天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第19章 再会の時

6.むかしむかしの恋の話

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■■■前書き■■■
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更新大変お待たせしました!
今回はローズ様との再会2日目。シェニカ視点のお話です。

■■■■■■■■■

朝食を終えてルクトと一緒にローズ様の部屋に向かうと、扉の前には昨日とは違う神官が2人立っていた。初対面だったけど、フードを外した私を見ると、すぐにドアをノックして部屋の中に入れてくれた。

「おはようございます!」
「おはようございます。よく眠れましたか?」

「はい!しっかり眠れました」
「それは良かった。テラスに行きましょう」

「あ、ローズ様。イルバ様への手紙を書きました」
「早いですね。私もこれから書きますので、すぐ出すように手配しますね」

昨晩書いた手紙を渡すと、ローズ様は懐に仕舞ってテラスへ移動した。
ルクトがソファに座ったのを横目で見ながらテラスに出ると、昨日と同じ神官がお茶を出してくれた。廊下に控えた人と違い、ここにいる神官2人と巫女は同じ人だから、きっとこの3人はローズ様に一番近い側仕えの人なのだろう。


「どんな話をしましょうか」
「ローズ様の伴侶の方、配偶者の方のお話を聞きたいです!」

「夫は3人いますけど、どの人の話を聞きたいですか?」
「ぜ、全員のお話に興味があります…」

「面白い話はありませんけど、いいですか?」
「是非!」

「シャオム。部屋の中で寛いでいて下さい」
「分かりました」

ローズ様は面白そうに笑うと、ドア横に控えている神官に部屋の中にいるよう命じた。


「私はセゼルの首都の生まれですが、ダーファスに身を寄せた師の元で修行を積むために、親元を離れてあの町に行きました。私が16歳の時、後に配偶者となる夫が、神殿の治療院に腰痛の治療を受けにやってきました。彼は名をアルメスと言って、貴女と一緒に学んだ便利な魔法を研究する学者でした。その時、他に患者はいないし、時間もあったので、どんなことをしているのか話したんです。彼の研究は初めて聞くことばかりで楽しくて。神官長を務めていた師に無理を言って、私の客人として神殿に滞在させたんです。
私は当時からすごくわがままだったから、まだ修行中の身なのに師匠にそんなことを言ったんですよ。怒られはしませんでしたけど、呆れられました。
でも、今まで知らなかったことを知るのはとてもおもしろくて。最初こそ誰も使えない魔法に興味があったのですが、次第に彼の話をもっと聞きたい、もっと一緒にいたいと願ってしまって。穏やかで、包容力のあるところに惹かれて、いつの間にか彼を好きになっていました。
片思いの状態が2年続き、『白い渡り鳥』のランクを決める試験も終えた時。各国への挨拶回りに行く数ヶ月前に、私は彼にプロポーズをしたんです。まぁ、すぐに断られましたけど」

「え!そうなんですか?」

「プロポーズをした時、『私はもうおじさんだ。20歳も年下の若い娘さんなんてもったない。世界にはとても素敵な人がたくさんいるから、焦ることはないんだよ』と笑われて、相手にされませんでした。好きだという気持ちも『ありがとう』と言われるだけで、応えてもらえなくてね。とても悲しかった。
でも、彼の言動から、相手にされなくても決して嫌われているわけではないと分かったので、勢い余った私はある日夜這いをしました」

「ええっ!ローズ様が夜這い?!」

「ふふっ。意外ですか?私はせっかちで待つのが苦手でね。恋する女は時に猪突猛進なんですよ。
神官に強制催眠をかけて合鍵を持ってこさせ、夜中に彼の部屋へ忍び込んだのです。ベッドで眠っていた彼はすごく驚いていましたが、すぐに怒った顔になって。ベッドの上に正座させられて、明け方まで滾々とお説教でした。
でも、本当に真剣だったんです。私だってもうすぐ成人する大人の女なんだと、本気なんだと彼に認めてもらいたかったのですけど。早まった行動だと今でも笑っちゃいます。
でも、そこで彼は私が本気なんだと分かってくれたみたいで。懲りずにプロポーズし続ける私にとうとう折れて、他に夫を持つこと、他の夫も愛すること、他の夫の子を生むことの3つを条件に、結婚の約束をしてくれたんですよ」

「どうしてそんな条件を…?」

「なぜそんな条件をつけられるのか分からないまま、私は挨拶回りに行くためにダーファスを離れました。その間、ダーファスに残る彼とは手紙のやりとりでの付き合いでしたが、いつも『良い人は見つかりましたか?』と書いてあってね。他の夫を連れてこないうちは単なる婚約者だから、籍は入れない、結婚式も挙げない、挨拶回りが終わってダーファスに戻ってきても寝室は別という徹底ぶりで。
研究をしたい彼とは一緒に旅が出来なかったし、久しぶりに会えたと思っても、一線を引いたそっけない態度を取られてね。すごく寂しくて、辛かった。そんな状況に耐えきれなくなって。強制催眠をかけて心の中を覗きました。そしたら。

『自分の一族はどの人も50歳を待たずに死ぬから、彼女には別の人を見つけてほしい』
『彼女は頑固で意地っ張りだから、自分と結婚したら私の死後も義理立てして独り身を貫くかもしれない。死んだら自分には何も出来ないのだから、彼女の幸せを縛りたくない』
『彼女の気持ちを逸らせるためとはいえ、傷付く顔は見たくない。これ以上傷付けたくない。どうか私の言動の意味に気付いてほしい』
『彼女の性格から考えて、任せられるのは他の夫くらいだろう。だから早く他の夫を見つけて欲しい』
と言われましてね。
彼がそっけなくするのは、私を心配するが故のことだったのかと思うと言葉になりませんでした。

それからは出会った人の中で信頼できそうな人がいたら、少し踏み込んで関わってみようと思うようになりました。
でも。一般家庭に生まれた私には、彼の願いの通りに他に夫を迎えても、浮気ではないか、二股ではないか、不倫ではないか。そして、他の人を好きになったら、彼に嫌われるのではないか、彼への気持ちが薄れるのではないかと思って。たとえ死別したとしても、私には貴方こそ最愛の人なのだから独り身を貫いても良いじゃない。私は貴方とだけ結婚出来ればいいのに、どうして分かってくれないの、と悩み苦しむようになりました。貴女と似ていますね」

ローズ様は私に苦笑いすると、小さく溜め息を吐いた。


「2人目の夫を紹介した時、彼は心から安心したような顔で喜んで。やっと彼と夫婦になって幸せになれたのに、数年後には倒れてしまってね。治療の魔法をかけ続けましたが、50歳を目前にして『愛する人と子供達を任せられる人がいるというのは、幸せなことだ』と言って、安らかに旅立ちました」

「そう、だったのですか」

「2人目の夫は、私が挨拶回りに行く時に父から護衛として紹介された、ラルシャという名の元軍人でした。まっすぐで、献身的で優しい人でね。彼は色々と気遣いが出来る上に、『もう大人なんでしょう?そんな子供じみた我儘は可愛くありませんよ』『それは違う』と叱ってくれる数少ない人だったから、彼と旅をするのはすごく快適で、そして勉強になりました。
挨拶回りを終え、『白い渡り鳥』としての旅も慣れてきた頃、彼にプロポーズをされました。彼には信頼以上の気持ちはなかったし、一線を引いた婚約者とは言えアルメスがいるし、他に夫を持つことに葛藤があって断ったんですけど。その日から、彼は遠慮なく好意をぶつけてきました。
最初は相手にしなかったんですけど、彼の真剣な目に晒されたり、真っ直ぐな気持ちを受け続けていると、徐々に意識も変わってきて…。アルメスに相手にされない寂しさや、アルメスと夫婦になりたいという気持ちと、ラルシャにほだされたこともあって、プロポーズを受け入れました。
彼は夫たちの中で一番長生きしてね。アルメスが倒れてからは護衛を辞め、ダーファスの神官長となって、私の仕事のサポートや神殿に託した子供たちとアルメスを見てくれていました。彼はもともと上下関係の厳しい軍人だし、私のサポートをする神官長ということもあって、妻として大事にしてくれるだけでなく、最期まで私に忠義を尽くしてくれました。そして、彼は夫達の気持ちを一番理解していた人だったと思います。

3人目の夫はジュハと言う名の傭兵です。旅の途中で知り合ったのが出会いでしたが、ラルシャと気が合う人でね。越境が簡単に出来るからとか、ラルシャと一緒に鍛錬したいとか言って、護衛でもないのに旅にくっついてきました。
変な人、口の悪いデリカシーのない人としか思っていませんでしたが、ラルシャが『話し相手と鍛錬相手がいるのは良いことだ』と言うし、治療院を開く時は傭兵組合で仕事を請けていたり、貴族の屋敷や王宮に行く時は別行動をしていたので、ジュハのことは放っていました。
そんな状況が続いたある日、アルメスが倒れたと報せがきました。その時私はまだ旅が出来る妊娠初期の状態でしたが、臨月を待たずにダーファスに戻りました。今まではダーファスに帰ってもジュハとは別行動だったのに、この時はなぜか神殿までついてきてね。お前には関係ないから傭兵業に戻れと言っても、あれこれと理由をつけて神殿から出て行こうとしませんでした。
私が臨月に入った頃、ラルシャからアルメスの療養と私の神殿に関する仕事をサポートするために、護衛を辞めてダーファスに残ると言われました。護衛はジュハに任せると言われた時は驚きましたけど、『腕は確かだし、君と対等にものを言い合える人が護衛になったほうが良い。気に入らなければどこかで別の護衛を探せばいい』とラルシャから説得されて。彼がそこまで言うのならと頷きました。
子が生まれて少し落ち着いた頃、傭兵らしい口の悪さと粗暴さのあるジュハが、ダンスやテーブルマナー、言葉遣いなどをこっそり習ったり、苦戦しながらも人知れず練習しているのを見たのです。私と同じ歳でも精神年齢の低い、悪ガキのような人だと思っていましたが、案外真面目なところもあるのかと可愛く見えてね。外に出している自分と内側の自分が違う人なのだと、このとき知ったと思います。
ジュハはアルメスとも気が合うようで、夫3人で私の愚痴を言い合っていましたね。懐かしい」

ローズ様は当時のことを思い出したようで、小さく吹き出して笑った。


「ダーファスを離れてからはジュハと2人旅になったんですけど、彼は飄々とした顔をしてトボけたことを言うものだから、しょっちゅう口喧嘩のような言い合いをしていました。そういう言動にはイライラすることもあったんですけど、夫たちや子供と離れて寂しがらないようにと、彼なりに考えてそういう態度を取っているのだと知った時、不器用な人だけど優しいところもあるのだと思って、好意的に見ることが増えました。
それからしばらくして。ある貴族の家で行われた晩餐会に招かれた時、私の食べ物に媚薬を入れられるという事件がおきました。貴族の息子の差し金だったようですが、なぜかジュハの飲み物にも混入していてね。貴族の息子の思惑通りには運ばず、私とジュハが一夜を共にしてしまうことになってしまいました。
翌朝、罪悪感で押し潰されそうになる私の横で、真っ青な顔をしていたジュハが泣き出してしまってね。私も泣きたかったのですが、彼のあまりの号泣ぶりに面食らってしまって。とりあえず彼を慰めることになって、話を聞いていたら。

『初めてだったのに意識が飛んで記憶がない。そもそもローズにまだ好きだと言ってないし、プロポーズの言葉も結婚指輪も用意してない。嫌われた。ただでさえ口喧嘩ばっかりなのに、これで絶対嫌われた。アルメスとラルシャから君なら大丈夫。強気で行けとアドバイスを貰ったけど、全然大丈夫じゃない。もう終わりだ…』

って、大泣きする迷子の子供のように言われてね…。
夫2人がジュハの背中を押しているなんて知りませんでしたが、顔に似合わず純粋なところが愛おしく思えてきて。しばらくして、ジュハの子を妊娠していると分かったので、ダーファスに戻って正式に3人目の夫として迎えて子を生みました。
彼は私が引退する時まで一緒に旅をしましたが、私とダーファスに身を寄せて数年後、彼も旅立ってしまいました」

ローズ様はそこまで言うとお茶を飲み、ガラスの向こうにいる神官を見た。


「ジュハは無意識に威圧感を出してしまう眼光の鋭い人でね。彼と一緒にいると、軽い気持ちで近付いてくる人は尻尾を巻いて逃げていきました。そこにいた神官、あの子は私と彼との間に出来た子の子供。彼の目によく似た私の孫なのですよ」

「そうなんですか」

一番近くにいる側仕えの神官がお孫さんだったのか。高齢になって身内がすぐ側にいるというのは、とても心強いだろうな。


「彼らは自分以外の夫がいること、ラルシャとジュハへ向ける愛情と、アルメスに向けた愛情に差があると分かった上で結婚しましたが、ラルシャとジュハにも惹かれて結婚を決めたのは他でもない私です。私が迷えば、全てを受け入れた上で誠心誠意尽くしてくれる彼らを傷付け苦しめることになる。彼らが幸せだと言ってくれるのなら、これで良い。私たちの幸せの形はこれなのだと、そう思えるまで長い時間を要しました」

「愛情に差があったのですか?」

「いつまで経っても保護者の様に接するアルメスに、貴方が一番だと分かって欲しかったのですが、褒めて欲しい、認めて欲しいと迫る子供のようだから、彼は保護者のままだったのでしょうね。
私の自己満足のためだけに愛情に差をつけるなんて、幸せだと言ってくれる他の夫たちを傷付けるだけ、と気付いたのは更に後だったから…。本当に酷いことをしたと今でも後悔しています」

ローズ様は力のない声でそう話すと、下を向いて目元を指でなぞった。


「ちゃんと謝れないまま夫たちを亡くして。自分の行いを後悔し続ける今になって、ようやく彼らの気持ちが分かるようになりました」

ローズ様はうつむき加減だった顔を上げると、悲しみを含んだような視線を私に向けた。


「死ぬ運命は誰にも避けられません。それまで強く生きていても、老いや死を間近に感じるようになってくると、大事な人を誰かに任せたい、と思うようになります。残す人を愛していれば尚更ね。
他に信頼出来る夫がいれば、彼らが私を守ってくれる。父親は違っても子供がたくさんいれば、寂しさを忘れるほどにぎやかになり、心の拠り所になる。そして、夫たちがいなくなっても子や孫達が私を守ってくれる。
彼が他の夫、子供達を求めたのは、愛してくれていたからだと今なら素直に思えます。だから。シェニカにもたくさんの幸せを享受してほしいと心から思っていますよ」

「……はい」

ローズ様は私の小さな返事を聞くと、今日一番のニッコリとした笑顔を浮かべた。


「昨日初めてディスコーニ様とお会いしましたが。あの方はとても純粋な方ですね。仕事の特性上、色々なことを経験しているでしょうが、今まで自分の信じる道を進んできたのでしょう。シェニカととてもお似合いですよ」

「そ、そうでしょうか…」

「今まで軍人に近付くなと言っていただけに、貴女に心強い味方が出来てくれて、本当に嬉しいですし安心しました。一方で護衛の彼は不器用な人ですね」

「そう、ですか?」

「心の奥に隠した弱い自分を傷つけないように精一杯の虚勢を張って。強さを身につけたら、奥に隠した自分を見えないように封印して、生まれ変わったつもりでいるタイプでしょうか。身体は大人になっても心はまだ子供。心と身体の年齢が一致しなくて、苦しんでいるように見えました」

「どうして、そんなことが分かるんですか…?」

ルクトとは結構長い付き合いになるけど、そんなことを思ったことなんて一度もなかった。ローズ様はルクトと昨日が初対面だったと思うけど、短時間の会話でどうしてそんなことが分かるのだろうか。


「旅をする中でたくさんの人と出会ってきましたし、なにより私自身がそうだったから、彼の気持ちは想像出来ます。
好きな人から愛されるために一生懸命になるのに、なかなか振り向いて貰えない。その期間が長ければ長いほど想いは募り、もどかしさも溜め混んでいく。そのせいで空回りして、余計に素直になれなくて。自分のことしか考えられないせいで相手を傷付けて、後悔して。
見たくないことから目をそらし、プライドや自己ルールに阻まれて。自分の気持ちだけを押し付けてるだけじゃ、振り向いてもらえない。
私はその事実に気付くまでに、たくさんの時間と痛みを伴いました」

ローズ様はテラス全体に響くような大きな溜め息を吐き出した。


「彼は成人してすぐに傭兵として働き始めたのでしょうね。虚勢を張って、立派な大人を演じて、そうやって殺伐とした社会を生き抜いてきたのでしょう。それは必要なことだったと思いますが、彼はもう年齢も経験も成熟したのですから、心も大人になる転換期なのだと思います。
内面を変えるには強い力が必要です。貴女が立ち向かってみようと決意したように、強烈なキッカケも必要でしょう。先延ばしにしていた問題が顕在化したのが、この時期だったということでしょうね。

私の時はアレコレ言う人を無視して問題ない程度でしたが、貴女の場合は私の時よりも複雑です。昨日も言いましたが、誰か1人を選ぼうとすると、その人は世界中を敵に回すようなもの。でも、誰と恋をして、結婚するかというのは貴女の自由です。幸せの形は人それぞれ。心の声に素直になって後悔しない選択をしなさい」

「はい…」

「今の貴女を見ていると、過去の私と重なって見えてね。この年齢になると楽しい思い出だけでなく、『あの時こうしておけばよかった』『あぁしておけばよかった』という後悔も胸に強く残っているのです。だから余計な話をしてしまうのですが、かつて同じ仕事をしていた年寄りの戯言と思って、笑ってくれると嬉しいです」

「どんな後悔…ですか?」

「夫達に。特にラルシャとジュハに、もっとたくさんの言葉と態度で愛情を伝えておけば良かった。自分の気持ちを早くに認めて、あの人の気持ちに応えてあげればよかったとか。色々あります」

「あの人…?」

あの人、って3人の夫とは違う人みたいだけど誰だろうか。


「顔を合わせれば所構わずプロポーズしてくる物好きな人でね。当時、ユダニカの王太子でしたが、そんなことをしてくるのは毛色の違う私が珍しく見えただけ、若さ故の気の迷いと思って相手にしなかったのですけど。
『ローズ以外と結婚しない!』と言い続けていたら、本当に結婚もせず、40年以上経った今でも求婚し続けるとは思っていませんでした」

「よ、よんじゅうねん…。あ!もしかして。腹踊りの人ですか?」

「えぇ。そうよ。私に怒鳴られるのも、腹踊りさせられるのも嬉しいと感じる変態よ」

「こ、国王陛下だったのですか」

ダーファスの神殿の外、みんなに見える場所で腹踊りする姿と、『そっとしておいてください』と書かれた張り紙を思い出した。


「甥に譲位したので前国王ですけどね。他の王太子や貴族からもしつこく求婚されたことはありますが、冷たく接していればやがて諦めてくれたのに、この人だけは変わらなくてね。
諦めさせようと私は1人奮闘していたのに、いつの間にか夫たちは3人とも味方になって、『いい加減素直になってニフェール様と結婚しては?』と言うし。私以上に夫達と手紙のやり取りをするし、外遊帰りにダーファスの夫達に会いに行くし、夫たちに死期が迫ると神官が彼にも連絡をしているし。血の繋がりなんて一切ない私の子や孫達を、夫達と一緒に可愛がった結果、気付いたらおとうさん、おじいちゃんと呼ばれている始末。
まさかこんなに諦めの悪い人とは思っていませんでした」

「そうだったのですか…」

「私が意地を張った結果、夫達も物好きなあの人も、みんな傷付けてしまいました。だから貴女に同じ後悔をして欲しくないのですよ。
貴女が特定の人を恋人、愛人、伴侶、夫と公表しなければ、その人は貴女に縛られない自由な身。気になる相手に特定の人が居ないのならば、貴女に恋人や夫がいようと一晩くらい寝てあげればいいと思います。身体の相性も大事ですよ」

「ね、寝てあげる…」

「一夜を共にしたからと言って恋人にする必要はありません。その人がそれで良いと了承するなら、同じ人と何度関係を持とうと、それはただのご褒美です。避妊だけしておきなさいな」

「は、はい…。ご褒美…」
「顔を赤くして。若いって良いわね。ふふふっ」

「ローズ様にはそのような経験はあるのですか?」
「ありますよ」
「そ、そうなんですか…」

ローズ様はきっちりしているイメージだったから、恋人や夫、伴侶以外の人と関係を持ったことがあるというのはすごく意外だった。それに、一晩くらい寝てあげればいい。ご褒美ですと言われるなんて、予想外過ぎてなかなか言葉が出てこない。


「なんでも一度はやってみなければ分からないものですよ。『若気の至り』という便利な言葉もありますし、他の人を知ったから今いる人の良さや、自分の気持ちに気付くこともあります。
貴女の自由は誰にも縛ることは出来ません。それが可能なのは貴女自身だけですが、私のように気持ちに蓋をして、目を閉じ、耳を塞いで後悔して欲しくありません。
貴女の恋人、夫になる人は、自分以外に愛される人がいることを覚悟しなければなりません。それが出来ないのなら去ることになるでしょうが、価値観が違うのですから別の人との幸せを見つけてもらった方が良いのです。
貴女に既に決めた相手がいても、生涯を共にしたいと思い合える別の人が出来たのなら。夫と呼べる配偶者もしくは伴侶として迎え、幸せになりなさい」

「ローズ様も。ローズ様もその方と幸せになって下さい」

「ありがとう。貴女と話していると、私の隣で夫達が『そうだぞ、そうだぞ』『やっと俺たちの気持ちが分かったか』と頷いているような気がしてなりません」


ローズ様は困ったように微笑むと、お孫さんに向かってガラス越しに手招きして、温かいお茶を持ってくるよう命じた。
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