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第14.5章 国が滅亡する時

2.移ろう渡り鳥1

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殿下の護衛となって半年経ったある日。宰相様や大臣、将軍といった重臣だけで行われている会議の場に、急遽王宮に勤める上級兵士も集められた。




この時間、殿下は家庭教師から有難い授業を受けているはずなのだが、ちゃんと話を聞いているのか心配だ。
また宿題をやっていないことを咎められ、口を尖らせて文句を言っては先生を困らせてはいないだろうか。



そんなことを思い浮かべては心の中でため息をついていると、国王陛下が入室して3段上の玉座に座り、嬉しそうな表情をして下に跪く兵士や大臣らを見下ろした。





「来月、ここにイオル殿がいらっしゃることになった。いつも通り国賓としてもてなすから、その心構えで準備するように」



イオル様は陛下と繋がりの深い『白い渡り鳥』様で、過去何度かこの国に来てくれた年配の男性だ。
前回来て下さった時、私はまだ地方都市で働く下級兵士だったから、もてなす場にいなかった。『白い渡り鳥』様をどんな風にもてなすのか、とても楽しみになった。






陛下のお話が終わって解散となると、私は上官に呼び出された。



「ジルヘイド。本当なら副官ではないお前が『白い渡り鳥』様について詳しく学ぶことはないが、今後、サジェルネ殿下の護衛として晩餐会や舞踏会の席に出席することになるから、失礼のないようにシュドニー様からの特別授業を受けさせることを決めた。よく勉強するように」




「はい」


シュドニー様は10年以上前に退役し、今は副官の指導役を担っている。1度もお会いしたことはないが、現役時代は筆頭将軍として厳しかった方と聞いている。
そんな雲の上の様な方の執務室に行くように指示を受け、とても緊張した。


王宮の隣にある軍の建物の内、研修専用に使われている東棟の最上階まで1人で歩き、シュドニー様の執務室のドアをノックした。



「ジルヘイドです」



「入りなさい」



「失礼します」


ドアを開けるとすぐに腰を折って挨拶して顔を上げると、部屋の中にある質素ながらも上品な応接椅子に腰掛けたシュドニー様を見た。

シュドニー様に会うのは初めてだが、齢50を超えた人と思えない程若々しく威厳に満ちた方だ。
年齢を感じさせるのは、顎に携えた立派な髭に白が混じっているくらいだ。





「お前がジルヘイドか」


「はい、よろしくお願いします」



応接椅子の近くにある壁の飾り棚には、この国の物ではない金銀銅の階級章がぎっしりと飾られている。

その階級章は、シュドニー様が戦場で討ち取った上級兵士が身に付けていたものだ。
軍人は討ち取った相手が階級章をつけた上級兵士だった場合、武勲の証拠として持ち帰り、こうして自分の手元に飾る。傭兵が討ち取った場合、傭兵組合から報酬を貰う時に金と交換することがほとんどだ。





「そこに座ってその神殿新聞を見なさい。
今は時間がないから良いが、後でそこに書いてある『白い渡り鳥』様のお名前やランク、出身国など全ての情報を間違えることなく覚えなさい」



「はい」


渡された神殿新聞を受け取ると、シュドニー様は自身の顎髭を触りながら、椅子に深く座り直して足を組み直した。






「次に『白い渡り鳥』様のお招きの仕方について教える。
まず陛下や宰相殿、大臣や副官以上の軍人は毎日神殿新聞を見て、近くにいる『白い渡り鳥』様を確認している。
朝の会議の時、カケラの交換を把握している宰相殿を中心に、その方をどのようにもてなすかを考えるのだ。
会議の席には神官長も同席しているから、神官長から具体的な情報を提供してもらい、もてなす内容が決まればお招きする手紙を送る。

お前も知っている通り、『白い渡り鳥』様は引く手数多だ。
媚びへつらうことになるし不快な対応をされることも多いが、人数が少なく、なれる者も少ない職業の方なのだから割り切ってしまうしかない。
どんな不満があっても国のために耐えて不興を買ってはならん」




「はい」


今まで知らなかった『白い渡り鳥』様についての色々な授業をして頂いていると、あっという間に太陽が傾く時間になった。







「現役の『白い渡り鳥』様は、毎回連れているお相手の顔ぶれが全員違う。誰が配偶者で誰が愛人なのか、間を置かずに来てくださった方でも必ず直前まで神官長に確認するように」




「はい。毎回確認するというのは、やはり特権なのですね」


配偶者以外の相手を公然と持てるのは、王族と『白い渡り鳥』様くらいだ。それ以外の者が同じことをやれば白い目で見られるし、仕事では降格や左遷させられたり、不貞を犯したとして離婚になって、街に居づらくなって引っ越すことがほとんだ。
そんな世の中でも、『白い渡り鳥』様は簡単に色んな相手を取っ替え引っ替え出来るというのは特権の成せることだ。


私がそう言うと、シュドニー様は呆れたようなため息を吐いてお茶を一口召し上がった。






「以前はこんな風ではなかったがな」



「そう、なんですか?」


『白い渡り鳥』様は男女を問わず、異性の護衛と人目を憚らず睦み合われている。それが当たり前だと思ってきたが、昔は違ったのだろうか。






「私がまだ副官時代だった頃、いかに複数の相手を持てる『白い渡り鳥』様と言えど、正式な配偶者以外の他のお相手も、一時の愛人ではなく生涯を共にする伴侶として誰もがとても大事になされていた。治療院では人目を憚らない方もいたが、それでも陛下の御前では慎むのが当たり前だった。

しかし、いつの頃からか徐々に伴侶と紹介する方が減り始め、そのかわり一時の愛人として紹介する方が多くなった。今では決まった配偶者と伴侶を持つ方は、殆ど引退された方だけになり、現役の『白い渡り鳥』様のお相手は、配偶者でさえ流動的な愛人になったのだと認識されている」





「そうなんですか」




「それだけではない。以前は護衛の傭兵が配偶者や伴侶になることが多く、数人で『白い渡り鳥』様をお守りしていたが、今では傭兵ではなく元軍人になった。今では傭兵を連れた『白い渡り鳥』様は殆ど居ない」




「どうしてでしょうか」




「よく知らぬが、治療院で会った時にでも見初められたのだろう。『白い渡り鳥』様同士で情報交換することもあるそうだから、元軍人を愛人にすることが流行りなのかもしれんな」




「流行り…ですか」




「まぁ、傭兵よりも退役軍人の方が実力はある。お守りする意味で良いことだと言えるだろう」




高い能力と多くの特権を持つ『白い渡り鳥』様は尊敬すべき方だと思うが、その高い身分ゆえに驕った方も多い。民間人相手に対価を要求することもあるが、それは別に禁止されているわけではないからこちらは何も言えない。


世界中に大小様々な無数の国がひしめいているのに、現役の『白い渡り鳥』様として神殿新聞に記載されているのはたった35人程度。当然取り合いになる。
どこの国も必死にお呼びするから、来てもらうだけで一苦労だ。選り好みは出来ないから、評判が悪い方でも喜んで迎えるしかない。






「王族も一時の相手である愛人を持つことはあるが、どの国もその愛人は出世させるためだけの名ばかりの愛人だ。本当の意味での愛人を持つ王族は、今の時代にはほとんどいない」




「王族も『白い渡り鳥』様も愛人を持つものだと思っていましたが、王族はなぜ本当の愛人を持たないのですか?」



「民衆に許されていないことを許されているのは、それは王族や『白い渡り鳥』様が特別だからと知らしめるためだ。
ただ、一ヶ所に留まらない『白い渡り鳥』様と違い、王族は民の指導者であり、その姿は常に民衆の目に晒されている。

側室ならまだしも流動的な愛人を無数に抱えれば、その姿は民衆に節操なしと映り、何かで実績を残さなければ求心力は落ちていく。
『白い渡り鳥』様に求心力は必要ないが、王族には無くてはならないものだ。それは分かるだろう?


実績を残すには能力だけでなく時間も必要だし、国にとって必要な施策だったとしても、必ずしもそれが民衆に受け入れられるものとは限らない。
実際、愛人を多数抱えて肉欲に溺れた結果、求心力を失ってクーデターが起きたこともある。
王族としてはリスクのある愛人を抱えるくらいなら側室を持った方が良いから、名ばかりの愛人しか持たなくなったのだ」





「でも名ばかりの愛人も、民衆には真実の愛人と映るのではないですか?」



「名ばかりの愛人になる者は、その王族から愛人と認められても実際にはその方と一緒に行動しない。だからすぐに名ばかりの愛人だと分かる」





「なるほど。重用したい者がしっかりした者ならば、愛人にした王族も節操なしとは映らないということなのですね」



「そういうことだ。実際に優秀な平民を名ばかりの愛人にすることで、内政が良くなった例は多くある。それを世界新聞や噂話で知っている民衆は、名ばかりの愛人が優秀であれば何人抱えても王族に対する求心力を失わない。それどころか、見る目のある王族として一気に株も上がるからな。


あと、招いた『白い渡り鳥』様がいらっしゃると、晩餐会と舞踏会が必ず開かれる。
晩餐会には陛下や宰相殿らが厳選して選んだ者が同席を許され、その後の舞踏会には招待状を送った貴族や大商人達が参加する。
晩餐会は特に注意すべきことはないが、舞踏会になった時、『白い渡り鳥』様が2曲目に踊るお相手を確認し、お楽しみになれるように心配りをすれば良い」



「はい、分かりました」



シュドニー様の授業は夕食の時間まで続き、長く有り難い授業は目から鱗の話も多かった。
今まで、『白い渡り鳥』様と繋がりを持つのは国のためだけと思っていたが、『白い渡り鳥』様にとっても大切なことなんだと知った。

我儘で人の目も気にしない奔放な方が多いが、国のためにもやはり我慢して付き合わねばならない方だ。









それから3週間後。

国内の貴族達にイオル様が来る日程を伝え、食事は何にするか、何人お越しになるのか。
色んなことを慌ただしく準備を整えていると、あっという間にその日を迎えた。




予定日通りに王宮に到着されたイオル様は、腰の曲がった穏やかな雰囲気の方で、若い男性の護衛を5人連れていた。
その護衛は傭兵ではなく、退役した軍人のようだ。



王宮内にある豪華な晩餐会の会場には、国の中でも有力貴族や影響力の強い大商人などが招かれていた。

楽師が奏でる静かな音楽が会場を華やかにする中、主賓の座る長テーブルには、陛下の向かいにイオル様がお座りになり、陛下の乾杯の挨拶で始まった。





「イオル殿、お久しぶりですな」



「陛下もお元気そうで安心しました」


晩餐の席に相応しい豪華な食事が並ぶ中、今後のサジェルネ殿下の護衛としてきちんとサポート出来るようにと、お二人の会話が聞こえる陛下に近い場所に、自分は護衛の一人として立つことを許された。







「お忙しいのに訪問して頂いて、とても助かります」



「いえいえ、これも勤めですからな。お手紙を頂いてすぐに参れずに申し訳ないです。この歳になると馬車でも移動が身体に応えましてね。自分で治療魔法をかけても、老いは治せませんからなぁ」




「訪問して頂けるだけ嬉しく思っていますよ」



和やかな晩餐の席では、陛下とイオル様の会話が弾んだ。


イオル様は陛下よりも一回り以上年上で、陛下には兄の様な友人としてとても親しい関係だそうだ。


旅の話、各国の状況など、『白い渡り鳥』様目線でなければ分からないことを聞かせて頂くのは、諜報で得た情報とは違う価値がある。

災害が起きた場合、『白い渡り鳥』様がどれくらいで来てくれたか、治療を受けた者達が回復した後どんな様子だったか、これを機に民衆による蜂起やクーデターの火種が大きくなりそうな空気が街を満たしているのか。
もてなした王族や将軍、貴族達との会話など、他国の内情を知る大事な情報だ。





「今回は護衛だけとのことでしたが、夫人はお元気ですか?」



「妻はつい先日亡くなりました」


陛下の質問に、イオル様は目を閉じて言いにくそうにそう答えた。神官長から聞かされた情報では、イオル様は妻と伴侶をお持ちだったが、3人いた伴侶の方は数年前に全員亡くなり、妻の女性は存命ではあるが衰弱していると聞かされていた。

今日も神官長に情報を確認したがその話をしていなかったから、神官長の元にまだ亡くなったという情報は入ってきていなかったらしい。






「そうだったのですか。それは申し訳ないことを申しました」



「いえいえ、そんなことはありませんよ。生あるものは必ず死ぬのですから、仕方のないことです」



「次の奥方はお迎えになる予定ですか?」



「まさか。妻も伴侶も、もう要りませんな。この歳になると新しい思い出よりも、今までの思い出を大事にしたいですからな」




「そうですな」


5年前に亡くなった王妃様は2人のご側室とも仲が良く、陛下の寵愛を争うような真似はせず、ただひたすらに王宮と国内の安定のことだけを考え、陛下の代わりに精力的に国内を回っては国民を励まされてきた。

国王陛下よりも民衆に人気があった王妃様が亡くなった時は、国中が悲しみに包まれた。


それだけ人気の王妃だったからなのか、陛下はご側室のどちらかを正妃にすることもなく、新しい王妃を迎えることもなかった。






「陛下にお伝えしなければならないのですが、私はこの旅で現役を終え、トラキアの神殿に身を寄せることにしました」



イオル様はそう言うと、何かをやり遂げた達成感に満ちたような、スッキリとした微笑を浮かべて持っていたグラスをコトリとテーブルの上に置いた。







「トラキアですか?イオル殿の御出身はウィニストラでしたよね?」




「トラキアは妻の出身国なんです。妻は巫女をしていたのですが、彼女と出会った時のことが忘れられなくて、身を寄せる場所はその神殿を選びました。
他の妻達との出会った場所や思い出も大事ですが、やはり1番付き合いの長い妻との思い出が心に残っていました」




「そうですか。やはり奥方との思い出は素晴らしいものですね。若い『白い渡り鳥』様とは違いますな」


陛下がそう言うと、イオル様は小さく笑った。




「戸籍上の配偶者のために1人を選ぶしかありませんが、他の伴侶も同等に生涯大事にするのが当たり前だったのは我々が若い頃までの話。最近は正式な配偶者でさえ、一時のものでしかない愛人になっているのが悲しいですな。
私も歳を取って小言が多くなりましたな。あっはっはっ!」



無事に晩餐会と舞踏会を終え、イオル様に国中の街をくまなく廻って治療院を開いて頂いた後、国内からはイオル様と招いた陛下への感謝の言葉が領主から伝わって王宮にも届いた。
会議の場でその報告を聞いた陛下は、嬉しそうな顔をした直後に険しい表情になってしまった。




「はぁ。イオル殿の引退は覚悟していた事だが、懇意にしている『白い渡り鳥』殿が居なくなってしまった。
最近立ち寄って頂けた『白い渡り鳥』殿は、ごく僅かで余り親しくはないからな…。

懇意の『白い渡り鳥』殿を積極的に作らなければならんな。少し離れた場所にいらっしゃる方にもお招きする手紙を精力的に送るようにしよう」



その言葉を実行すべく、カケラを交換した全員にお招きする手紙を送り続けたが、なかなか良い返事は返ってこなかった。











その翌年。


サジェルネ殿下が16歳の誕生日を迎えると、殿下が成人を迎える2年後に王太子として指名されることが決定した。




王族は16歳から成人前までの2年間は国内での催しや賓客への顔合わせを行い、18歳の成人を迎えると正式に王太子として指名され、国外に出て外交デビューを迎える。

これから殿下も次期王太子としてパーティーや祝賀の行事に参加出来ることになり、早く参加する機会がないかそわそわし始めた頃、手紙を送った1人の『白い渡り鳥』様から返事が返ってきた。





「陛下、ご報告です。『白い渡り鳥』のルイフェア・ユーグ様が来て頂けるそうです!」



「そうかそうか。宰相良くやった。早速準備に取り掛からねばな。神官長、ルイフェア殿の情報はどうなっておる?」


宰相様から報告を聞いた陛下が手を叩いて褒め称えると、その場にいた神官長に話を振った。





「ルイフェア様はキジュベットの御出身の40歳で、比較的穏やかな気性で、ワインは種類を問わずにお好きな方だそうです」


神官長は手に持った書類を見ながらそう報告すると、その書類を宰相様に手渡した。





「そうかそうか。では王宮のワインを貯蔵庫から出してくるように。何人お連れだ?」




「奥方を含め4人お連れするそうです。ルイフェア様を含めると5名です」




「そうか。では奥方だけでなく他のお相手もしっかりもてなすようにな」





そして返事を貰って1ヶ月後。
王宮前に2台の馬車で到着したルイフェア様一行を、陛下自ら王宮の正門に出てお迎えになった。


一際豪華な馬車から降りてきたのは、ルビー色の長い髪を無造作に垂らした上品な黒いスーツを着こなした壮年の男性だ。
その後ろからは、長い金の髪に輝かしい宝石が散りばめられた髪飾りを差した美女が出てきて、もう1台の豪華な馬車からも3人の美女が降りてきた。


どの女性も胸が強調された艶めかしいワンピースを着ていて、すぐにルイフェア様を取り囲んで寵愛を競い始めたのだが、彼女達の一挙手一投足に目のやり場に困る兵士が続出した。





「ようこそおいで下さいました」


流石に場数を踏んでいる陛下が女性を気にすること無くルイフェア様に近寄ると、女性達は名残惜しそうにルイフェア様から離れて一歩下がった。





「手厚い歓迎をありがとうございます」


王宮の中を女性達にまとわり付かれながらも楽しそうに歩くルイフェア様は、年齢よりも若々しく見える。
歩いていようが立ち止まろうが、ルイフェア様に身体を押し付けては火花を散らして寵愛を競う女性達は、人の目を気にしたり恥ずかしいと思わないのだろうか。





その日の夕方から始まった晩餐会の席では、陛下の向かいにルイフェア様が座り、陛下の両隣に2人のご側室、ルイフェア様の右側に奥方、左側に3人の愛人が並んで座った。


流石身分の高い方のお相手というべきか、胸元が大きく開いたドレスや、艶めかしい足が見えるスリットの入ったドレスなど、目のやり場に困る様な装いを完璧に着こなし、場に映える女性達だった。




世間話から始まった和やかな晩餐会では、事前の情報通りルイフェア様はワインをリズム良く飲み気持ちよく酔われている。
今まであまり親しい関係を築けていなかったが、ルイフェア様の様子にその場に居た者達はホッとした空気が流れた。






「洗礼後の挨拶回り以来ですが、こちらのワインは本当に美味しいですなぁ」



「光栄です」



「金細工のグラスで飲むと美味しさが増しますとは知りませんでした。流石マードリア、美味しい飲み方をご存知なのですな。
あぁ、そうだ。紹介が遅れました。こちらは私の妻のサニエです。こちらが愛人のラナ、ユシェット、エカデリです」



ルイフェア様の連れている4人の女性達は、目のやり場に困るようなドレスを着ていても、周囲を伺う仕草や立ち居振る舞いから見て軍の教育を受けているのが分かる。見た目から想像する年齢から考えれば、現役時代はせいぜい下級兵士の上の方くらいだろうか。








「あの」


和やかな話が交わされていると、陛下の席から少し離れた場所に座るサジェルネ殿下が短く声を出した。
思いがけない声に、その場に居た者達は口を閉ざして声の主である殿下に視線が集中した。






「ルイフェア様の奥方以外の方は、なぜ伴侶ではなく愛人でいらっしゃるのですか?」



サジェルネ殿下がそう質問すると、周囲は凍り付いた。



殿下は宰相様から『白い渡り鳥』様についての授業を受けたと聞いている。
確かになぜ伴侶が居なくなり、配偶者でさえ愛人になったのかは気になる事ではある。

でも、プライベートな上にデリケートな内容は気になっても口に出さないのがマナーだし、『白い渡り鳥』様は身分の高い上に不興を買うようなことは慎まなければならないはずなのに。



サジェルネ殿下にはそのマナーが身についていなかったらしいが、これは殿下がベテラン家庭教師の話を聞いていなかったのだろう。






誰もが沈黙するという凍りついた空気が流れた時。







「あっはっはっはっ!」


気持ちよく酔いが回ったルイフェア様は、子供の言うことだと思ったのか大きな声で笑い始めた。





「そうですな。伴侶ではなく愛人ですな。便宜上妻を迎えていますが、いつまでこのサニエが妻でいるかは分かりません」


ルイフェア様がそこで区切ると、サジェルネ殿下は首を傾げていた。
この様子から、マナーだけでなく『白い渡り鳥』様の知識の授業も頭に入っていないのではないかと思った宰相様は、完全に顔色を無くしていた。





「行く先々で女性を紹介されるのですが、妻を決めているからと断っても、『優秀な能力と魅力を兼ね備えた方は、望む者に寵愛を与えて心に癒やしを与えるのも貴方様の務め。だからこそ限られた者のみが許された特権なのですよ』と言われてしまうと、断りきれませんでねぇ。
それに好みの相手を紹介されるので、ついつい目移りして妻を1人に決めきれないし、愛人の数も増えてしまうのですよ。


昔は1度妻や伴侶を決めると滅多に離婚や離縁はなかったらしいのですが、今の時代、こうして寵愛を与えることも我々の仕事になりましたので、変わらない相手を持つと人数が増えるたびに軋轢が生じ、やがて私も抱えきれなくなります。
ですから例え妻を選んだとしても、一時の相手である愛人の方が都合が良いのですよ。あっはっはっはっ!」



サジェルネ殿下の爆弾質問は何とか笑い話になったが、陛下や宰相らは頭を抱えていた。







晩餐会がなんとか和やかな空気で終わると、国内の貴族が集まったホールに場所を移して舞踏会の時間が始まった。



1曲目は1番身分の高い御夫婦のみが踊ることになるが、陛下は王妃様がいないので最初のご側室と、ルイフェア様は奥方と踊った。来ていた貴族達も踊り始める2曲目は、陛下は誰とも踊らなかったがルイフェア様は愛人の1人と踊った。


それ以降は残りの愛人と順に踊ったルイフェア様は、陛下の隣に用意された2人がけの席に奥方と並んで座った。その後ろに用意された愛人3人がそれぞれ座る1人がけ椅子があったが、彼女達はそこには座らなかった。


彼女達は、ワインを飲み始めたルイフェア様の座る椅子にある隙間に身体を滑り込ませ、奥方と愛人の女性達が押し競饅頭状態で座った。
その中心にいるルイフェア様が苦しくないように彼女達は気をつけて居るようだが、ドレスが捲り上がっても人目を気にすること無く折り重なって座って、見ているこっちが苦しくなる。



ルイフェア様に用意されたのは大きめの椅子だが、流石に5人座ることを予定されていないため見る者を呆然とさせる光景だ。



普通なら配偶者、伴侶、愛人を序列して示すために、陛下の隣には夫婦の座る1人がけ、もしくは2人がけの椅子が用意され、その後ろに伴侶、そのまた後ろに愛人が座る椅子が配列される。
こんな風にみっともなく座るなんて、初めて見る光景だった。








貴族達がダンスを踊る中、愛人達と奥方は互いに敬意を払うことなく、ルイフェア様の気を引こうと一生懸命に競い始めた。




「ルイ様、こちらのワインも美味しいですけど…。私、故郷ユードルゼのワインが恋しくなりました。ご案内しますから私の祖国にも足を運んで下さいませ」





椅子の中央に座るルイフェア様の右隣の愛人が、猫撫で声でそう言うと彼の頬に口付けた。もし私なら、こんな大衆の面前では恥ずかしすぎて、ナディアであっても突き飛ばすか逃げ出してしまいそうだ。

陛下の御前と言うのに、いたたまれないほどのその様子に、流石の陛下も貴族達も将軍達も苦笑いだった。







「この前行ったばかりだろう?」



「その時にはまだ今年のワインが出来上がっていませんでしたけど、もう出来上がっている時期ですもの。季節の物は美味しさも格別ですから、是非行きましょうよ。ルイ様がお好きな味に仕上がっていると思いますの」



「それなら私の祖国セゼルにも足を運んで下さいませ。ワインにとても合うチーズがありますの。ワインを買ったら次はセゼルで決まりですわ。ね、ルイ様」


負けじとルイフェア様の左にいた奥方が、彼の手を取って豊かな胸に手を持って行っていた。

こんな場所でやらず、客室でやってほしい光景に苦笑いどころか全員が視線を外した。






「そうだなぁ。確かにチーズも悪くないな。なら、ユードルゼに行ってワインを買ったらセゼルに行こう」



「ありがとうございます。うふふっ」


行き先が穏便に決まったからなのか、女性達はルイフェア様の頬に両方からキスをしていた。
他の女性達はそれを悔しそうに見ていたのが印象的だった。






それからしばらく居たたまれない状況が続くと、おもむろにルイフェア様が椅子から立ち上がった。



「では、そろそろ部屋で休ませていただきます。素晴らしいもてなしをありがとうございます」



「そう言って頂けて光栄です。では、おやすみなさいませ」


陛下に挨拶して歩きだしたルイフェア様に続くように、ギュウギュウ詰めで座っていた女性達が取り囲んで、彼の腕に我先にと絡みついていた。







「ルイ様ぁ。今晩は誰を呼んで下さいますの?」



「そうだなぁ。ならサニエとエカデリにしようか」



「やったぁ!」



「私、ルイ様に呼んで貰うの久しぶりですから頑張りますわ!」


全員が露骨にルイフェア様に身体を押し付けているという歩きにくい状況にも関わらず、部屋に案内する兵士の後をルイフェア様は気にせずにスタスタと歩いて行った。






「凄い…ですね」


ルイフェア様の後ろ姿が見えなくなると、思わず隣に居た上官に呟いていた。
自分に目をかけてくれる上官は、自分のすぐ近くに身を寄せると小声で喋りかけてきた。




「ルイフェア様は態度が丁寧だからまだマシなほうだ。他の『白い渡り鳥』様の中には陛下の御前でさえ、今以上の露骨さでイチャつく者もいるし、王族にも横暴な態度をする者もいる。
目の飛び出るような額の対価を要求するとか、診療拒否ばかりだとか王宮に苦情が来ることもあるが、治療中も人目を憚らないのは『白い渡り鳥』様には共通のことだ。

あの方は、治療時間が僅か3時間だけ、治療中もワインを飲みっぱなしでずっと酒臭いというが仕方がない」





「そ、そうですか…」






無事に舞踏会も終えて、殿下と一緒に部屋へ戻る廊下を歩いていると、殿下は目を輝かせて私を見てきた。
晩餐会で頭を抱える質問をした殿下には、今後もう一度教育を受けさせられるだろう。もう2度と空気の読めないことを言わないように、しっかり教育していただかねば。



「ジルヘイド。ルイフェア様は男らしくてカッコよかったな」




「え?どの辺に男らしさを感じられましたか?」




「やっぱり優秀な者だからこそ多くの愛人を侍らせているんだな。『望む者には寵愛を与えて心に癒やしを与えるのも我々の務め』って言い切れる姿が男らしい!あれこそ理想だ!」




「そう、ですか…」


殿下以外はそう思っていないと思うが、流石にそれは言えなかった。



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