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第19章 再会の時
20.酒場にて
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今回はレオン視点のお話です。
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「貸しは高くつくぞ」
嬢ちゃん達がレストランから出そうだと感じ取り、ルクトを席に残して先にロビーに出た。
「はぁ~。まったくもってめんどくせぇ…」
ただの傍観者に徹しても良いが、今まで見たことがないくらい落ち込んでいるルクトを見ると、放っておくのは可哀想に思えたし、なにより湿気った顔を見続けるのもウンザリだ。今までの行動から、嬢ちゃんはディスコーニと半日しか一緒にいないようだから、このあと別行動になるだろう。誘うなら今が丁度良い。面倒なことはさっさと済ませてしまうに限る。
ソファ席でふんぞり返っている貴族の男女から、『傭兵風情が高級宿を使うな』と嫌悪を滲ませた視線を送られていると、ロビーに出てきた嬢ちゃんは、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「嬢ちゃん。もう寝るか?」
「部屋に戻ろうと思ってたけど、まだ寝ないよ」
「ちょっと酒場に飲みに行かないか?」
「うん、行く! ルクトは?」
「部屋でやることがあるらしい」
嬢ちゃんはルクトが別行動をすると聞いて、少し残念そうな顔をした。この様子だと、一緒に飲みに行くのは嫌ではないらしい。
「そっか。ディズ、酒場に行ってくるね」
「楽しんできて下さいね」
「お仕事頑張ってね」
笑顔で見送るディスコーニと別れ、嬢ちゃんを連れて酒場が連なる路地を進んだ。適当に入った酒場は、ちらほら空席はあるものの、傭兵や商人、兵士なども入り混じっていて、うるさいくらいに賑わっていた。
「とりあえずビールでいいか?」
「うん!」
酒とツマミを注文すると、少し離れた席に一般人の服を着た上級兵士達が数人座った。ディスコーニといる時のような大掛かりな警備はいないが、すぐに囲めるくらいの人数の私服の兵士がついてきて、店の入口辺りにも立っている。
嬢ちゃんが宿泊する宿は必ず最上階で、そのフロアと真下のフロアは貸切。護衛の俺たちには何もされないが、そのフロアに入ろうとする外部の者や宿の従業員は、入念に身体検査をされる。
貴族の護衛をした時とは比べ物にならないほど厳重なのは、嬢ちゃんがウィニストラにとって重要な客人だからなんだろう。
「かんぱーい!」
「乾杯」
酒とツマミが届くと、嬢ちゃんは無邪気な顔で乾杯と叫んだ。カチャンとグラスを合わせれば、嬢ちゃんはビールをごくごくと飲んだ。こうして見ると、多少大人びた感じはするが、以前と大して変わっていないようだ。
酒を1口飲んだ後、ツマミのクラゲの干物を適当な大きさに裂いて口に放り込んだら、見た目以上に弾力があって、豪快に奥歯で噛む羽目になった。濃い味付けが奥まで染み込んでいるから、かみ続けても味が出て文句なしに美味いと感動したが、もっと細かく裂かないと顎が疲れる。
「レオンと2人で飲むのは初めてだね」
「そうだなぁ。まぁ、こういうのもたまには良いだろ」
「このクラゲの干物、飲み込むまで時間がかかるけど美味しいね。こういうの初めて食べた」
「安い酒場にはよくあるツマミだが、ここのは格別に美味いな。嬢ちゃんは酒を飲む時、どんなツマミを食べるんだ?」
「枝豆とかポテトチップスとか、ウインナーとか入ったおつまみセットが多いかな」
嬢ちゃんと酒の話、ウィニストラで立ち寄った街で食べた料理の話など、他愛のない話をしてビールが半分になったころ、本題を切り出すことにした。
「色々あって、あいつとぎこちない関係になったと聞いたが、間違いないか?」
「うん…」
酒が回ってふわふわした様子だった嬢ちゃんも、あいつの話になると少し正気に戻った。いつか聞かれると思っていたようで、なんとも言えない表情で頷いた。
「なんとなく聞いたから、改めて説明してもらわなくて大丈夫だ」
「そっか」
「俺はあいつにも嬢ちゃんにも肩入れするつもりはないが、ポルペアに行くまでの間、変な空気になるのはやりにくい。それぞれ考え方も違うし、思うことも違うから、嬢ちゃんからも少し話を聞きたいんだが、いいか?」
「うん、いいよ」
「あいつと別れたのはどうしてなんだ?」
「ルクトを信用出来なくなって、好きだと思う気持ちがなくなったから…かな」
「嬢ちゃんは今あいつのことどう思ってる? 嫌いか?」
「好きでも嫌いでもないかな」
好きなら別れないし、嫌いなら護衛としても側におかないだろう。嬢ちゃんの正直な気持ちなんだろうが、嬢ちゃんに未練たらたらの様子を近くで見ているだけあって、あいつが可哀想に思えてくる。
「まぁ、なんだ。できるだけ中立な立場でいたいと思っているが、あいつとの付き合いが長い分、嬢ちゃんには分からずとも俺には分かることもある。だから聞いてくれないか?」
「うん」
「俺が知ってる戦場にいた頃のあいつは、基本的に誰ともつるまず、1人で行動していた。自分が最優先で、誰かのために動くことはしないし、他人の気持ちを考える必要もなかった。だから、我儘でも傲慢でも問題なく生きてこれた。
俺と嬢ちゃんが初めて会った時、真面目に護衛をやってるあいつが信じられなくて、主従の誓いで縛られた惨めな奴隷になったと思った。以前を知っているだけに、あいつが真面目に護衛をするのも、やり方は不器用だが、嬢ちゃんのことを考えて行動しているのも正直かなり驚いた。
自分が一番、誰にも干渉されたくない奴だったのに、そんだけ変わるってことは、嬢ちゃんの存在は強烈だったんだろうな」
嬢ちゃんはルクトと出会った頃でも思い出しているのか、両手で包んだグラスをジッと見ている。
「あいつからもらった手紙には、ふざけた内容が書いてあったが、付き合い出した2人が上手く行ってるのが伝わって安心してた。だから、今回会った時、あいつが見たことがないくらい後悔してたのも、2人が別れたことにも驚いた。
今、あいつは謝りたい、許してもらいたいって思っていても、嬢ちゃんに何か言えば護衛もクビになるんじゃないかと怖がって、1人で悶々と溜め込んでるんだ。あいつは顔に出さないようにしているから、平気そうに見えるかもしれないけど、その裏じゃ足りねぇ頭を抱えてるんだ。
あいつのこと、今でも許せないか?」
「許せたのかどうかは分からないや」
あいつがやらかす前、喧嘩していたわけでもなさそうだから、あいつの『八つ当たり』は間違いなく裏切り行為で、嬢ちゃんにしてみれば突如身に降り掛かった災難だっただろう。
些細なことで喧嘩や別れの原因になることだってあるんだから、別れてもおかしくないだろうが、いくら嬢ちゃんが律儀な性格をしていても、護衛として側に置くことにしたのは驚きだ。あいつ個人を信用できなくなっても、仕事ぶりは評価されていたんだろう。
「まぁ、あいつは前から嬢ちゃんに本気だったから、やっと付き合えるって浮かれて、調子に乗った結果、デカイ代償を払うことになったってことだ。
湿っぽくなっているが、嬢ちゃんが見てくれているのを感じれば、あいつも少しくらい前に進めるだろ」
「前から本気?」
嬢ちゃんはもともと鈍いっていうのもあるが、これでよく恋人という関係になったものだと不思議に思う。まぁ、ハンカチ1つ贈るのにも言い訳してた奴だ。自分から好きだと言う勇気がなかったから、嬢ちゃんを上手い具合に誘導したのだろう。
「トリニスタで俺と最初に会った時には、本気だったと思うが」
「そう、なんだ…」
嬢ちゃんは複雑な表情になると、グラスを見たまま無言になった。しばらく真剣な表情のままだった嬢ちゃんは、暗い顔になって小さなため息を吐いた。
「私のこと、本当に好きだったのかな」
「実感なかったか?」
「好きってちゃんと言われた記憶がないし、言って欲しいって言っても叶わなかったから。…手っ取り早く手を出せる相手、だったのかなって」
「それはないと思うぞ」
おいおい。あいつ、最後まで言わなかったのか? ただでさえ嬢ちゃんは鈍いんだから、言葉にしないと伝わらないって分かるだろ。そんな状態で寝るだけじゃ、嬢ちゃんじゃなくても都合のいい女じゃないかって思っちまうぞ。
「嬢ちゃんは他人の悪意は察せるが、好意には鈍いからな。あいつの愛情表現はすっげー偏ってるから、嬢ちゃんが分からないのは無理もない」
「愛情表現?」
「嬢ちゃんと寝るのが愛情表現なんだそうだ」
そう伝えると、何か引っかかりがあるのか、嬢ちゃんは困惑した表情になった。この反応から見て、あいつの唯一の愛情表現すら伝わってなかったらしい。どんな感じで付き合っていたのだろうかと思っていると、嬢ちゃんは悲しそうに目を伏せた。
「私が相手をしないと他の女抱きに行くぞ、って何度か言われたし…。私は愛情表現とは思えなかったけど」
はぁ?! あいつ、何言ってんだ?!
そんなこと言ったら、嬢ちゃんじゃなくても愛情表現だって思わねぇよ。ってか、なんで本気の相手にそんなこと言うんだ?
「私のどこが良かったんだろ」
「どこがって…」
フォローする言葉も見つからず、思わず視線が嬢ちゃんの真後ろの席に座る、フードを目深に被ったローブ姿の背中に向かった。何を話すのか気になってついてきた、小心者のあいつにはずっと聞こえているだろう。どういう心境でこの話を聞いているのだろうか。
「嬢ちゃんはあいつのどこが良かったんだ?」
「うーん…。子供に泣かれるし、人を寄せ付けない空気を出していることもあるけど、真面目に仕事してくれるし、意外と優しいところとか? なんだろう。あんまり覚えてないや」
好きだった記憶はあるのに、具体的なことが思い出せないなんて相当ショックだぞ。
それにしても、嬢ちゃんとやり直したいと強く願うあいつと、すっかり冷めた嬢ちゃんとじゃ温度差が激しい。俺は2人が恋人として付き合っているのを見たことないが、本当はそんな事実はなかったんじゃないかって疑うくらいだ。
未練たらしくなっているあいつが不憫に見えたが、何も伝わっていないまま災難に見舞われた嬢ちゃんは、それ以上に不憫だ。ってか、これじゃ別の男に気が向いてもしょうがない。ディスコーニの存在がなくても、遅かれ早かれ破綻していただろう。
あいつが今までの生き方を捨ててまで嬢ちゃんに本気だってことは、同じ世界で生きてきた俺には分かっても、嬢ちゃんに分からないのは仕方がないことだと思う。
ただ、あいつはそれが分からず、自分の態度で当然に伝わると思ったのかもしれないが、関係性が変わったからと言って、言葉にしないと伝わらない嬢ちゃんの性質が簡単に変わるわけがない。「好きだ」ってたった一言口に出せば済むことだし、冗談であろうと本気の相手に冷めるような言葉をかけるべきじゃない。そもそも愛情表現が『抱くこと』だけっていうのも問題なんだよ。言えないなら言えないで、もっとやり方あるだろ。
虫除けをすることで嬢ちゃんに自分しかいないと思わせ、さらに主導権を得るために『他の女を抱きに行くぞ』って言ったんだろうが…。そんなの逆効果にしかならねぇよ。というか、これでよく嬢ちゃんは付き合ってたな。
あいつが想像以上のポンコツでヘタレで、不器用で自己中すぎて、本格的に嬢ちゃんに同情する。
ただ、ここまでいかなければ、あいつは自分のダメさを受け入れなかったかもしれない。
「手放したくないくらい大事なら、剣の手入れをマメにするように、丁寧に愛情を持って扱うべきだ。ちゃんと言葉と態度で伝えるべきだったし、本気の相手に『他の女を抱きに行く』なんて冷めるようなことを、冗談でも言うべきじゃない。物と違って人間には感情がある。誰だって雑な扱いしかしない奴から離れ、大事にしてくれる者の方へ行く。嬢ちゃんの気持ちが冷めるのも仕方ない。
ただ、俺も今回初めて知ったが、あいつは思ってた以上に不器用みたいでな。嬢ちゃんに対してどうすれば良いのか分からなくなってるけど、謝りたい、許して欲しいって思って本気で反省してる。見た目は普通でも、そういう状態なんだってことだけは知っておいて欲しい」
「うん…」
あいつは今俺が言った前半が自分に向けたものだと分かるだろうし、案外しっかり反省できるみたいだから、あとで俺がいちいち話をしなくても自分で考えられるだろう。
人目を気にせず、好意をド直球に表すディスコーニのようになれとは言わないが、嬢ちゃんとやり直したいのなら、今までのような言動じゃ到底無理だ。
「まぁ、なんだ。中立だって言ったわりにあいつの肩を持ってるが。酒場でよく見る『失恋して落ち込む男』になってるのを見たら、慰めたくなってな。あいつも人並みに恋愛して、失恋して、色々気付いただろ。
人の気持ちを無理強いしたところで、良い結果に繋がりはしないから、あいつの気持ちに応えてやってくれとは言わない。でも、嬢ちゃんの気が向いた時でいい。俺が一緒でもいいから、飲みにでも誘ってやってくれ」
「分かった」
思い当たる節がたくさんあったのか、背中を丸めて小さくなった姿を見たら、無性に笑いがこみ上げてきて『わっはっは!』と豪快に笑った。嬢ちゃんはポカンとした顔をしたが、つられるように小さく笑った。
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嬢ちゃん達がレストランから出そうだと感じ取り、ルクトを席に残して先にロビーに出た。
「はぁ~。まったくもってめんどくせぇ…」
ただの傍観者に徹しても良いが、今まで見たことがないくらい落ち込んでいるルクトを見ると、放っておくのは可哀想に思えたし、なにより湿気った顔を見続けるのもウンザリだ。今までの行動から、嬢ちゃんはディスコーニと半日しか一緒にいないようだから、このあと別行動になるだろう。誘うなら今が丁度良い。面倒なことはさっさと済ませてしまうに限る。
ソファ席でふんぞり返っている貴族の男女から、『傭兵風情が高級宿を使うな』と嫌悪を滲ませた視線を送られていると、ロビーに出てきた嬢ちゃんは、嬉しそうな顔をして駆け寄ってきた。
「どうしたの?」
「嬢ちゃん。もう寝るか?」
「部屋に戻ろうと思ってたけど、まだ寝ないよ」
「ちょっと酒場に飲みに行かないか?」
「うん、行く! ルクトは?」
「部屋でやることがあるらしい」
嬢ちゃんはルクトが別行動をすると聞いて、少し残念そうな顔をした。この様子だと、一緒に飲みに行くのは嫌ではないらしい。
「そっか。ディズ、酒場に行ってくるね」
「楽しんできて下さいね」
「お仕事頑張ってね」
笑顔で見送るディスコーニと別れ、嬢ちゃんを連れて酒場が連なる路地を進んだ。適当に入った酒場は、ちらほら空席はあるものの、傭兵や商人、兵士なども入り混じっていて、うるさいくらいに賑わっていた。
「とりあえずビールでいいか?」
「うん!」
酒とツマミを注文すると、少し離れた席に一般人の服を着た上級兵士達が数人座った。ディスコーニといる時のような大掛かりな警備はいないが、すぐに囲めるくらいの人数の私服の兵士がついてきて、店の入口辺りにも立っている。
嬢ちゃんが宿泊する宿は必ず最上階で、そのフロアと真下のフロアは貸切。護衛の俺たちには何もされないが、そのフロアに入ろうとする外部の者や宿の従業員は、入念に身体検査をされる。
貴族の護衛をした時とは比べ物にならないほど厳重なのは、嬢ちゃんがウィニストラにとって重要な客人だからなんだろう。
「かんぱーい!」
「乾杯」
酒とツマミが届くと、嬢ちゃんは無邪気な顔で乾杯と叫んだ。カチャンとグラスを合わせれば、嬢ちゃんはビールをごくごくと飲んだ。こうして見ると、多少大人びた感じはするが、以前と大して変わっていないようだ。
酒を1口飲んだ後、ツマミのクラゲの干物を適当な大きさに裂いて口に放り込んだら、見た目以上に弾力があって、豪快に奥歯で噛む羽目になった。濃い味付けが奥まで染み込んでいるから、かみ続けても味が出て文句なしに美味いと感動したが、もっと細かく裂かないと顎が疲れる。
「レオンと2人で飲むのは初めてだね」
「そうだなぁ。まぁ、こういうのもたまには良いだろ」
「このクラゲの干物、飲み込むまで時間がかかるけど美味しいね。こういうの初めて食べた」
「安い酒場にはよくあるツマミだが、ここのは格別に美味いな。嬢ちゃんは酒を飲む時、どんなツマミを食べるんだ?」
「枝豆とかポテトチップスとか、ウインナーとか入ったおつまみセットが多いかな」
嬢ちゃんと酒の話、ウィニストラで立ち寄った街で食べた料理の話など、他愛のない話をしてビールが半分になったころ、本題を切り出すことにした。
「色々あって、あいつとぎこちない関係になったと聞いたが、間違いないか?」
「うん…」
酒が回ってふわふわした様子だった嬢ちゃんも、あいつの話になると少し正気に戻った。いつか聞かれると思っていたようで、なんとも言えない表情で頷いた。
「なんとなく聞いたから、改めて説明してもらわなくて大丈夫だ」
「そっか」
「俺はあいつにも嬢ちゃんにも肩入れするつもりはないが、ポルペアに行くまでの間、変な空気になるのはやりにくい。それぞれ考え方も違うし、思うことも違うから、嬢ちゃんからも少し話を聞きたいんだが、いいか?」
「うん、いいよ」
「あいつと別れたのはどうしてなんだ?」
「ルクトを信用出来なくなって、好きだと思う気持ちがなくなったから…かな」
「嬢ちゃんは今あいつのことどう思ってる? 嫌いか?」
「好きでも嫌いでもないかな」
好きなら別れないし、嫌いなら護衛としても側におかないだろう。嬢ちゃんの正直な気持ちなんだろうが、嬢ちゃんに未練たらたらの様子を近くで見ているだけあって、あいつが可哀想に思えてくる。
「まぁ、なんだ。できるだけ中立な立場でいたいと思っているが、あいつとの付き合いが長い分、嬢ちゃんには分からずとも俺には分かることもある。だから聞いてくれないか?」
「うん」
「俺が知ってる戦場にいた頃のあいつは、基本的に誰ともつるまず、1人で行動していた。自分が最優先で、誰かのために動くことはしないし、他人の気持ちを考える必要もなかった。だから、我儘でも傲慢でも問題なく生きてこれた。
俺と嬢ちゃんが初めて会った時、真面目に護衛をやってるあいつが信じられなくて、主従の誓いで縛られた惨めな奴隷になったと思った。以前を知っているだけに、あいつが真面目に護衛をするのも、やり方は不器用だが、嬢ちゃんのことを考えて行動しているのも正直かなり驚いた。
自分が一番、誰にも干渉されたくない奴だったのに、そんだけ変わるってことは、嬢ちゃんの存在は強烈だったんだろうな」
嬢ちゃんはルクトと出会った頃でも思い出しているのか、両手で包んだグラスをジッと見ている。
「あいつからもらった手紙には、ふざけた内容が書いてあったが、付き合い出した2人が上手く行ってるのが伝わって安心してた。だから、今回会った時、あいつが見たことがないくらい後悔してたのも、2人が別れたことにも驚いた。
今、あいつは謝りたい、許してもらいたいって思っていても、嬢ちゃんに何か言えば護衛もクビになるんじゃないかと怖がって、1人で悶々と溜め込んでるんだ。あいつは顔に出さないようにしているから、平気そうに見えるかもしれないけど、その裏じゃ足りねぇ頭を抱えてるんだ。
あいつのこと、今でも許せないか?」
「許せたのかどうかは分からないや」
あいつがやらかす前、喧嘩していたわけでもなさそうだから、あいつの『八つ当たり』は間違いなく裏切り行為で、嬢ちゃんにしてみれば突如身に降り掛かった災難だっただろう。
些細なことで喧嘩や別れの原因になることだってあるんだから、別れてもおかしくないだろうが、いくら嬢ちゃんが律儀な性格をしていても、護衛として側に置くことにしたのは驚きだ。あいつ個人を信用できなくなっても、仕事ぶりは評価されていたんだろう。
「まぁ、あいつは前から嬢ちゃんに本気だったから、やっと付き合えるって浮かれて、調子に乗った結果、デカイ代償を払うことになったってことだ。
湿っぽくなっているが、嬢ちゃんが見てくれているのを感じれば、あいつも少しくらい前に進めるだろ」
「前から本気?」
嬢ちゃんはもともと鈍いっていうのもあるが、これでよく恋人という関係になったものだと不思議に思う。まぁ、ハンカチ1つ贈るのにも言い訳してた奴だ。自分から好きだと言う勇気がなかったから、嬢ちゃんを上手い具合に誘導したのだろう。
「トリニスタで俺と最初に会った時には、本気だったと思うが」
「そう、なんだ…」
嬢ちゃんは複雑な表情になると、グラスを見たまま無言になった。しばらく真剣な表情のままだった嬢ちゃんは、暗い顔になって小さなため息を吐いた。
「私のこと、本当に好きだったのかな」
「実感なかったか?」
「好きってちゃんと言われた記憶がないし、言って欲しいって言っても叶わなかったから。…手っ取り早く手を出せる相手、だったのかなって」
「それはないと思うぞ」
おいおい。あいつ、最後まで言わなかったのか? ただでさえ嬢ちゃんは鈍いんだから、言葉にしないと伝わらないって分かるだろ。そんな状態で寝るだけじゃ、嬢ちゃんじゃなくても都合のいい女じゃないかって思っちまうぞ。
「嬢ちゃんは他人の悪意は察せるが、好意には鈍いからな。あいつの愛情表現はすっげー偏ってるから、嬢ちゃんが分からないのは無理もない」
「愛情表現?」
「嬢ちゃんと寝るのが愛情表現なんだそうだ」
そう伝えると、何か引っかかりがあるのか、嬢ちゃんは困惑した表情になった。この反応から見て、あいつの唯一の愛情表現すら伝わってなかったらしい。どんな感じで付き合っていたのだろうかと思っていると、嬢ちゃんは悲しそうに目を伏せた。
「私が相手をしないと他の女抱きに行くぞ、って何度か言われたし…。私は愛情表現とは思えなかったけど」
はぁ?! あいつ、何言ってんだ?!
そんなこと言ったら、嬢ちゃんじゃなくても愛情表現だって思わねぇよ。ってか、なんで本気の相手にそんなこと言うんだ?
「私のどこが良かったんだろ」
「どこがって…」
フォローする言葉も見つからず、思わず視線が嬢ちゃんの真後ろの席に座る、フードを目深に被ったローブ姿の背中に向かった。何を話すのか気になってついてきた、小心者のあいつにはずっと聞こえているだろう。どういう心境でこの話を聞いているのだろうか。
「嬢ちゃんはあいつのどこが良かったんだ?」
「うーん…。子供に泣かれるし、人を寄せ付けない空気を出していることもあるけど、真面目に仕事してくれるし、意外と優しいところとか? なんだろう。あんまり覚えてないや」
好きだった記憶はあるのに、具体的なことが思い出せないなんて相当ショックだぞ。
それにしても、嬢ちゃんとやり直したいと強く願うあいつと、すっかり冷めた嬢ちゃんとじゃ温度差が激しい。俺は2人が恋人として付き合っているのを見たことないが、本当はそんな事実はなかったんじゃないかって疑うくらいだ。
未練たらしくなっているあいつが不憫に見えたが、何も伝わっていないまま災難に見舞われた嬢ちゃんは、それ以上に不憫だ。ってか、これじゃ別の男に気が向いてもしょうがない。ディスコーニの存在がなくても、遅かれ早かれ破綻していただろう。
あいつが今までの生き方を捨ててまで嬢ちゃんに本気だってことは、同じ世界で生きてきた俺には分かっても、嬢ちゃんに分からないのは仕方がないことだと思う。
ただ、あいつはそれが分からず、自分の態度で当然に伝わると思ったのかもしれないが、関係性が変わったからと言って、言葉にしないと伝わらない嬢ちゃんの性質が簡単に変わるわけがない。「好きだ」ってたった一言口に出せば済むことだし、冗談であろうと本気の相手に冷めるような言葉をかけるべきじゃない。そもそも愛情表現が『抱くこと』だけっていうのも問題なんだよ。言えないなら言えないで、もっとやり方あるだろ。
虫除けをすることで嬢ちゃんに自分しかいないと思わせ、さらに主導権を得るために『他の女を抱きに行くぞ』って言ったんだろうが…。そんなの逆効果にしかならねぇよ。というか、これでよく嬢ちゃんは付き合ってたな。
あいつが想像以上のポンコツでヘタレで、不器用で自己中すぎて、本格的に嬢ちゃんに同情する。
ただ、ここまでいかなければ、あいつは自分のダメさを受け入れなかったかもしれない。
「手放したくないくらい大事なら、剣の手入れをマメにするように、丁寧に愛情を持って扱うべきだ。ちゃんと言葉と態度で伝えるべきだったし、本気の相手に『他の女を抱きに行く』なんて冷めるようなことを、冗談でも言うべきじゃない。物と違って人間には感情がある。誰だって雑な扱いしかしない奴から離れ、大事にしてくれる者の方へ行く。嬢ちゃんの気持ちが冷めるのも仕方ない。
ただ、俺も今回初めて知ったが、あいつは思ってた以上に不器用みたいでな。嬢ちゃんに対してどうすれば良いのか分からなくなってるけど、謝りたい、許して欲しいって思って本気で反省してる。見た目は普通でも、そういう状態なんだってことだけは知っておいて欲しい」
「うん…」
あいつは今俺が言った前半が自分に向けたものだと分かるだろうし、案外しっかり反省できるみたいだから、あとで俺がいちいち話をしなくても自分で考えられるだろう。
人目を気にせず、好意をド直球に表すディスコーニのようになれとは言わないが、嬢ちゃんとやり直したいのなら、今までのような言動じゃ到底無理だ。
「まぁ、なんだ。中立だって言ったわりにあいつの肩を持ってるが。酒場でよく見る『失恋して落ち込む男』になってるのを見たら、慰めたくなってな。あいつも人並みに恋愛して、失恋して、色々気付いただろ。
人の気持ちを無理強いしたところで、良い結果に繋がりはしないから、あいつの気持ちに応えてやってくれとは言わない。でも、嬢ちゃんの気が向いた時でいい。俺が一緒でもいいから、飲みにでも誘ってやってくれ」
「分かった」
思い当たる節がたくさんあったのか、背中を丸めて小さくなった姿を見たら、無性に笑いがこみ上げてきて『わっはっは!』と豪快に笑った。嬢ちゃんはポカンとした顔をしたが、つられるように小さく笑った。
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