天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

10.試される若き王

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■■■前書き■■■
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更新お待たせしました!
今回は前半がポルペアの筆頭将軍ジルヘイド視点、後半がトルベ王太子と筆頭将軍が会話している場面のお話です。
■■■■■■■■■

スーランにある公邸に到着すると、時間を置かずにトルベから会談の申し込みがあった。この国はサザベルと海を挟む島国の一つで、サザベルとは敵対関係にあるが、我が国とはこれまで当たり障りのない関わりしかしてこなかった国だ。
断る理由もないからと申し出を受け、指定された時間より少し前に先方が用意した高級レストランに向かったのだが。個室に入るともぬけの殻で、トルベ側は場所を整える文官すらいなかった。随分と侮ってみられていると思いながら、陛下も立ったまま待ち、やがて義理は果たしたと言える時間が過ぎた。そして、帰ろうと視線で話し始めた頃に、トルベの王太子らが悪びれた様子もなく入ってきた。
陛下の兄王は誰もいない時点で怒り散らしながら帰るような人だったから、この行動は年若い陛下がどう反応するのかを試す目的だったらしい。相手はもう40歳後半の経験豊富な王太子。敢えてこのやり方を取るあたり、この国とは友好関係は築けないだろう。


「お待たせして申し訳ありません。はじめまして。ユードラ・エンゲート=トルベです。陛下には以前からお会いしたいと思っておりました」

「はじめまして、エルシード・オルフェウス=ポルペアです。お会い出来て光栄です」

定型的な挨拶を終え、縦長のテーブルに向かい合う形で座ると、トルベの王太子は陛下と当たり障りのない雑談をしながら、品定めするように念入りに見ている。

トルベを始めとした島国は、近隣の島国を侵略して領土の拡大を目論んでいるが、『大国サザベルから領土を奪った』という華々しい武勲を求めて、サザベルへの侵略にも熱心なものの、残念ながら一度も成功していない。思うようにいかず歯痒い思いをしていた島国だったが、難民たちが母国と似た気候で、経済的にも恵まれたサザベルへと向かうこと。大国として余裕ある姿勢を見せるため、難民を強制的に追い出したりしないことを利用し、敢えて強権的な統治を行なって多数の難民を出すと、紛れ込ませた暗部が扇動し、独立を求めて暴動を起こさせるようになった。
そのため、サザベルでは度々暴動と侵略戦が同時に起こり、人員が割かれることになったのだが、やはりサザベルの将軍らには力及ばず失敗し、また、ディネードには相当の被害を伴った返り討ちにあっていた。
しかし、これからのサザベルはその注意を隣接するウィニストラに向けることになるため、緊張する国境に兵士を多く配置し、ディネードが海側の戦場や暴動の鎮圧に来る機会は少なくなると期待できる。それだけでも朗報だったが、ディネードすら簡単に倒すことができる手段を明らかにしてくれたと、彼らはトラントに感謝しているだろう。


「マードリアの時代はサザベルと強固な関係を結ばれておりましたが、今後はどのような関係を目指しておられるのですか?」

「隣国として誠実に接するだけです」

「マードリア最後の王妃はサザベル王の愛娘でしたから、クーデターの混乱に巻き込まれ、不運にも命を落としたと一報が出た時は、サザベル王の悲嘆は海を越え、我が国まで聞こえておりました。そのような状態では、再び友好関係を築くのは難しいのではないかと心配しておりましたが、今後はウィニストラに泣きつくおつもりですか?」

「自国のことは自国で解決するつもりです」

「そうですか。偶然に起きた不運な結末だとしても、サザベルは報復に出る可能性も十分考えられますから、陛下の身の回りに危険が及ばぬよう、気をつけねばなりませんな」

クーデターはあくまでも国王もしくは首謀者の命で終わらせるものだから、王妃といえど生かしておくのがルール。だがあのような目に遭わせた原因の1人である王妃を生かしておくつもりなど微塵もなかったし、サザベルとの関係が悪くなろうとも誰も後悔していない。クーデターの混乱で偶然・・命を落とすことは、よくあることだ。
そして、それによってサザベルの報復が行われる可能性は承知の上。陛下の身の安全には気を配っているし、王族や重臣はもちろん、貴族や大商人達も近付いてくる者達には警戒している。こういうありがた迷惑な助言をいくつかされた後、王太子は金の話を始めた。


「金の取引量なのですが、支払いを猶予する形でいくらか融通して頂けませんか?」

「申し訳ありませんが、そういった形での取引は長年の国交がある国のみとさせて頂いております」

金の取引はその場での支払いが基本。その場にない現金以上の額と金を交換するのは、古くから交流のある友好国だけ。失礼な態度を取っているというのに、トルベは友好国になりたいのだろうか。


「私には国一番の美しさと聡明さを兼ね備えた娘がおりまして。年齢も丁度良いですし、陛下のお役に立てることを保証いたしますので、友好の証として陛下の元へ輿入れさせて頂けませんか?」

トルベから縁談は持ち込まれてなかったが、ここでその話を持って来たか。
重臣をそのまま引き継いだこと、陛下が思った以上に若かったことから、「傀儡の王」と見くびり、陛下が挑発に乗らず冷静に話していても、本質は兄王のような手に負えない我儘な人物だと評価したのだろう。この王太子は人を見る目が養われていないし、人の意見にも耳を貸さないような自意識過剰な人物のようだ。


「申し訳ありませんが、私には決めた方がいますので」

「そうでしたか。結婚式はいつ頃のご予定でしょうか」

「お相手の事情がありますので」

「一国の王を待たせるとは、なんと罪深い方でしょうか。建国の祝賀には娘も連れて行きますので、是非紹介させてください」

こういった話が来るのは予想済みで、会談した多くの国から申し込まれた。だから、陛下にそんな相手などいないが、架空の存在を作り上げて対応することにした。相手が誰なのか、というのが聞きたいのが本心だろうが、王族としての振る舞いが出来る者なら、野次馬のようなことはしない。しかし、いつまでも王妃が不在という状況には出来ないから、1日でも早く相手を見つけて欲しい。


「そうだ。貴国にはシェニカ様が訪問されたことがあるとか。我が国を含め、一度も訪問がない国が多い中、2度もご訪問があるなんて羨ましい限りです。どのようにすればお招きできるか参考にさせて頂きたいので、訪問があった時の記録を見せていただけませんか? もちろん、ご要望のものを用意いたします」

「申し訳ありませんが、いかなる対価を示されようと、そのお話にはお応えできません」

「シェニカ様の情報は、世界中の国々が欲しいと願っている大変重要なものです。内政や外交、防衛に関する情報であれば、流出した際の影響は計り知れませんが、シェニカ様の情報は外に漏れ出ても国への影響はほとんどありません。むしろ世界のためにも、情報は出し惜しみしてはならないと思いますよ」

「我々にとってシェニカ様は非常に大事な方です。その存在の偉大さ、情報の重要性をよく分かっているからこそ、このような判断をしております」

「国を導く者には、ときに思い切った決断も必要です。陛下の気が変わった際には、是非最初に我が国へお声がけください」

神殿が作った記録には、シェニカ様が町長や一般人と話した内容、食べたもの、買ったものなど、人となりが分かる内容もあったが、シェニカ様を襲った時の詳細なものもあった。神官長が世界中の神殿に送った報告書には要点のみしか記載されていなかったが、元となった記録のあまりに生々しい内容に、自分と陛下、宰相様の3人を除く者には見せられなかったし、自分達も熟読することは出来なかった。
トルベをはじめ、他国はこの記録を欲しがっているが、この記録は絶対に外に出せない。流出や盗難を防ぐために、速やかに焼却処分を行ったが、その罪が残り続けるよう、『我々はシェニカ様に対し消えぬ罪を犯したことを心から謝罪し、責任を持って贖罪を行う』という誓いを立て、公式な記録に残した。
また、詳細を知っている者からの情報流出を阻止するため、襲った本人はもちろん、関わった者、詳細な記録を読んだ者達も断罪し、全員同罪として極刑に処した。
シェニカ様にはこういった結果を伝え、フェアニーブでは自分と陛下が直接謝罪する予定だが、それで済むはずもない。個別の面会を申し込んでも断られる可能性は十分あるし、茶会でお会い出来てもまともに話すことが出来なくても仕方がない状況だ。

兄王の狼藉の一件だけでなく、さらに一生の傷になるような事件まで起こしてしまったが、誠心誠意を尽くして謝罪し罪を贖いたい。そして、大きな恩に報い、彼女の力になりたいと本気で思っている。
許してもらえなくても、治療してもらった感謝と謝罪の気持ちが少しでも伝われば良いのだが…。




ポルペアとの会談を終え、公邸に戻ったトルベの王太子は、ソファにどっかり座ると側仕えが出したワインを一気に飲み干した。すぐに出された2杯目のワイングラスを手に取ると、王太子は目の前に座る筆頭将軍に視線を向けた。


「終始冷静を装っていたが、中身はあの無能な兄王と同じだな。サザベルはどう動いている?」

「暗殺する気で動いています」

「王を暗殺したところでサザベルに組み込むことなど出来ないだろうに。また併合させる方向で動くつもりだろうか」

「ポルペアの周辺国に協力して侵略させ、領土の一部を割譲させるのが目的かと思われます」

「ということは、サザベルはウィニストラだけでなく、ポルペアにも注意が向くな。サザベルの領土を奪うなら、その間が一番やりやすいな」

「そうですね」

「あとは『聖なる一滴』を手に入れるだけだが。相手はアーキスで大丈夫なのか?あいつは背が低い上に、顔もパッとしないではないか」

「シェニカ様は傭兵やディスコーニのどこを気に入ったのか分からないので、身長が問題になるのか分かりません。確かに容姿端麗でも黒彩持ちでもありませんが、年齢、適性から考えて彼が一番適任だと思います」

「アーキスよりも私の方が相応しいと思うが、私くらいの年齢の男を好んでいるような情報はないのか?」

「情報が少ないので何とも言えませんが、今のところ相手は若い男ばかりです」

「異性関係についての報告書などはないのか?」

「神殿の記録によると、シェニカ様が特定の男と付き合うようになって以降に訪問したのは、ギルキア、アビテード、ウィニストラの3国です。ギルキアは当たり障りのない情報しか売っていませんし、2国は秘匿しています」

「アビテード、ウィニストラは難しいとして、ギルキアから記録を盗み出せないか?」

「現在、ギルキアの王宮内は緊張状態にあります。状況が落ち着くまで待った方が良いと思います」

「悠長に構えるだけでは、他国に出し抜かれるではないか。何とかして有益な情報を手に入れろ」

「静観して漁夫の利を得るのも戦略の一つです。最後に笑うのが我々であれば、その間の苦痛も忘れられるというものです」

「確かにそうだが。待ち続けるのは性に合わん。茶会の席で私に靡いている様子があれば、アーキスではなく私を推せよ」

「ええ、もちろんです」

懐から手鏡を取り出し、あらゆる角度から自分の顔を確認する王太子に気付かれないよう、筆頭将軍は小さくため息を吐いた。
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