天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第12章 予兆

5.占い師と故郷の友

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ギルキアの首都で治療院を開いて数日後。


治療院の仕事を終えて片付けをしていると、窓の戸締まりを確認していた俺は、治療院から少し離れた建物の物陰に、白い独特の服を着た連中がこちらの様子を伺っている姿を見つけた。





俺の視線とそいつらの視線がかち合うと、神官服を着た3人の男が走り去って行った。


シェニカが俺の側を離れる瞬間や話しかけるタイミングがないか、観察しているのだろう。

マードリアの一件で神殿の企みが分かった以上、絶対にシェニカを神殿やその関係者に近づけてはいけない。





「ルクト?どうかした?」


窓の前で動かなかった俺を不思議に思ったのか、シェニカが首を傾げながら声をかけた。






「神殿の奴らがこっちの様子を伺っていた。俺と目が合ったら立ち去ったが、尾けてくる可能性があるから俺から離れるなよ」



「うん…」



「俺が守ってやるから安心してろ」


リズソームで襲ってきた男を思い出したのか、不安そうな顔をしたシェニカが愛おしくて、手を伸ばして自分の腕の中に閉じ込めた。





名実ともに、もう俺だけが独占する女なのだから絶対に他の誰にも渡したくない。
こいつの気持ちが少しでも他の男に向かないように、俺達の邪魔をする奴は徹底的に叩き潰す。


小さな身体を強く抱きしめれば、もっと直接的な繋がりを感じたくなって、早く宿の部屋に戻りたくて堪らなくなった。






宿に向かって歩いていると、シェニカはふらりと道の端に吸い寄せられるように足を運んでいた。




「おい、そっちは宿の方向じゃねぇぞ」

俺がそう声をかけたのにシェニカは無言でスタスタと歩き、宿屋と宿屋の間にあった蔦が覆い茂った平屋建ての小さな家の前で足を止めた。



「『ラニアの星見占い』…。ねぇ、ちょっとここ寄って行っても良い?」


「占い?なんでこんなとこに…って!おい!勝手に行くな」



小さな木のドアを開くと、薄暗い空間の中に治療院を開いた初日に来た婆さんが、カウンター越しに座って俺達を見てニッコリと笑った。





「おや、先生。来てくださったか」


香を焚いているのか、独特の匂いが漂う薄暗い部屋の中には、部屋を半分にするような長めのカウンターの前に婆さんが居て、その向かいには椅子が2つ並べられていた。 




「なんでだか足がこっちに向かってしまって」


シェニカは不思議そうにそう言いながらも迷うことなく椅子に座るから、仕方なく俺は入り口のドアにもたれかかりながら立ったままの姿勢にしておいた。




「先生がここに来るのはそのような星の流れなのじゃろ。では早速、先生を占ってやろう。両手を出してご覧なさい」


シェニカが婆さんに両手を差し出すと、その手を両手で握った婆さんは、とても穏やかな笑顔を浮かべた。




「やはり、なんとも慈愛に満ちた優しい星をしているねぇ。見ているこちらが癒されるようだ。
そんな先生は大きくうねる渦の中心におる。そのうねりは、先生に引き寄せられる他者が作り出す大きな渦だ。
先生の持つ力に、良くも悪くも惹きつけられた者達の作り出す渦は先生を翻弄するだろう。

だが、心配しなくて良い。
先生の周りには燦々と照らす太陽の様な存在と、欠けることのない月の様な存在がある。
その月と太陽は、そのうねる渦の脅威から先生を守るだろう」




「月と太陽…?守る存在ってことは、そこにいる彼のことですか?」



「儂にはそれが人なのか、動物なのか、物なのか、1つなのかそれ以上あるのかは分からぬ。詳しいことまでは見えないが、その2つの存在はまさに『静と動』。
その2つはそれぞれに強い個性があり、注意が必要になる。

まず太陽だが、眩しいほどに強く明るい光をしているが、太陽にずっと照らされていれば日焼けするだろう?
太陽は自分が先生を傷付けるとは思っていないのだが、結果的に先生を傷付けてしまうのじゃ。だから、太陽だけが守ってくれると思っていると怪我をすることがあるから注意が必要じゃな。


一方の月は、決して傷付けることのない優しい光をしているが、太陽の出ている時間に照らしていても、通常は太陽の差さない夜の時間でしかその光ははっきりと見ることが出来ない。
遠く離れていても、太陽が煌々と照らしていても、その月の光は先生だけを見て静かに照らしているだろう。
だから先生はその月の存在を常日頃から忘れず、慈しみ、大事にすることを忘れてはいけないよ」



「はい…。月と太陽…。静と動…。一体何のことなのかな」



 「それは儂にも分からぬが、それと出逢えば必ず惹きつけ合うだろう。それと」


シェニカの呟きに婆さんが答えを区切ると、一瞬部屋の中には沈黙が下りた。





「先生は心の傷を抱えているのじゃなぁ。それも随分と強烈なものを」


 「どうしてそれを…」


シェニカに心の傷があるのは、マードリアでジルヘイド達を治療した時の異変で何となくは感じていた。
知りたくても詳しいことを話してくれなかったが、そのことだろうか。



「儂には具体的なものは見えないが、黒くドロドロしたマグマが先生を求めて追いかけてくるような恐怖じゃの。なぜ分かったのか不思議かい?」


「え、えぇ…」


「儂は占う相手の星を見るんじゃ。先生の悩みや不安は星が儂に教えてくれる。
先生は色々と抱え込みがちだ。もっと多くの事を信頼できる者に話し、何かを求めても良いと思うよ」



「は、はい…」




シェニカとの話を終えたのか、婆さんは俺をジッと見てきた。


「さ、次はそこの護衛の方を見てやろう」


「占いなんて、俺はそんなもん信じねぇ」


「信じるかどうかは本人次第だ。だが、聞いておいて損なことはないだろう。ほれ、手を出してみぃ」


婆さんはそう言って俺をシェニカの隣に座らせると、渋々差し出した俺の両手をしわくちゃの手で強く握った。



「お前さんは傲慢な炎を纏った星じゃなぁ。
お前さんの炎は周囲を赤く染め、破壊の限りを尽くす。炎が焼き尽くした後、残るのは黒焦げの残骸と無音の静寂」


「まさに『赤い悪魔』だな」


「だが、その傲慢な炎は自分自身を焼くことはなくても、いずれ自分の大事な物まで焼き尽くそうとするだろう。
その時、どんなにお前が助けようと手を伸ばしても、焼き尽くすだけの炎では決して助けることは出来ないと知っておきなされ。

そして焼き尽くすだけの炎ならば誰も近寄れぬ。
小さな炎、静かな炎、穏やかな炎、破壊の炎。炎にも性格がある。お前さんはどうありたいのか、良く考える時が近づいて来ておる」



婆さんは、ほとんど色素のないシューザの様な目で俺をジッと見てきた。その目を見れば、自分の何かを見られているような気がして落ち着かない。


「ふん。余計なお世話だ」



「今まで、儂の占いは当たることも外れることもある。だが、その者の星を見た儂からの忠告に外れはない。
瀬戸際を迎えるお前さんに、特別に儂からの忠告をしてやろう」



「なんだよ瀬戸際って」



「お前さんのその傲慢さは、いずれお前さんにとって最大の敵と最大の味方を作るだろう。
お前さんが欲するものは、今のお前さんには手に余るものだ。
本当にお前さんが心から欲しいと思うのならば、自分の身の程を知り、自分を抑える必要がある」


「誰かが似たような事を言っていたな。ま、俺には関係ない事だ」


「数ある選択肢の中から選び取り、行動するのはお前さん自身だ。どんなに外野がとやかく言おうが、他者の意見を聞かぬ姿勢なら関係ないからの。
まぁ、年寄りの占い師から言えることは全て話した。後悔せぬようにな。健闘を祈る」



「ありがとうございました。あのお代は」



「お代は無しで結構じゃ。先生のような星を見ただけで十分満足したからの。さ、夜道は危険だからお帰りなさい」



シェニカは何度もお礼を言いながら部屋を出ると、何か考えているのか宿に戻るまでずっと無言だった。








「もうそろそろ治療院も終わっても大丈夫そうね」

「そうだな」


治療の手が行き渡ってきたのか、治療院を訪れる患者がまばらになってきた頃。




「失礼します」

患者のいない治療部屋でシェニカと話していると、セゼルの軍服を着た白髪混じりの黒い髪を後ろで束ねた男が、部下の兵士を入り口に残して1人で中へと入ってきた。
礼装用の軍服は着ていないが、胸に金色の階級章をつけている。この前ここに来た筆頭将軍とは別人の将軍だ。





「お仕事中に押しかけてしまい、申し訳ございません」


この間の将軍と同じように、シェニカの前に立って右手を胸に置いて丁寧に腰を折ってお辞儀をした。

シェニカはいつでも誰にでも平等に接するから忘れていたが、王族に膝をつかないし、将軍からは丁寧な礼を取られる高い身分だとこういう時に実感する。
こいつらが繋がりを持とうと躍起になるシェニカが俺だけのものだと思うと、とても鼻が高くなる。




「え、いえ…」


「私はセゼルの将軍を務めておりますイルートです。本日、リニアクトもシェニカ様にお会いしたかったのですが、時間の都合が付かずこの場に参れませんでした。お詫びいたします」


「いえ。先日お会いしましたし、お詫びなんて結構です」



「以前、セゼル領内でシェニカ様が傭兵に崖から突き落とされた事件がありましたが、それ以後、大丈夫でしたでしょうか?
私の管轄の地域でしたので本来ならば私が出向くべきところでしたが、生憎と私が不在でしたので副官を向かわせました。ですが、副官が到着した時には既にシェニカ様は町を出た後でした。到着が遅くなり申し訳ありませんでした」


将軍はそう言い終えると、シェニカに向かって腰を90度折ったまま頭を上げない。



身分もプライドも高い将軍が目の前でシェニカに許しを乞うている姿は、軍人嫌いの俺には胸がスッとするような気分の良いものだ。





「もう過ぎたことですから、頭を上げてこちらにおかけ下さい。あの後、町長さんや彼女、仲間の方はどうなりましたか?」


シェニカは自分の前の椅子を勧めると、頭を上げた将軍は静かに座った。





「シェニカ様の書簡がありましたので町長殿は不問、犯人の女傭兵につきましてはシェニカ様がいらっしゃいませんでしたので、本人及び仲間の者達から事実を確認した上で牢へと送りました。
ですが、何も口にせず衰弱が激しかったので2週間後には国外追放としておきました。傭兵の仲間達は神殿での奉仕活動の後、犯人の女傭兵と共に国外追放と致しました」




「そ、そうですか」



「本当ならばシェニカ様が同席の上で審判の場を設けたかったのですが、お忙しい身の上なのは重々承知しております。
これを機に、すぐに対応出来るように国内の全ての町には兵士の詰所を置いております。いつご帰郷されても、我々がお守り致しますのでご安心ください」




「あ…。いえ、どうもありがとうございます」



「シェニカ様に起きた傭兵の狼藉もそうですが、最近では『白い渡り鳥』様の身の危険が多くなりました。
リニアクトも申したと思いますが、シェニカ様も万が一の場合は是非祖国であるセゼルをお頼り下さい。差し出がましいお願いかもしれませんが、万が一の場合に備えるため、私とカケラの交換をお願い出来ませんか?」



シェニカがセゼルの筆頭将軍相手に一度断っているにも関わらず、この将軍までカケラの交換を言い出した。

今までカケラの交換を言ってくる奴はいたが、人は違うがこうして何度も言ってくるのは初めてな気がする。


しつこいのが嫌なシェニカは、いくら同じ国の出身だからという部分があってもウンザリしているだろう。





「お気遣いありがとうございます。カケラの交換は、私がしたいと思った相手にのみ、こちらから声をかけさせて頂いています。万が一の時には当てがありますので、大丈夫です」




「それは残念です。何かありましたら、いつでも我々をお頼り下さい。
そうだ。私の部隊の中に、シェニカ様と面識のある者がおります。懐かしい話でも出来るのではないかと、連れて参りました」




「面識のある人?」

 
将軍が椅子から立ち上がって治療部屋の入り口に目配せをすると、部屋の入口のドアの前に控えていた副官が扉を開けた。


扉の外から、短く青い髪に女受けしそうな笑顔を浮かべた、背が俺と同じくらいの兵士が入ってきた。






「シェニカ」


青い髪の男は将軍から数歩離れた場所で立ち止まると、シェニカに向けて親しげな笑顔を見せた。

俺に背中を向けているシェニカの表情は見えないが、首をかしげる仕草をしていたからよく分かっていないようだ。




「覚えてないか?イーザントだよ。ほら、ダーファスの中等科まで一緒だっただろ?」



「イーザント?イーザント…。あ!あぁ、上から目線の!うわぁ、すっごい懐かしい!随分と背が伸びたね~!別人みたい!元気にしてた?」



「上から目線は忘れてくれ。俺は見ての通り元気だよ。お前は相変わらず、ちっこいままだなぁ」



シェニカは思い出して興奮したのか、椅子から立ち上がって男に近付いて握手をした。

こいつとずっと旅をしているが、こういう風に男に近付いて握手を求めたのは初めてだ。自分の女が他の男と親しげにしているのにはすごくムカつく。



すぐにでも引き離したくなるが、俺に向けて『邪魔をするな』と将軍が殺気を滲ませて睨みつけている。

将軍が怖いわけではないが、ここで引き離せば、俺の行動を謝罪するであろうシェニカに、目の前の将軍が再度カケラの交換や新たな護衛の紹介などを言い出すだろう。


だから自分の中に激しく渦巻く嫉妬の感情を、拳を握りしめてグッと押さえ込んだ。






「確かに面識がおありのようですね。私がいると気を使うでしょうから、私は先に戻っています。アラン、後は任せました」


将軍は副官を1人残して、治療院の出口から外に出て行った。






「ルクト、この人は知り合いだから大丈夫だよ」


シェニカが嬉しそうな笑顔を浮かべて俺に向かってそう言うと、俺は壁に背中を預けて気怠げに立ついつもの体勢のまま2人を見守った。



シェニカの知り合いの男は、階級章がついていないから役職のついていない下っ端の兵士だろう。
軍に入って3年くらいの21歳なら、出世しても副官の部下の部下くらいの中級兵士だろうが、この男は大して強くもなさそうだから下級兵士だろう。



将軍なんて自分の副官くらいしか部下の情報を把握していないだろうに、こんな下っ端の奴をなんでわざわざ将軍が連れてくるのか分からない。





「イーザントは戻らなくて良いの?」



「イルート様が、シェニカと話をする時間を特別に取ってくれたんだ」



「そうなんだ。別に良いのに。ま、とりあえず座りましょ。ここ座って」


シェニカはさっきまで将軍が座っていた椅子を男に勧めると、男は苦笑を浮かべながら椅子に座った。




「お前酷いな~。会うのはもうすぐ10年ぶりになるって言うのにさ。
シェニカが神殿に進学してから全然会えなかったけど、神殿でどうしてた?みんな神殿に面会に行っても断られてたから、心配してたんだぞ。
やっと会えると思った時には、お前はもう『白い渡り鳥』として旅立つ日で、近寄れもしなかったんだから」


シェニカからは白魔法を習った神殿の話くらいしか聞いたことがないが、今、俺の目の前で会話している故郷の話は俺の知らない話だ。



こいつの故郷の話には興味があるが、どうにも面白くない。こいつの過去も未来も全部自分が知り尽くして、すべてを独占したい。






「私ね、理由は分からないけど、最低限の外出以外は6年間ずっと外出禁止になってたのよ。1度も実家には帰れなかったから、私もみんなに会いたかったなぁ。みんなは元気にしてる?」




「あぁ、みんな元気だよ。俺みたいに軍に入った奴が殆どだけど、傭兵になった奴もいる。
みんなあちこちに散らばっているけど、俺たちは年に1度、夏の牧草の刈り取りの時期になると同窓会してるんだ。お前もその時には1度ダーファスに帰って来いよ」



「そうしたいのはやまやまなんだけど」



「もしかして、お前の家から何か言われているのか?」



「うん…。縁談が山のように来てるって」



ーーはぁ?実家に縁談の山!?こいつは常に旅をしているのに、本人がいない実家に縁談なんて申し込んで意味あんのかよ。





「やっぱり聞いてるのか」



「知ってるの?」



「有名になってるよ。お前の実家には毎日毎日、セゼルもだけど、国外からもどこかの貴族やら軍人やらが来ては、縁談の釣書を渡してたり何か物を持って来たりしてた。その度に親父さんが烈火のごとく怒って追い払ってたけどな」




「そっか…。お父さんたちには迷惑かけちゃってるんだね」




「『白い渡り鳥』は能力だけでなく身分も高いから、仕方のないことらしいぞ。それで里帰りしたくないのか?」



「帰りたいけど、お父さんとお母さん、それに恩師は面倒事に巻き込まれかねないから、帰ってこない方が良いって言ってる」



「そうか…。みんなも会いたがってたけど、残念だな。なら、俺とカケラの交換しないか?」



「なんで?」


シェニカの言葉に男は困ったように微笑を浮かべた。

俺が男のその表情からすべてが読み取れたのだから、こういうことには敏感なシェニカも分かっただろう。





「シェニカの活躍だけは聞こえてくるけど、みんなお前と連絡が取れなくて同窓会があるたびに心配してるんだよ」


男のこの言葉に嘘はない。だが、おそらく将軍からカケラの交換をしてこいと言われたのだろう。
だから将軍がわざわざ名前も知らない下っ端の兵士を連れて来た。



カケラの交換を出来ればこいつの評価はかなり上がって出世も早くなるだろうが、出来なければ将軍からの評価は低いままだだろう。


こいつが出世を望めば、しつこく食い下がるに違いない。





「そうなんだ。私もカケラの交換はしたいけど、交換したらイーザントに迷惑をかけちゃうから今はやめとく。
カケラは実家にあるから、連絡が取りたい時はお父さんに言ってみて。イーザントはうちの両親と面識あるから、言ったらなんとかしてくれるんじゃないかな」




「ははは!俺の心配までしてくれてんのか。確かに今の俺じゃ、シェニカ絡みで今回イルート様に辛うじて名前を覚えてもらったくらいだもんな」




「ごめんね、イーザント。みんなに期待されたと思うけど…。きっと交換したら、イーザントが色々と巻き込まれるから…」


シェニカの言う通り、この男がシェニカのカケラを手に入れれば、この男は他の兵士とは違う意味で将軍に目をかけられることになるだろう。



将軍を始めとした連中はこの男からシェニカのカケラを取り上げたいだろうが、シェニカとしてみればこの男だから交換したんだから、やり取りする手紙の内容に違和感を感じた瞬間から返事が貰えなくなり繋がりが切れてしまう。

そして折角出来た繋がりなのに、こいつが死んでふりだしに戻るのは困るから、戦地に行くような仕事はさせずに身の安全を確保する役職に出世させ、シェニカにセゼルに帰ってくるように頻繁に手紙を送らせるはずだ。


シェニカに見えない位置に居る副官が、断られた男の背中に『食い下がれ』と視線で訴えているのが分かる。
その視線は男もひしひしと感じているに違いない。








「別に構わないよ。俺はその内、実家の馬の調教の仕事を継ぐ予定だから軍での出世なんて望んでいないし。そうだ。これを1番に言わないといけなかった。前は色々とからかったりしてごめんな。これからはちゃんと友達として接してくれないか?」



副官の視線や将軍の思惑、出世の話なんてまるで興味がなかったのか、この男はあっさりとカケラの交換を諦めた。

副官はこの男の言動に驚いたのか一瞬呆然とした表情を浮かべたが、また視線で『食い下がれよ!』と露骨な視線を送っている。




家業を継ぐ予定とは言え、将軍に目をかけてもらえれば仕事も色々と優遇してもらえるはずだ。

それは当然分かっているだろうし、あからさまな副官の視線にも気付いているはずだが、自分の有利な未来よりも友人のシェニカを優先した。



その様子に少しだけこの男に好感が持てた。







「あの時は黒魔法が出来ないことをからかわれて正直傷付いてたけど、知識のない子供だったんだし気にしてないよ。もちろんイーザントもダーファスのみんなも友達だよ」




「ありがとな。あの時のこと、ずっと謝りたかったんだ。
シェニカ、いつでも帰ってこいよ。まだ俺たちの世代の傭兵も軍人もペーペーだけど、ガキの頃からの友達はみんな大事にしてるし協力して守るからさ」




「ありがとう。みんなによろしく言っておいて。怪我や病気には気をつけてね」



「お前は身分が高くなっても、昔とちっとも変わらない良い奴だったって言っておく。シェニカ。元気でな。また会おうな」




 「うん!またね、イーザント。久しぶりにお別れの挨拶しましょ!」


男が椅子から立ち上がるとシェニカも立ち上がり、男が胸の位置に右の手の平をシェニカに見せた。
シェニカはその手のひらに同じ右手でハイタッチをすると、合わせたその手をグッと握り締めて互いの拳を突き合わせた。


あまり見ない別れの挨拶だが、嬉しそうな笑顔を浮かべる2人を見ているとどうやら故郷でしていたものらしい。






部屋に俺とシェニカの2人きりになった時、水を飲んでいたシェニカに意地悪な問いかけをしてみたくなった。


「兵士とは言え、同郷の友達だったのに交換しなくて良かったのか?」



「私、王族とか将軍とか信用してないだけで、イーザントを信用してないわけじゃないんだよ?彼が軍人じゃなくて傭兵だったら交換してたよ」




シェニカのカケラが欲しくて堪らない王族や将軍は手に入れることが出来ず、俺やレオン、シューザといった傭兵はシェニカから交換しようと言ってもらえる。


傭兵の俺達を見下す奴らが歯痒い思いをしているのを感じると、「ざまあみろ」と指を指して笑ってやりたくなる気持ちよさを感じた。



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