天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第11章 天使と悪魔が交わる時

3.秘境の温泉宿

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「見て見て!やっと宿が見えてきた〜!」
 
 
何度か野宿を繰り返し、私達はようやく山間の温泉地が見える所までやって来た。
 
私が木々の合間から見える屋根がポツポツと点在する山の上の方を指差すと、ルクトも立ち止まってその方向を見た。
 
 



 「あと小一時間歩けば着くな。おい、こっち向け」
 
 
 
「ん?どうかしたの…って!!」
 
 
まだ太陽が出ている明るい時間だというのに、ルクトは周囲の目も気にせず抱き寄せてキスしてきた。
 
 


「もう!誰か見てたらどうするのよっ!」
 
 

「この山道を歩いてる奴なんて誰もいねぇよ。ここに来るまで誰ともすれ違わなかっただろうが」
 

 
ルクトはキスするのが恥ずかしくないのだろうか。私は誰も見ていなくても恥ずかしくて堪らないのに…。
 
それに、野宿の度にルクトはキスをして来て、私を膝の上に乗せて眠らせてくれるのだが、私は決して軽くはないのに彼の膝は痛くないのだろうか。
 
 

 
「た、確かにそうだけど。せめて夜だけとか」
 
 

「なんで時間を限定しないといけないんだよ。したい時にして何が悪い」

 
 
「はっ、恥ずかしいじゃない!」
 

 
「恥ずかしいねぇ。じゃあ、今は夜だけにしといてやるよ。ほら、行くぞ」
 

 
「ま、待ってよ!」
 
 
ルクトはそう言ってスタスタと先を歩き始めたから、私は駆け足で彼の背中を追った。
 
 
 




 
ルクトの言う通り、あれから小一時間歩いて秘境の温泉地に到着した。
 
 
この秘境の温泉地には来る人が少ないからか、宿が数件だけ点在するように建てられているようだ。
 
 
最初の温泉宿の前を通り過ぎ、ロクに整備されていない細い砂利道を歩きながら周囲を見渡してみると、チチチと鳥の囀る声と風でカサカサと木の葉っぱが揺れる音、どこかで川も流れているのか、せせらぎの音も微かに聞こえる。
 
 
ここは空気も澄んでいるし自然がいっぱいだから、ゆっくりするのならうってつけの場所のようだ。
 
 
 



 
砂利道の分岐点にある宿への案内板に従って、見当をつけていた宿に行くと、その宿は木で建てられた平屋建ての趣のある建物だった。
 
宿の入口には、まるで歓迎してくれているような、アーチのように曲がりくねって長く伸びた太い枝が出迎えてくれた。

川が近いらしく、はっきりとしたせせらぎの音とひんやりとした空気が肌で感じられる。




門をくぐって建物の中に入ると、すぐにニコニコした女将さんが丁寧に迎えてくれた。
 
白髪が少し混じった女将さんは、ブラウスと緑色のロングスカートの上に、白いエプロンをつけた質素な感じの装いなのに、お辞儀をする仕草や受付に案内する動作など、行動の端々に上品さが溢れている。


まるで貴族の屋敷でベテラン侍女でもしていたのだろうか、と思えるほど素晴らしい接客態度だ。



 
「まぁまぁ、こんな遠くまでお越し頂きありがとうございます。ご宿泊はどれほどのご予定でしょうか」



「4泊お願いします」



「では2名様、4泊ですね。金貨10枚お願いいたします」


私がお財布を出そうとすると、隣りにいたルクトがあっという間にお金を支払ってくれた。



 
  
「いいの?」
 

契約通りだと宿は私が支払うことになっていたのだが、今回はルクトが支払ってくれるのだろうか。


私とルクトの関係はただの『護衛対象と護衛』というものから『恋人』というものに変わったが、最初に決めたお金の分配や負担についてはそのままでいこうと話し合ったのに。




 
「今回は俺が行き先を決めたし、たまにはな」
 

 
「ルクトありがとう」
 
 
ルクトが払ってくれると言うのなら、遠慮なく甘えてしまうことにした。



 
「では、お部屋にご案内いたします。こちらへどうぞ」
 
 
事前に調べて分かっていたことだが、この宿には1人部屋はないので私達は同じ部屋に泊まることになった。

何だか急接近することになったルクトと一緒の部屋と考えるとドキドキしてしまうが、流石の彼も付き合って1週間も経っていないし、温泉地に来たのは私を休ませるためだから何もしてこないだろう。



 
 
女将さんの先導で、木目が美しい廊下を歩いていると、窓から入ってくる美味しい空気を思いっきり吸いこんでみた。
 
 
ーーあ〜…。こんなにいい場所に来たなんて夢みたい。
 
 


窓の外に広がるのは、綺麗な緑色の葉っぱと綺麗な青空、遠くで聞こえる鳥の囀りと川のせせらぎ。

この世界のあちこちで戦争が起きているのに、戦争とは無縁そのものの静寂と平和な世界が広がっていた。






「静かで良いところですね。空気が美味しくてのびのび出来ます」
 
 
私はこの温泉宿の空気と世界に惚れ惚れして、前を歩く女将さんに話しかけてみた。
 
 


 
「そうですねぇ。ここは本当に秘境の場所ですから、静寂と自然、そして効果の良い温泉だけがウリなんですよ」
 

 
「他にお客さんはいるんですか?」
 

 
「お客様以外には、あと1組いらっしゃってますね。お部屋は離れていますから、気兼ねなくお寛ぎ下さいね」
 
 

女将さんの話によれば、この宿は元々部屋数が5部屋というコンパクトなお宿だそうだ。

宿の厨房や受付などがある母屋から5つの部屋が離れのように渡り廊下で繋がっているから、他のお客さんと顔を合わせることはない設計になっているらしい。
 

 
 
 
「こちらのお部屋をお使い下さいませ。
お食事はお部屋にある鈴を廊下で鳴らしていただければ、お部屋のダイニングへお持ちします。部屋の戸棚にありますお酒はお好きにお飲み下さい。無くなりましたら、言ってもらえれば補充いたします。では、ごゆっくりどうぞ」
 
 
女将さんに案内された部屋は、普通の安宿の部屋とは作りが全然違った。
 
 


玄関から入ってすぐに広がるのは、木の良い匂いが漂うダイニングだ。
 
新品の木材を使ったかのような明るい木の板が床に張られ、その上には2人用の木製のテーブルと椅子が置いてある。
 
そのテーブルの上には、ピンクの花が咲いた小さな観葉植物が置いてあった。
 
 



壁側にはお酒がビッシリ詰まった戸棚が置いてあり、部屋に入ったルクトは早速その戸棚の前に歩いていった。
酒好きな彼のことだから、戸棚の中のお酒を品定めしているのだろう。



 
 
ダイニングの奥に続くドアを開けると、そこには大きな窓があり絶景が広がっていた。
 
 
 
「うわぁ!ねぇルクト見て!凄い絶景!山道が険しかったけど、頑張った甲斐があるわ!」
 
 

「そうだな。ダイニングには俺や宿の人間の出入りがあるし、俺がいるから防音の結界だけ張っておけ」
 


「うん、分かった」



ここに辿り着くまでの山道は、ほどほどに整備されているとはいえ、結構厳しい勾配があったり、足元が悪い場所、長い階段があったりと険しいの一言に尽きた。
 
でも、その甲斐あって、窓から見えるのは真っ直ぐな地平線と綺麗に澄んだ青い空、遥か遠くに見えるどこかの街。
 


高い山間のこの場所から世界を見れば、領土争いのための戦争なんて、大きな自然の前では馬鹿げていると気付かせてくれるような雄大な景色だった。
 
 



 
「結構いい部屋だし、来て良かった」
 

大きな窓がある寝室から、露天風呂に行けるようになっている。
露天風呂はかけ流しらしく、チョロチョロと木の筒からお湯が流れ、木で作られた浴槽からはモクモクと白い湯気が立っていた。



 
広い寝室の奥にはキングサイズのベッドがあり、大きな窓の側にはローテーブルを挟んで大きなソファが2つと、装飾が美しい3面鏡の鏡台が置いてあった。
 
 
鏡台の上には、綺麗なボトルに入った化粧水が数本並べられていて、ラベルには『お肌の引き締め効果』『疲れたお肌にご褒美効果』という効能が書かれていた。




 
「戸棚にある酒も上等品だな。珍しい酒もあるのに全部飲んでも良いなんて太っ腹な宿だ。4日で全部飲んでやりたくなるな」
 
 
ルクトは戸棚から持ってきた酒瓶を1つ1つローテーブルに並べながら、嬉しそうにニヤニヤしていた。
まだ来たばかりだというのに、もう飲む気でいるルクトは本当に酒好きだなぁ。
 
 


この宿に滞在する間、『白い渡り鳥』の仕事はしないから完全にオフタイムだ。この4日間、私は魔導書を読み、ルクトは昼間から酒を飲んで、まったりと過ごすことになるだろう。
 
 
 
 
 
「ルクト、お酒を飲む前にお風呂入ったら?」
 
 

「お前は?」
 
 

「私は夜ご飯食べてから入ろうかな」
 


「そうか。じゃあお先に」

 
ルクトがお風呂に入っている間、ソファに座った私はふかふかのクッションを両脇にセットして魔導書を読み始めた。
 
 
座り心地の良いソファで快適に魔導書を読んでいると、お風呂と寝室を繋ぐドアがガチャリと開いた。
ふと目の前の大きな窓に目をやれば、いつの間に時間が経っていたのか青空に夕焼けの色が滲み始めていた。
 
 


 
「おかえり、お風呂どうだ……った?」
 

魔導書に栞を挟み、ドアから出てきたルクトに目をやった瞬間、私は目を見開いた。
 
 
 
 「なかなか気持ちが良かったな。流石温泉地って感じだ」
 




 
ーーなっ、なななっ!なんで上半身裸っ!?
 
 
ルクトは無造作にズボンを履いたのかボタンが止まっておらず腰に引っかかっただけの姿で、赤い髪をわしゃわしゃとタオルでかき乱して水気を飛ばしている。
 
まるで大きな赤い犬がブルブルと身体を震わせて、身体についた水気を飛ばしているような感じだ。
でも、その姿は色気たっぷりで困ってしまうレベルだ。
 
 




 
ーーぎゃー!ルクトの上半身裸なんて、久しぶりに見たっ!こ、これは破壊力があるから危険なのにぃ!!
 
 
見ないようにしようと思いつつも、色気とかっこよさに、ついチラチラとルクトの肉体美を見てしまう。


前に見た時も思ったが、肩幅は広く、胸板は鎧でも着てるんですか?と聞きたくなるほどぶ厚い。
剣を振るうからか、首から手首まで総じてこんもりとした私にはない筋肉があって、太くて力強い印象を受ける。
 
 
盛り上がった大胸筋の上に、銀色のネームタグがキラリと光っていて、全身から男っぽいワイルドな感じの色気が出ている。
 


だ、だめだ。彫刻みたいにかっこいい…。そして私には刺激が強すぎるよ!!
 




 
「ル、ルクト…。あ、あの、服を着てくれない?死にそう」
 
 
振り絞って出てきた私の声は、とても小さくか細いものだったが、耳の良いルクトにはきっと届いただろう。
彼の耳が良すぎて、私の声だけでなく、私の死にそうな心臓の音まで伝わっていないか心配になる。 





 
「は?」
 
 
ルクトは不思議そうな顔をして、大股で私に近付いて来た。
 
 
 


ーーわー!こっち来たらだめだって!その色気で私は心臓が止まっちゃうよ〜!!殺す気かっ!やめてくれぇぇ!
 
 
 
 
 
「……こ、こっち来るな!だ、だめだって……。ぐはっ」
 
 
私はルクトの肉体美を見ながら気絶した。
 
 
 


 
ーーーーーーーーー
 



 
「ちょっと!おい!?起きろ!何があったんだよ!って…また鼻血出して気絶してるし」
 
 

シェニカは後ろからソファに引っ張られたかのように見事にバターンと横に倒れたが、ソファの上にあった柔らかなクッションがシェニカを受け止めた。



心配になって揺さぶって起こそうとしたのだが、シェニカは何故かニヤついた顔で鼻から血を垂らしている。
 
 


なんとも言えないマヌケで可愛い顔をしているが、何で気絶したんだろうか。
 
俺は原因が分からないまま鼻血を拭って、また治療魔法をかけておいた。
 
 


 
 
「お前、よく鼻血を出すんだな。知らなかったよ」
 

俺はソファに横になっているシェニカの頭を撫でながら、かすめるだけのキスをした。
 
 
 


「ここまで来たら、何があろうが最後までヤるが、肝心のこいつがこれで大丈夫なんだろうか。こいつにもしものことがあったら、俺はまともな治療魔法なんてかけられないぞ」
 


俺はテーブルの上に置いておいた酒瓶の栓を抜いて、シェニカのニヤついた顔を見ながら酒を煽った。
 
 
こいつのニヤけた顔は、なんでこんなにマヌケで可愛いんだろう。時折口をモゴモゴと動かしているが、この間はハンバーグとかソースとか意味の分からないことを言ってたから、今見ている夢でも何か食べているのだろうか。


シェニカの寝顔を肴に酒を飲んでいると、ソファの上でモゾモゾと身動ぎをし始めた。



 
「うーん…ルクト…。服を着て…」
 


「あ?」
 

 
「…で、でも服を着ないでも良いよ。へへっ」
 
 

「どっちだよ」
 
 
シェニカはうなされているのか、苦しそうにうわ言を呟いているが、時折変な笑い声を出しているし、なによりその顔はしまりのないにやけ顔だ。
 
 


 
「まさかこの格好しただけで、こうなったのか?ほんっと男に耐性ないな…。よく今までの護衛達に手出しされずにいたな。
少しずつ慣らしていかねぇとな。俺はもう待てないから、覚悟しておけよ?」
 
 


クスリと笑ってシェニカの方を見れば、ニヤニヤしながらまた鼻血がたらりと流れてきていた。
 
 
 




ーーーーーーーーー
 



 
「ん…?」
 
 

「起きたか?」
 
 
私はいつの間にかソファで寝ていたらしく、身体を起こすと向かいのソファにルクトが座ってお酒を飲んでいた。
 
 
彼は服を着ていることに安心したけど、同時にがっかりもした。
 
テーブルの上には沢山の酒瓶が並んでいるから、結構な時間を寝てしまっていたようだ。
 
 
 


 
「おはよう…。ってまだ夜だった」
 
 
身体を起こして周囲を確認すれば、ルクトの背後にある大きな窓にはカーテンが引いてあり、ルクトが作り出した魔力の光が部屋の中をぼんやりと照らしていることに気付いた。






「俺の半裸で気絶して数時間ってところだ」
 


 
ーーそ、そうだ。私、ルクトの上半身を見て気絶したんだ。
 
はっ、恥ずかしいっ!気絶した理由がバレてる!!穴があったら入りたい!穴がなければ、今すぐ手掘りすれば凄く深い穴が掘れそう…!!
 


 


「何をもじもじしてんだよ。メシの支度して貰うぞ」
 
 
ルクトはそういうとソファから立ち上り、ダイニングのテーブルの上にあった鈴を手にとって、ドアを開けて鈴を鳴らした。



チリーンチリーンとよく通る高い音が廊下に響いてからしばらくすると、宿の人がワゴンに食事を乗せて運んできてくれた。





「お支度が整いました。後ほど食器などは下げに参ります。どうぞごゆっくりお楽しみ下さい」


木のテーブルの上には、隙間がないほどの食事が並べられて私は目を輝かせた。
 
 


 
「う〜!美味し〜い♪」


出されたご飯は、山の幸が盛りだくさんの贅沢なものだった。
山菜の入ったご飯、マールの塩焼き、キノコのソテーなど、素朴ながら手の込んだ料理は凄く美味しかった。
 
 



「だな。やっぱりメシも違うな。マールも焼き立てで美味かった」
 
 
あっという間に食べ終えたルクトもかなり満足している様子で、戸棚から出したお酒を水のように飲んでいた。
 


 
「じゃ、お風呂入ってくるね〜」
 
 
「ゆっくりしてこい」
 
 

木の浴槽に溜められたお風呂に入ると、細かい気泡で白く見えるお湯はちょうど良い湯加減で最高だ。
 
その気泡が自分の身体にくっついて、まるで美肌に生まれ変わるように治療してくれているような気がしてくる。

 
 


「びっはだっ!美肌〜♪お肌ツルツルになぁれ〜」
 
 
その気持ち良さに、自作の歌の音量も大きくなってしまうのは仕方がないだろう。
 
野宿をする時は水浴びするか、浄化の魔法で綺麗にするかしかないし、安宿のお風呂は小さいから、足を伸ばして入る露天風呂なんて贅沢この上ない。
 
 
 


「んー。お風呂サイコー!」
 
 
この部屋はベッドが1つしかないから、ルクトとは隣り合って寝ることになる。
 
落ちない程度にベッドの端に寄って眠るつもりだが、万が一ルクトの方にゴロゴロと寝返りをうってしまい、その時汗臭いとか言われないように、私は丹念に髪と身体を洗った。
 
 

 

「あぁ〜。良いお湯だった!」

 
お風呂から上がると備え付けのシルクの前開きのワンピースを着て部屋に戻れば、ルクトは相変わらずお酒を飲んでいた。
 
私なんかすぐに酔い潰れて眠ってしまうのに、ずっと飲んでいるのに酔い潰れないルクトはすごいと思う。

 


 
 
「おい、こっちに来い」
 
 
ソファに座っていたルクトは、自分の隣をポンポンと叩いた。
 
 
 
 
 
「折角だからこれ飲めよ。この酒はお前向きだ」
 
 
ルクトはテーブルの上に置いてあった沢山の酒瓶の中から、透明な瓶の中に淡いピンク色の液体入ったお酒とコップを私の前に置いた。
 
 


 
「へー?何のお酒?」
 
 

「飲んでみろ」
 
 
私はコップに少し注いで飲んでみると、甘酸っぱさを感じた。
 
 
 
 
 
「これイチゴ?」
 
 

「そう。飲みやすいだろ?アルコールもそんなにないから、酔い潰れて寝ることもない」
 
 

「へぇ〜!そうなんだ。ルクトも飲む?」
 
 

「俺は良い。甘い酒より強い酒の方が好みだ」
 
 
私とルクトはお酒を飲みながら他愛のない話を始めた。
 
 
 
 
「ルクトって酔っぱらわないの?」
 

 
「酔わねぇな。酔いにくいのはドルトネア出身の共通らしい」
 
 
 
「へー!そうなんだ。羨ましいな」
 
 
「羨ましいか?そんなこともないと思うが」
 
 

ルクトは氷とお酒が入ったグラスを鷲掴みにして、氷を回すように傾けた。その姿がなんだかカッコよくて、胸がドキドキしてくる。
 
 


 
「他になんか共通点ってあるの?」
 

 
「そうだなぁ。鼻が効くのと目と耳が良い。それと気配に敏感だな」
 



「ワイルドだね〜!」
 

ーーお風呂上がりの時も思ったけど、やっぱり犬みたいだなぁ。あ、でも。ルクトって鍛錬の時は狼みたいに見えたから、犬じゃなくて狼と訂正しておこう。
 



 
「完全に戦闘向きな地域固有の遺伝子だからな」
 
 
ルクトの傭兵としての強さは、持って生まれた遺伝子レベルから始まっているんだな。納得納得。
 
 
 


しばらくお酒を飲んでいたら、アルコールは弱いと言っていたけど1瓶全部飲むと流石に身体がぽかぽかしてきた。
 
 
 
 
「ん〜。飲みやすくて美味しかった」
 

 
「まだ飲むか?」
 

 
「ううん。もういいや。なんかぽかぽかしてきて、眠くなってきた」
 
 
視線を感じて隣にいるルクトを見上げれば、彼は色っぽく微笑を浮かべて私の肩を抱いてキスをしてきた。
 
合わさった唇から強いアルコールの香りが伝わってきて、酔いが一気に回りそうだ。
 
 
 


 
「ん…。ルクト…」
 
 
ルクトの広い胸板にしがみつくように腕を回してみたが、私の腕が短いのか両手が合わさることはなかった。





柔らかい唇が何度かくっついたり離れたりしながらも、角度を変えながら優しく啄ばまれる。
 
ルクトから熱い吐息がかかるようになると分厚い舌が差し込まれ、私の舌を絡めとってピチャピチャと湿った音を立て始めた。
 
 
 
初めてキスをされてからこの宿に来るまで、何度も深いキスをされているが未だに慣れない。

息苦しくて、自然と息が上がって意識がぼんやりしてくるし、力が抜けてくる。
ルクトに回した手で、必死にルクトの服を掴んで倒れそうになる身体を支えようとした。
 
 
 
 


「あ…。ごめん」
 
 
とうとうしがみついていた手の力が抜けて、クタリとルクトの方に倒れこんでしまった。
 
 


 
「ベッドに行くぞ」
 
 
私を軽々と抱え上げたルクトは、ベッドに連れて行くと私をそっと下ろしてくれた。
 
 
ルクトもベッドの上に乗ると、何故か私の上に跨って上着を脱ぎ始めた。ルクトのその行動に私は首を傾げながらも、またあの逞しくてかっこいい身体をボーッと見ていた。
 
 



ーーうへへ〜。ルクトって、本当に脱いだら凄いよなぁ。超かっこいい。『ルクトの肉体美カレンダー』とかあったら、こっそり買って永久保存しちゃうだろうなぁ。
 
 
 
自覚できるくらいニヤニヤしながら見惚れていると、上半身裸のルクトは何故かズボンを緩めると、私のワンピースに手をかけた。
 
 


 
「ルクト、どうしたの?何で私の上から退かないの?」
 

ーー彼が私をベッドに運んでくれたのは、もう寝る私の移動を手伝ってくれただけなのに、なんでそれが済んだ後に服を脱いで私のワンピースに手を伸ばすのだろうか。

もしかしてワンピースにお酒でもこぼしていたのだろうか。



 
「あー、そっからか。シェニカ、お前を抱きたい」
 

 
「え?ええっ?」
 
 
衝撃の発言にぼんやりしていた頭は急にクリアになった。
 




「驚くことか?」
 


ーーいやいや、驚くでしょう!よ〜く思い出して欲しい。ルクトとは知り合って半年は経ったけど、恋人になったのってついこの間だよ?ずっと側に居てくれたから、日にちの感覚が分からなくなったとか?



 

「だってまだその…。恋人になってすぐというか…。えっと、1週間経ってないくらいなんですけど」
 
 

「俺は初日に抱いても良かったが、今日まで我慢した。好きな女と同じ部屋、こんな状況でこれ以上我慢なんて出来ない。それともお前は嫌か?」
 
 
 
「え、い、嫌とかそういうことじゃなくて…。その、何というか。展開が早くてついていけないというか…」
 
 
 
「主従の誓いの研究者も言ってただろ?男はこういうことしたがるもんだって。俺はお前が欲しい。欲しくて堪らない」
 
 


「ル、ルクト…」
 
 
私の上にいるルクトは真剣な眼差しで見下ろしてくる。

何とか返事を返したいが、こういうことは初めてな上に、私はどうしたら良いか分からない。
 
 




それでもなんとなく。

 
他の人は嫌だけど、ルクトとならそういう関係になっても良いなと漠然と思えた。
 
 
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