天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第10章 贈りもの

5.雁字搦めの渡り鳥

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護衛がセナスティオ様に代わってから数日が経ち、色々と変化があった。

まず、ゼストフール様の配慮なのか、書庫で私が使わせて貰っていた椅子が座り心地の良いソファに変わった。
ソファに変わって読書の環境が良くなったのは嬉しいことなのだが、良いことよりも悪いことしか感じない。



それは、私がソファに座って魔導書を読んでいると、密着するようにセナスティオ様が隣に座ってくるからだ。




「セナスティオ様、もう少し離れてもらえますか?」


「そうですか?十分離れていると思いますが」



ーー離れてねぇよ!!なんでそんなに密着する必要があるのよ!


私の心の中では、ルクト並に口汚い口調で罵詈雑言を吐きまくっていた。本人に言わないのは、言った所でにこやかな顔で懲りずに繰り返すのが分かっているからだ。


密着するように座った後、セナスティオ様は抱き寄せるように私の肩に腕を回してくるのも不快だ。




無言の抵抗とばかりに、はたき落とすように腕を外して読書を続けるのだが、何度も何度も懲りずに肩に腕を回してくるのが腹立たしい。

いい加減にしろ!という意味を込めて、不機嫌を隠すこと無く睨んでみたが、セナスティオ様は笑顔を浮かべて首を傾げただけだった。




本来なら、元副官で神官長補佐をするある程度身分の高い人だし、神殿から派遣された人なので敬称をつけるべきなのだが、私の邪魔をしてばっかりのこの人に敬称をつけるのも段々腹立たしくなってきた。




名前を口に出すのも嫌だから、もう勝手にあだ名を決めよう。


私はこの人の特徴を整理してみた。



茶色に近い赤い髪は耳にかかるくらいの長さで、目鼻立ちがはっきりして顔立ちは良い方だと思う。
背はルクトよりも低く、細身な印象を受ける。


見た目はそこそこかっこ良いと思うけど、ルクトには全っ然及ばない。



ルクトは見た目は怖い印象を受けるけど、優しいし嫌がることなんて絶対しない、顔に似合わず紳士的な所が素敵だ。

他の人の目がない場所で、私の肩を抱こうとしてきたり、密着してくるなんて護衛の風上にも置けないようなことなんてしない。



やっぱり私はルクトが護衛がいいな。ルクトと早く会いたい。会ってこの邪魔な人を何とかしてもらえないだろうか。

でもフェイド達を簡単に倒してしまう強い人だから、ルクトも怪我をしたりしないだろうか。





あだ名を考えるために色々と思い浮かべたものの、結局見た目ではこれと言って特徴を見つけられなかった。何か行動に特徴がないかと考えていると、一緒に歩いている時に足音と一緒にチャリと何かの音がする時がある。



旅装束か上着のポケットに、革袋に入れない裸のままのお金を入れているのだろうか。


よし、あだ名は裸財布にしよう。




裸財布はお金がスられ放題だから、いっその事いっぱいスられて無一文になるがいい!!!


呪いなんて扱えない私は、ひたすらそんな悪い念を裸財布に送った。






「お昼食の支度が出来ました。外のテラスへどうぞ」




変わったのはソファだけでなく、昼食の場所も変わった。
前はダイニングで私と護衛の5人、ゼストフール様の7人で食事を頂いていたが、今は薔薇園を見渡せるテラス席で、私と裸財布の2人きりで食事をするようになった。




青空の下、開放感のあるテラス席で赤や白の薔薇を見ながら食べる食事は贅沢だと思う。
鳥のさえずる声と、噴水から聞こえる水の流れる音だけが響く環境では、どこかの高級宿で食事をしているような錯覚さえ覚える。


出来ればこんな優雅な状況を裸財布ではなく、ルクトと一緒に過ごしてみたい。





「薔薇が綺麗ですね」



「そーですね」


私はそっけなさの溢れる気のない返事を適当に返し、目の前に置かれたオニオンスープを一口含んだ。




「シェニカ様は薔薇にも負けない美しさですね」



「あんたの目は節穴か。私はお断りですが、一度白魔道士に目を診てもらった方がいいですよ」


ーー何言ってんだこいつ。そういう歯の浮くような心無いセリフなんか聞きたくないわ!





「ププッ。シェニカ様はどんな物がお好きなんですか?」


私が睨みながら暴言を吐いたと言うのに、裸財布は頬杖をついて笑いながら今度は好みを聞いてきた。こんにゃろー!馬鹿にしやがって!


あぁ…。本当に私の口は悪くなる一方だ。この事実を知ったら、故郷の両親や恩師は悲しむだろう。





「特にこれと言って好きなものはありません」



「甘い物はお好きですか?宿に戻るまでの間に、甘味処があるのですが立ち寄りませんか?」



「結構です」


ゼストフール様のお屋敷で頂く食事は本当に美味しいと思うが、こんな状況では食事を楽しむことは出来ない。

話が盛り上がらない空気は居心地が悪いと思うのだが、今はとにかく私の護衛をするのをウンザリさせようと一生懸命努力している。


裸財布が私の護衛をすることに嫌気が差してくれれば、私は『相性が合いませんでした。お返しいたします』と言って神殿に裸財布を返す。そして今は姿は見えないが、きっとまだ近くに居てくれているフェイド達にまた護衛をしてもらおうという作戦だ。


会話が途切れた今も、私は食事だけを見るようにしているので、向かいの席に座った裸財布がどんな顔をしているのか見ていないが、どうせにこやかな笑顔を浮かべて、小馬鹿にしているに違いない。








夕方になり、ゼストフール様の屋敷を出て宿に戻る途中、ピッタリと密着するように隣を歩く裸財布は、なぜか嬉しそうな笑顔を浮かべて私に懲りもせず話しかけてきた。




「シェニカ様、1日読書を続けるのもお疲れかと思います。もしよければ、気分転換に夜の街を散歩しませんか?神殿が光に照らされてすごく綺麗ですよ」



「1日本を読んで疲れているので、このまま部屋で休みます」



私が泊まっている安宿の部屋の隣はフェイド達5人が使っていたが、その部屋からフェイド達は追い出されて裸財布が使うようになった。



護衛が裸財布に変わってからも、朝に宿を出て夕方までゼストフール様の屋敷で魔導書を読むというサイクルは変わらない。


本心は裸財布が護衛として近くにいるというのは嫌で仕方がないが、ルクトが帰ってきてくれるまで私は魔導書を読む以外にやることがない。



そして、時間が経つと次第にやけくそ気味になってきた。

私と裸財布の関係が上手く行っていないのを周囲が感じ取れるように、不仲を見せつけてやる!という意気込みで、裸財布にそっけない態度を取りながら意地でも魔導書を読んでやろうという気になった。






だから、懲りもせず接近してくる裸財布を躱す毎日を過ごすようになった。




「あの。ゆっくり食事をしたいので、もう少し離れていただけますか?」


「離れていますよ。護衛のしやすさから見れば、これくらいの距離が適切です」



ーーいやいや。なんで宿の食堂で隣に座って密着する必要があるのよ。邪魔!鬱陶しい!どっか行け!


足を踏んでやろうと思ったら、相手は視線を下に向けていないのに、何故か華麗に躱した。

くそ!さすが元副官。簡単には足を踏ませないなんて…!





「ププッ。シェニカ様は気が強いですね。足を踏まれるのは遠慮しますが、いくらでも私の身体に触って頂いて構いませんよ」



「結構です!」


ーーこの裸財布め!覚えてろ!ルクトが帰ってきたら、ギャフンと言わせてもらうんだから!






それにしてもおかしいなぁ。そろそろ裸財布も嫌気が差しても良いと思うんだけど。
なんで最初に会った時よりも嬉しそうにしてるのか分からない。この人、目だけじゃなくて頭もおかしいのかな。



私のツレナイ作戦は続いているが、相手は気にしない性格なのか涼しい顔をしたままで、なかなか効果が表れない。むしろ嬉しそうに笑っているのが不気味だ。

距離を縮めて来ようとする裸財布に冷たい態度を取り続けていれば、いい加減ウンザリすると思ったのに。



それどころか、私の作戦が逆効果と言わんばかりに裸財布は距離を縮めてこようとする。










その翌日も、そのまた翌日も。裸財布と私の攻防は続いた。



「セナスティオ様、私の部屋の中には入らなくて結構です」


部屋に入った私は扉を閉めようとしたが、ドアノブを裸財布が掴んで放さない。
何を考えているのかと、イライラしながら睨みつけたが、裸財布は私の睨みなんてまったく意に返さず心配そうな顔をして見下ろしてきた。




「セナスティオと呼んで下さい。何かあってからでは困るので、同じ部屋にいた方が良いのですが」


「侵入不可の結界を張りますから、安心して隣の部屋で休んで下さい。私の結界はそう簡単には破れませんので大丈夫です」



ーーいい加減にして欲しい。部屋での時間くらい1人にさせてよ!ついでにあんたは名前じゃなくて裸財布って呼んででるわよ!ボケッ!







また別の日の夜。
食堂を出て部屋に戻る廊下を歩いていると、私の後ろを歩く裸財布が袋から何かを取り出した。



「シェニカ様、宿の女将からワインを頂きました。良かったら部屋でご一緒にいかがです?」


「私はお酒はあまり得意じゃないんで、お1人で飲んで下さい」


ーーお酒はルクトが一緒にいる時じゃないと飲まないよ。そもそも、なんで部屋で飲む流れになるのよ。






裸財布にウンザリしながらも魔導書を着々と読み進めていくと、読みたい魔導書の数も少なくなってきた。

魔導書の終わりが見えてくると、護衛交代のきっかけになったゼストフール様の屋敷に行くのが億劫になった。魔導書が読み終えてもルクトがまだ帰ってこない時は、彼が帰ってくるまで宿の部屋に引き籠もろうと決めた。




私の髪を指で遊び始めた裸財布の手をはたき落としながら魔導書を読んでいると、ゼストフール様が書庫に入って来て私の前のソファに座った。




「シェニカ殿、セナスティオが優秀なのは分かったであろう?
アバルバートンと話したが、しばらくはセナスティオ1人でも護衛は十分に務まると判断したんじゃ。
護衛を追加すべきとセナスティオが判断した時、近くの神殿で話をすれば追加の護衛を紹介しよう」




魔導書から目を離してゼストフール様を見ると、満足気な顔をして裸財布と私の顔を見ていて、その顔には「もう今後は裸財布を絶対同行させる」という揺るぎない自信に満ちあふれていた。






「ゼストフール様、はだ…じゃなかったセナスティオ様と私は相性が悪いようですので、護衛には不向きと判断しました」



「セナスティオ、そうなのか?」




「いいえ?まだそんなに時間が経っていませんが、上手く行っていますよ。シェニカ様はまだ私との時間が少なく、接し方がまだ分かっていらっしゃらないだけです。
シェニカ様の可愛らしい行動には、私はとても満足しています」


確認するゼストフール様に向かって、裸財布は意味の分からないことを堂々と言い放った。


ーーこの人。私が冷たい態度を取っているというのに、それに満足してるってことはこの人そういう嗜好の人なのだろうか。やだな。関わりたくない。




「ゼストフール様、セナスティオ様。あの5人の護衛はあくまでも正式な護衛の代わりであって、私にはきちんと護衛がいます。その者が帰ってきたら街を出ますので、セナスティオ様はどうぞ神殿にお帰りください」



「その護衛がいつもシェニカ殿と一緒にいるという人かの。護衛が2人になったとしても、別に仰々しくないし構わないのではないかの?」



「私は2人も必要ありません」



「ではなぜ今回代わりの護衛を雇いなさった。セナスティオの実力は見たであろう?
例えその正式な護衛が強かろうと、今回のように護衛がシェニカ殿から離れる事態となれば、腕に覚えのあるセナスティオが居た方が良いじゃろう?」



「それは…」


確かに、ゼストフール様に言われていることは間違っていない。


いつかルクトが次の護衛を見つけて戦場に戻る時が来れば、私は次の護衛と一から信頼関係を築いていくことになる。

流石にルクトの時のように主従の誓いを結ぶわけにもいかないから、信頼できる彼が一緒にいる内に次の護衛と一緒に旅をしている方が良い。


でも、それは裸財布じゃない。ルクトが選んだ人じゃないと私は嫌だ。






「それともその護衛と2人だけの方が都合が良いのかの?」


ゼストフール様は表情を消して、私を真顔でジッと見据えた。





「そうですね。彼とは信頼関係がありますから。私の言いたいこともやりたい事も分かってくれるので2人の方が良いです」


私はゼストフール様の目を負けじと真っ直ぐ見返して答えた。





「一緒にいる時間が増えれば、セナスティオとの間にも強固な信頼関係が築けるというものじゃ。
誰もが最初は信頼関係はないが、時間が解決してくれるはずじゃ」



ゼストフール様といい、アバルバートン様といい、裸財布といい。

とにかく私の旅にこの人を同行させたいらしい。
自由なはずの『白い渡り鳥』なのに、押し付けられた護衛と一緒に旅をしないといけないなんて、そんなのはお断りだ。





ーールクト。早く迎えに来て。ルクトに会いたい。


私は遠く離れたルクトに向けて必死に心の中で叫んだ。




私の叫びが通じたのか、翌日の新聞でルクトとシューザが向かった戦場での戦いが終結したことが書いてあった。


傭兵新聞の1面の見出しには「『赤い悪魔』が『黒い悪魔』と共闘して再び姿を現す!」と躍り、ルクトとシューザが協力して戦場を駆け巡り勝利に貢献したと書いてあった。





これならもうしばらくすれば、きっと迎えに来てくれるはず。



宿の食堂の同じテーブルで新聞を読んでいた裸財布が、私が食い入るようにその記事を見ていたのを静かに見つめていたなんて、私は全然気付かなかった。

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