天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第12章 予兆

3.軍事会議

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私とルクトがギルキアの首都をグルリと囲む黒い城壁をくぐると、まるでお祭りでも開催されているかのような賑わいが、門のところまで押し寄せていた。


人々のざわめきや歓声、遠くから笛の甲高い音や太鼓の重低音が響いてくる。
その賑わいにワクワクとした好奇心が刺激されてしまい、音のなる場所に駆け出してみたくなってしまった。



「うわぁ~!この国の首都ってすごく大きいね!それに何かすっごく賑やかな音がしてる!」



「温泉しかない国だが、ここは商人街と一体化してるみたいだから規模がデカイみたいだな。宿取ったらそっちの方に行ってみるか」



「うん!」


ルクトが立ち止まって見ていた街の地図を私も見ると、この首都の街はトラントの首都の2倍は大きい。
王宮や貴族の屋敷はそんなに規模は大きくないようだが、宿屋や道具屋、服屋、雑貨屋、市場などがある商人街の面積が首都の半分以上も占めていた。






宿が集まる場所を確認し、キョロキョロと周囲を見渡しながら赤い煉瓦で整備された大通りを歩き始めると、街の中を巡回している黄色の軍服を来た兵士とすれ違った。


「ギルキアって温泉以外に目立った見所も産業もないのに、首都はこんなに立派で大きいなんて意外ね。兵士の表情もなんか穏やかだし」



この国に来る前に立ち寄った、サザベルに乗っ取られそうなマードリアの兵士を思い浮かべた。

マードリアの兵士は、遠慮なく私や一般人をナンパしたりして兵士らしからぬ姿をしていたが、この国の兵士は巡回や警備などの仕事はきっちりと行っている一方で、仲間の兵士と時折笑顔を見せているからか、あまり緊張感は伝わってこない。




「この国は外交をやってる貴族連中がやり手で、侵略戦も防衛戦もここ最近は落ち着いてるからな」


「へぇ、そうなんだ。一体どうやって戦争を回避してるんだろうね?」



世界中が頻繁に侵略戦や防衛戦などの戦争を行っているのに、そういう状況になっていないというのはとても良いことだと思う。

どうやって戦争を回避しているのか知らないが、世界中の国がこの国のやり方を見習ってほしいものだ。





「この国を巻き込む戦争になりそうな状況になったら、まず相手の国の王族や大臣を招いて会談をするらしい。
その時、会談場所を温泉にして、飲めや歌えの酒宴を開いて温泉でまったり過ごす。そうやっている内に打ち解けて、話し合いで色々と譲歩し合って一旦解散。
その後は、国内の状況を様子見しながら同じように会談を繰り返すから、戦争まではいかないらしい」




「そんな外交してるんだ。戦争が回避されるんなら、そう言うのって良いね」



「まぁ、貿易面とかで互いに色々と譲歩したりするから、戦争は回避されても国内に火種が残るがな」



「よく知ってるね。ルクトがそんなに詳しいなんてちょっと意外!」



「この国じゃ一気に傭兵の仕事が少なくなったから、傭兵の中では有名な話だ。
だからこの国にいる傭兵は戦場に行く仕事がほとんど無くて、護衛の仕事や温泉を掘り出したり、温泉街の整備したりするような兵士や一般人に混じってやる仕事が多くなってるから、ランクの高い傭兵は殆どいないはずだ」



「じゃあ治療院開いてもナンパは少なくて済みそうね!」




観光客や商人でごった返す商店街の中を歩いていると、その通り沿いにある大小様々な灰色の石造りの建物には全て、赤や白、緑、青といった色とりどりの布が下げられている。

そして商店の壁には沢山の張り紙が風にパタパタとはためいていた。




「なんだろうこの張り紙。えっと『歓迎!セゼル、トラント、ウィニストラの行商隊』…?」


一枚の張り紙を見ると、市場の隣にある大広場でこの3か国の行商隊による市が開かれているらしい。




「ここに3か国の行商隊が集まっているのか?そんなこと滅多にないだろうに。それに行商隊を護衛しているはずの傭兵もいねぇし、なんか変だな」



行商隊というのは、商人街にある商人達が荷馬車に大量の商品を積み込んで、1団を組んで国内や他国に物を販売しに行く。

行商隊と似たような職業で旅商人というものもあるが、これは個人や家族単位くらいの小規模な人が行商隊と同じように国内や他国で物を販売する職業だ。


行商隊は規模が大きいので護衛を傭兵団に依頼することが多く、旅商人は数人の傭兵を雇うことがほとんどだ。

3ヶ国の行商隊がこの場所にいるということは、規模の大きい傭兵団が護衛についているはずなのに、街の中には傭兵の姿はほとんど居なかった。






「市場とかも気になるけど、とりあえず宿を取らないとね。部屋空いてるかなぁ」



 「こんだけ人がいると探すのは苦労するかもな」



人混みをかき分けながら大通りを進み、幸運なことに空室とプレートが下げられた安宿を見つけた。




「シングルの部屋を2つお願いします」


私が受付にいる女将さんにそう言った瞬間、隣にいたルクトが睨むように私を見下ろした気がしたが、気付かなかったことにしようと無視を決め込んだ。



同じ部屋なんて、絶対襲われるに決まってる。私は久しぶりに1人の部屋で安眠したい。

なんで宿に泊まる度に『性欲の悪魔』に襲われないといけないのだろうか。たまにはゆっくり1人で寝かせて欲しい。





「シングルの部屋はあいにく全部埋まっていてね。悪いがダブルの部屋しか用意出来ないんだ」



「そう…ですか」


私のささやかな安眠計画は、脆くもガラガラと音を立てて崩れ去った。






「行商隊が来ているからねぇ。他の宿も同じ状況だろうが…。どうするかい?」


「じゃあ、ダブルの部屋をお願いします」


理由が理由だけに他の宿を探すことはせずに、この宿で大人しくダブルの部屋を取った。
3階にある部屋に入ると、洗い立てのシーツの良い匂いがして、部屋の中に立っているだけでとても気持ちが良い。


ダブルベッドに3人掛けのソファとテーブルがあるだけの質素な家具だが、お風呂とトイレは結構広々としていて、とても清潔感のある良い部屋だ。





「別に一緒の部屋でいいだろ?」


部屋の隅に荷物を置いていると、ルクトが不機嫌そうに言ってきた。その口調から、やっぱりルクトは1人部屋を取ろうとしたことにご立腹らしい。






「だって…。明日の仕事に影響したらいけないでしょ?寝不足はダメだよ」



「なら寝不足にならない程度にしてやるよ」



ーー寝不足にならない程度って…。それ、絶対ルクト基準で考えてるよね?私とルクトじゃ体力に大きな差があるんだから、そこは私の基準に合わせて欲しい。

それに、『性欲の悪魔』のルクトの言葉はイマイチ信用ならない。







「あのさ、しない日ってないの?」



「月のものが来たらしないようにする」



「いや、それ当然だから。それ以外で…」



「そうだな…。ヤってる最中に邪魔されたら、俺は盗賊を気絶させるだけじゃ済ませないから、野宿の時はしなかっただろ?」



「のっ、野宿の時もしちゃダメに決まってるじゃない!それ以外の日よ!」



「ない」


ルクトは即答し、私はガックリと肩を落とした。
彼と別れたいなんて思ってはいないけど、彼と恋人関係になったことを心の何処かで少しだけ後悔した。 










宿の1階に下りたところで、女将さんが掃除をしていたので話ついでに聞いてみた。



「女将さん、そういえばどうして3か国の行商隊が集まってるんですか?」



「知らなかったのかい?セゼル、トラント、ウィニストラの3か国の将軍が集まって軍事会議をしているんだよ。行商隊はその将軍達が連れてきたんだ」





「ウィニストラの将軍……ね」


女将さんから思いがけない言葉を聞いた瞬間、私の隣から小声でルクトがそう呟いたのがハッキリと聞こえてきた。
チラリとルクトを見上げると、彼は戦う時のような鋭い目線になっていた。



彼が復讐したいとずっと言っていたバルジアラ将軍が来ているかもしれないから、その人のことを考えているのだろう。






「会議っていつまでやっているんですか?」


「2日前から会談が始まって、予定だと今週いっぱいだよ」





宿を出て市場を歩いていたが、ルクトはずっとウィニストラの将軍のことを考えているのか、鋭い目つきのまま口数が少なくなり、いつにも増して殺気立っている。


フードを被らずに歩いているからチラチラと私を見る人は多いが、ルクトの様子に気圧されて蜘蛛の子を散らす様に逃げて行った。






「わぁ~!懐かしい」


私が手に取ったのは、祖国セゼルでよく食べていた金平糖だ。
トゲトゲした金平糖はどの国でもよく見るが、セゼルの金平糖はトゲのない三角形をしているのが特徴だ。


これはセゼルの国旗にある3つの星が、三角形になるように位置するようにデザインされているからと言われている。



「おじさん、この金平糖2つ下さい」


「あいよ。銅貨5枚頼むね」


ピンクや黄色、緑や青、赤、白と言った色とりどりの金平糖が入った小瓶を2つ受け取ると、私は1つをルクトに差し出した。





「はい、ルクト。これあげる」



「なんだこれ」


私から小瓶を受け取ったルクトは、不思議そうに小瓶を見始めた。





「これは金平糖だよ。セゼルの金平糖ってこういう形をしているの」



「へぇ。そうなのか。珍しいな」


ルクトは早速小瓶から金平糖と1つ取り出すと、ポイッと口の中に放り込んだ。
甘い金平糖のおかげなのか、少しだけピリピリとしたルクトの雰囲気が穏やかになった気がした。






「ね、ねぇ。ルクト、手を繋ぎたいな」


「嫌だ」


私が勇気を出してルクトにそう言ったが、彼は即答した。





「なんで?」



「こんだけ人混みがあるんだ。俺は小っ恥ずかしくて嫌だ。手を繋いで欲しかったら、今晩ずっと握っててやるよ」


テーヌの町では渋々といった感じで手を繋いでくれたが、人混みが激しい場所ではルクトは嫌らしい。
彼の言うことも分からなくもないが、私はちょっとだけ悲しい気持ちになった。








市場を楽しく眺めながら歩いていると、王宮に近くなったからか、赤い煉瓦の道から白い丸っぽい石が敷き詰められた石畳の道に変わった。



段々近くなってくる白い王宮は、真ん中に大きな円柱の建物があり、その左右に少し小さな円柱の建物がいくつも建てられている。
その円柱の建物を繋ぐように細い渡り廊下が設置されているし、どの円柱の建物の先端も玉ねぎみたいな形をしているという面白い形状をしていた。


円柱の建物の高い位置にある窓からは、ギルキア、セゼル、トラント、ウィニストラの4か国の国旗が下げられていた。



「あの。『白い渡り鳥』のシェニカ・ヒジェイトと申しますが、国王陛下にご挨拶に参りました」


王宮の門で来訪の旨を告げると、なぜか物々しいギルキアの兵士達に取り囲まれて城内へと案内された。



街で見た兵士の軍服は黄色だったが、王宮の兵士は軍服の色が違うのか、赤い生地に、ギルキアの国旗にもデザインされている稲妻が白い糸であちこちに刺繍されていた。


彼らの先導で城門を通り、小さな町がすっぽりと入りそうな噴水のある広大な庭園を歩いていると、4か国の軍服を来た兵士達がそこにはひしめいていた。




いがみ合うのではなく、笑顔を見せながら国の垣根を越えて親しげに話しているのを見ると、兵士ばかりの空間なのに不思議と緊張感や物々しさは感じなかった。



どちらかと言えば、私の後ろを歩くルクトの方が物々しさがありそうだ。






「お席までご案内いたします」


王宮の中に入って通されたのは、いきなり謁見の間だった。
普通は控え室でしばらく待たされてから謁見の間に通される事が多いのに、まるで来るのを待っていたかのようにいきなり国王の前に通されてドギマギした。







「こちらへどうぞ。護衛の方はこちらに」


小ホールのような広さの謁見の間には、中央の高い位置に王の座る玉座がある。

玉座に座る国王から見下されることになるが、王からは少し距離を置いて向かい合う形で私が座る椅子が用意される。護衛のルクトは椅子は用意されず、私の斜め後ろで跪くことになる。





「ルクト、私の斜め後ろで跪いてね」


こういう場に来たのは初めてのルクトには、小声でそう囁いておいた。彼から返事はなかったが、きっと私の声は彼に届いたはずだ。 







普通の謁見なら国王に跪いて行われるものだが、『白い渡り鳥はどこの国の王に対しても対等である』という意思表示のために跪かない。




国王の下につく立場だったら、私達は国王の希望や命令を断れず、良いように利用されて国外に出られなくなる。
そうならないために、世界共通の法律で『白い渡り鳥は国王と対等である』と決められている。



まるで王族のような待遇だが、生まれは王族でなくても『白い渡り鳥』になれるだけの能力があれば、このような王族並みの待遇になってしまう。


逆に王族から『白い渡り鳥』が出ると、王族の身分は無くなり神殿預かりになる。
一見王族の身分を失って損をしているような気がするが、『白い渡り鳥』になれるほど白魔法の適性が高いということは貴重な能力だから、その国の王族はその人を国の財産としてとても大事にするから損はないらしい。







用意された椅子に座ると、玉座に座るギルキア国王の周囲に数人の王族、ギルキアの将軍達がズラリと勢揃いして座っているのに驚いたが、何故か会談に来ていたセゼル、トラント、ウィニストラの将軍達も、中央にいる私の四方を取り囲むような位置に座って居た。


この状況は、まるで私が悪いことをして尋問を受けているかのようだ。






「このタイミングで『再生の天使』と名高いシェニカ殿が我が国に訪問して下さるとは、なんたる幸運だろうか。のぅ、宰相?」


白髪混じりの紺色の髪をオールバックにした国王は、紺色の豊かな顎髭を撫でながら満足そうな顔をした。




「まったくでございますね」


腰が曲がった身体を杖で支える宰相が、嬉しそうな声色でそう返事を返した。





 
「あの、明日から治療院を開かせて頂きたいのですが」


「街の中心部にある白魔道士の治療院をお使い下さい。明日の朝、治療院の前に手伝いの者を立たせておきます」



宰相がそう答えると、そこから国王の長話が始まった。






「シェニカ殿は、我が国出身の『白い渡り鳥』アーバント・ギルキアム殿と面識はあるか?」



「いえ、ございません」


神殿新聞はいつも読んでいるから、名前だけは知っている。確かその人は40歳台くらいの人だったはずだ。

他の人は知らないが、私は他の同業者と一緒に行動することなんて滅多にないし、そもそも知り合いだって数えるくらいしかいない。






「実は、アーバント殿は我が国の王族の出身でね。アーバント殿とシェニカ殿は年齢こそ随分と離れているが、同じ役目を果たす者として話が合うと思うのだ。どこかで会ったら、是非酒席を設けて頂きたいの」





「その時は…そうですね」


ーー王族出身の同業者かぁ。どんな人かは知らないけど、あまりお近づきにはなりなくないな。





「アーバント殿にはシェニカ殿との話を伝えておこう。シェニカ殿は今までどこの国を訪問なされたのか?」



「はい、トリニスタに…」





話を切り上げてこの場から退散したいのに、国王の話は途切れることがない。内心、困ったと思っていると国王は話をガラリと変えた。



「今晩と明日の晩には3国の親睦を兼ねた舞踏会を予定しておるが、シェニカ殿もいかがだろうか」



「折角のお誘いですが、私はそういう場は苦手ですのでご遠慮致します」



ーー舞踏会なんて絶対行きたくない。私が王族や貴族、将軍らと距離を置きたいという意図もあるから行きたくないだけでなく、護衛のルクトも連れて行くことになる。
そうなると、彼が気にかけているウィニストラの将軍と近付いたり、直接会話する可能性がある。
もしそうなった時に、彼が短気を起こして襲いかかったりしないかとても心配なのだ。




「ふむ、そうか。残念じゃの。親睦を深める良い機会だと思ったのだが。そうだ、シェニカ殿の生国はどこだ?」


舞踏会の話を断っても、何故だか凄くご機嫌の国王は意気揚々と喋り、私に帰るタイミングを与えない。この長話ぶりと帰らせない話術は、まるで井戸端会議中の奥様方から伝授されたのか?と思ってしまう。







「セゼルでございます」




「ほう!セゼルとな!今ここにはセゼルのリニアクト筆頭将軍とイルート将軍が来ておる。当然、シェニカ殿とは面識があるのだろう?」


国王が今度はニコニコと笑顔を浮かべながらそう問うてきた。



私が「ありません」と答えようとしたのに、言葉を発する前に、私の右側の席に座っていた黒髪の若い人が口を開いた。

その人の方を見ると、若草色の生地に襟や袖口に白の縁取りがされた軍服を着ていて、白と深緑の2色が混じり合う装飾用の1本の組紐が、右肩にある黒いマントの金色の留め金に繋がっている。


これは私の祖国セゼルの将軍専用の礼装用の軍服だと、何度か見たことがあるからすぐに分かった。





「いいえ、我らとは残念ながら面識はございません。シェニカ様、どうぞ次はセゼルに里帰りなさって下さい。ローズ様もシェニカ様のご活躍を聞き及んでいると思いますので、再会なされれば喜ばれるでしょう」



名前も知らない黒髪の若い将軍がそう答えると、何故かギルキアの王が喜んだ。なんで喜ぶのだろうか。





「ほぅ!シェニカ殿はあの『再生の白薔薇』ローズ殿と知り合いか!」



『再生の白薔薇』って…。一体誰がそんなこと言い始めるんだろう。
ローズ様が『再生の白薔薇』っていうのは、元々『白い渡り鳥』だし、ローズって名前だから薔薇がつくのは分かる。でもなんで私は天使なんだろう。


天使みたいに綺麗でも可愛いわけでもないし、優しくもない。口汚く罵るし、時折手が出てしまうのだから、私のあだ名は絶対『ヤンキー渡り鳥』の方が合ってると思うんだけど。







「はい、私の恩師にあたります」



「そうかそうか。我がまだ王子の時に『白い渡り鳥』をしていたローズ殿に会ったことがあってなぁ。
あの時のローズ殿は、気が強くて物凄く怖かったが慈愛に満ちた方でのぅ。懐かしいの」



ローズ様、当時から気が強かったのか…。まぁ、怒ると国王の言う通り物凄く怖かった。


1度、ローズ様が神殿で治療院を開いていると、ローズ様にしつこく「結婚しよう」と言い寄るおじいさんがいた。


高齢だし普段温和なローズ様が、大声で「いい加減にしろ!お前はいつまでナンパしてくるのか!」と怒鳴っているのを初めて見た。
あまりのしつこさにローズ様が怒ったのだが、雷が落ちるとはこういうことかと、自分が怒られていないのに物凄く怖かった。

ちなみにその人は怒鳴られても嬉しそうにしていたので、ローズ様が強制催眠をかけて神殿の外で半日腹踊りをさせられていた。
腹踊りをするおじいさんの前には『そっとしておいてください』と書かれた張り紙がされていたのを見て、私はローズ様を怒らせてはならないと身にしみた。


だから一国の王子相手にも、遠慮なく怖がらせるなんて納得納得。







国王の長話を適当に聞きながら、私はウィニストラの将軍が座る左側の席をチラリと見た。
模様のない紺の軍服に装飾用の金色と白の2本の組紐が黒いマントを留める右肩に繋がった礼装姿で、銀髪のすごく大柄な人と金髪の細身の人の2人が座っていた。




私はバルジアラ将軍がどんな人か知らないが、この2人のうちのどちらかだろうか。


後ろを向けないのでルクトの顔は見れないが、銀髪の大柄な将軍は頬杖をついて面白そうな顔をしてルクトを見ている。
金髪の人はその将軍と会話しているらしく、顔を横に向けてその将軍を見ながら口を小さく動かしていると、耳にかかる金色の髪の下からピアスに使われている紫色の宝石がキラリと光った。




「では失礼します」


長話の国王の話が漸く終わり、私が謁見の間から出ると、トラントのアステラ将軍も少し離れた別の扉から外へと出て来た。


私の倍以上はありそうなくらい身体が大きく、早足でこちらに来たのに派手な足音なんて一切聞こえなかったのは、流石将軍というところだろうか。






「シェニカ様、この前はお世話になりました」


トラントで見た時は黒い軍服姿だったアステラ将軍は、今は真っ赤なマントのついた黒が混ざったような暗い赤色の礼装用の軍服を着ている。
金と銀の2色が混じり合う装飾用の飾り紐が1本、右肩にあるマントの留め金に繋がっているし、その胸には金色の鳥を模った大きな階級章が輝いているから、地味な印象は受けなかった。



今まで階級章なんて気に留めて居なかったが、こうして近くで見ると国ごとに違う階級章を比べてみるのも楽しいかもしれない。





「いいえ。お役に立てて光栄です」



「あの後、間者を無事に排除することができました。感謝しております」



間者を排除したということは、些細な呪いをかけていた女性軍人を捕らえたということなんだろう。彼女達が無事に祖国に帰れれば良いのだが。






「そうですか。それは良かったです」


特に話すことなどない私はそう言って立ち去ろうと思っていると、アステラ将軍はすぐに次の会話を繋いできた。






「先日はタイミングを逃してしまいましたが、こうして再びお会いできたのも何かのご縁です。良ければ私とカケラの交換をして貰えませんか?」



将軍は胸に手を当てて、丁寧な仕草でそう申し出て来た。
この動作はどの国も共通で、目上の者に対して願い出る時の軍人特有の仕草だ。







「申し訳ありません。カケラの交換はお断りしているんです」



「そうですか?何かあった時のためにも、交換をしておくのは得策だと思いますが」


台本通りのセリフを言って立ち去るタイミングを伺っていたが、アステラ将軍は簡単には諦めてくれないらしい。





「何かありましたら、頼れる人と交換しておりますので、ご心配には及びません」



「それは残念です。では、また我が国にもお立ち寄り下さい。我が国の国王陛下もベラルス神官長も、シェニカ様にお会いするのを楽しみにしておりますので」



ニッコリと笑顔でそう言って謁見の間に戻って行く将軍を、私は強張った顔で見送った。

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