニアス、ニドニアーゼルと呼ばれていたバルジアラの副官、ディスコーニの副官のアクエルを残して、ウィニストラの連中は全員部屋から出て行った。
 
 

「おい。この地図はお前が見つけた物だから持っておけ。お前はどうするんだ?」

バルジアラが俺の近くに歩いてくると、本に挟まっていた2枚の地図を俺に差し出した。
 
 
「俺は国王の行方なんざ興味ないんでね。別の入り口を探す」
 
受け取った地図を握り締めながらそう言うと、俺よりも背が高いバルジアラは見下ろしながら面白そうに目と口元を歪めた。
 
 

「へぇ。一匹狼の『赤い悪魔』が随分と熱心なことだなぁ。お前は戦場でしか生きられないと思っていたのに、まともにシェニカ様の護衛をやっているのは今でも信じられねぇなぁ」
 
 
「俺はいつだってお前をぶっ潰したくてたまんねぇな」
 
 
バルジアラの俺を挑発する言葉に、俺の中で抑えていた奴への憎悪が殺気となって溢れ出した。
その殺気に触発されたウィニストラの3人の副官が剣に手をかけたが、バルジアラは笑いながら片手でそれを制した。「お前など敵ではない」と言っているかのようなその余裕綽々な姿は、余計に俺をイライラさせる。
 
 
 
「ならばいつだってかかってくると良い。なんなら今でも構わんが?」
 
 
「相手になってやりてぇが、優先すべきなのはお前じゃない」
 
 
「なるほど。以前は戦場でもそれ以外でも傲慢な振る舞いをしていたと聞くが、今はちゃんと判断の出来る人間なのか」
 
 
「意外か?」
 
 俺がそう言うと、憎い銀髪の男は声も出さずに目を細めて嘲笑った。



「とても意外だな。まさに『悪魔』は『天使』に飼い慣らされたというところにな」
 
 
「何とでも言え。時期が来たらぶちのめしてやるよ」
 
 
「あははは!いつだってお前の剣を受けてやろう。シェニカ様だけでなく、ディスコーニのこともある。一緒に探してやる」
 
 
「勝手にしろ」


「我々も一緒に探しましょう。鍾乳洞は日の差さぬ場所。シェニカ様は心細いでしょうから、発見した時には是非とも最初にお会いして、安心させてあげねばなりませんからな」

すっかり存在を忘れていたソルディナンドはそう言って俺から地図を奪い取ると、いくつかの出口を街の地図にメモして行った。



俺はシェニカが落ちた場所から1番近い入り口を探そうと、地図を広げて家の外に出た途端、空から黒っぽいフィラが飛んできた。
手紙を受け取って開いてみたが、もう何度も見たうんざりする内容に嫌気が差す。



「性懲りも無くこんな手紙を送ってきやがって。うぜぇんだよ」

グシャリと握り潰すと足元にあった水が張られた桶に放り込み、それに背を向けて歩き始めた。
 


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