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第12章 予兆
1.流された町
しおりを挟む温泉宿の女将さんに教えて貰った秘境の温泉街から続く細い山道を歩いて麓に下りると、遠くに首都の城壁が見える街道に合流した。
「へぇ~!地図にもない近道があったなんてね!」
「あそこの温泉街の奴らが利便性を考えて作ったんだろうな」
まっすぐな街道を歩いて少し丘になった所を越えると、道の両脇には見渡す限り一面緑色の麦畑が広がっている。山から下りてくる気持ちのいい風が麦畑を通って、シャラシャラと麦がそよぐ微かな音が聞こえてくる。
「麦が風でそよいでいるのってなんか良いよね~。なんか、風を感じられるっていうか、和むよね」
「のどかで良いな」
2人でのんびりとした足取りで麦畑を抜けると、大きな川の近くにあるテーヌという小さな町が見えてきた。
女将さんの話によれば、この町は特産の麦を使ったパンが美味しいらしい。宿に泊まったらパンを沢山食べたいと楽しみにしていたのだが。
「あ、あれ?なんか家がない?」
「なんかあったのかもな」
木の柵で囲まれた町が見えるのだが、そこには白や赤などの色とりどりのテントはあるのに、どんな規模の町にもあるはずの木や煉瓦造りといった頑丈な建物がないように見える。
不思議に思いながら街道を進んで町の中に足を踏み入れると、低い山すら見えるほど遮るものがない。町を囲む柵の中にはテントと壁のない家の骨組みだけがある、というなんとも不思議な状態だった。
キョロキョロと見渡しながら町の中に進んでいくと、カーンカーンというハンマーで釘を打ちながら木材を家の形に組み上げたりしている男の人達がたくさんいて、町の中に木の良い匂いが充満するほど、あちこちで新しい家が建てられていた。
「この町って、テーヌって町の場所で間違いないよね?地図にも書いてあるから最近出来た町でもないだろうに、なんでこんなにいっぱい建築中の家が多いんだろう?」
「地震でもあったのかもな。この国は地震が多いから」
ルクトの言う通り、この辺は地震が多いことで有名だ。
地震が多いだけで火山が噴火したり、地割れが起こったりするというわけではないが、倒壊した場合に被害が少なく済むように建物は平屋建てにする、家の間隔を空けるなど、地震に対してはある程度対策を取っているという風に話を聞いたことがある。
地震があったとしても、こんなに綺麗さっぱり何も無くなるなんてことがあるのだろうか。
様子が変なので念のためフードを被って歩いていると、パンを抱えたエプロン姿の女性に声をかけられた。
「おや、こんな復興中の町に旅人かい?残念だが、ここには道具屋と小鳥屋ならあるけど宿がないんだよ。
テントなら貸してやれるけど、次の町なら歩いて半日だからそっちに行った方が良いよ」
ーー復興中?この国は戦争は落ち着いていたと思うから、やっぱり何か災害があったのかな?
これは町長さんの所に行って、状況を確認したほうが良さそうだ。もし災害であれば私の出番もあるはずだ。
「そうなんですか。あの、町長さんはどこにいらっしゃいますか?」
「町長ならあそこの黄色のテントだよ」
女の人に教えてもらった黄色のテントを尋ねると、中からこんがりと日に焼けた褐色の肌の大柄な青年が首を傾げながら迎えてくれた。
「町長は私ですが、一体何のご用件でしょうか?」
町長さんといえばお爺さんとかおじさんといった年齢が上の人が多いが、この町の町長さんはレオンくらいのまだ若い人だった。
「私は『白い渡り鳥』のシェニカ・ヒジェイトと言います。もし必要であれば治療院を開かせて頂きたいのですが」
フードを取って身分を明かすと、町長さんは一気に笑顔になった。
「え?本当に?!いやぁ~。先月の氾濫で大怪我した人もいたので、『白い渡り鳥』様の訪問はとても助かりますよ!」
町長さんは話してみても、見た目通りの若々しさ溢れる豪快な男性だ。なんだかそんな所もレオンに似た感じがして、ちょっと嬉しくなった。
「大雨で川が氾濫したのですか?」
「そうなんですよ。川が氾濫して洪水になるのはもう数十年ぶりらしいんです。
この町は特産の麦で成り立っているんですが、大事な畑は離れた所にあるから無事だったんですけど、家が全部流されてしまって。こうして町は再建中なんですよ。氾濫で怪我人も出たし、早く家を建てたいのに大工が不足してるから住民でやっているんですが、慣れない仕事でまた怪我人が続出していましてねぇ。
国から派遣される白魔道士は次に来るのが3ヶ月後だったんですが、領主様に事情を説明して前倒しして派遣して貰えるように頼んでおいたのですけど、なかなか派遣してもらえなくて困っていたんです」
「そうなんですか。白魔道士は定期的に派遣されるんですか?」
「ええ。だいたい半年に1回ですね。そうだ、治療院を開いている間、テントを張りますのでそちらで寝泊まりしてもらって良いですか?」
「ええ、もちろんです。まだお昼ですから、今から治療院を開いても良いですか?」
「ありがとうございます!今から町の人達に知らせてきます!」
私とルクトは町長さんに貸してもらった大きなテントを組み立てて、貸してもらった机と椅子、ベッド代わりの木の長椅子を入れて即席の治療院は完成した。
「もう外には列が出来てるぞ」
ルクトが指差したテントの窓から外を見ると、痛そうな顔をした人や子供をおぶった人、肩を貸して貰わないと立ってられない人が沢山待っていた。
「んじゃ、早速お仕事しないとね。中にどうぞ~!」
私の声に誘われて最初に治療部屋に入ってきたのは、少年をおぶったお母さんだ。
少年の顔色は良さそうだが、半ズボンから見える右足が異様に腫れている。
「息子の右足がずっと腫れてて痛がってるし、痺れて動かないって言ってるんです。左足はなんともないみたいなんですけど、もう3週間以上経っているのに全然良くならないし…。何か病気なんでしょうか?」
お母さんの背中から木の長椅子に下ろされた男の子は、自分の右足を見て泣きそうな顔をした。
時間が経っても一向に良くならない状態は、お母さんだけでなく本人にとっても凄く不安だろう。
「こうなった時のこと、覚えてる?」
地面に膝をついて座ったままの男の子の足を見ると、右の足先から膝までの範囲がパンパンに腫れ上がっている。
「僕ね、川が町まで来た後、水たまりで遊んでたらチクッてしたの。そしたら、足がこんな風になっちゃったの」
小さな足に触れてみれば、足首に赤紫色の小さな2つの斑点があり、そこを中心に痺れが広がっているようだ。
手をかざしながらを調べてみると毒の影響だということが分かった。
「そっか。痛かったねぇ。今、治してあげるからね」
私が男の子の足首から膝まで解毒と回復の治療魔法をかけると、パンパンになっていた足が少しずつ元の状態に戻り始めた。腫れが引いて元通りの足になると、足首の斑点も綺麗に消えた。
「はい、治療終わったから、もう大丈夫だよ」
「これは病気だったんですか?」
治療を終えると心配そうに見ていたお母さんと男の子に、状況を説明し始めた。
「病気ではなく、これはアルビン・スコーピオンというサソリに刺されたことが原因です」
「サソリですか?」
「このサソリは、いつもは森の中の水辺に良くいるんです。神経を麻痺させる猛毒を持っていますが、臆病な性格なので滅多に襲ってくることはないんです。でも色が白いので、霧のかかった森を歩いていたりすると、木の下で休んだ時とかにサソリに気付かずに触ってしまって刺されることがあるんです。
多分、川が氾濫した時、流されて来た木にくっついていたサソリが生きていて、運悪く刺されたようですね。滅多にないことだから、これからも水たまりで遊んでいて大丈夫だよ。でも見たことのない虫や草には触っちゃダメだからね」
男の子の頭を優しく撫でてあげると、また遊べるのが嬉しかったのか満面の笑みで私を見てくれた。
「先生ありがとうっ!」
「どうもありがとうございました」
男の子は私に元気に手を振ってくれたが、後ろに居たルクトと目が合ったのか、逃げるように出口から出て行ってしまった。
振り返ってルクトを見ると、私と目が合う前にプイッと窓の方へと視線を逸らしていた。
ーー子供には少しくらい笑ってあげてもいいのになぁ。ルクトの笑った顔、結構いたずらっ子みたいな所があって好きなんだけどな。
折角良い笑顔が出来るんだから、そのうちルクトの無表情を何とかして、少しでも子供に逃げていかれないようにしたい。
ルクトが少しでも笑顔を見せてくれて、子供に警戒されないような場面を想像してみた。
『お兄ちゃ~ん!肩車して!』
公園の片隅でルクトの周りに子供たちが集まって、我先にと肩車を強請っているという、見ているこちらも和むとても微笑ましい光景だ。
『あははは!お前何回目だよ。仕方ねぇなぁ』
ルクトは自分の身体をよじ登ろうとする男の子を抱き上げて肩に乗せた。
ーーうん。ないな。これは妄想のなせる技だろう。実際は
『あ?近寄んじゃねぇよ。邪魔だ。どっか行け』
『うえ~~ん!!あのお兄ちゃんが睨んだぁぁ!!!』
ーーうん、やっぱりこっちだな。ルクトの周りに子供が集まっているのは全く想像出来なかった。
「次の方どうぞ~!」
妄想を振り払うために頭を軽く横に振って、私は気を取り直して部屋の出口に声をかけると、部屋に入ってきたのは、白い包帯でグルグル巻きにした右手をダラリと下げた青年だった。
「洪水の時、俺も一緒に流されてしまったんです。その時に、崩れた家と家の間に肩を挟まれて…」
青年は私の目の前の椅子に座ると、服を脱いで包帯を外して右肩を見せてくれた。
洪水に巻き込まれてからキチンとした治療が施されずに時間が経ってしまっているからか、その右肩から指先にかけて所々で壊死が始まっていた。
「先生。あの…。これ、治りますか…?」
見るのも辛くなるような黒く変色してしまっている光景は、とてもじゃないが言葉にできない壮絶さがあった。
言葉が出ずに腕を見ていた私を見て、不安そうに問いかけてきた青年に私はニッコリと笑った。
「ええ、治りますよ。早速治療しますね」
私は青年を安心させようとにっこり笑いかけて、上級の治療魔法を時間をかけてかけ始めた。
魔法をかけた場所は変色が少しずつ消え、内部の壊死した部分が徐々に元通りになり、肌の色も無事な皮膚の色に変わっていく。
怪我をしたばかりの時なら白魔道士でも対処出来ただろうが、壊死する状態にまで悪化してしまうと、もう白魔道士の手には負えない。
ここで私が治療しなければ切断となっていただろう。
再生の治療が出来る『白い渡り鳥』でも、流石に壊死した腕をくっつけることは出来ないから義手になる。
義手でも生活は問題なく出来るが、やっぱり自分の元々の身体の方が良いに決まっている。そうなる前に、この町に立ち寄って良かった。
「はい、終わりました。ちゃんと指が動くかどうか確認してみて下さい」
私がそう言うと、言われた通りに手をグーパーしたり抓ってみたりして感触を確かめた青年は、満足そうな笑顔を浮かべてくれた。
こういう笑顔を見ると、私も一緒に嬉しくなって笑顔になる。
「先生っ!ありがとう…ございました。もうダメかと思ってました…」
青年は壊死が進む自分の手が不安で仕方なかったのだろう。嬉しさと安心感からかグスグスと泣きながら私の手をギュッと握りしめた。
相手が下心のある傭兵相手だったりすると、私に触れようとするとルクトが止めに入るところだが、彼もこの人に他意はないと判断したのか止めに入ることはなかった。
「治療が間に合って良かったです」
青年はグスングスンと鼻をすすり、何度も頭を下げながら治療部屋から出て行った。
そして1日の治療を無事に終えると、私とルクトは町長さんが用意してくれた黒色のテントに向かった。
1人用のテントを2つ貸してもらうことにしたのだが、ルクトは「なんで2人用のテントを借りないのか」と、不機嫌そうに言ってきた。
宿の一室ならともかく、この町は復興中でテントしかないんだから野宿の時と大差ない。
だから1人用のテントを選んだのに、ルクトはまさかテントの中でもごにょごにょしようと考えているのでは…。
私はルクトの『性欲の悪魔』ぶりに戦慄した。
テントを張った少し外れの場所に向かって暗がりを歩いていると、恋人同士なのか、魔力の光を持った男女が手を繋いで歩いているのを見かけた。
ーーいいなぁ。私もあんな風に手を繋いで歩きたいな。何か仲睦まじい感じがして羨ましいな。
「急に立ち止まってどうかしたのか?」
ルクトが魔力の光を持って私を不思議そうな顔をして見下ろしていた。私はいつの間にか歩みを止めて、その2人がいた方向を凝視していたらしい。
「あ、あのさ。手を繋いで歩きたいなって」
ーー私もあんな風にラブラブな感じになりたい。恋人になって早々にルクトに襲われてしまったが、順番は違うかもしれないけど、私はあんな風に少しずつの触れ合いから始めたかった。
だから、思い切って自分の気持ちをルクトに伝えてみた。
「はぁ?恥ずかしくないのかよ。暗くなったとは言え、人目についても構わねぇのか?」
「う、うん…」
ルクトの言う通り恥ずかしさもあるけど、私は俯きながらも勇気を出して肯定の返事を返してみた。
この町には知り合いもいないし、治療院を訪れた患者さんを見ていると、この町には良い人が多いからきっと何も言わずに見守ってくれるはずだ。
「……はぁ~。仕方ねぇな。ほら、繋いでやるよ」
一度大きくため息を吐いたルクトだったが、私の前にその大きな手のひら出してくれた。
「うんっ!」
私は飛びつく様にその手を取った。
結構な衝撃があったと思うのに、ルクトの持つ魔力の光はチラつくことすらなかった。
ーーえへへ。ルクトの手は大きくて、あったかいなぁ。
この大きくてあったかい手は、とっても大好きだ。ルクトの低い声も、意外と優しい所も、ちょっと強引な所も。
『性欲の悪魔』には正直ついていけないけど、ルクトのことがとても好きだって、こんな些細な触れ合いからでも十分実感出来る。
「ルクト、大好き」
私は思わずそう言って、繋いだ手をギュッと握って彼の太い腕に顔を寄せた。
「なんだ急に」
「だってこういうのって、恋人らしいことじゃない。だから嬉しくて」
「もっと恋人らしいことを、ベッドの上でしてるだろ?それは嬉しくないのか?」
ルクトのその言葉に、思わず幸せなほのぼのとした気持ちがピキンと凍りついた。
私の脳裏には、楽しみにしていた温泉宿が『性欲の悪魔』 によって、温泉と美味しい食事を十分に堪能することが出来ず、とうとう怒りに任せて彼を殴ってしまったことを思い出した。
まさか恋人になって1週間も経たずに襲われるとは思ってもなかったのだ。
私の予定では温泉宿では手を繋いで秘境の温泉宿の周辺を散策したり、2人部屋しかないけど夜は腕枕なんかしてもらったりとか、嬉し恥ずかしな感じの中でもっと気持ちが育っていく感じだったのに…。
ルクトと身体を繋げたことを後悔しているわけじゃないけど、彼への好きっていう気持ちがパンパンに膨れてからでも良かったと未だに思っている。
「ルクトって本当に煩悩まみれねっ!」
「男はこういうもんだ。諦めろ」
ーーそんなもんなのかなぁ。私はどちらかというと、ルクトとごにょごにょするよりも、手を繋いだり、キスしたり、ほっぺにチューとかの方が落ち着くんだけどな。こういうのが男女の差なのかな。
私の心の中では、悶々とした気持ちが渦巻いた。
翌日。少し早めにテントを出て治療院に向かって歩いていると、小鳥屋の看板が下がった青いテントが目に付いた。
テントの外には茶色のフィラが入った鳥籠がいくつも置いてあって、フィーフィーという鳴き声が響いている。
「ねえ、折角だからルクトがレオンにフィラを飛ばして手紙を送ろうよ」
「あ?書くような内容が無い。俺はお前と一緒に行動してるから、手紙書きたきゃお前がやれば良いだろ?」
ルクトは面倒くさそうな目をして私を睨むような目で見てきた。
カケラの交換をする時もそうだが、彼にはもうちょっと社交性というものを身に着けてもらいたい。
レオンとはあんだけ仲がいいんだし、シューザとも気が合うみたいだったから、これを機に2人と手紙のやり取りを始めさせたい。
人脈を繋ぐのは決して悪いことではないと思っている。むしろ、その人脈はいつかきっと彼の助けになるはずだ。
「私は送った事があるから良いの。こういうのはやったことのないルクトがやってみなよ」
「誰に送ったんだよ」
ルクトは急に不機嫌そうな声を出して、私を鋭い目で見てきた。彼は私の周囲に自分が知らない相手がいると思うと、こんな風な態度を取る気がする。
彼は結構ヤキモチ焼きらしい。
「私の親しい人だよ。ルクトがレオンに手紙書かないんなら、私が有る事無い事書いて送っちゃおうかな。
ルクトは最近マールの食べ過ぎて苦手になっちゃったから、今度一緒にマールを食べる時はレオンが全部食べて良いよ、とか。あ、ルクトが最近私に殴られましたとか!」
「……やめろ。俺が書く」
ルクトは小鳥屋のテントの中に入ると、机に座って手紙を書き始めたのを確認し、私はテントの外にいた店主のおばさんと世間話を始めた。
「そう言えば、どうして道具屋さんと小鳥屋さんは洪水の時無事だったんですか?」
「町の川に近い方はあっという間に家ごと押し流されて避難する時間がなかったけど、うちと道具屋は川から1番離れた場所にあったから、水がここに来るまで少し時間があったんだよ。だから、その間に鳥籠と最低限の必要な物だけを持って麦畑まで走ったんだ。だから建物は流されたけど、商売道具は無事だったってわけさ」
「そうだったんですか…」
「大雨が続いてはいたけど、今まで氾濫なんてした記憶がなかったから油断しちゃっててねぇ。川に近い方は避難が遅れて怪我人だけでなく死者も出てしまったんだ。
みんなで数日麦畑で過ごして、落ち着いた頃に町に戻って来たら、ただの水浸しの土しかなかったのを見てみんな泣いたよ。しばらく町全体が随分と落ち込んでいたけど、町長さんがみんなを励ましてくれてねぇ。
やっと復興に向けてみんな前向きになってこれたんだ」
おばさんの話が終わった時、テントの中からルクトがドスドスと足音を立てて近付いてきた。
「手紙書いたぞ。どうすりゃ良いんだ?」
パッと見たところ彼は便箋2枚を持っていたが、そんなにレオンに言いたいことがあったのだろうか。
なんだかんだ言って、やっぱりこの2人は気が合うらしい。これからはマメな文通をして友情を深めて欲しい。
「じゃあ手紙を細長く折って、フィラの足につける筒の中に入れておくれ。筒に栓をするのを忘れないようにね。お代は銅貨1枚だ」
ルクトはおばさんにお金を払って渡された小さな筒に手紙を入れると、おばさんに誘導されてテントの外に置いてあった鳥籠の中に手を入れた。彼の大きな手で茶色のフィラを片手でそっと捕まえると、足についている金具に筒を嵌めた。
「じゃあ、送りたい人のカケラを舐めさせてあげてくれるかい?」
ルクトが上着の胸ポケットにしまっていた革袋からレオンの青い結晶のカケラを出してフィラの前に差し出すと、フィラは長くピンク色の舌を出して美味しそうに何度も舐めた。
「じゃあ、鳥籠からフィラを出してあげておくれ。すぐに飛んでいくから」
おばさんに言われた通りにルクトは鳥籠からフィラを捕まえて空に放つと、フィラはパタパタと羽をはためかせて飛び立って行った。
「へぇ。これで良いのか。簡単だな」
「でしょ?しかも目の前まで届けてくれるしね。とっても便利だからカケラを交換しといて良かったって思えるよ」
私とルクトは小鳥屋のテントを後にすると、治療院のテントに向かって歩き始めた。
ーーーーーーーーー
「あ~。もうトラントは来ないで良いな。あいつら戦場に行け行けってうるせぇんだよ。さっさと越境しちまおう」
レオンは森の中に続く街道をのんびりと歩いていると、頭上をパタパタと忙しなくはためく音がすることに気付いた。
「ん?なんだこの鳥。俺を追いかけてくるな。あ、もしかしてフィラってやつか?ということは、ルクトか嬢ちゃんからの手紙か」
レオンはその場に立ち止まると、茶色の小鳥はカケラを入れた革袋をしまっている上着の胸ポケットに忙しなくはためきながら頬をすり寄せた。
鳥を優しく捕まえてよく見ると、その足には『手紙在中』と書かれた筒をつけられている。大人しくなった鳥を片手で持って、足からそっと筒を外して栓を抜くと、中から白いカケラと手紙が出てきた。
カケラには、『手紙を受け取ったらこのカケラを鳥に舐めさせてくれ』と小さく書かれたシールが貼ってある。
どうやらこのカケラは送られた小鳥屋に戻るためのものらしい。
指示通りにカケラを舐めさせ、足にカケラを戻した筒を付けてやると、鳥はあっという間に飛び去って行った。
「へぇ。こういう仕組みなのか。こりゃあ移動してても受け取れるから便利だな。旅してる嬢ちゃんみたいなのは重宝するのも納得だ。えっと手紙は何を書いてるんだ?」
細く巻かれた手紙を開けて目を通したレオンは、時間をかけて手紙を読んだ。時間が経過すると同時にこめかみがピクピクと痙攣し、2枚の便箋にビッシリと書かれた手紙を何度も読み返した後、グシャリと握り潰した。
「読めねぇよ!!!」
レオンの絶叫は森の中に響き、その声に驚いた鳥たちが一斉に飛び立った。
ーーーーーーーーー
テーヌの町を出て、次の町を視線の先に捉えながら街道を歩いていると、ルクトの後を必死に追いかけてくる茶色の小鳥がいることに気づいた。
「ルクトにフィラが来てるよ」
「あ?これがそうなのか」
「優しく捕まえたら手紙を足から取って。そしたら筒の中にフィラの足に小屋に帰るカケラがあるから、それを舐めさせて。カケラをまた足に戻したら空に放してあげたら完了だよ」
ルクトはその通りにすると、受け取った手紙を見て何故か満足そうに笑っていた。
レオンからの返事が来たのだろう。そんなに嬉しそうな顔をするってことは、何か良い知らせでもあるのだろうか。
「レオンから?見せて見せて~。
えっと…?『字が汚すぎて読めねぇよ!あんな暗号文が誰でも読めると思うなよ!手紙を書くんなら、読める字で書くか、新聞でも切り抜いて書きたい文章を作れ。アホ!読める状態にしてもう一度送ってこい!』だって。
あはは!そう言えばルクトの字って壊滅的だったね。忘れてた!でも、アホ!なんて言ってくるレオンって、やっぱり面白いね。私がルクトがまともな字を書けるように練習してあげるよ」
レオンからの手紙が気になった私はルクトから手紙を奪い取って、手紙を声に出して読んでみた。
手紙を良く見てみれば、レオンは怒りに任せて書いたのだろう。全体的に字が罫線をはみ出たりしているが、一際目立つように大きく豪快な大きさで『アホ!』の部分が強調されていた。
「無駄だと思うぞ」
「こう見えても、私は人に何か教えるのって得意なんだ!ルクトの汚い字を読める字に変えてあげる!」
私はその発言をすぐに後悔することになった。
応援ありがとうございます!
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