天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第10章 贈りもの

3.押し付けられた護衛

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ルクトと離れてから2週間が経過した頃。

護衛の5人には書庫の中で思い思いに寛いでもらいながら、私は読書に励むといういつも通りの生活を送っていると、書庫の扉がガチャリと開いた。




魔導書から扉へと視線を移すと、そこには神殿に所属することを表す白地に赤の刺繍が施された制服を着た怖そうな顔の護衛が数人と、深緑色の旅装束を着た赤い髪の青年が1人、そして彼らに囲まれるように立っている初老の男性がこちらに向かって歩いて来た。
初老の男性以外は全員腰に剣を差していて、何だか物々しい雰囲気だ。




フェイド達が私の前に立ち塞がると、怖そうな護衛と睨み合うように対峙した。


最後に入ってきたゼストフール様が、ゆったりとした足取りでこちらに向かいながら、穏やかな口調で説明を始めた。



「シェニカ殿。こちらはこの街の神官長アバルバートンじゃ。
儂がシェニカ殿の話をしたところ、是非挨拶をしたいと言ってね。読書中に申し訳ないが、紹介させて貰って良いかの?」




「え、えぇ。アバルバートン様、初めまして。シェニカ・ヒジェイトです」


私はフェイド達の影から顔を少し出して、初老の男性に挨拶をした。
アバルバートン様は、胸元に大きく赤の十字架が描かれた光沢のある白地の神官服を身にまとっている。


普通の神官たちも同じようなデザインの神官服を着ているが、パッと見ただけでも分かる上質で光沢のある絹で織られた神官服を着て、胸から金色の大きな十字架を下げているのは神官長特有の服装だ。



柔和そうな笑顔を浮かべているが、油断ならない状況に全く安心出来ない。




「シェニカ様、私はこの街の神官長アバルバートンです。
ゼストフール様からシェニカ様の滞在をお聞きして居ても立っても居られず、こうして押しかけた無礼をお許し下さい」


アバルバートン様は、そう言って私に深々と頭を下げた。




「私は一介の『白い渡り鳥』ですので、アバルバートン様が頭を下げることはありません」



「シェニカ様は一介の『白い渡り鳥』様などではございませんよ。
そもそも『白い渡り鳥』様は白魔道士の最高位で、神官長よりも地位は上になります。その上、シェニカ様は『再生の天使』と呼ばれる高名な方。

あちこちの神殿の者達がシェニカ様の訪れを心待ちにしておりますが、私は待ちきれずに失礼を承知でこうしてプライベートな時間にお邪魔したのです。
もし良ければ神殿に場所を移して、お茶でもいかがでしょうか」



故郷を出てから今まで避けていた神殿から、こうして会いに来られるとは思ってもみなかった。

直接会いに来られたのは初めてだが、神殿の権力闘争や派閥のイザコザに巻き込まれたり、しがらみを作るのは御免だ。




「折角のお招きですが、私はこの後予定がありますので」



「そうですか。それは残念です。では今から少しお時間をよろしいでしょうか。紹介したい者がいるのです。セナスティオ、ご挨拶を」


アバルバートン様は私が断ると分かっていたのか、たいして残念そうにすることなく誰かの名前を呼ぶと、護衛の中から赤い髪の青年が前に出て来た。

その青年を警戒したフェイド達は、私を隠すように背中に押しやった。私より背の高い5人に前を塞がられると、私からはもう先が見えない。




「護衛の方々、彼らは決してシェニカ殿には危害を加えることなどないと儂が保証しよう。既に引退した儂の保証じゃ足りんのならば、アバルバートンに保証させようか?」

いくら引退した人であっても、私からしてみれば目上のゼストフール様にそう言われると、私は大人しく従う他ない。





「……少しだけ後ろに下がってくれる?」


私の言葉を聞いた5人は私の前を開けると、私の数歩先に、よく見れば茶色に近い赤い髪の青年がにこやかに私を見下ろしていた。




「シェニカ様、初めまして。
私はリズソームの神殿で神官長補佐をしております、セナスティオと申します。高名なシェニカ様とお会い出来て光栄です」



「はじめまして…」


この人達は何をしようとしているのか、私は表情から何かを読み取ろうとするが、護衛以外の全員の顔にはにこやかな笑顔が浮かんでいるだけで、何も読み取れない。




「シェニカ様、リズソームの神官長である私の名の下に、護衛としてこのセナスティオをつけましょう」


ーーはぁ?なんで勝手に護衛なんて言い出すの?私は護衛が欲しいなんて一言も言ったことがないのに。余計なお世話だ。




「護衛は間に合っておりますが」


「聞いた話によりますと、今こちらに5人の護衛がいらっしゃいますが、シェニカ様の護衛は普段1人だけとか。
腕の立つ傭兵を護衛にしていると聞いておりますが、それでも1人とは不用心過ぎます。
このセナスティオは今でこそ神官長補佐ですが、元々はこの国の将軍の副官をしていた者ですので、剣も黒魔法も引けは取らないはずです。
シェニカ様のこれから先の旅路に大いに力となるでしょう」



ーーなんで私の護衛が普段1人だけって知っているのだろう。聞いた話って言われても、私は神殿に近寄りもしないし、同じ街に長く滞在しないようにしているのに、どこからそんな情報を得ているのだろうか。




「え…?これから先の護衛にですか?」



「はい。神官長様より資金も預かっておりますので、費用面でのご心配は無用です。何なりとお申し付け下さい」

そう言ってセナスティオ様は私に向かって礼を取った。





「ちょ、ちょっと待って下さい。私は今の状況で大丈夫ですので、セナスティオ様は神殿に戻って下さい」



「シェニカ殿、そこのガラス戸から薔薇園に行けるのじゃ。書庫に籠ると気が滅入るじゃろ?
良かったらそこを散策してみてはいかがじゃろうか?」


私はアバルバートン様とセナスティオ様に向けて言ったのに、なぜかゼストフール様が口を開いて薔薇園がどうとか、トンチンカンなことを言い始めた。




「セナスティオ、シェニカ様をしっかりお守りするように」



「はい、アバルバートン様。シェニカ様、では薔薇園に案内致しますのでこちらにどうぞ」



「護衛は必要ありませんって…。おーい。行っちゃったよ…」


セナスティオ様だけを残して他の人達は書庫から出ていってしまった。
書庫に残された私達だったが、薔薇園に繋がるというガラス扉の前でセナスティオ様が手招きしている。






「シェニカ様、こちらにどうぞ」


「あの、本当に護衛は間に合っていますんで、どうぞ神殿にお帰り下さい」


私が扉の方に手を向けて帰って欲しいとアピールしても、セナスティオ様は薔薇園に案内しようと譲らない。





「護衛については神官長様の決定ですので、どうぞシェニカ様は遠慮なく私をお使い下さい」


「いやいや、不要なんで」


セナスティオ様の口ぶりだと、決定したのは神官長のアバルバートン様だから彼の許可がないと神殿に帰れないと言いたいのだろう。


これ以上は押し問答になりそうだったので、私はもうセナスティオ様の存在を無視して我が道を行くことにした。





「申し訳ないんですが、私は散策よりも本を読みたいんで、そうさせてもらいます」


ため息を一つついて、椅子に座って持っていた魔導書を開いた。
私の座る椅子の周りに5人の護衛の気配を感じると安心し、セナスティオ様の気配を感じないことを気にしないまま読書に熱中し始めた。
 








「お昼食の時間でございます」


読書を始めるとセナスティオ様のことなどすっかり忘れ去り、いつの間にか昼食の時間になっていた。
屋敷のメイドさんにダイニングに案内されると、ゼストフール様がすでに席に座って待っていた。



私達が席に着くとすぐに食事が運ばれて来て、存在を無視していたセナスティオ様は、涼しい顔をして黙々とご飯を食べていた。



「シェニカ殿、薔薇園はいかがだったかの?」


「とっても素敵でした」


ーー行ってないけど。薔薇には興味がないから、時間があっても行きはしないだろう。





「シェニカ様は薔薇園には行かずに、読書をなさっていましたよ」


ーーちょっとチクらないでよ!気が利かないのは護衛として減点じゃ!ボケッ!




「シェニカ殿は薔薇よりも百合の方がお好みじゃったかの?」


ーー薔薇だろうが百合だろうが、私は今魔導書を読みたいし、セナスティオ様を返品する手立てを考えたい。





「薔薇園も素敵ですが、私は魔導書を早く読み終わりたくて」



「ほっほっほっ。シェニカ殿は本当にローズ殿と良く似ておる。ローズ殿も薔薇園には目もくれずに魔導書を読んでおったからの」



「あの、ゼストフール様。セナスティオ様を神殿にお返ししたいのですが」


もうとりあえず、この要らない護衛を神殿に返品したい。神官長の許可がないと戻れないらしいが、元神官長のゼストフール様の口添えがあれば、穏便に戻ってくれるのではないだろうか。




「それは出来んのぅ。これも優秀な人材を保護するためじゃからの」



「護衛でしたら、今いる者達で足りております。
正式な護衛は所要で不在なので別の護衛を連れておりますが、あまり仰々しい人数での旅は避けたいのでセナスティオ様の護衛は必要ありません」




「ではそちらの5人の護衛の契約を解除し、ひとまずセナスティオのみを護衛になさるとよろしい。
他の護衛は必要になったら見繕うのが良かろう。セナスティオ、お前はそこの護衛よりも実力があると言い切れるな?」





「ええ。もちろんです」

セナスティオ様はニッコリと笑って言い切った。




「セナスティオはリズソームの神殿の中でも指折りの強さを誇る。安心して護衛を任せるとよろしい」





「ゼストフール様、護衛を誰にするかは私の自由のはずです」



ゼストフール様にお願いして穏便にお引き取り願いたかったが、どうやら無理そうなので、使いたくもない私の『白い渡り鳥』としての権力を振りかざしてみた。


自由が保証されている『白い渡り鳥』は、どこに行こうが、いつ、誰を治療しようが自由だが、護衛を誰にするのかも自由なはずだ。

だから私が要らないと判断すれば、私よりも地位が下らしい神官長も黙って引き下がるべきだろう。





「確かにそうじゃ。だが、少数の護衛で旅をするのなら、より強い者が良かろう?
セナスティオの実力が心配ならば、そちらの護衛達と腕くらべをなさると良い。
それで護衛が勝てば、セナスティオは実力不足ということで神殿に戻すことも許されよう。
シェニカ殿が不要と判断するのは、きちんとした理由があれば足りると思うのだが。それでいかがかの?」


私は隣の席で食事をしていたフェイド達を見ると、彼らは神妙な顔で頷いた。




「分かりました」



「では、早速裏の空き地で腕くらべと行こうか」


食事を終えると、私は腕くらべの支度を整える護衛達に駆け寄った。





「みんなを巻き込んでごめんなさい」


「いえ、良いんです。シェニカさんが謝る必要はありません」


「みんなから見てあの人どう?」


私は将軍やルクトの様に、その人を見ただけで強さというものが分からない。
でも、「ここにいる5人の護衛より実力がある」と自信満々で言い切ったセナスティオ様は、自分の腕に自信があるからそう言ったのだろう。

5人はどうだろうか。勝てるだろうか。





「将軍の副官をするくらいだし、見たところ強者というのはあながち嘘でもないと思います」


「俺たちだって『黒鷹』の一員として簡単に負けるわけにもいかない。シェニカ先生の護衛を任せられた以上、俺たちは全力を尽くします」


護衛達はそう言って私を安心させようとしていたが、その顔には緊張感が漂っていてセナスティオ様が強いことを暗に示していた。




「ルールは単純明快。結界内では剣も魔法もなんでもあり。戦闘不能か降参したら負けじゃ」

ゼストフール様が説明すると全員が頷いた。




「では誰から…」


私が5人の護衛を見て順番を決めようとすると、後ろからセナスティオ様の声がかかった。





「5人まとめてで大丈夫ですよ」


「え…?」


セナスティオ様が何を言い出したのか分からなくて、呆然として彼の顔を見ると、口元だけで笑って、余裕綽々といった自信に満ち溢れた表情が浮かんでいた。




「これでも副官の期間は長かったので、たかだか傭兵5人が相手でも問題ありませんから」



「「「てめぇ…!!」」」

セナスティオさんの挑発とも言える発言に、5人は一斉に彼を睨み付けた。




「ほっほっほっ。セナスティオ。そうむやみに刺激しては、今後の護衛に影響するとシェニカ殿が心配してしまうじゃろ?」


ゼストフール様もセナスティオ様も、自分達の勝ちを確信している口ぶりに私は不快感で胸がいっぱいだった。


なんとしても5人の護衛にはセナスティオ様に勝って欲しい。





ルクトの鍛錬の時と同様に、私が魔法の影響が外に及ばない結界を張り、その中に私とゼストフール様がそれぞれ防御の結界を張った。


セナスティオ様は5人に取り囲まれるように立っているが、その顔には余裕の表れなのかうっすらと笑顔があった。




ラルベッドが剣を抜いてセナスティオ様に斬りかかったのを皮切りに、誰かが唱えた風の魔法が放たれた。


巻き上がった砂埃で視界が遮られたが、先ほどセナスティオ様が立っていた場所辺りには大きな火柱が上がったり、こちらまで届く刺すような冷気を感じたりしたので、様々な魔法の応酬が繰り広げられているらしい。



最初の風が治ってもずっと砂埃が舞っていたので、何が起きているか分からなかったが、しばらくして見えなかった視界が晴れてくると、そこにはフェイド以外の4人の護衛が地面に伏していた。


フェイドはセナスティオ様と剣を合わせて鍔迫り合いの状況だが、小柄なフェイドでは力の差があるらしく徐々に後ろに押されている。

フェイドの顔はいつもの可愛らしい感じではなく、余裕のない苦悶に満ちた表情だった。


間合いを取り直したフェイドが氷の魔法を使うと、セナスティオ様は炎の魔法を放ち、氷は炎に飲み込まれてその先にいたフェイドまでも飲み込んだ。

フェイドは声にならない叫び声を上げて地面に倒れてしまい、セナスティオ様はあっという間に5人を倒してしまった。





ーー腕くらべが始まってまだ10分も経っていないのに、こんなに呆気なく勝敗がついてしまうなんて…。

傭兵と元副官とでは、こんなにも実力差があるのだろうか。





「終わりました」

セナスティオ様は頬を伝う汗を腕で拭うと、ゼストフール様に向かって歩き始めた。




私は5人の元に駆け寄って治療魔法をかけた。傷の程度は深くはないが、フェイド以外の4人は気絶していた。



「シェニカさん。すみません…」


「フェイド、大丈夫?治療魔法かけたけど、まだどこか痛い?」

フェイドは治療したのに顔をしかめて苦しそうな顔をしていた。




「いえ…。シェニカさんにも、リーダーにも。それ以上にルクトさんに申し訳なくて…」


「フェイド…」


「シェニカさん、ルクトさんが戻ってくるまで辛抱してもらっていて良いですか?
この状況をリーダーに報告しなければ」


私とフェイドのそばに、静かな足取りでゼストフール様とセナスティオ様が歩み寄って来た。




「シェニカ殿。では護衛はセナスティオということでよろしいな?」


「そう……ですね」

認めたくないが、この結果を突きつけられれば肯定の返事をするしかない。




「シェニカ様、ではこれからよろしくお願いします」

セナスティオ様に背中を押されて屋敷の中に戻る私は、何度もフェイド達の方を振り返ってみたが、フェイドはとても難しい顔で私をずっと見ていた。

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