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第14.5章 国が滅亡する時

5.喰われ行く国

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シェニカ様への狼藉事件後。
サジェルネ殿下が再教育の必要性を誤解して、悪い方に突っ走らないような下地を時間をかけて作っている時、陛下は自身の考えをサジェルネ殿下やエルシード殿下に伝えられないまま、突然の病に倒れてしまった。




病の床に伏した陛下はほとんど目を覚ますことがなく、目を覚ましても意識が朦朧として意思の疎通が出来ない状態が続いた。
白魔道士が治療しても原因が分からず、カケラを交換していた『白い渡り鳥』様に手紙を送っても良い返事は返ってこない。

八方塞がりの状態だった。








王宮が不安に包まれている時、運悪く頻繁に侵略戦争を仕掛けてくる国への対応に追われてしまい、自分は首都を不在にすることが多くなってしまった。






「ジルヘイド様。エルシード殿下に暗殺の手が伸びております。おそらくサジェルネ殿下の差し金かと」


遠征の僅かな合間に首都に戻ってきた時、エルシード殿下の護衛を担当している将軍のトライトが自分の執務室に入ってきてこう報告してきた。


その報告を聞いた時は耳を疑った。



暗殺を行う暗部を抱えているのは国王と将軍の役職に就いた者だけで、王太子であるサジェルネ殿下は暗部を使えないはずだからだ。





「どういうことですか?まさか将軍が協力しているのですか?」



「いいえ。エルシード殿下の護衛に付けていた副官の報告では、この国の暗部ではないと申しています。私の抱える暗部にも確認しましたが、やはりこの国の暗部は誰も関わっていないと報告を受けました。

暗殺のやり方ですが、殿下宛に送られてきた貴族の令嬢からの花束の中に毒草が仕込まれていました。その毒草は触れると皮膚がただれ、呼吸困難を引き起こすものです。
花束の主とされた貴族の令嬢に確認しましたが、そのような花束は身に覚えがないとのことで、実際に会って話を聞いたところ嘘はなさそうした。

サジェルネ殿下の護衛達によれば、夜中の時間帯に、殿下の寝室で得体の知れない者の気配を感じたことがあると言っていました」





「なるほど。殿下が他国の暗部を手引きした可能性がありますね」




「花束の件は護衛の副官が気付いたので、エルシード殿下には報告しておりません。目に見える護衛の数は変わりませんが、暗部の護衛を増やして対応しています」




「分かりました」







陛下が病の床に伏して約1ヶ月。
食事も水もロクに取れない陛下はみるみるうちに衰弱し、意識が戻らないまま私が遠征中に亡くなってしまった。


王妃様には劣るものの民衆に人気のあった陛下の死は、『白い渡り鳥』様との深い繋がりを作れなかった王族や重臣達の無能さの悲劇だと街の中では囁かれた。


求心力の低下を表しているその囁きはやがて目に見える言葉に代わり、王宮への匿名の意見として受付に投書された。それが会議の場で報告されると、その重圧は王族や重臣らに重くのしかかることになった。


そして王太子であったサジェルネ殿下は葬儀を済ませると、すぐにマードリアの新国王に即位した。






サジェルネ殿下が即位した後も、エルシード殿下の食事に毒が盛られたり、着用する予定だった服に毒針が仕込まれていたりと暗殺の手が伸びた。
私からもサジェルネ殿下にそれとなく話を振ってみたものの素知らぬ顔をしているし、ナディアにも命令を出してエルシード殿下の護衛に当たらせたり暗部の調査をさせてみたものの、相手は手練の暗部らしく簡単には尻尾を掴ませなかった。






サジェルネ殿下の治世になって2週間。毎日行われる会議の場では、イライラした様子の陛下を見るのが常になった。



「宰相!東の金山の開拓はどうなっている?」



「陛下のご指示の通り、3日前から開拓に着手しました」



「もう金は採れるようになったか?」



「金が採れるようになるには、鉱山の奥深くまで掘らなければならないので半年はかかると思います。それに開拓している鉱山は金が含まれている可能性が高いのですが、金が必ずあるとは限りませんので、もう少し状況をお見守り下さい」



「あと半年も待てるか!さっさと結果を出せるように人員を増やせば良いだろ!この無能が!」



宰相や大臣といった重臣達は先王から引き継いだが、陛下は実際に仕事を始めてみると内政についての勉強が足りていなかったことを実感したらしい。

父王のような求心力のある国王を目指しているようだが、王太子時代から目立った実績がなく、民衆の人気も低い殿下は焦りを抑えきれずにこうして重臣達に当たり散らすことが多くなった。
民衆からの求心力を求めるのなら、まずは愛人を切って仕事に集中すれば良いのに、愛人との逢瀬はストレス解消だと言って止めようとしない。


陛下は息の詰まる王宮には居たくないのか、夕食を終えるとお忍びで城下にある娼館に足繁く通っているのだが、その姿はまったく忍べておらず娼館界隈では有名になっている。
その姿を見た者達から『新しい国王は愛人遊びが抜けないだらしのない国王だ』と影で言われていることを報告すると、陛下はどこから自信が湧くのか『優秀な王ならば許されることだ』と言って止めようとはしなかった。






暗殺の手がずっと伸びていることを知ったエルシード殿下は、陛下を刺激しないように国内での活動を自粛した。
そんなエルシード殿下の思惑とは裏腹に、今までの殿下の実績と陛下の褒められない行動との対比の対象とされてしまって、何もしなくても殿下の人気はうなぎ上りになってしまう。
愛人に会いに城下に行った陛下の耳に嫌でもその話が入ってしまうから、結局陛下の劣等感を刺激して余計に目の敵にされてしまう。




エルシード殿下への劣等感、上手くいかない政策、重臣が意見すれば自分を否定されたように感じてしまう性格。全てが陛下を苛立たせ、その苛立ちを会議の場に居る重臣達に向けてしまうため、王宮内でも孤立するようになっていった。


当たり散らされることに嫌気が差して陛下を諌めずに放っておくと、民衆の求心力を得ようとチェスやトランプを使った賭博施設の建設や娼館の推奨などという見当違いな政策を打ち出そうとするし、見ていられないと声を上げた者に対して子供のような理由をつけて意見を却下することもあった。









そんな日々が続いたある日。
いつも陛下は会議の席では最初からイライラしているのに、この日は珍しく上機嫌だった。その様子に誰もが首を傾げていた。





「今日は皆に伝えることがある」


陛下の言葉に、集まった家臣達は『何だろうか。また、突拍子もない政策を考えたと得意げな顔をして言うのではないか』と思って、顔を見合わせては溜息をついた。








「隣国サザベルのネニア王女を正妃に迎えることになった。式は再来月の満月の日に行うから、そのつもりで準備せよ」



王になった今でも婚約者すらいなかった殿下がそう宣言した。愛人らとは今でも切れていないというのに、何を言っているのかと誰もが驚いた。








「陛下!そのような重要なことは1度我々にご相談下さいませ!いきなり結婚式を執り行うのではなく、まずは婚約の発表からしなければならないのですよ?」




「今この国で全ての決定権を持つのは私だ。婚姻の相手を私が決めて何が悪い。それに私とネニア王女は1年以上前から懇意にしていた間柄だ。今までの付き合いがあるからこそ婚約の手続きはなくても良いと、あちらの方が言っておるのだ。

俺が優秀な王だからこそ、あの大国が王女を是非妻にと言っているのだ。国境を接する大国と姻戚関係を結べば、防衛面だけでなくあらゆる面で恩恵が受けられる。喜ぶべきことで反対する者はおらんだろう?」



誰もが絶句して口を閉ざしている様子を、陛下は満足気に玉座から見下ろしていた。









それから2か月後。婚約の手続きをすっ飛ばして、華々しい結婚式の日が訪れた。

陛下は王太子時代から懇意の仲だったと言っていたが、ネニア王女とはせいぜい手紙のやり取りをする程度で、それは他国の王女にもしていた社交の1つだから特別な関係だとは誰も思っていなかった。
それにメンツを気にする大国の王族が、なぜこんな礼を欠くようなことを自分から言い出したのかと、とても不思議だった。




結婚式の華々しい余韻の喧騒を感じながら執務室で仕事をしていると、いつもの窓が開いてカーテンがふわりと膨らんだ。
その場所に視線を向けると、暗部特有の軍服を来たジュアが立っていて、黒い頭巾と口元をすっぽりと覆っていた黒い布を雑に剥ぎ取った。




「ジル」


「ジュア。何か分かりましたか?」


ナディアが私の机の前に歩いてきて、頼んでいたサザベルの諜報活動の結果をまとめた書類を渡しに手渡した。






「サザベルはマードリアを喰うつもりだ」



「喰う?」



「あの王妃は野心たっぷりの女狐だな。国王が王太子のころから接近する機を見ていたようだ。
婚約者を持たない馬鹿な国王なら手玉に取れると判断して、ほかの国に喰われる前にと手続きをすっ飛ばして結婚したようだな」




「なるほど…」




「ジル。気をつけろ。王妃はずる賢く策略家だ。国王が王妃の言いなりにならないように、お前達がしっかり手綱を握ってなければマズイぞ」




「そう…ですか。それは難しいですね。陛下は我々の意見にはあまり耳を貸しませんし、権力に溺れがちですからね。かと言って、失脚させるわけにはいきませんし…」




「それと、第5王子に送られていた暗部だが。以前食事に混ぜられた毒を調べたら、サザベルの目の前にある海にしかいないフグから抽出された猛毒だというのが分かった。人気の高い王子だから、生かしておけば目障りだと判断してサザベルが王太子時代から協力していたのだろう」




「そう…ですか。厄介ですね」



「いっそのことクーデターを起こしたらたらどうだ?」



「クーデターなんて大それたことは、そう簡単に出来ませんよ」


クーデターはその国の国王に対する軍部を巻き込んだ反乱だ。
軍部の首謀者を殺すか捕縛して公開で処刑するか。もしくは、国王を殺すか公開で処刑するか。クーデターを起こせば、首謀者か国王のどちらかの生命を終わらす結末でしか解決しない。


そんな終わり方しか出来ないからこそ、クーデターは簡単には出来ないのだ。







「お前達がクーデターをするというなら、我々暗部は喜んでついて行く。離婚させるか国王を失脚させないと大変なことになるぞ」




「忠告はありがたく受け取りますが、クーデターというのは国王を裏切ることです。いかにダメな国王でも、家臣が支えれば良いんです。だから我々は陛下を支えなければなりません。意見を聞かない王でも、もう少し時間が立てば聞く耳を持ってくれるはずです」




「我々暗部は契約主を絶対に裏切らない。私もお前を裏切らない。お前があの馬鹿国王について行くというなら、ついて行ってやる。でも、かなり手強い相手であることを覚えておけ」



ナディアはそう言って軽くキスをすると、窓から消えてしまった。











婚姻から1週間後。ナディアの言う通り、マードリアという国はサザベルという大海に飲み込まれる泥舟に成り代わった。


朝から行われた会議の席には、満足気に玉座に座る陛下と、嘲笑のような微笑を浮かべて私達を見る王妃が居た。
会議の開始が宰相様から告げられると、陛下が何時になく自信に満ちた声を上げた。





「これからはサザベルからの農産物の輸入に対し関税をなくし、輸入量を増やす。国内の農産物は税金をかけることにする」


陛下のその言葉に、当然宰相様や大臣達が一瞬言葉を無くしてざわめきだしたが、宰相様がゴホンと咳払いをして場を正した。






「陛下、そんなことをすれば国内の産業は衰退してしまいます」



「大国サザベルの大きな取引先になるのだ。こちらには王の愛娘であるネニアがいるし、取引量が増えればサザベルとしても我が国の存在と発言をより一層無視できなくなるだろう?
我が国は金脈がある。何もしなくても金塊を売れば金は十分に入ってくるから良いではないか。サザベルに恩を売っているのだから、これは将来の投資なのだ」





「陛下はとっても賢くていらっしゃいますのね。父王もとてもお喜びになりますわ」



今までにない陛下の発言は、明らかに王妃の入れ知恵。


他国の王族を妃に迎え入れることはよくある事だが、婚約の手続きをして大々的に知らしめるのが当たり前だ。
それをやらないことは『相手を妊娠させたのではないか』とか『きちんとした王族の振る舞いが出来ていないのではないか』と見られ、国として恥ずべきことでもあった。

サザベルほどの大国の王女がその恥辱を敢えて受け入れたのには、頭の軽い陛下を上手く操り、この国を食い物にするためだったからだと、ナディアの報告に一寸の狂いもなかったことが分かった。






金脈を持つマードリアはサザベルから見れば良い取引先ではなく、この国に侵略戦争を起こしてくる国と同じで『美味しそうな獲物』でしかない。


4つの大国はその影響力の強さから、どんなに隣国が侵略戦争を仕掛けてきても、相手の国を滅ぼすことなんて出来ない。もし侵略戦争が出来るとすれば、世界共通の法律で認められている他国の王族を理由なく殺す、『白い渡り鳥』様を戦場に介入させるなどの大義名分が与えられた時だけだ。

領土を広げたい、国力を増強したい、迷惑な隣国を滅ぼしたいと思っても、大義名分が得られないのならば別の方法を取ればいい。
サザベルが目論んでいることは、時間をかけて行う合法的な併合だ。





そのうちあの王妃から生まれてくる御子が成人したら、陛下を『王としての資質はない』と言って、王妃の後ろ盾のサザベルの存在をちらつかせて早々に譲位させるつもりなのだろう。

これはまずい。この様子ではこの国が食われるのは時間の問題だ。




その場に居た者達は這い寄る危機感に戦慄した。








「それからジルヘイド」


混乱する空気が流れる会議が終わりかけた頃、私は相変わらず自信満々の様子の陛下に名前を呼ばれた。





「今後、ネニアの護衛はそこの3人に頼むから、お前達が護衛をする必要はない」



「え?」



陛下の隣にいる王妃から近い壁側には、サザベルから連れてきた3人の元副官が護衛として待機している。

この3人は、サザベルの前任の筆頭将軍付きの副官だったと記憶している。
実力者だったと思うが、護衛というあまり活躍の機会のない役目に甘んじているのは、王妃がこの国を喰い物にする手助けをするためなのだろう。



いくら祖国から護衛を連れてきたとしても、他国に嫁いだ場合はその国や王宮に馴染むためにその国の護衛を加えるのが慣例だ。
それをさせないというのは、暗に『この国はいずれサザベルの物になるのだから馴染む必要はない』と言っているのと同じ。


陛下はそれに気付いていないだろうか。






「その3人は、流石にお前のような将軍らに負けるかもしれぬが、元々副官を務めていたのだし、強さはサザベルの将軍のお墨付きだ。
ネニアは3人に長い間護衛を任せていたから気心がしれているのだから、これからもそうしたいと言っている。だから、護衛は私の分だけで良い」




「分かりました」


異論はあるが、王妃に色々と吹き込まれて有頂天になっている陛下には、こう言って引き下がるしかないだろう。





「それから。サザベルとの軍事同盟を見直すことにした」



「見直す…?」


今まで、この国の金脈を狙って周辺の小国から頻繁に侵略戦争が起きていた。その侵略戦争が同時期に数か所で起きる場合もあったため、サザベルと軍事同盟を結んで必要な時に手を貸してもらっていた。

それはサザベル軍の駐屯地を関所やその周辺に置く程度の軍事同盟で、『マードリアに侵略戦争を起こせばサザベルが来る』という効果のおかげで侵略戦争は減ったし、マードリア軍の戦死者や負傷者も減った。


この同盟のお礼に金の輸出量を少し優遇しているが、それで十分のバランスが取れていたのだが。見直す必要は感じないのに、陛下は何を言っているのだろう。






「まず我が国の防衛増強のために、サザベル軍の駐屯地を関所近くだけでなく各地方都市にも設置することにした。
駐屯地を置いた街では、他国からの侵略とスパイ活動を阻止するためにサザベル軍の者が街の警備にも助力してもらうことになった。

それと、我が国の未来の戦力のために、サザベルから優秀な前途ある兵士達を国籍を変更して順次送ってくれることになった。
自国の戦力を減らしてまで、こちらを優遇してくれるというのだ。これらの政策でサザベル国王と友好の証として固い絆が結ばれることになった。サザベルの国王はなんとも懐が広い人だと思わないか?」



もうこの陛下は何を言っているのだろうか。
内政面では王妃が裏で舵取りを行い、防衛面はサザベルからの兵士が将来的に担うつもりだということが分からないのだろうか。


陛下はこんなにも。こんなにも無能だったのだろうか。





「陛下。我が国の防衛は、確かに防衛同盟後はサザベル軍のおかげで侵略戦の数は減りました。ですが、国内の治安維持は我が軍でも十分に出来ています」




「ジルヘイド。これは私が決めたことだ。従え」


陛下は私の反論にも耳を貸さず、不機嫌そうに玉座を立ち上がると隣の王妃を伴って廊下に繋がる扉へと歩き始めた。





「陛下!お待ち下さい!」



「陛下はこれから王妃様とお過ごしになる。無粋な真似は控えろ」


壁側で控えていた3人の王妃の護衛が、そう言って立ちはだかった。


経済、防衛を徐々にサザベルに依存させ、意見してくる有力貴族を失脚させ、それを見せしめにして楯突く貴族達を黙らせていくつもりだろう。
時が満ちて王妃の生んだ御子が成人したら、陛下を譲位させるどころか暗殺しかねない。




陛下と王妃がいなくなったその場は、混乱の渦のざわめきに包まれ、そこにいる誰もが全員が顔色を無くした絶望の表情を浮かべている。



頭を抱えていると、将軍のトライトが他の将軍を連れて自分の周辺に集まりだした。


「ジルヘイド様。婚姻からわずか1週間ですよ。この状態では、サザベルは本格的に我が国を喰いにきましたね。サザベルに送った暗部からの報告によれば、こちらに送ってくるのは階級は下級兵士でも実力は既に中級兵士並みとのことです」



「あの3人も国籍変更をしていますから、奴らが軍を支配しそうですね」



「そのままサザベルに居れば副官になれる者達を国籍変更して先に送り、ある程度の人数が集まった所で一気に将軍や副官を入れ替えるつもりでしょう。
このままならば、数年後には将軍職に就くのはサザベル出身の者になるでしょうね」



「我々がここにいられるのは、せいぜいあと2、3年というところでしょうか」



「貴族達からも相談が来そうですね。ジルヘイド様、どうしますか?」



将軍達の話を聞きながら、腹の底からの大きなため息をついた。





「……機を見て私から陛下に進言してみましょう」


昔から人の話を聞こうとしないあの陛下が王妃の言いなりになっているのは、それだけ王妃の口が上手く策士なのだろう。
そんな相手にほとんど洗脳状態にある陛下に、自分が言った所で変化が起きるとは思えないが、このまま沈みゆく国をただ見ているだけいられない。









王妃を迎え入れて僅か1ヶ月。サザベルから国籍変更した兵士達が送られてきた。


元はサザベルとはいえ今はマードリア国籍のため、普通ならばマードリア軍に組み込まれるはずなのだが、王妃の勧めでマードリア軍内に『特別部隊』という名の部隊が新設され、彼らはそこに組み込まれた。

マードリア軍の一般兵士は煉瓦色の軍服を着ているのに対し、特別部隊の兵士はウグイス色の軍服を着ているだけでなく、新たに建設された施設に居てどんな鍛錬を行っているのかなどの情報は筆頭将軍であっても陛下からは教えてもらえないし、施設内に立ち入ることを許可されなかった。


おそらくあの3人の護衛が先頭に立って、特別部隊の兵士達を指導しているのだろう。







防衛面だけでなく内政面もサザベル寄りに具体的に進み始め、時間が経てば経つほど、国内の貴族達からの悲鳴のような声がかけられるようになった。


「ジルヘイド様。とうとう私の領地にサザベルの駐屯地が…。流石に屋敷の警備はマードリア兵がしていますが、街の警備はサザベルの兵士がやっているんです。
まるでサザベルの領地になったような気がして、他国から来た大商人も影で笑っています。なんとかなりませんか」



「我々も憂慮していますが、なかなか陛下に我々の危機感が伝わらず…」



「あぁ。エルシード殿下が国王になって頂けたら…」






貴族達の切実な声を聞くたびに、このままでは本当にサザベルに国が喰われてしまうのだと、王宮に出入りしていない貴族達にまで危機感が募っている。
それを止めるには、元凶となっているあの王妃とその護衛の3人をどうにか陛下から引き離さねばならないのだが、その具体的な方法が浮かんでこない。



愛人だらけで関係を切ろうとしなかったあの陛下が、王妃と結婚式を挙げた日から愛人とバッサリ関係を絶って、今では王妃だけに寵愛を注いでいる。まるで強制催眠を受けているかのごとく王妃にのめり込む姿に、周囲の誰もが陛下を改心させるのは無理だと思い始めた。


陛下は元々短略的で気分屋な人だったが、こんなにも頭の軽い人で、人の話を聞かないのだとは思わなかった。
自分が護衛として側に居る時は、もう少し人の話に耳を傾けていたと思うのだが。自分が殿下の側を離れ、他国に外遊をしている間に一体何があったのだろうか。





今でもエルシード殿下に衰弱させる毒を飲ませようとしたり、殿下の乗る馬車に細工をしたりと暗殺の手が何度か伸びているが、今のところ暗部や護衛達のおかげで大事には至っていない。だが、このままでは貴族達が期待を寄せるエルシード殿下を目の敵にして、本格的に暗殺しようと動き出すかもしれない。



それに、エルシード殿下にその気はなくても、不満を募らせた貴族達が担ぎ上げるかもしれない。
もしそうなれば、私はクーデターに反対しても他の将軍達が賛同するかもしれない。そうなれば軍部も分裂するだろう。





厄介なことになる前に、エルシード殿下に事情を伝えなければ。

その日の夕食後。西の塔の殿下の部屋を尋ねると、殿下は不思議そうな顔をして私を迎え入れてくれた。


殿下の部屋の応接テーブルを挟んだソファーに向き合って座ると、殿下は何時になく口数の少ない私に何かを感じ取ったのか緊張した面持ちになった。



「殿下。陛下の取る施策について。我々や貴族らの見解をお話ししたいのです」



「……分かった」




私はそれからエルシード殿下に全てを話した。
王妃達の目的、何もしなければ訪れるであろうこの国の未来、エルシード殿下に迫っている身の危険、そしてクーデターの可能性。


殿下は次第に表情を無くし、最後は肩を震わせて俯いた。





「今まで僕が臣籍に下ろうとすると、ずっと宰相達があれこれ理由をつけて先延ばしにしてきた。それには僕をクーデターに利用しようという目的があったんだね…」



「殿下…」



「僕だって国が乗っ取られるのを見ていられない。でも僕は王太子でも何でもない、ただの王子に過ぎない。ジル。僕はこれからどうしたら良いと思う?」


顔を上げた殿下の潤んだ目には、悲しみに満ちていた。その表情を見ると、こちらの胸が締め付けられてしまう。





「我々は先王の様に、この国の民が自立して生きていける国であることか望みです。ですから、決して殿下を担ぎ上げて国内を混乱させたいとは思っていません。

ですが、これだけは言わせて下さい。


陛下の施策に対して貴族らを始め、宰相様や大臣、軍部にも不満が募っています。この状況が続けば、混乱を望んでいない我々でもエルシード殿下を新しい国王にと考えてしまいます。
その声が大きくなればなるほど、陛下だけでなく当然王妃も決して許さないでしょうから、殿下に直接暗殺者を送ってくる可能性があります。

それを避けるために殿下が臣籍に下りることになっても、身分を剥奪されて平民になったとしても、殿下が生きている限り恐らく陛下と王妃は暗殺者を寄越すと思います。
ですから、どんな手を使っても構わないですから生命を奪われないようにだけ、お気をつけ下さい」



実の兄である陛下と兄嫁である王妃が、殺意を持って暗殺者を送り込んでくる。それは弟である殿下にとって、とても辛いことだろう。そんなことはないと現実から目を背けたくても、実際に王妃からは殿下に暗殺の手が伸ばされているのだ。

だからこそ、殿下には酷だがここまで言わなければならない。






「なんだかもうそうなることが決まってるみたいな言い方をしないでくれよ」




「陛下は王妃の言いなりです。実質的にサザベルからのスパイである王妃からしてみれば、王位継承権を持っている上に、民衆と貴族らの評価が高いエルシード殿下の存在は目の上のたんこぶです。
邪魔する者を排除していく度に、王妃はエルシード殿下に対して目に見える謀略を計ってくるでしょう。

その1つとして、殿下に近しい者達を遠ざけ孤立するようにしてくると思います。ですから私がこうして殿下の元に行けるのも、いつまで出来るか分かりません」




「でも僕が実際に王位継承権を放棄すれば、そうならないかもしれないだろう?僕は爵位はいらないし、平民になっても構わないのだから…」



殿下の提案に、自分は首を横に振った。







「王妃もそうですが、王妃の連れてきた3人の護衛は随分と策略に長けています。
私は軍事面での戦術論ばかりで内政面での知識は齧る程度しかしていませんが、彼らがやっていることは策略の知識を元にしていることも多いので、これから先のことは大体分かります。殿下も学んだから分かるでしょう?」




「分かるけど、僕と兄上は血の繋がった兄弟なのに…」




「いかに兄弟であっても、王族となると血生臭い権力争いで絆は断ち切られてしまうのです」



「僕は…僕は王族になんか生まれたくなかった。街で見た様な、困った時は手を取り合って助け合う兄弟が良かったのに…」



殿下は兄王子達だけでなく、サジェルネ殿下とも兄弟として仲良くしたかったのは知っている。
でも、どんなにエルシード殿下がサジェルネ殿下に近寄ろうとしても、サジェルネ殿下の方が距離を取って近寄ろうとしなかった。


それは、サジェルネ殿下がエルシード殿下が成長していく度に比べられ、近しい者達から厳しい意見が寄せられていたからだ。
だからこそ、サジェルネ殿下はエルシード殿下を敵対心を持つようになっていた。






「殿下、それともう1つ」



「?」



俯いて静かに泣いていた殿下に声をかけると、目から溢れる涙をそのままに顔を上げた。






「明日、正直言って勝算はありませんが私から陛下に進言します。陛下の心に響くかは分かりませんが、少しでも考えを改めてくれると良いのですが」




「兄上は昔からジルを慕っているから、変わってくれるといいな」


随分と遅い時間になってしまったことを詫びて自分の部屋に戻ると、防衛戦に赴いているトライトに明日のことを手紙に書き始めた。

トライトの赴いている場所は大規模な地すべりが起きた商人街に近かったため、首都にいた白魔道士のほとんどを連れて行かせた。
治療を行ってからここに戻る予定だから、いつ戻ってくるかは分からないが予断を許さない状況だからこそと思い、こまめに手紙を送っている。彼らが戻ってくる時には少しでも状況が好転していると良いのだが。



サザベルに諜報の仕事に行かせたナディアのことを心配しながら、夜更けまでかかって手紙を数通書いた。










翌日。会議が終わった後、王妃と共に部屋に戻ろうとする陛下を呼び止めると、王妃はまるで軍人のような鋭い視線を浴びせ、陛下は無表情で私を見た。




「陛下。我が国の防衛は我々におまかせ下さいませんか」


宰相様や大臣、文官達が怯えた目で見守る中、私は心の中で『これはこの国のために必要な一歩なんだ』と言い聞かせながらはっきりとそう言った。





「お前がこの国の筆頭将軍としてそう言っているのは分かる。だが、サザベルに防衛の助力を頼る方向で変更はない」



「なぜですか?我々の力が及ばぬのでしょうか」



「……お前の考えに賛同する者はどれ程いるのだ?ここに連れてこい」


私は側に控えていたストロヴァに視線を送り、この場にはいない他の将軍を呼ぶように伝えた。




それからすぐに謁見の間には私以外の7人の将軍とその部下の副官、その部下の上級兵士、王宮に残っていた白魔道士まで連れてきた。
せいぜい副官までをと思っていたが、兵士の表情を見ていれば強い意志を持っている。どうやら彼らは賛同している姿で陛下に訴えたくてここに来たのだろう。

玉座に戻った陛下が彼らの姿を見下ろしているが、少しでも何か思ってくれれば良いのだが。





「将軍が9人中8人。遠征に行っているトライトを除く将軍全員がいるのか。ジルヘイド。お前がこの者達の代表と考えて良いのだな?」



「はい。陛下、どうか我々の意見にも耳を傾けて下さい」



私を先頭にして全員が陛下に向かって跪いて頭を下げた。





「陛下の取りまとめたサザベルとの友好の証にケチをつけるなんて酷いこと。陛下。ここにいる全員、反逆の意思があるようですわ」



「そんなことは言っていません!」


陛下の隣の椅子に座っていた王妃が、嘲笑が滲んだ表情で優雅に扇を仰ぎながら私や部下達を見た。
この王妃のせいで全てが悪い方向へと向かっているのだ。我々がこの王妃達をこの国から追い出さなければ何も変わらない。

黙らせたい敵は目の前にいるのに、審判で有罪となっていないためにこの場で剣を抜くことも魔法を放つことも出来ない。






「陛下。前々からわたくしが申していた通り、この者達は陛下の行う施策が自分達に都合が悪いから楯突いてきたでしょう?こういう者達は裏でクーデターの準備をしていることも多いのですから、厳しく取り締まって膿を出さなければなりませんわ。反逆者は拷問のうえ死刑にするのが相当です」




「ここにいる全員。反逆の意思ありとして全員捕縛し牢に連れて行け」


陛下はそう言って椅子から立ち上がると、出口に繋がる扉に歩き始めた。

長年仕えてきた我々の話に耳を傾けず、王妃の言いなりにしかならない姿は、まるで強制催眠にかけられているような従順さだ。でも陛下が強制催眠にかかっていないのは、さり気なく解除の術を使った私がよく知っている。







「陛下!このままではサザベルにこの国は乗っ取られるだけです!どうか目を覚まして下さい!」


「陛下。同じ国の者が拷問をしても手を抜く可能性があります故、その大役は私共にお任せ下さい」



私がそう言って陛下の元に行こうとすると、王妃の側に控えていた3人が私の前に駆け寄って、私の腕を掴んで背中を床に押し付けた。






「首謀者のジルヘイドは1番最初に血壁の部屋へ連れて行け。やり方はお前達に任せる」



血壁の部屋というのは、拷問を行う部屋だ。
陛下は本気で王妃の言う通りに、拷問の上死刑にするつもりなのだろうか。








「立て」


なだれ込んできた特別部隊の兵士達にその場にいた部下達が腕を背中で縄で拘束され、私だけは3人に取り囲まれて血壁の部屋に連れていかれた。





王宮の地下に続く階段を無言で連行されて冷たい石造りの部屋に入れられると、壁のあちこちに何時のものか分からない飛び散った血が生々しい跡として残っている。
様々な拷問器具が並ぶその部屋の天井に走る太い梁の木に、両手を持ち上げ鎖で吊るされた。


この場には私と3人の護衛しかいないが、ガラス窓の向こうにある部屋に陛下と王妃がいるのだろう。





「さて、お前をどうしてやろうか」


護衛の中で1番偉そうにしているカーバスは、私の胸から階級章を毟り取り、机の上に置かれていた拷問器具を面白そうに品定めし始めた。
イェネフとニジェールという2人の護衛は、吊るされた私の腰から剣を引き抜いて興味深そうに剣を眺めたり、身に付けている武器がないかと身体検査を始めた。




「陛下がお前の言うことだけは一応聞こうとするから、早く始末したくてたまらなかった所にお前が自滅してくれたんだ。徹底的にやってやるよ」


私が身に付けていた全ての武器を外したイェネフは、私が持っていた細長い短剣を投げて遊びながら2人に面白そうな視線を向けた。





「カーバス。こいつは足からやろうぜ。足から上に順番にやって最後は目を斬ろう」


「あぁ。それがいいな。お前の持っているその短剣でやってやれ」




「ぅっ…ぁぁぁ!!」


太ももに細い短剣を何度も突き刺し、グリグリと傷口を広げる。
拷問に耐える訓練のおかげで、悲鳴は小さいもので済んだが、それが余計に気に食わない3人は手にしていた武器を次々に足に突き刺した。





「あーあ。こいつに決まった女でもいたら、目の前で犯れたのにな」


「まったくお前に女っ気ないおかげで、俺たちの楽しみが半減だよ」



痛みに耐えながら聞いたその言葉に、初めてナディアが暗部で良かったと感謝した。もし彼女の存在と自分の関係が公な物だったら、私の協力者として反逆罪の汚名を着せられて私の目の前で陵辱されただろう。





「ーーっぁぁっっ!!」


太ももの拷問が終わった後は、今度は左右の足首の腱を的確に斬られた。まるで切断されて足がなくなったかのように、もう完全に足の感覚がない。



そんな絶望を感じていると、ガチャリと扉が開いて聞き覚えのある声がかけられた。





「もう良い」



「何をおっしゃるのです。まだ始まったばかりですわ。この男は首謀者なのですから、死ぬ瞬間まで徹底的にしなければなりませんわ」


痛みに歪む視界に、緑の髪の高貴な服装をした男と、男を止めようとする茶色がかったオレンジ色の長い髪の女が入ってきた。





「もう、止めろと言っている」



「でも陛下…」



「だまれネニア。その代わり、今からここで全員を拷問を与える様子を最後まで見届けさせろ」




そこからはもう経験したことのない地獄だった。









「ぐぁぁぁ!!!!」


椅子に座らされて身体に鎖を巻き付けられると、目の前で仲間達が容赦のない拷問を与えられる様子を見せられる。
目を閉じようとすれば頭を掴まれ、殴られて視線を仲間に向けさせる。






「こいつのせいでこんな目に遭ってんだ。恨み言の1つでも言ってやれよ」



「あぁぁ…。ジ、ジルヘイドさ…ま」



手や指、足を切断され、炎がついた細い松明を喉に突っ込んで喉を焼く、剣で無造作に薙ぎ払って両目を失明させる。
人体実験とばかりに、毒を口から溢れても飲まされ続ける。


何の罪もない兵士達を問答無用に嬲る残忍な拷問が続く中、拘束された3人の男性白魔道士だけは扱いが違った。拷問してもある程度は自分で治療されてしまう上に、どの国も人数の少ない白魔道士を使い物にならなくしてしまうわけにはいかない。

3人の男性白魔道士は、護衛達と奴隷の立場の主従の誓いをさせられた。
この3人を見せしめにして、トライトが連れて行っている残りの白魔道士達を手元に置いて監視するつもりだ。






ーーあぁ。これは私の。私のせいなのか。私は国のためにと思って、何も間違ったことなどしていないと思っていたのに。
時期が悪かったのだろうか。

いやもっと前に。エルシード殿下の護衛に異動となる命令を固辞し、ずっと陛下の側にいたら良かったのだろうか。

なぜここまでの仕打ちを受けねばならないのか。
見せしめなら私だけに留めればいいのに、なぜ私だけでなく私の大事な仲間達にまでこのような地獄を見せるのか。








悲鳴を上げ、延々と痛めつけられる仲間達を見させられていれば、当然、無力感、罪悪感が渦巻き始める。
そして時間が経てば経つほど、その渦からは戦場でも感じなかった底知れぬ憎しみが湧き上がって来た。



ーー憎い。殺してやる。同じかそれ以上のことをして必ず息の根を止めてやる!


足の痛みなど忘れ、血のような涙を流しながら拷問を楽しむ3人と、拷問されて外に連行される仲間達を目に焼き付けた。











「ここにいる全員を、クフェルノ山脈にある牢に入れろ」


私に全員の仕打ちを見届けさせた後、拷問を見慣れているのか顔色1つ変えていない王妃が深刻な顔をした陛下に詰め寄った。





「陛下!なぜ死刑にしないのです?!生かしておいて良いことはありませんわ」



「カーバス。与えた拷問は白魔道士で治療出来るのか?」



「いいえ。ジルヘイド以外は白魔道士による治療は無理です」




「そうか。では牢に送れ」



「どうしてです!今ここで全員死刑に…」


「陛下。この者達を生かしておけば、後の禍根になりかねません」


王妃とカーバスが陛下にそう言ったが、陛下は扉の外に出ていこうと自分に背を向けた。






「私が決めることだ」



「いくら白魔道士に治療は無理でも、『白い渡り鳥』の治療されると元に戻ってしまうんですよ!?」




「我が国には滅多に来ない。来たとしても牢にまで治療に行かないし、行かせない。それに大罪人に治療を施すような『白い渡り鳥』はいない。早く連れて行け」







今この場にいるのは私を含めた8人の将軍達だけだ。私以外の将軍達は、目を切られ喉を焼かれているから私の姿は見えていないだろう。

彼らの分まで私が溢れ出る憎しみを混ぜた殺気を3人に向けて出すと、3人は息を呑んで一歩後ずさった。






それから手足を拘束されて荷馬車に無造作に乗せられ、国内で1番険しく木も生えていない岩山が連なるクフェルノ山脈に作られた牢に送られた。




「みんな、私のせいですまない」


「あ゛あ゛あ゛…」



同じ荷馬車に乗せられたのは、自分を含めた8人の将軍達とそれぞれの腹心の副官と上級兵士が数人だった。その中で喉を焼かれた部下のストロヴァは、呻き声を上げ涙を流しながら私を見てきた。





「ジルヘイド様のせいではありません。全てはあの陛下、王妃、護衛共のせいです」



「いつか必ず。必ず生き延びてあいつらを殺してやりたくてたまりません」



「ジルヘイド様。ご判断をお願いします」




喉が無事だった上級兵士達が口々にそう言い始めると、目から血を流しながらも声を出せない将軍達は首を縦に振り、自分の足元に転がされたストロヴァは私の血に濡れたズボンの裾に噛みつき、目から幾筋も涙を流しながら首を縦に何度も振った。



全員の顔を見て、自分の腹に力を入れて覚悟を決めた。



「エルシード殿下を擁してクーデターを起こす。牢に着けば私達は別の牢に入れられるでしょう。話すことは出来なくなりますが、目的のために皆が出来ることをして下さい」



「もちろんです」



牢に着くまでの長い道のりの中、荷馬車の中では国王と王妃、あの3人に対する憎しみの気持ちとクーデターを誓い合った。


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