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駿馬

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第14.5章 国が滅亡する時

3.移ろう渡り鳥2

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サジェルネ殿下の護衛になって3年。



殿下が18歳になって正式に王太子に指名されるのを見届けた日、私はサジェルネ殿下の護衛から第5王子のエルシード殿下の護衛に異動となり、2ヶ月後にハーギル様の副官に昇進することが内定した。




早いものでサジェルネ殿下の護衛を務めて3年が経った今では、殿下も多少大人しくなったこともあり頭を抱える悪戯も上手く躱せるし、何とか諌めることも出来るようになった。
殿下だけでなく陛下や宰相様からも厚い信頼を置いて下さっていたのだが、これからは私が護衛を務めながら王族の方を導く役目も担えるようにと、12歳のエルシード殿下の護衛兼指導役に異動を命じられた。






「ジルヘイド…。お前が俺の護衛に戻ることはないのか?なんでエルシードの護衛なんだ」



「上官の命に従わねばなりませんから、私では何とも…。ですが、異動になっても王宮にいるのは変わりませんから、見かけたら是非声をかけて下さい」




「当たり前だ!特別メニューを練りに練っておくから覚悟しとけ。あと毎月の給料1割は取りに来いよ」



「もちろんです。殿下はこれから外遊が増えると思いますが、ちゃんとご用意をお願いしますね」




異動の挨拶を終えたサジェルネ殿下は、今まで見たことがなかったようなとても寂しそうな顔をしている。初めて見る殿下の表情に後ろ髪を引かれる思いだったが、上官からの命令は絶対だから仕方ないと割り切った。







そしてサジェルネ殿下の部屋がある王宮の東の塔から真反対にある、西の塔のエルシード殿下の部屋へとその足で挨拶に向かった。



「エルシード殿下。本日から護衛を務めますジルヘイドです」



「よろしく、ジルヘイド」



第5王子のエルシード殿下は、12歳とは思えない落ち着いた物腰なのに、年相応の人懐っこい微笑で自分を迎えてくれた。



マードリアにはサジェルネ殿下の下に4人の王子がいるが、サジェルネ殿下と母を同じにするのはエルシード殿下だけだ。
第2、第3、第4王子は国王陛下の2人のご側室の子であるため、王子とは呼ばれていても国王陛下からは王位継承権は与えられていない。ご側室の3人の王子は生まれてすぐに母方の家で生活し、国を支える宰相や大臣となるべく優秀な家庭教師がつけられている。



陛下はその王子達にも愛情を注いでいて、ご側室の生んだ王子とエルシード殿下の兄弟仲はとても良い。
でも、第1王子であるサジェルネ殿下は王位継承権を持たない3人の弟を見下しているためか、顔を合わせれば尊大な態度を取っていてほとんど接触はなかった。




サジェルネ殿下は6歳下のエルシード殿下を見下すことはしなかったが、話題にも視界にも捉えないような無関心ぶりだった。
だからサジェルネ殿下の護衛をしている時は、住んでいる場所が離れているとは言え、同じ王宮にいるのにエルシード殿下に接触することは殆どなかった。



エルシード殿下の護衛になってから家庭教師が教えきれないことを私が教えるようになると、殿下はサジェルネ殿下に比べると宿題もきちんとするし、真面目で大人しく勉強熱心な性格であることが分かった。


箱を開けるとカエルが飛び出してくるという笑って許せるほどの悪戯好きな所はあるが、サジェルネ殿下のような頭を抱えるレベルでないことに安心した。






「ジル!今日は新聞を見ながら色々教えてよ。この前ジルが行った防衛戦の話でもいいよ!」



「勉強は午前中で終わって、午後は自由時間なのに。殿下は勉強熱心ですね」



「だってジルの話は楽しいし!ほらほら早く!それが終わったら、今度は剣術を教えてよ?」



「はい、分かりました」


ここ最近、新しく出来た周辺国が侵略戦を次々に仕掛けてきたため、殿下の護衛を少し離れて戦場に赴くことが増え、自分の部屋に上級兵士が身につける銅や銀の階級章が一気に増えた。
その代わり、暗部に所属するナディアとの時間が減ってしまい全然会えていない。きっと、彼女は今ごろ周辺国に侵略戦争をしかける準備をしていないか等の情報収集の仕事をしているのだろう。








それから少し日が経って、正式に筆頭将軍の副官の任に就いて、胸につけた銀の階級章も見慣れた頃。

エルシード殿下はそわそわと落ち着かない様子で自分の腕を引っ張って、椅子に座るように促した。




「ジルも晩餐会から出席するの?」



「いいえ。私は舞踏会から出席します」


殿下が落ち着かない理由は、この国に久しぶりの『白い渡り鳥』様の訪問があったからだ。
まだ12歳の殿下は晩餐会や舞踏会に出席することが出来ないため、この部屋で静かに過ごすことになる。

王宮中の兵士やメイド達が慌ただしく掃除や中庭の手入れなどに追われている様子を見て、居ても立ってもいられないのだろう。



私が今まで参加した国内の祝賀会や晩餐会、舞踏会の話をすると、殿下が目を輝かせて聞き入っていた。





「良いなぁ。僕も早く16歳にならないかな」



「すぐになりますよ。では、交代の護衛も来ましたから、行って参りますね」



「明日、どういう風だったか教えてね!」



「ええ。分かりました」




殿下の護衛を交代し、身支度を整えて舞踏会が開かれている王宮のホールに行くと、陛下の隣に用意された席には主賓である『白い渡り鳥』のニニア様が座っていらっしゃった。


ニニア様が座る2人がけの椅子には、黒の燕尾服を着こなした美形の夫がピッタリと密着するように座っている。その後ろには、これまた燕尾服がよく似合う3人の愛人が、1人がけの椅子に大人しく座っている。

以前見たルイフェア様の愛人らとは違い、男性だからかニニア様の周りに集まってくる見苦しいことはしない。その場の節度は保たれているが、その代わり愛人達は夫を面白くなさそうに見ている。


場が場だけに殺気を滲ませたり、露骨に睨みつけるような空気を乱すことはしないが、普段はルイフェア様の愛人たちのように寵愛を競い合っているのが容易に想像出来た。






舞踏会の1曲目は夫と踊ったニニア様が席の方に戻って来ると、椅子の前で立って待っていた愛人達と夫が笑顔で争い始めた。


「ニニア。2曲目は俺と踊ってくれるよね?」


「何言ってんだ。今度は俺と踊るって約束したから、俺だよ」


「夫の俺が2曲目も踊るだろ?さぁ、もう一度行こう」



どうして大人しかった愛人達が2曲目の相手になろうと必死になっているかというと、舞踏会の2曲目に踊る相手は『1番の寵愛を受けている相手』を表すからだ。



以前聞いたシュドニー様のお話では、この慣例はずっと昔から続いているもので、身分の高い方、特に『白い渡り鳥』様が来た時に活用するそうだ。


『白い渡り鳥』様が複数の相手のうち誰に1番の寵愛を与えているのか、ご本人に聞くわけにもいかないから2曲目に踊る相手を確認するのだと言っていた。

例え『白い渡り鳥』様のお相手が決まった相手だろうと流動的な相手だろうと、身分が高く影響力を持つ方が誰を1番に想っていらっしゃるのかは、やはり接待する者としては知っておきたいことだ。









ニニア様を取り囲んで夫と愛人が火花を散らす中、銀髪の長い髪を背中で1つにまとめた愛人だけは一歩引いた場所に立って、争いに参加せずに自信に満ちた微笑を浮かべていた。





「悪いけど、今回もダニオって気分なの」



「嬉しいよニニア」



ニニア様は争いに参加していなかったダニオと呼んだ愛人の手を取ると、彼のエスコートでホールの中央へと進んだ。その後ろ姿を夫と2人の愛人が悔しそうに睨んでいたが、振り返った選ばれた愛人は勝ち誇った笑みを浮かべた。





2曲目が終わると席に戻ったニニア様は待ち構えていた愛人達を席に戻し、夫と並んで元の席に座ると陛下と歓談を始めた。


ニニア様にお近付きになろうとする貴族や大商人達もいたが、2曲目を踊れなかった男性達から放たれるドロドロした雰囲気に押されて誰も近づけなかった。








翌朝、出発するために馬車と護衛用の3頭の馬を用意して欲しいと言われたので、同僚の副官と一緒に客室に準備が整ったと伝えに行くと、ニニア様は夫ではなくダニオという男性と同じ部屋から出てきて、彼にピッタリと寄り添っていた。


私達の先導で案内したが、仲睦まじい様子の2人の後ろを歩く3人は、銀髪の愛人に向けて憎悪の視線を浴びせているのが振り返らなくても分かる。
ここがニニア様の居ない戦場であれば、この3人はダニオという愛人を殺しにかかっているに違いない。




いたたまれない空気に耐えて馬車の前まで案内すると、馬車に乗り込む寸前でニニア様が立ち止まった。





「これからトラントに向かうわ。馬車の中には私とダニオだけにして、貴方達は馬で護衛して頂戴」



「こいつを?夫の俺じゃなくて?それにトラントはこの前に行ったばかりじゃないか」



「ダニオを紹介してくれた神殿に行って、離婚と結婚の手続きをするの。ダニオを夫にするわ」


ダニオの胸元に頬を擦り寄せるようにしなだれかかったニニア様の言葉に、夫や愛人達は動きをピクリと止めた。






「ニニア。俺達結婚してまだ1年も経ってないよ?」


夫の男性は、信じられない様子を隠せないのか動揺しているのが表情にも表れている。





「そうだけど…。ダニオの方がカッコいいし、強くて私好みなんだもの。
それに、私、ダニオの子を妊娠してるの。初めて産む子だから父親は愛人じゃなくて夫にしておきたいの。だから今からダニオのいた神殿に行って、そこで手続きをして出産することにするわ」



ニニア様は上品なピンク色のワンピースの上から、まだ膨らみのない様子のお腹を愛おしげに撫でていた。
それはとても幸せそうな様子なのに、微笑を浮かべたままのダニオ以外の男性達からは、殺気に似た険悪な空気が漏れ出ていた。





「本当にこいつの子なのか?」



「鑑定したから間違いないわ」



「でもまだ生まれてないのに鑑定なんて…」



「私をそこら辺の白魔道士と一緒にしないで。白魔道士は生まれてからじゃないと分からないけど、『白い渡り鳥』なら妊娠初期でも分かるの」



「嬉しいよニニア。夫としてこれからもニニアを大事にするよ」



何だかんだあったものの、やはり身分が1番上で主人であるニニア様には勝てないため、彼女の言う通りにダニオが馬車に乗り込み、夫と他の愛人は憮然とした顔をして馬に乗って王宮を出た。








姿が見えなくなるまで見送ると、隣にいた同僚と顔を見合わせた。
自分が今どんな顔をしているのか分からないが、きっと目の前の彼のような、溜息しかでないような何とも言えない表情をしていただろう。



「取っ替え引っ替えとは、本当に見ていていたたまれません」


「ご懐妊とは言え、夫ですら愛人の1人でしかないというのが我々の常識からは考えられんな」





無事にお見送りしたことをハーギル様に報告すると、昼食を済ませてエルシード殿下の部屋に戻った。




「ジル!早く座って座って!どんなだった?」


部屋に入るとすぐに私に早速椅子に座るように勧め、身体を椅子から浮かせてテーブルを飛び超える勢いで質問してきた。
この様子だと、昨晩はきっと窓を開けて舞踏会の賑わいを拾っては想像を膨らませ、気になって眠れなかったのではないだろうか。





そんな殿下の期待とは違い、「男の嫉妬と憎悪が凄かったです」なんて言えない。






「えっと…。今回お越しくださったニニア様はご懐妊だそうなので、これから数年はお呼びするのは難しそうです」



「どれくらいお休みなさるのかな?」



「人にもよるのですが、一般的にはご出産直前までは身を寄せた地で治療院を開き、ご出産後2年は治療をお休みして育児に専念なさることが多いそうです。それ以降は子供を神殿、もしくはご実家に預けて旅に出ることが多いと聞いています」





「そっか。子供と離れ離れになるなんて過酷なお仕事だね。ジル、今日は金山の開拓のこと教えて」


殿下は落ち着いたのか、今度は国内の金を掘り出している鉱山の話を強請ってきた。
いつか殿下が『白い渡り鳥』様をもてなす場に出るようになったら、男女のドロドロの争いを目の前にして何を思うだろうか。


サジェルネ殿下はそんなドロドロでさえ面白い!と言ってしまえる人だが、繊細で純粋なところがあるエルシード殿下はどうだろう。
こういうドロドロは王族にはつきものだから、早く慣れるようにしないと繊細な殿下はショックを受けるに違いない。










殿下の護衛をしながら防衛戦での実績を重ね、その翌年には将軍に。それから2年後にはハーギル様の後任の筆頭将軍に任じられた。



「ジルヘイド・アズバーン。本日より我が国の筆頭将軍を任じる」



国王陛下に将軍の階級章を返納し、大蛇の頭を嘴に、長い胴体を足で掴んだ大きな翼を広げた雄々しい鷲を模った筆頭将軍専用の金の階級章を賜り、これを機に退役なさるハーギル様の待つ筆頭将軍の執務室へと向かった。




「ジルヘイド。お前が筆頭将軍になる日が来ようとは思っていなかった。王太子殿下に連れ回されて宝物庫や鍛錬場を荒らしたと、お前を怒鳴りつけた日が懐かしいな」






「ハーギル様のお叱りには寿命が縮みました」


にこやかに私を迎えて下さったハーギル様の胸には、もう筆頭将軍の階級章も何もない。それでも変わらない威圧感と威厳は、これから私に備わっていくのだろうか。






「まだお前の弁償は終わっていないからな。しっかり働いて早く弁償を終えるように」



「はい…」


サジェルネ殿下が宝物庫で壊した宝物の弁償は、8年経った今でも終わっていない。
昇進する度に給料は上がっているが、弁償額があまりにも高額なためずーっと3割カットされている。

でも軍の中でも1番の良い給料を頂ける職に就いたのだから、あともう少しで支払い終えるだろう。











筆頭将軍になって数日後。
自分に与えられた筆頭将軍専用の執務室で書類を捌いていると、ふわりと風の動きを感じた。

風の方向に顔を向ければ窓が無音で開け放たれ、窓枠に暗部服を着た闇色に染まった姿のナディアが座っていた。



以前に増して音がないし本当に微かにしか気配を感じない。それは、彼女は随分と実績を積み重ねてきている証拠だ。




「ジル!筆頭将軍就任おめでとう!」



「ナディア。窓から入ってくるのはやめなさい。ここは5階ですよ」



「いいじゃない」


咎めても全く気にする様子もなく私の方へと歩いてくると、私の机の上に置いていた書類を退けて、私と向かい合うように腰掛けた。
机に座るという男性っぽい動作も、咎めても全く気にしないだろう。






「今日はどうしたんですか?」



「どうしたって…。ジルってば、いつまで経っても私を暗部に呼んでくれないんだもん。だからお祝いと直談判に来たのよ」



「ナディア。貴女が優秀なのは知っていますけど、貴女を危険に晒したくないんです」



「あのねぇ。暗部は影とはいえ軍人なんだから危険は当然でしょ?戦場に行くのとさほど変わらないわよ。
それに、ジルが私の契約主なら仕事を選んで割り振れるんじゃないの?」



「…まぁ、確かにそうですが」



「約束したじゃない?忘れちゃったの?」


ナディアはムッとした表情でそう言うと、軽いデコピンをしてきた。






「忘れてませんけど…。はぁ、約束してしまったものは仕方ないですね。では諜報の仕事をお願いしますか」




暗部の大きな仕事には主に暗殺と諜報の2つがあるが、どちらも確かな実力がなければ務められない。

もし失敗して敵に捕まったとしたら、例え恋人でも配偶者でも、本国は助けに行くことをしない。
捕まった場合は、口を割らずに自害することを求められる過酷な存在だ。だからこそ、彼女には早く退役してもらって安全な仕事をしてもらいたい。
でも言い出したら聞かないナディアは、納得するまで退役しようとしないだろう。








「本当ね!私は別に暗殺でも構わないから、何か命令を今すぐに出して!」




「じゃあ、暗部名をここに書いて下さい」


机の引き出しを開けてナディアに1枚の紙を渡すと、彼女は机から下りてスラスラ書いて書類を返した。






「では、ジュア。私の元で、この国のため、国王陛下のために生命を惜しまず働くことを誓いなさい」



私が椅子から立ち上がって暗部と契約する時の誓約文を読み上げると、ナディアは私の目の前に跪いて胸に手を当て頭を下げた。





「ジルヘイド様のために、この生命を捧げます」



「ちょっと待って下さい。宣誓の言葉が違いますよ?」


普通なら私が言った内容を復唱すれば終わりなのに、その言葉が全然違った。
ナディアに限らず、何故か契約した暗部の者達は宣誓の言葉を復唱せずに自分で勝手に変えてしまう。


諌めてもなんだかんだで有耶無耶にされてしまい、暗部の契約は毎回腑に落ちないままだ。







「いいじゃない。私は会ったことも今後会うこともない国王やその人が治める国のためじゃなく、ジルの命を受けて働くんだから」



立ちあがったナディアがまた机の上に座ると、自分も仕方なく椅子に座った。すると彼女は嬉しそうに笑いながら、私の頬に口付けた。






「まぁ、そうですが…」



「この場に他に誰もいないんだし、別に宣誓の言葉が違っても構わないでしょ」



「貴女が下がらせたんでしょう?」



「あははは!バレた?」


自分の周囲には契約した暗部が控えていたのだが、ナディアが来てから気配が完全に消えた。
契約主の私は何も命令を出していないのに、暗部の中でも上の位置に昇進したナディアが敢えて下がらせたのだ。

こんなことは普通ないというのに。ナディアが契約を結ぶために来たと知ったから、気を利かせて下がったというところだろうか。






「当たり前です。まったくナディア、じゃなかったジュアは出世したものですね」



「ふふっ!ジルが頑張ってるのを影で見てたからね。負けてられないでしょ?それに、暗殺に関して言えばどんなに頑張ってもジル達には負けちゃうんだし」



「まぁ、これでも一応筆頭将軍ですし…。相変わらずの負けず嫌いですね」



諜報の仕事は暗部に任せることがほとんどなのだが、暗殺の仕事だけは暗部に任せきりにならない。
身を隠すのが上手く暗殺術に長けた暗部の者と言えど、やはり黒魔法の適性の高さなどの実力差が問題で対象者との相性が悪い場合もある。

そういう時は、副官以上の者が暗殺の任務をこなすことがある。



もちろん暗殺任務中に失敗して敵に捕まってしまうと、副官だろうが将軍だろうが筆頭将軍だろうが暗部達と同様に自害することを求められる。でも暗部と違い、顔と名前が知られているため一切失敗が許されないし、失敗すれば深刻な外交問題になり最悪戦争になる可能性がある。

だからこそ、副官以上になると徹底的に暗殺術を教えられ、自害する時に使うための特殊な魔法を習う。





「とりあえず、これからお願いしますね。決して無理はしたり生命を粗末にしないように」



「もちろん。どんどん仕事回してね?」



「あまり危険なことはさせたくないんですがね…」



「仕事の時はナディアじゃなくて、ジュアとしてしっかり働くから安心して。それから、私達の関係は暗部の上層部なら知ってるから。口は固いから安心してね。ふふっ」



ナディアはそう言うと嬉しそうに笑って、また窓から出て行った。


彼女は今までハーギル様と短期的に契約する暗部として、暗殺や諜報といった難しい仕事を着実にこなしてきた。
仕事の話を聞いたことはないが、今までの仕事の中で身の危険が迫ったことなど数え切れないほどあるだろう。
そんな中で生き残っているのは、彼女が有能であることの証だった。





他の将軍の抱える暗部は暗部名なら分かるが、宣誓した将軍にしか本名も顔も明かさない。
どんな暗部がいるのかは将軍達だけが見れる書類で分かるが、既に契約している場合は例え筆頭将軍の求めでも異動することはない。



暗部内の結束は固く、互いの本名や素顔を知っていても決して口を割らないし、忠誠を誓った国王陛下にすら、仲間を売るような真似はしないと言われている。その結束の固さは、万が一の場合には国から見棄てられるからだろうと言われている。




ナディアが退けた机の書類を一纏めにすると、何気なく一番上に置いた「報告書」と題された書類に視線が釘付けになった。



「サジェルネ王太子殿下は、外遊先のミルビナの王太子殿下と口論。その内容はサジェルネ王太子殿下が、先方の王太子殿下の婚約者にしつこく言い寄ったことが原因。サジェルネ殿下の側付きの者のとりなしでなんとか落ち着いたが、関係は当然ながら最悪なものに。

はぁ…。またですか。殿下は何を考えているのでしょうか。外遊先で他国の王族と揉め事など、今後の関係が最悪になるのは分かっているでしょうに」


サジェルネ殿下は成人するとすぐに王太子として他国へ外遊に行くようになった。
でも、その外遊もこうしてトラブルを起こすことが多々あるため、正直上手くいっていないことの方が多い。
その度に国内に呼び戻されて陛下からお叱りと再教育を言い渡されている。




私はサジェルネ殿下の頭の中が、まさか後先考えない子供で成長が止まっているのではないか、と心配になって頭を抱えた。













それからあっという間に月日が経った。
弁償の支払も終え、エルシード殿下が16歳になる直前、国王陛下から大役を任せられた。



将軍になってからはエルシード殿下の護衛から外れたが、殿下は機を見ては会いたいと仰るので頻繁に顔を合わせていた。





「殿下。今日は私から特別な授業を行いますね」



「ジルが?特別な授業ってなに?」


王族である殿下は、これから先、国王となるサジェルネ殿下の補佐をしていくことになる。だからこそ、王族や一握りの重臣のみにしか知らされないことも学ばなければならない。


そういうことは通常の家庭教師では務まらないので、既に知識のある将軍や宰相、大臣が担う。



サジェルネ殿下の場合は宰相様が務めたのだが、以前ルイフェア様がいらっしゃった時にその教えは頭に入っていなかったのだと露呈してしまった。
宰相様から再教育を受けることになったサジェルネ殿下は、『質問したくても、宰相はどんどん話を進めるから頭に入らなかったんだ』と言い訳をしていたが、本当は聞いていなかっただけだと誰もが知っている。




エルシード殿下は大丈夫だろうとは思われたが、「質問しやすい者が教えるのが良い」ということで私が担当することになった。
私が殿下の護衛をしている時に教えてきたのは、殿下が興味を持った些細な疑問を解消する程度だった。野営の仕方や、狩りの仕方、掃除や洗濯の仕方など王子が覚える必要のないことばかりだが、男の子が好きそうなことに興味を持っていた。


でも今回の話はそういう気軽なお話ではないので、きちんと教えられるようにと気合いを入れた。







「『白い渡り鳥』様についてのお勉強ですよ。まずはこの神殿新聞を見て下さい」



「新聞?」



殿下に持ってきた神殿新聞を渡すと、不思議そうに首を傾げた。
自分がシュドニー様から教わった時、まさか自分が誰かにこの話をすることになろうとは思わなかった。






「まずここに書いてある『白い渡り鳥』様のお名前や出身国などの全ての情報を、間違えることなく全て覚えて下さい」




「え?これを全部?」




「30人程ですから、殿下ならすぐに覚えられますよ」


私がシュドニー様から教わった時には35人程いた『白い渡り鳥』様は、あれから数人増えたが亡くなる人の数が上回って30人程になった。

成れる人よりも、亡くなっていく人の方が多い状況が何十年も前からずっと続いている。そのため『白い渡り鳥』様の価値はどんどん高まっていき、大国でさえ安定的にお招きすることが難しくなっている。



エルシード殿下は早速新聞を片手に暗記を始めると、早速質問を投げかけてきた。







「ねぇ、『白い渡り鳥』様はどの方も高度な治療をして下さるんだよね?このランクってどんな違いがあるの?」



「傭兵のランクと同様、『白い渡り鳥』様のランクは能力の高さを表しています。傭兵と違うのは、1度ランクが決まると一生変わらないことです。

怪我や病気の治療であればランクの高さにあまり関係はないのですが、再生の治療の時、ランクAの方は義手や義足の部分が灰色になるのに対し、ランクS以上の方に治療してもらうと肌色になるそうです。
他にも細かな違いはありますが、なによりの最大の違いは呪いの解呪になった時です」




「呪いの解呪?」



「黒魔法の適性の高い者がかける呪いは、白魔道士が解呪するのは難しいというのは分かりますよね?
白魔法の適性の高い『白い渡り鳥』様ならば、黒魔法の適性の高い将軍クラスの呪いの解呪が出来ます。

ですが、ロスカエナのアミフェル将軍や、サザベルの筆頭将軍ディネード、ドルトネアの筆頭将軍フォードロアといった黒魔法の適性がずば抜けて高い者がかける呪いは、『白い渡り鳥』様でも簡単には解呪出来ないのです」




「そうなの?」




「呪いの解呪は、術者の黒魔法の適性の高さと同等以上の白魔法の適性が必要になります。
そういった者からかけられた呪いの解呪を頼む時、白魔法の適性が高い『白い渡り鳥』様にお願いすることになります。その白魔法の適性の高さがこのランクなのですよ」




「でも、ランクって言っても…。ランクAばかりでSは1人だよ?」



「ええ、ほとんどの『白い渡り鳥』様はランクはA。先程例に挙げた様な将軍による強力な呪いを解呪してもらうには、S以上の方に頼まねばならなくなります。
ですがランクSはその方と、引退してセゼルにいらっしゃる方の2人しかいません」




「そうなんだ…」




「ですから、ランクS以上の方が我が国を来訪して頂いた時には、今後の繋がりを作れるように特に頑張らなければならないのです」


神殿新聞を見れば殆どの現役の『白い渡り鳥』様のランクはA。それよりも上のランクSは1人。そしてそれ以上と言われる方も1人。
元々人数の少ない『白い渡り鳥』様だから、ランクに関係なく繋がりを作りたいと思うものだが、やはりランクの高い方との繋がりはどの国も喉から手が出るほど欲しい。





「ねぇ、ジル。この方はランクが空欄だけど…。これはどういう意味?」


殿下が指をさしたのは、『白い渡り鳥』様の中でも色んな意味で1番有名な方だ。







「神官長からは、ランクのつけられないほど優秀な最上位の方なのだと聞いています」




「最上位?ランクSの方と何が違うのだろう?」




「神官長によれば、その方はランクSS以上とのことで、その方も再生の治療をするとその部分の肌の色は元々の色になり、どんな呪いも解呪出来ると言われています」




「へぇ、そうなんだ。『白い渡り鳥』様のランクってどうやって決めるの?」




「以前神官長に尋ねたことがありますが、決まって言葉を濁して終わるので私にも分かりません」





「そうなんだ」




「特にこのシェニカ様はどの国とも繋がりを作らないと有名な方です。もしこの方と繋がりを作ることができれば、それだけでも他国への大きな自慢となります」





「そうなの?それだけ難しいってこと?」




「この方は身分を問わず丁寧な治療をしてくれる方と言われていて、訪れた場所では大きな人気を呼ぶそうです。
でも、この方は本当に渡り鳥のような方で、誰かに招かれて治療院を開いたことはないと言われています。なので、訪れて頂いたとしても国中を廻ってくれるとは限らないのです。

シェニカ様は進む先にある街や村で治療院を開いてくれますが、神殿にすら近付かない方なので行き先や滞在日程などの詳しいことは分からないのです」




「どうやったら繋がりが出来るのかなぁ」




「こういう方は深く踏み込んでも浅く踏み込んでも嫌がられます。表面を撫でるようなあっさりした接触ならば嫌がられないでしょうが、繋がりが出来ないまま居なくなってしまうでしょうね。

参考ですが、この方の師のローズ様も同様に渡り鳥のように旅をしていて、繋がりを作ることが難しい方だったそうです。
それでもローズ様と繋がりを持っている国はいくつかあります。また、彼女の配偶者や伴侶となった方の誰もが人格者として知られる方なのは、流石というところでしょうか。
いくら師といえど別人ですから同じとはいえませんが、人格者であれば繋がりを作れるのかもしれませんね」






「ねぇ、ジル。白魔道士が少ないから治療をしてもらわないと国が安定しないからっていうのは分かるけど、『白い渡り鳥』様にもメリットがあるの?」



殿下は、私がシュドニー様から授業を受けた時に1番目からウロコだった内容の質問をしてきた。







「繋がりを作るのは互いにメリットがあるからこそ。『持ちつ持たれつ』の契約の様なものなのですよ」




「持ちつ持たれつ?」




「はい、それはーーーー」



私の長い授業の最中、エルシード殿下は様々な質問を投げかけて来た。






「僕の知る限り、『白い渡り鳥』様が来たのは随分前だと思うんだけど…」



「そうですね。前回いらしたのは、もう2年前です」




「いくら招くのが大変っていっても、2年間訪れがないのは普通なの?」



「隣国のトラントは世界で1番訪れが多く、半年に1度は訪問があります。同じ隣国でも、サザベルは8ヶ月に1度。でも、我が国は…」





この国に『白い渡り鳥』様が来たのは2年前が最後だ。その後も精力的にお招きするお手紙を送っても、一向に良い返事は返ってこない。

いくら人数の少ない方々とは言え、なぜこうも訪れがないのか。そんな声は王宮内だけでなく、民衆の中にも不満として燻っているだろう。
だからこそ軍で抱える白魔道士達を地方に派遣して治療院を開かせているものの、やはり重度の怪我や病気となると手に負えない。


焦る気持ちのままにしつこく手紙を送るのも悪印象を与えるため、適度な間隔でお招きする手紙を送っているのだが、なかなか実を結ばない。






「そんなに来て下さらないのは何故だろう?」




「理由は分かりません。陛下もそれには頭を悩ませているんです。
陛下と懇意にされていた方は引退なされてしまって、お招きできる方との確かな繋がりがなくなってしまいました」




「じゃあ、もしいらしてくれた時は、僕ももてなしの仕事を頑張らないとね」



今までは国王陛下や宰相様を始めとした貴族、将軍らが中心となって『白い渡り鳥』様とカケラを交換してきた。でも、カケラを交換してきた者達は高齢になっているので、これから先はサジェルネ殿下やエルシード殿下達が担うことになる。
『白い渡り鳥』様との繋がりを作る者達の世代交代が上手くいくように、私は数日かけて細かな所まで色んなことを教えた。







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