天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第13章 北への旅路

11.関わりたくない人達

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午後の治療院を開くと、いつも通り沢山の患者が治療を求めてやってきた。
ここは商人街だけあって患者は商人と傭兵が多いから、商人にありがちな腰痛から、片方の耳の聴力を失った傭兵の再生の治療まで、今日も色んな治療を施した。

そんな中で、変わった症状を訴える若い男性商人が来た。


「シェニカ様。身体がムズムズして堪らないんです」


「ムズムズ?虫にでも刺されたんですか?この辺の気候でそんな虫いたかなぁ。見せて下さい」

私がそう言うと男性は立ち上がり、折り目のついたシャツをゆっくりと脱いで上半身裸になって椅子に座った。


「胸と脇腹、あと腹がムズムズするんです」

言われた場所に手をかざして原因がないかと調べてみたが、とくに気になる反応はない。


「うーん?特に怪我や病気をしている訳ではないようですけど、気になる様ですので治療魔法をかけておきますね。はい、終わりました」

私が治療が終わったことを告げたのに、男性は椅子に座ったままで服を着ようとしない。どうしたのだろうかと思っていると、男性は首を傾げて私を見つめてきた。



「シェニカ様。俺の身体、どうですか?」


「いたって健康です」

私はちゃんと治療を施したのだから、自信を持って頷いた。


「いや、そういうことじゃなくて。俺、結構鍛えているんです。ほら、腹筋はちゃんと割れてます。
普通に見たらただの商人ですけど、脱いだら凄いとか言われるんで結構自信があるんです。シェニカ様から見てどうですか?」

男性はそう言うと立ち上がって、よく分からないポーズを取りながら自慢らしい腹筋や腕の筋肉を強調するポーズを取り始めた。確かに腹筋は綺麗に割れているし、力こぶもあって筋肉があるのは伝わってくる。


「特に何とも思いませんけど…」

ーー『脱いだら凄い』といえば、ルクトの方が凄いんだよなぁ。ルクトってこの人よりも胸板も厚いし、腕だって太くて硬いし、腹筋は見事に割れて盛り上がっている。
いっぱい見てるから最近は少し見慣れてきたけど、ルクトに比べたらこの人は全然及ばないなぁ。


「ふふっ。流石難攻不落と有名なシェニカ様だ。数多のイイ身体つきの男を見てきただけはある!
でも、これを見たらシェニカ様は今夜部屋に俺を呼びたくなりますよ!これは俺が自信を持って自慢できる」

いつの間にか近くにいたルクトが、ズボンに手をかけながら喋っている途中の男性の首根っこを掴み、引き戸の扉までズルズルと引き摺って行った。


「つまんねぇもん見せようとするな。んで、しょぼい身体を自慢すんじゃねぇよ。ほら、さっさと出て行け」

上半身裸のままの男性を待合室に連行したルクトが私の方に戻ってこようとした時、待合室のからズボンがずり落ちかけた男性が部屋に入ってこようとした。
でも、すぐにルクトに行く先を阻まれて待合室に押し戻されたので、私の位置からはルクトの背中しか見えない。


「ちょっと待って!俺しょぼくないし!シェニカ様っ!本当にスゴイんです!もう一度良く見て下さい!
ほら、あんたも見て!スゴイでしょ?!」


「あ~……。まぁまぁ立派だな。見る分なら良いが、だが一般的に大事なのはサイズより技術だな。とりあえず服を着て帰れ」

ルクトはそう言って引き戸を閉めて鍵をかけると、諦められないらしい男性は戸をドンドンと叩き始めた。


「なんで?!技術よりサイズがモノを言うんだよ!みんな俺の裸を見てくれっ!この筋肉っ!このサイズっ!」

男性の大声が待合室に響くと、悲鳴が上がった。



「きゃぁぁぁぁぁ!!!変態よぉぉ!でもすごぉい!」
「お前っ!す、凄いじゃないかっ!羨ましいっ!」
「いいもん見たもんじゃ。冥土の土産に拝んでおこう。なむなむ…」
「お、お母さんっ!あれ何!なんかスゴイよ!」「見ちゃダメっ!」

待合室は女性の悲鳴と男性の歓声で騒然としている。



「はぁ…」

ルクトは鍵をかけた引き戸によっかかりながら、疲れたような大きなため息をついた。


「ルクト、どうしたの?疲れてる?」


「いや。確かにデカかった。あれは自慢したくなるのも頷ける」

ルクトは俯きながら、いつもよりも元気のない声で呟いた。



「何が大きかったの?」


「あ~。なんだ。女と繋がる男の部分だよ」


「えっ!」

ーーあの人はそんな所を私に見せようとしたの?ルクトが早く撤去してくれて良かった。


「はぁ…。デカかった…。あいつが持ってるのは宝の持ち腐れだな」


それにしても、ルクトがこんなに落ち込んでる(?)のを見るのは初めてだ。
ルクトしか知らない私には比べ様がないし、大きさなんて関心のないことだけど、彼にとってみれば一大事なんだろうか。

待てよ。私がボンキュッボーンなお姉さんを見て落ち込むのと似た様なものだろうか。そう考えると、ルクトの落ち込み様も分かる気がする。



「あの。わ、私はサイズとか技術とかよりも、気持ちが大事だと思う」

私の言葉はフォローになったのか、なっていないのか分からないけど、ルクトは引き戸の鍵を外して疲れた様子でこちらにやってきた。
待合室はまだ騒然としているから、治療はもう少ししたら再開しよう。


「あーいうの露出狂は治療出来んのか?」


「うーん。性格を変えるとか、性癖を変えるとかは私じゃ無理だね」


「お前『じゃ』無理っていうことは、出来る奴がいるのか?」


「どうやって変えるのかは知らないけど、特定のものに変えることが出来る人はいるよ」


「へぇ。そういう奴がいるんだな」


それからしばらくして、騒然とし続ける待合室に警備の兵士がやってきたらしく、露出狂の変態はつまみ出されたようだ。そして待合室が静かになった頃、私は治療を再開した。
商人街だからか私に贈り物をしようとしてくる商人が結構いたけど、しつこい人はルクトに強制的に部屋の外に追い払って貰ったのでスムーズに治療出来た。


「はぁ~。今日はこれでおしまいね。今日も眠いから早く寝よ~」

2人で治療院の片付けと戸締まりをしていると、大きな欠伸をした私を見たルクトが隣にやって来た。


「月のものがくると眠いのか?」


「うん。症状は人それぞれなんだけど、私は眠くて眠くて仕方がないかな」


「女は大変だな」

戸締まりを終えて治療院の外に出ると、冷たい空気の中で私達を待ち構える商人が立っていた。


「シェニカ様。先ほどは治療をありがとうございました」


「お力になれて良かったです」

確か1人で腰痛の治療にきた人だったけど、今、男性の後ろには髪の色や肌の色は様々だが、整った顔立ちの男性達が数人控えている。
この人達はなんだろうかと見ていると、その中の1人の青年と目が合った。その青年は小首をかしげて、私を悲しそうな笑顔で見てきた気がした。


「シェニカ様に是非ともお礼をしたくて、こちらを用意致しました。どうぞお好きな者をお選び下さい」


「好きな者を選ぶ?」

ーー『好きな者を選ぶ』ってどういうこと?護衛にどうぞってことだろうか。この人、神殿の関係者じゃなさそうなのに、なんでそんなことを言ってくるのだろう?


「この者達は私の扱う商品の中でも、性格が比較的従順で見目の良い者を選んで参りました。シェニカ様のご要望であれば大人しい者、少々反抗的な者も御用意致しますので何なりとお申し付け下さい」


「それは…。私の奴隷になる者を選べとおっしゃっているのですか?」


「この者達には学校卒業後に専属の家庭教師をつけて、護衛の即戦力となるように黒魔法も剣術も教えております。シェニカ様のお役に立つのはお約束出来るかと」

商人の男性は自信があるらしく、胸を張って連れてきた青年たちに手を向けて『どうぞお選び下さい』と促してきた。


「私は護衛も奴隷も必要ありません。そういうのは嫌いです」


「え?ちょ、ちょっと…!シェニカ様!お待ち下さい!」


宝石やお金を贈ろうとしてくる人はたくさんいたけど、奴隷を贈ろうとしてくるなんて初めてだ。
奴隷なんて大っ嫌いな私は、ムカムカしてイライラする気持ちを発散させようと、私は地面を踏みしめるように足音を立てて歩いた。




治療院を開いて2日目。
午前中は孤児院で治療して、正午の鐘まで子供たちと遊んでほっこりした帰り道。治療院まで送ってくれたイルバ様が、昼食を食べ始めた私に話しかけてきた。


「昨日シェニカ様に狼藉を働いた者が出たので、私も本日から護衛としてお側に控えさせて頂きます」


「護衛は間に合ってますから、結構ですよ」

私がそう言って断ると、イルバ様は綺麗な青い目を細めてにっこりと微笑みかけてきた。


「私は軍を退役後、神官長様の護衛もしているのですが、私ではシェニカ様の護衛は力不足でしょうか?」


「そういう訳ではありませんが…」

軍に居た人なら護衛に不足はないと思う。でも私にはルクトがいるから足りているんだけどなぁ。


「では、勉強のためにも一緒に居させて下さい。シェニカ様にはご迷惑のかからぬように致しますので。どうかお願いします」


「分かりました…」

何を勉強するのか分からないけど、神官長の護衛をしているそうだから、その役に立てたいということなんだろう。
イルバ様は孤児院で往診している時に何か口を出してこなかったし、何か必死にお願いしているし、仕事熱心な人なのかと思って私は了承の返事を返した。もし何かあったとしてもルクトがいるから大丈夫のはずだ。


2人の護衛に見守られながら治療していると、夕方よりも早い時間なのに患者の足が鈍くなってきた。
どうしてだろうかと不思議に思っていると、窓の外から見える景色が真っ白になっていることに気付いた。

「あ。すごい雪!」

私が窓に駆け寄って外を確認すると、この街に来てからはすぐに溶けてしまうくらいの細かい雪しか降っていなかったのに、今は大粒の雪が降っていて、道が真っ白になって石畳の道が全く見えなくなっている。
今までの旅では雪の降る場所に行っていなかったから、その真っ白な非日常の風景を見てウットリと見とれてしまった。

窓に釘付けになっていると、いつの間にか近くに居たらしいイルバ様の声がかけられた。


「この雪の降り方であれば殆どの者が家の外に出なくなりますので、治療院を早めに閉めても大丈夫かと思います」


「そうですか。じゃあ治療院はこれで終わりにしたいと思います。イルバ様もお疲れ様でした。ではこれから片付けをしますね」

机の上の片付けをしていると、イルバ様が私が片付けた机の上を雑巾で拭き始めた。


「あ、ありがとうございます。私がやりますから大丈夫ですよ」

イルバ様にそう声をかけて雑巾を貰おうと手を出すと、彼は私の手を取ってジッと見つめてきた。
前に会ったことがあるらしいけど、覚えていないのだから私にとっては初対面だ。そんな間柄でしかないのに、なんでこんなに距離が近いのだろうか。


「あの…。ちょっとこういうのは…」

「おい。こいつに触るんじゃねぇよ」

ルクトがイルバ様の手を掴む前に私が手を強く引いて外すと、悲しそうに顔を歪めてちょっと泣きそうな感じのイルバ様と目が合った。
泣きそうな顔と言えば、ついこの前まで一緒だったエアロスを思い出す。彼の方が断然可愛いし、泣きそうな顔を見ると抱きついてヨシヨシしてあげたくなる。

でも立派な青年であるイルバ様にそんなことをしたいと思わない。やっぱり見た目って大事なんだなぁ~、とボンヤリと思っているとイルバ様が悲しそうな顔のまま口を開いた。



「シェニカ様。もし良ければ、この後神殿で今後のご予定や旅の話を聞かせて頂けませんか?」


「神殿には気が向いたら行きます」

いかにイルバ様が私のやることに口を出してこなくても、やっぱり神殿から送られてきた人は『神殿に来て下さい』と言うんだ。神殿のことよりも子供たち優先なドゥテニーさんは言いそうにないけど、彼のような神官や巫女は滅多にいないだろう。
そう考えると、ドゥテニーさんには『神殿の慣習などに染まらず、信念を貫いて頑張って!』ともっと応援したくなった。



「『白い渡り鳥』様は街に来るとすぐに神殿にお越しになるものですが、シェニカ様はどうして神殿にお越しにならないのですか?」


「神官長の補佐をしているイルバ様に言うのもなんですが、神殿の人達が行く先々で私を監視していると聞きました。そんなことをする神殿の人は信用出来ませんから、近寄りたくもありません」


私がはっきりイルバ様を含めた神殿の人を信用していないと宣言すると、イルバ様は途端に顔を苦しそうに歪めて俯いてしまった。その表情を見ると、何だか言い過ぎたかなと胸が痛くなってしまった。
でも、また襲われたりしたら嫌だから、関わりたくないとハッキリ言っていいんだと言い聞かせた。


「そう…ですか。では、シェニカ様。良ければ私と一緒に」


「そろそろ宿に帰るぞ」

今まで私の隣に立っていたルクトが、密着するように私の腰に腕を回して抱き寄せてきた。
彼の存在を身近に感じるととても安心する。反射的に見上げれば、イルバ様を威圧するような彼の顔がとても野性的でカッコよく、私の胸はドキドキと高鳴った。



「では、イルバ様。また明日よろしくお願いします。戸締りお願いしますね」

ルクトは私を促すように待合室に繋がる戸の外へと背中を押した。


建物の外に出ると、そこは数時間前とは全然違う銀世界だった。イルバ様の言うとおり、大通りには誰も居なくて家の窓からは暖かい光が漏れている。さっきまで降りしきっていた雪は止んでいて、暗くなり始めた曇り空の下は冷たく澄んだ空気で満ちていた。

滑らないように恐る恐る一歩踏み出してみれば、一面に降り積もった雪はまだ数センチくらいしか積もっていないらしい。これなら足元に注意しながらだけど、のんびりと雪を見ながら宿に戻れそうだ。


「ねぇ!ルクト雪合戦しながら帰ろうよ!」


「ガキじゃねぇんだから雪合戦なんかやんねぇよ。あんまりはしゃいでるとコケるぞ」


私に近寄ってきたルクトが腰を抱き寄せると、珍しいことに触れるだけのキスをしてくれた。恥ずかしがり屋な彼の突然の行動に驚いて、私は自分でも顔が真っ赤になるのを感じた。



「ど、どどどどうしたの?」


「他に誰もいないからな」

ルクトはそう言うと、一度だけ後ろを振り返った気がしたけどすぐに正面を向いて歩き始めた。




翌朝からグッと寒くなり、1日中ずっと雪がチラチラと舞い落ちる天気になった。
孤児院の往診をした後は正午の鐘まで屋内で遊び、治療院は夕方の早い時間には患者の足が途絶えるというサイクルが出来上がった。

イルバ様はずっと護衛してくれたけど、きっぱり断ってからは神殿に来て欲しいとか、一緒にどこかにいこうと誘われなかったことに安心した。




そして治療院を開いて8日目の朝。
普通の人を相手にする治療院は昨日で終了し、8か所目の孤児院の治療を終えると、領主に治療完了の報告に行く予定だ。

最後の孤児院に往診を終えると、今日も正午の鐘まで子供達と一緒に遊び始めた。


「この孤児院が最後ですけど、どこの子供達もドゥテニーさんに良く懐いているんですね」


「他の神官や巫女も一生懸命世話をしてくれているんですけど、僕に一番懐いてくれてるみたいなんです。僕は精神年齢が子供達と同じくらいなのかもしれません」


「そんなことありませんよ。ドゥテニーさんが優しいからですよ」

8日間ずっと孤児院を一緒に回り続けたので、最初は改まった態度だったドゥテニーさんだったけど、イルバ様が離れた時には敬語ながらも緊張することなく話してくれるようになった。
私がドゥテニーさんと隣り合って座って話していると、2人の女の子がドゥテニーさんに飛びつく勢いで抱きついてきた。


「ドゥテニー先生はわたしとケッコンするんだから、シェニカ様はドゥテニー先生と仲良くしちゃダメっ!」


「違うよ!あたしとケッコンするの!」

ドゥテニーさんに抱きついた女の子達は、ドゥテニーさんの神官服の裾を自分の方へと引っ張っり合って言い合いをしている。まだ学校に上がる前なのに、もう女の戦いは始まっているようだ。


ーーうーん。私にはこんな感じの時期はなかったような気がするけど、女の子って凄いなぁ。


「ドゥテニーさんはモテモテですね」


「子供達にはモテるのは嬉しいんですけど、大人の女性にはからきしで…」

ドゥテニーさんは気まずそうにはにかんで、ポリポリと頬を掻いた。



「ドゥテニーさんは優しいからモテそうなのに。もったいない」

もし私が旅が使命の『白い渡り鳥』じゃなかったら、ドゥテニーさんのような信念があって優しい人に恋していそうだ。


「性格は優柔不断ですし、見た通りヒョロヒョロなので頼りないんです。それに貴族の生まれといえど、6番目の子供なので独立しないといけないのですが、神殿の中でも確固たる地位もないし、経済的にもあまりしっかりしてませんから…」


「そんなことないですよ。露出狂とかドMじゃなければきっと大丈夫です」

私は自信なさそうに言っていたドゥテニーさんを見て、大きく頷いた。子供に優しい彼なら、ドMでも露出狂でもないだろう。


「え?ろ、露出狂?ドMですか?」


「実は今まで治療院でそういう人がいたんです。『踏んで欲しい』とか『自慢だから見て!』と言われても、どうしていいか分からないと思うんです。だから普通が一番!相手を好きだと思う気持ちが一番だと思うんです」

私はドゥテニーさんに、変態はあまり女性ウケはしないと思うと力説した。



「あははは!流石にそんな性癖だと一部の人にしか受け入れて貰えないでしょうね。僕は至ってノーマルなので、遅い春を夢見て頑張ります」

最初はポカンとして私の話を聞いていたドゥテニーさんは途中からお腹を抱えて笑いだし、子供達に不思議そうに見られていた。


ーーーーーーーーー


シェニカがドゥテニーと話しているのを見ていると、俺のすぐに近くにイルバが歩いて来た。チラリと顔を向ければ、イルバは無表情でドゥテニーを見ている。
この8日間、こいつはドゥテニーとシェニカが楽しそうに喋っていると、ドゥテニーに対して殺気を込めた目で見ていた。普通ならその殺気のこもった視線に気付きそうなもんだが、ドゥテニーは鈍いらしくその視線には気付かない。

いつもならシェニカが他の男と話していたらムカつくのだが、ドゥテニーは明らかに弱々しいし、珍しくシェニカを恋い焦がれた感じで見ていないから引き離すのはやめておいた。



「シェニカ様は子供がお好きなんですね」


「どうだかな」

シェニカに恋い焦がれた様子のこいつにキスを見せつけた後、俺に対して完全無視の態度でいたのに急にそんなことを言って話しかけてきた。俺があいつの趣味嗜好なんて言うわけもないが、探りにきたのだろうか。



「シェニカ様は、どうされるのがお好きなんですか?」


「あ?」

ガキ共の煩い声が響く中、イルバが意味の分からないことを口にした。


「貴方とシェニカ様はベッドが1つの同じ部屋。もちろん男女の関係でしょう?
『赤い悪魔』は娼婦を雑で乱暴に扱っていたそうですが、シェニカ様もそうされるのがお好みなんですか?」


「どういう意味だよ」

なんで俺の娼婦の扱い方なんて知ってるんだ?
俺が娼婦を買っていたのはシェニカと出会う前までだから、もう1年くらい前の話なのに。なぜそんなことを知っているんだ?


「シェニカ様はとてもお優しい方ですから、ベッドの上では優しくされるのがお好きかと思ったのに。後ろから押さえつけられて、強引にされるのがお好きなんですか?」


「そんなことお前に教える必要なんてねぇよ」


「まぁ、シェニカ様は貴方が初めてのお相手の様ですから、他を知らないだけということも十分あり得る話です。そうだとすれば、とても嘆かわしい話です」


「何が言いたいんだよ」

言われた内容に驚いてイルバを見たが、この男はウットリした表情でシェニカを見ている。


ーーなんでシェニカは俺が初めてだったなんて知っている?

それに、俺の娼婦の具体的な抱き方を知っていると言うことは、以前買った娼婦から俺がどんな抱き方をしていたか聞いたとでもいうのだろうか。

なぜそんなことを調べる必要がある?



「シェニカ様は貴方のような傭兵が手出しするような方ではありません。護衛は私が引き受けますから、貴方はシェニカ様の前から立ち去って頂けませんか?」


「余計な口出しするな。護衛を誰にするのか決めるのはお前じゃない、あいつだろうが」


「確かにそうですが、自分から身を引くというのがシェニカ様のためにも一番穏便な幕引きですよ」


「どういう意味だよ」

俺がイルバに詰め寄ろうとした時、正午の鐘が鳴り響いた。



「あぁ、そろそろここを出る時間の様ですね」

鐘が鳴り始めた途端、イルバは赤銅色の髪をたなびかせながらシェニカに近寄って、治療院から出る様に促した。



神殿がシェニカを欲しがっているから、行く先々で調べるのは分かる。
あいつが1人だけ連れている護衛であり、恋人でもある俺を調べるのも分かるが、何で俺の女の抱き方まで調べる必要があるんだ?

戦場から戦場を頻繁に移動していたから、俺ですらどの国のどの街の娼館に行って、どんな娼婦を買ったかなんて覚えていない。それでも傭兵としてのまともな仕事のないこの国には、一度も来たことがないのは確かだ。どうやって調べたんだ?
神殿が俺の事を調べて何をやろうとしているのか分からず、気持ちが悪くて仕方がない。



「イルバ様。8日間、案内と護衛をありがとうございました」

孤児院を出ると、門の前でシェニカはイルバに振り向いて別れの挨拶を始めた。


「いいえ。短い間でしたが、シェニカ様のお側に控えることが出来てとても光栄でした。今から領主様のお屋敷へ?」


「はい。報告に行ってきます。ではこれで」

領主の屋敷へと歩き始めた時、一度イルバの方を見てみれば奴はシェニカの後ろ姿を悲しそうな目で見たままだった。

シェニカが領主の屋敷に行くと、領主は満面の笑みを浮かべて門の前まで迎えに来たが、前回趣味の悪い銅像の話を済ませたからか、素直に屋敷の応接間へと通されたことにホッとしたのも束の間。
前回と違うのは、銅像の説明がなかっただけではなく、部屋の隅にこの前はいなかった紺色のベレー帽を被った小太りなオッサンが立っていたことだった。
ニヤリと笑う気色の悪い笑い方は、治療院を開いている時に窓の外で見た男と同じだ。その時は寒空の下でこちらを見るだけだったから、大したことはないと思って放置していたが、この場に居るということは領主の差し金だったのだろうか。


「シェニカ様、治療ありがとうございました。丁寧な治療のお陰で、屋敷にも多くの喜びの声が寄せられています」


「そうですか。お力になれて光栄です」


「こちらが謝礼です。どうぞお受け取り下さい」


「ありがとうございます」

シェニカが執事から金の詰まった2つの革袋を受け取ると、いつも通り俺に手渡した。



「シェニカ様には、私から個人的なお礼をさせて下さい」


「謝礼を頂きましたから、もう十分です」

シェニカはもうここを出たいと露骨な空気を出しているが、この領主はドゥテニー並に鈍いのかそんな空気にまったく気付いていない。



「いえ、謝礼と言いましたが、シェニカ様の訪問を記念して銅像を建てたいと思うのです。

ご紹介いたします。こちらが庭にある銅像を作製した銅像作家のエニマードです。
彼には速やかに銅像の製作が出来るように、実は治療院の様子を外から見させて貰っていたのです。シェニカ様の真摯なお姿を見て、さっそく創作意欲が沸き立ってやる気に満ちているそうです」

領主に紹介された気色悪いオッサンは、胸に手を当てて丁寧に腰を折ってシェニカに礼を取ると、顔を上げた時にはニヤニヤが止まらないと言わんばかりの気持ち悪い笑みを浮かべていた。



「はじめまして。エニマードと申します。治療院にご挨拶に行こうかと思いましたが、治療に臨むシェニカ様のお姿を見ると声をかけるのが憚られましたので、遠くから拝見させて頂きました。
お若く美に富んだシェニカ様は『再生の天使』と呼ばれる高名な方でいらっしゃいますから、天使の像などいかがでしょうか。
表情は治療の後にお見せになるシェニカ様のお優しい微笑の顔を。そして天使の身体の部分ですが、シェニカ様の美を分かりやすく表すことの出来る天使の裸婦像が相応しいと思っているのです。胸はこんな風に手で隠し、下腹部ははためく薄布で隠すような感じで…。

あ、裸婦と言っても高貴な方の肌を見るのではなく、あくまで私が想像を膨らませてのものですからご安心ください」


ーーはぁ?裸婦だと?お前、さっきからシェニカの裸を想像してニヤニヤしてんじゃねぇのかよ?!

俺に背を向けて座っているからシェニカの表情は見えないが、シェニカの周囲からは冷たい怒りの冷気が滲み出ている。これは絶対こいつの怒りに触れた。



「私は銅像を建てて頂くほどの功績はありませんので、お断りします。では、失礼します」


「あ!シェニカ様、お待ち下さい!まだ打ち合わせが…」

食い下がろうとする銅像作家とオロオロする領主を部屋に残し、シェニカは物凄く不機嫌な顔をして出口へと向かった。



「何よ!裸婦像って!露出狂よりもあの人の方が生理的に受け付けられないわ!」

やっぱり怒り心頭のシェニカは、あの趣味の悪い銅像の道をドカドカと足音を立てて歩いた。
普通なら何か返事を返すが、この状態で変なことを言ったら俺まで被害を被りそうだから、俺は『距離を取って無言で後ろを歩く』という安全手段を取った。



屋敷を出て宿に向かう最初の曲がり角に差し掛かった所で、今度は白字に大きく赤い十字が入ったデカイ帽子を被った爺さんを先頭にした一団と鉢合わせした。


「おや、シェニカ様ではないですか。領主様への報告はもうお済みになったのでしたか。
私はこの街の神官長のドミーオと申します。お勤めお疲れ様でございました。神殿にもシェニカ様への感謝の言葉が届いています。旅のお話や今後のご予定などもお聞きしたいので、これから神殿でお茶でもいかがでしょう?」

そう喋り始めた爺さんの周囲を確認すれば、イルバを始めとした護衛の神官達を連れて立ち塞がるように立ち止まっている。



元々イライラしているシェニカは、不機嫌が増して何をしでかすか分からない危険な空気が滲み出ている。
右ストレートで殴られ、強制催眠の被害に遭った俺としては、この不機嫌さはかなり危険なレベルに達していると分かる。
身分の高いこいつが神官長相手に何をしでかしても許されるのかは分からないが、この爺さんにシェニカの指先一本でも触れさせるのは嫌だ。
でも俺が何とかしてやりたくても、神殿関係者となるとシェニカが許さない限りは手が出せない。どうしたものか…。

ふと視線を下にズラせば、神官長の足元に張り付くようにしている丸々と太った小僧を連れている。神官長にまとわりついても怒られないこのガキは、一体何なんだろうか。



「お誘いありがとうございます。私はこれから旅立ちの支度をしますので、これで失礼します」


「シェニカ様、お待ち下さい。お話が…」


「私はありません」

シェニカはイライラレベルが高まって、チラチラと舞っている雪が凍りついてあられひょうになるのではないかというような冷気が出始めた。どんな戦場でも恐怖なんて感じなかったが、正直言ってこの状態は怖い。
普段一緒にいる俺ですら、何がきっかけでとばっちりを食らうか分からなくて近寄りたくない。


「おい!オマエぶれいだぞ!ドミーオさまがおさそいしてるんだぞ!」

シェニカが神官長らを無視して一歩前に踏み出した時、この場に場違いなような甲高いガキの声が響いた。
ちゃんと意味が分かって喋っているんだろうが、口が回らないのか聞き取り辛い。

声の方に視線を向ければ、神官長の足にしがみついたままのガキがシェニカを睨みつけていた。




「こら、リュー。こちらのシェニカ様は私などより身分が上なのだよ」


「シンカンチョーよりもえらいの?」

神官長が地面に膝をつき、小僧に視線を合わせると頭を撫でながら言い聞かせ始めた。


「君のお母さんよりも上の、最上位の『白い渡り鳥』様だよ。リューも粗相をしてはいけないよ」


「サイジョーイ?」


「1番凄い人だよ」


「なら、これやる!」

神官長の話を聞いたガキは、なぜか照れ臭そうにしながらシェニカに近寄って何かを差し出した。



「これは?」

いくら不機嫌レベルが高まっていても、ガキ相手だと不機嫌レベルは下がるらしい。不思議そうな顔をしたシェニカは屈んでガキから何かを受け取った。



「オレはイチバンのオンナとケッコンするんだ。だからコレはコンヤクのアカシだ」


「……。どういう意味ですか?ドミーオ神官長」

どう聞いても、この小僧に色々と吹き込んで育てているのは明白な発言に、当然ながらシェニカは怒った。少し下がったはずの不機嫌レベルは一気に元通りだ。



「あ、いやこれは…」


「私はね、自分勝手な人が大嫌いなの。だからこれは受け取れないな」

シェニカはガキの手を握って、指輪らしき物を返した。
ガキがポカンとした顔をしていたら、神官長の後ろに控えていた護衛の1人が慌ててガキを抱き上げて何処かへ連れて行った。


「コホン。え~…。シェニカ様は護衛がお一人のご様子ですね。こちらの」


「間に合ってます。では失礼します」


「あ、ちょっと!イルバお止めしろ!」

ガキの一件などなかった様に贈り物の話をしようとしたらしい神官長だったが、その隣を通り過ぎようとする俺達の前にイルバが立ち塞がった。


「何のマネですか?」


「シェニカ様。このイルバは軍を退いた後、私の補佐をしながら護衛としても働いています。彼の能力はとても高く、軍から引き抜く時はとても苦労したんです。
イルバは以前シェニカ様に治療して頂いたことがあるそうで、その時からずっとシェニカ様の訪れを心待ちにしていたのです。実力は私が保証いたしますし、この通り見目麗しい若い青年でございます。是非これから先の旅に護衛としてお連れ下さい」


「不要です。護衛は私自身が決めます。例え神官長と言えど、私の自由を邪魔出来ません」


「ですが」


「もうこの手の贈り物はウンザリです。私は今護衛してくれている者で全てが事足りています。ここで引かないのなら、もう2度とこの地に来ることはないでしょう。それでも構いませんか?」


「う…」

怒りの冷気を纏ったシェニカが神官長を黙らせると、立ち塞がっていたイルバがシェニカに近付こうとした。俺がシェニカを引き寄せようと歩み寄ろうとした瞬間、背後から俺に向かって襲いかかってくるような鋭く強い殺気を感じ、反射的にそっちを振り向いた。

俺に殺気を向けた奴は、建物の影に隠れているのか姿は見えないが、俺に神官長どもの邪魔をさせないように殺気を向けてきたということは神殿の奴なんだろう。
神殿は暗殺部隊なんて抱えてないだろうから、おそらくそいつは暗殺部隊出身の軍人上がりらしい。



俺がそいつに気取られている間に、イルバがシェニカの両手を包むように掴んでいた。

「シェニカ様。貴女様を大事にしてくれない男など、恋人でもなんでもありませんよ。貴女にはもっと相応しい者がおります。どうか目を覚まして下さい」


「それはどういう意味ですか。私が誰と付き合おうがあなた方には関係ありません。ルクト、行きましょ」

シェニカは不機嫌な空気を出しながらイルバの手を振り払い、神官長達に背を向けてドカドカと荒い足音を立てながら歩き出した。

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