天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第20章 渦紋を描く

3.フシュカード女王の眼識

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■■■前書き■■■
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今回のお話は、4年前にクーデターにより出来た新興国フシュカードの女王視点となっております。

※レオンは「ウィニストラが警備してるなら、俺の出番はないだろ。肩が凝るような場所は、あんまり好きじゃねぇんだよな」ということで、宿でお留守番をしています。
■■■■■■■■■

「陛下。カテリナだけでは心許ありません。私をサポート役として同席させてくださいませ」
「その必要はない」
「ですが!」
「心配する気持ちは受け取るが、私が良いと言っているのだ。信じろ」

ウィニストラの一行が我が国の首都に立ち寄る際、シェニカ殿とも会談を行いたいと申し込んだが、面識がないということで断られてしまった。この機会を逃したくはないが、しつこく申し込んでも印象が悪くなる。断られることを覚悟の上で身内だけの茶会の提案をしたら、なんと出席すると返事をもらえた。それは喜ばしいことであったのだが、ウィニストラとの会談の際に、ウィニストラの王太子妃が、シェニカ殿と親しくなった上にカケラの交換もしたと聞いたために、一度は抑え込んだ外野が再び騒がしくなってしまった。


「カテリナ。無理をする必要はありません。自然な流れに任せるのですよ」
「はい。陛下のご期待に添えるよう、頑張ります」

孫娘のカテリナを執務室に呼び出すと、一通りの流れを確認して共に王宮の庭園へと向かった。
この子は7歳という年齢ではあるが、自分の意見を持って行動できる上に、母親に似て高い演技力と優れた容姿を持っている。カテリナを出席させることは不安だと、王太子は手紙に書いていたが、王としての資質を最も備えているのは彼女ではないかと、私や宰相は期待している。今回、難しい仕事を与えることになるが、彼女であれば期待に応えてくれるだろう。


「マリーサ、座っていなさい。無理は禁物ですよ」

庭園にやってきた私を見て立ちあがろうとした王太子妃マリーサに声をかければ、彼女は大きなお腹を優しく抱えて座り直した。呼吸がしにくそうではあるが、顔色は良いようだし、まだ予兆は訪れていなさそうだ。だが、いつ来るか分からない以上、静かで落ち着ける場所で無理なく過ごした方が良い。


「ご心配ありがとうございます。体調も落ち着いておりますので、ご挨拶の時間ほどであれば大丈夫かと。カテリナ、しっかり務めを果たすのですよ」

「はい、お母様」

身内だけの茶会となれば配偶者や直系の血族が出席するが、私が再婚していないから王配は不在。王太子はフェアニーブに行って不在、いつ出産の時を迎えてもおかしくないマリーサは欠席しなければならない状態だ。次代を担う2人に代わって大きな功績を作り、影響力を持ちたいと考えた他の王族や貴族たちが、自分こそはと同席を願ったが、ウィニストラの王太子妃がどうやって懐に入り込んだのか不明なのに、上手くやれる自信はどこからくるのか。
かき集めた情報を元に、私とカテリナの2人だけが出席すると決定したのに、無能な者ほど不満と非難の言葉を飛ばしてくる。「裏付けのない自信で、数少ないチャンスを潰してきた国がほとんどだ。万が一不興を買った場合、その責任は取れるのか? 自分なら出来ると言える根拠を述べよ」と言えば、誰もが黙った辺り、何も考えていなかったのだろう。

クーデターが成功した後、閑職に追いやられた連中は、父王が侯爵であった頃の不倫と隠し子を暴き、玉座から引き摺り下ろすことに成功した。今度は私を引き摺り下ろして、手を組む叔父や叔母といった王族らを王にし、甘い汁を吸いたいようだが。仕事と責任を押し付けてばかりの歴代の大臣に長年操り仕え、立派な大臣に仕立てあげてきた上級文官をなめるな、と言ってやりたいところだ。



「シェニカ殿、私の家族を紹介します。こちらは私の息子、王太子リュートの妻マリーサです」

「シェニカ様はじめまして。フェアニーブに向かった殿下の代わりに、わたくしがご挨拶に参りました。素敵なお茶会に同席させて頂きたかったのですが、このような身なのでご挨拶だけとなりますが…。どうぞよろしくお願いします」

「妃殿下、初めまして。お身体は辛くありませんか。こちらこそどうぞよろしくお願いします」

「実は産み月を少し過ぎておりまして。いつ誕生の時が来てもおかしくない状態なので、わたくしはここで下がらせて頂きますが、お話し相手になればと娘のカテリナを連れて参りました」

「シェニカ様、はじめまして。カテリナ・ロメーニ=フシュカードと申します。どうぞよろしくお願いします」

カテリナがドレスをつまんで挨拶をすれば、シェニカ殿は温かく見守るような目をして微笑んだ。緊張が少し緩んだような反応に、ひとまず安心した。


「まぁ、とても可愛らしい。シェニカ・ヒジェイトと申します。こちらこそ今日はよろしくお願いします。何歳でいらっしゃるのですか?」

「7歳です」

「カテリナ。陛下とシェニカ様にご迷惑をかけてはいけませんよ」

「もちろんです」

「あと。お菓子が美味しいからと食べ過ぎてはいけませんよ」

「…はい。分かりました」

「ではわたくしはこれで失礼させて頂きます。ごゆっくりお過ごし下さいませ」
「妃殿下と御子が、共に健やかであられますように」

カテリナが菓子の誘惑に耐える、自信のなさそうな子供らしい返事をすると、シェニカ殿はクスクスと小さく笑った。やはり子供らしい態度は警戒心を下げるようだ。王族の子供として厳しく教育されているカテリナには、どうしても子供らしさが欠けてしまう。文官時代の伝手を駆使し、一般人に扮したカテリナを何日間か城下に行かせ、子供らしさを学ばせた甲斐があった。
年端も行かぬ子供を使うとは、という意見もあったが、生まれたばかりの赤子だろうと、王族として生まれたからには背負う使命がある。大人と違うのは、子供のうちは失敗が許されるというだけだ。


「我が国自慢のハーブティーを用意しています。シェニカ殿の口に合えばいいのですが」

マリーサが下がると、テーブルには私とカテリナ、シェニカ殿の3人のみが着席し、後方に赤い髪の護衛とディスコーニ、その腹心が控えた。エラルドから、シェニカ殿の恋人とされていた護衛とはそのうち別れるようで、今一番寵愛しているのはディスコーニらしいと聞いている。だが、彼らを着席させていないし、紹介もしない。ということは、どちらも対外的に紹介するような関係性ではないのだろう。
しかし、別れるつもりの男は連れてきて、雇い続ける傭兵を連れてきていないということは、この男に多少なりとも情が残っているのかもしれない。


「宿でハーブを使ったお料理などを頂きましたが、どれもとても美味しかったです」

「それは良かった。我が国の国民は総じて甘い味が好きでしてね。ハーブも甘みを感じるものや、甘味を引き立てる品種を多く作っているのですよ」

「そうなのですか。カテリナ様は、どんなお菓子が好きなのですか?」

「このザラメが入ったカステラが大好きです!」

「私も食べて良いですか?」

「もちろんです! カラメルのような味がするハーブが入っていて、すごく美味しいんです」

「あ、本当だ。美味しい!」

「お菓子に関しては、カテリナは誰よりも詳しくてね。新しいお菓子の試食会で、カテリナが『もう少し甘さを感じたい』『甘いハーブをもう少し増やして、スパイシーなハーブは少し抑えてはどうかしら』なんて助言をしているのを聞いた時は、驚きましたよ」

「カテリナ様はお菓子が大好きなんですね」

「そのうち自分でお菓子を作ってみたくて、時間がある時は厨房を見学しているのです。美味しいお菓子ができたら、是非シェニカ様にも召し上がって頂きたいです」

「その時は是非。きっと美味しいお菓子なのでしょうね」

「実は、本当に人が入れるお菓子のお家を作ってみたいと思ってるんです。毎年建国の記念日にはお祭りが開催されるのですが、その時に王宮前に飾って、最後はみんなで食べることが出来たらいいな、と思ってます」

「わぁ!それはいいですね! 子供達の喜ぶ顔が目に浮かびます」

「キャンディでこれくらいのステンドグラスを作ったり、パウンドケーキでレンガの壁を作ってみたいな、とか考えています」

「とても面白そうですね。完成が楽しみです」

お菓子を無邪気に頬張り、身振り手振りを使った『子供らしさ』で表現するカテリナのおかげで、空気は終始和やかで、シェニカ殿もにこやかなまま自然な会話が成り立っている。
他国から買った情報によれば、シェニカ殿は警戒心が高く、相手側の意図に敏感だが、子供には警戒心が緩む様子だった。そこで演技力のあるカテリナを抜擢したが、これはなかなか良い作戦であった。ここで「カテリナのお菓子が出来たら呼ぶからカケラを交換してほしい」と言い出すよりも、カテリナが成長した時に「幼い頃の約束です」と言った方が、真面目なシェニカ殿が足を運んでくれる可能性は高くなりそうだし、カケラの交換も叶うかもしれない。今は結果を求めず、自然な流れに任せて次に繋げた方が良い。
宰相は中身と額が釣り合わないと憤っていたものの、緊張と腹の探り合いになる最初の接触が、このように順調に進んでいるあたり、価値は十分にあると言えよう。どのような情報も、生かすも殺すも使う人間次第だ。


「首都の後ろにあるガルア湖では、泳いだり、小舟に乗って周遊出来るんです。天気のいい日は、水面がキラキラしていて、お魚がとっても気持ちよさそうなんです。一緒に泳げたら良いんですけど、実は水に顔をつけるのが怖くて…。今、お風呂で顔をつける練習をしているんです」

「苦手なことを克服しようとするなんて、素晴らしいです。カテリナ様もよく舟に乗っているんですか?」

「はい!風が強い日は漕がなくても勝手に進むのが面白くて。たくさん乗っています」

「楽しそうですね」

「舟から降りたら、湖畔の木の下でお弁当を食べるのが一番の楽しみなのです。紅茶みたいな香りのするハーブを生クリームに混ぜたフルーツサンドがすごく美味しくて、ついつい食べ過ぎて怒られてしまうんです。シェニカ様はどんな食べ物がお好きですか?」

「何でも好きですよ」

「お弁当に入れるなら、何を入れますか?」

「そうですね…。おにぎりと季節のフルーツですね」

「おにぎりの具は何が好きですか? 私は塩焼きにしたマールのほぐし身を混ぜたおにぎりが大好きです!」

「いいですね。私もマールの塩焼きが好きです」


こうして観察していると。愛人達を侍らせては乳繰り合う『白い渡り鳥』達とは違い、常識的で理性的な振る舞いをしているシェニカ殿には、古き良き『白い渡り鳥』達の姿が重なる。
シェニカ殿の治療院での様子、王族や貴族らとの関わり方などを聞いていると、ローズ殿が愛弟子と呼ぶだけあって、その影響を強く受けているように思う。現在の『白い渡り鳥』達のような節操のなさは好ましくないと思っていたが、高い能力の子を生み出す可能性が高くなるのなら、派手な異性関係は歓迎すべき恋愛観と言える。特に、シェニカ殿には沢山の子を生んでもらわねばならぬのだから、ローズ殿のように、たった3人としか結婚しなかったところまで似てもらっては困る。

エラルドに興味を持ってくれればと思ったが、その様子はないようだし、好みや相性もある。ディスコーニは他の男を許さないだろうが、今は仲睦まじい状態でもいつか必ず飽きが来る。シェニカ殿はまだ若いから、今は我が国に興味を持ってもらい、足を運んでもらうことに専念したほうがいいだろう。
子供の望みはジェネルド殿に期待したいところだが、我が国はこの方とも繋がりがない上に、シェニカ殿同様、欲しい情報がほとんどない。シェニカ殿の情報が秘匿されているのは、ローズ殿が直接管理しているからだと分かるが、なぜジェネルド殿の戸籍や妻らの情報は開示されていないのか。神官長に問いただすと、

「アビテードは『白い渡り鳥』様の減少を食い止めようとする懸念に賛同しないどころか、『治療出来る人がいると助かりますが、人数の減少は自然の流れなのだから仕方がない。まぁ、それも運命ですよ』と言ってのけ、首都だけでなく地方の末端の神殿まで非協力的なのです。
そのため、シェニカ様が訪問された時の記録は必要最低限のことしか書いていないようですし、情報の売買にも関与しません。ジェネルド様の情報を求めても、『ご本人の強い希望により戸籍は非開示としていますので、巷で出回っている話を集めるか、ご本人にお聞きください』と協力を拒否しています。ドルトネア、ジナをはじめとした国々が、危険を顧みずに首都の神殿に暗部を送ったそうですが、すべて失敗したそうです」

と言っていた。
ドルトネアの暗部は世界でも最強クラスと言われているが、その手練ですら失敗しているということは、アビテードの神殿にも厳重な警備がされているのだろうか。ドルトネアが失敗するほどだし、何が引き金になるか分からないから、我が国を含め多くの国が暗部を送ることはしないが、命知らずの国が運良く情報を盗み出す日が来ることを祈るしかない。その情報は非常に高額になるだろうが、それは仕方がないことだ。

自国から『白い渡り鳥』や黒彩持ちを輩出するのは、国防や影響力において非常に有利に働き、国の発展と安定に繋がる。宰相がまたボヤくだろうが、秘匿された情報が明るみになるまでは、各国が売り捌く些細な情報を積極的に集めるしかないだろう。
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