天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

13.おまじない

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屋敷の中に入ってルクトとシューザがお風呂で汗を流した後、私とルクト、シューザ、フェイド、傭兵団の幹部達と一緒に昼食を食べることとなった。


ダイニングの壁には鹿の剥製が飾ってあったり、剣が飾ってあったりするが、赤い煉瓦の暖炉の縁や灰色の石で作られた窓枠には見事な装飾が施されていて、おしゃれな部屋になっていた。



10人掛けの立派な長テーブルの片側に私とルクトが座り、対面する形でシューザ達が座った。



運ばれてくる食事は、レストランのコース料理のように前菜から始まるという流れで、食べ終えると作りたてのものが運ばれてくる。
大規模な傭兵団となるとお抱えのシェフでもいるのだろうか、というくらいとても美味しかった。





「へぇ。主従の誓いをしていたとはなぁ。しかもお前が羊か!あははは!」


シューザは声を上げて笑い、他の人達はルクトが怖いのか、声を出すことはないが、俯いて肩を震わせて笑っていた。




「気持ちは分かるけど。そんなに笑わなくたって良いじゃない」

ぶすくれたように私が呟けば、ルクトが私のフォローにならないフォローをした。





「安心しろ。あいつは笑い転げて笑い死にするところまで行ってたから」


「あいつって?」


「『青い悪魔』のレオン」

ルクトがそう言うと、シューザを含めた傭兵団の人達の動きが止まって、一斉にルクトを見た。




「お前。『青』とも一緒だったのか?」



「しばらくの間、一緒にこいつの護衛をしながら旅してた」



「シューザ達も『青い悪魔』知ってるんだ」


傭兵事情に明るくない私は本人に会うまで知らなかったが、やはり有名な『悪魔』となるとみんな知っているもんなのだろう。




「そりゃあ知ってるもなにも、戦場で何度も会ってるし。最近戦場で見かけないと思ったが、あいつ何やってるんだ?」


シューザがそう言うと、ルクトは食事の手を止めること無く、時折モゴモゴしながら喋り始めた。




「最近コロシアムにハマってるらしい。今頃トラントのコロシアムに出てるんじゃないか?
気が向いたら戦場に行くと言ってたから、その内どこかで会うだろ」




「コロシアムねぇ。また酔狂な」

シューザが頬杖をつきながらため息まじりに呟いた。





「結構面白いもんだぞ。お前もそう思うだろ?」


「うん。見てるだけだけでも面白かったよ」


ルルベが色々と解説してくれたこともあり、ゼニールのコロシアムはとても楽しかったし勉強にもなった。
もう一度コロシアム観戦をして、ルクトの生き生きしている姿も見てみたい。




「ふーん。それでだ。お前は戦場に戻らないのか?」

シューザがルクトに真剣な顔で尋ねたが、ルクトは私の方をチラリと見た。





「もう主従の誓いはないんだし、ルクトは好きにしたら良いよ。次の護衛は探すから」


私はそう言い終えると、胸が苦しくて思わず俯いた。



本当は、ルクトと一緒に居たい。

でも、私は半年近くも彼の自由を奪っていたんだし、彼に『護衛を辞めて戦場に戻りたい』と言われると、引き止められない。




「なら、護衛はこの傭兵団から出してやろうか?こいつと同じレベルの傭兵はそういないが、数人つけばなんとかなるだろ?」



「でもそんなことしたら、みんなの迷惑に…」

数人護衛をつけるとなると、傭兵団としては人がいなくなって困るんじゃないだろうか。




「そんなことはないです。リーダーや白魔道士達の解呪をしてくれた恩があるんで、ここの者達は喜んで引き受けさせて貰います」

幹部の1人がそう言うとシューザも頷いた。







「……なら、俺が戦場から戻るまでの間だけ護衛を頼む。お前は街で大人しく待ってろ」


ルクトはそう言うと、茶色の目で私を見て、腕を伸ばして私の頭をクシャリと撫でた。




「待ってろって…。これから先も護衛続けるってこと?」


「まだ任せられる奴がいないからな」


「だって、ルクト。折角自由になったのに…」


「お前、ここの連中じゃ不満か?お前のお眼鏡に叶わないのなら、俺が護衛しても構わんが。『黒い悪魔』でも不満か?」


シューザは頬杖をついて、面白そうにルクトを見ている。







「不満だ」




「くくっ!素直じゃないねぇ。お前は、どんな奴だろうが不満だって素直に言えばいいだろ?」


「…ふん」



シューザの言ってる意味が分からない。どうしてルクトは実力が同じくらいのシューザでも不満なんだろうか。

シューザならルクトは護衛を任せると言いそうなのに。





「まぁ、そう言うわけだから。お前は大人しく待ってろ」


「うん、まぁ…そうするよ。どれくらい待ってたらいい?」


「あちこち戦場はあるぞ。お前はどこに行きたいんだ?」


「そうだな…。ウィニストラ相手がいい」


ルクトの言葉に、私は彼の将軍への復讐心を感じてとても不安になった。

彼は決して弱いわけではない、むしろ強いと思う。でも、そんな彼でも一度は呪いを受けて戦場で倒れていたし、『黒い悪魔』と言われるシューザも、国や状況は違えど大国の将軍に強力な呪いを受けて苦しんでいた。

そんな相手のいる戦場に行くのなら、彼の身に何かあってもすぐに行けるように、私は近くの街で待っていたい。



「ウィニストラか。あそこはついこの前防衛戦を終結させたから、しばらくはないかなぁ。
これがリストだ。気になるのはあるか?」


ルクトは手渡された紙を眺め、頬杖をついて思案顔になった。その横顔も、何だかとってもかっこよく見えてドキドキしてしまう。




「イェミナがあるな。この国から近いし小規模の戦いみたいだからこれがいい」



「私は戦いに参加出来ないけど、近くの街まで行くよ。戦が終わったら仕事するし」


私はルクトについて行って、彼の傷を癒やした後に、戦場跡の見回りの仕事をしても構わないと思ったのだが…。





「シェニカはここで待ってな?いちいち生臭い戦場跡なんて行かなくて良いよ」


「助かる奴も居るだろうが、お前はここにいろ」


シューザとルクトは私に有無を言わさないような空気でそう言うから、心残りはとてもあるが、ここは素直に従ったほうが良さそうだった。





「じゃあさ、私はリズソームで待ってていい?」


「リズソーム?そこに何かあるのか?」


「知り合いの便利魔法の研究者がいるから、情報交換と何か魔導書もあるかなと思ってさ」


「まぁ、そこなら戦場からも離れてるし、治療院開かないなら大丈夫だろ」


「じゃあ、シェニカはリズソームな。護衛は俺とルクトが選ぶよ。後で紹介する」


「うん、よろしく」



リズソームという街は、今いるマードリア領内で隣国イェミナとの国境に近い。そこには便利魔法の研究者がいるはずだ。

この研究者は、たくさんの魔導書を持っていると話していたので、こういう機会にゆっくりお邪魔して、その自慢の魔導書を見せてもらおうという算段だ。



ーーーーーーーーー



俺はシェニカの護衛を選ぶため、傭兵たちの集まる部屋に向かって、赤い絨毯が敷かれた廊下をシューザと一緒に歩いていた。

するとシューザは俺の顔を見て、プッと吹き出して短く笑った。



「お前。シェニカを自分のだと言う割には手を出すどころか、そもそも恋人同士でもなかったんだな」


「悪いか」


「いや?可愛いところあるじゃないか。好感が持てたよ」


シューザは俺をからかいを含んだ口調で煽ってきた。


鈍感なあいつがやっと俺を意識してくれるようになったんだ。それだけでも賞賛に値することなんだと、こいつに俺の今までの苦労を切々と言い聞かせてやりたい。

だが、そんな話がきっかけで、こいつとシェニカが仲良くなっては俺の苦労が水の泡だ。絶対言わない。



「うるさい」



「そうなりゃ俺にもチャンスがあるわけだ。狙っちゃおうかな」



「1回シェニカに殴られて拒絶されてんだから、お前はすっこんでろ」


俺がそう言うと、シューザは一気に表情が消えて暗い顔になった。





「…結構傷付いてるんだぞ。抉るなよ。シェニカはモテまくりだから、お前は落ち着かないんじゃないか?
さっさと好きだって言えば良いんじゃないのか?シェニカもお前のこと好きそうだし。お前ならいけそうな気がするけどなぁ」




「そういうのはちゃんと機を見極めてからやるもんだ」



「確かにそうだが、うかうかしてると取られるぞ」



「言われなくても分かってるよ。だから他の男が寄り付かないように張り付いてんだ」


シェニカに近寄る男の中で、いつかあいつが俺以外の男に一目惚れしないか心配になる。

あいつはかなり鈍い。だからこそ、何かの拍子に気に入った男が現れるのではないかと思うと、気が気じゃない。





「俺もお前と同じ戦場に行くが、その間シェニカに何も起こらなければいいんだが」


シューザは廊下の窓の外に広がる鬱蒼とした森を見ながら、ポツリとそう言葉をこぼした。




「不吉なことを言うな。そう言われると何かが起こる。それも厄介事だ」


「そうならないように、護衛は慎重に選ぶべきだ。
お前に対しては反感を持つ奴はまだいるが、シェニカに対しては恩人だと思ってる。お前が離れても護衛が裏切ることはない」



「的確な状況判断の出来る奴、剣と魔法の腕の立つ奴、シェニカと話しやすい奴を見繕ってくれ」



「了解」




護衛を選んだ後、俺は装備を整えて久し振りに髪を赤に染めた。そして、シェニカのいる部屋に行くと、俺の姿を見て一瞬固まった。




「ルクト…。髪、赤にしたんだね。赤も良いけど、金髪の方が綺麗で似合ってたなぁ」



「そうか?俺はこれが一番しっくりくる」


シェニカは悲しそうな、寂しそうな複雑な表情を浮かべていた。


そんな顔をさせたかったわけじゃない。
最初の出会いが情けない姿だったから、これが戦場での俺なんだと見せたかった。




そんな悲しい顔を見たくなかったからなのか、俺は無意識にシェニカを抱きしめていた。

こいつが震えているわけではないが、寂しそうにしているこいつを安心させたくて、頭と背中を撫でた。





「心配するな。『赤い悪魔』はそう簡単には死なねぇよ」


「うん…。無理しないでね。絶対帰ってきてね」



シェニカはそう言うと俺の背中に腕を回し、密着するように身体を寄せてきた。黒い髪に頭を埋め、微かに香る甘い匂いを感じていると、身体が少し離れた瞬間。




「え?」



クセになってしまっていたのか、無意識に顎を掴んで上を向かせ、キスをしようとしていた。




ーーあ。やばい。そういや、こいつとはまだしてない設定だった。


唇が触れる直前になって思い直し、額飾りの上にキスをした。






「ル、ルクト?!」


俺を見上げるシェニカは顔を真っ赤にし、目を丸くして驚いていた。


こいつはまさか野宿のたびに俺に襲われているとは思っていないから、こうして俺が触れて驚いているのも納得なのだが、その驚いた顔もとっても可愛い。



本当はキスがしたくて堪らない。でも、ここはまだ我慢だ。手順を間違えば嫌われそうで怖い。







「あ~…。別に他意はない。なんだ。ちゃんと帰って来るってまじないだ。お前もするか?」



「え?ええっと…。う、う、うん。おまじないだもんね。おまじない」


俺が目線を合わせるようにベッドに腰を下ろすと、シェニカは顔を赤くしながら目を閉じ、俺の額に触れるだけのキスをした。


そんな可愛い表情を見ると、本当にこういう接触が初めてなんだと伝わってきて、思わず口元から頬にかけての筋肉がだらしなく緩んでしまいそうだ。





「絶対帰って来てね」


「約束する」


ベッドから立ち上がった俺は、もう一度シェニカを抱きしめて、さらさらの黒髪を大事に撫でた。

シェニカは俺の背中に腕を回して大人しく抱きしめられているが、服越しに伝わって来るシェニカの鼓動は早く、耳まで真っ赤になっている。



どうやら俺のことをちゃんと男として見てくれるようになった上に、多少の好意も抱いてくれたようだ。


すぐにでも好きだと言って、今すぐベッドに押し倒して抱きたいが、今まで散々我慢させられたんだから、こいつから好きだと言わせたい。



戦場から帰って来てギルキアの温泉に行くまでの間に、絶対『好き』だと言わせる。そして温泉で絶対ヤる!抱き潰す!

今まで頭の中で幾度もシミュレーションした展開にもっていかないと、俺は死んでも死にきれない。




俺はさっさと戦場から帰って来ようと、いつになく闘志に火がついた。






俺たちはイェミナとの国境からほど近い街リズソームに立ち寄り、選んだ護衛5人とシェニカを街に残した。



「ルクト、怪我しても治療するから生きて帰ってきてね?シューザ、ルクトが暴走しないようによろしく」



「あはは!まるで母親が子供に言ってるみたいだな。『赤い悪魔』もすっかりガキ扱いされてんなぁ」



「知らない奴には注意しろよ。必ず帰って来るから大人しく待ってろ、いいな?」



俺は冷やかすシューザの言葉は聞き流したが、シューザがチッと小さく舌打ちし、「今度は恋人みたいだな」と小声で言ったのは聞き逃さなかった。





「大丈夫だよ。この街の研究者の所と宿しか寄るところないし。うん、ちゃんと白になってるね。この指輪、外さないでね?」




「あぁ」

俺の左手を取り、心配そうにするシェニカをまた抱き締めたい気持ちになるが、人前だと思い直した。

俺は人前でも全然構わないが、恥ずかしがるこいつに嫌われないためにもグッと我慢だ。




「フェイド、何かあったらすぐに連絡を寄越せ。お前ら護衛だからと気を抜くなよ。俺たちの恩人だから、気を引き締めろよ」



シューザの言葉に5人の護衛は力強く頷いた。

街の入り口の門まで見送りに来たシェニカは、俺達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。




「お前らもう恋人みたいだな」


「羨ましいだろ」


「あぁ、まったくだ。シェニカの相手がお前かと思うと腹立たしい。俺が先に出会ってればなぁ~」



「過去には戻れん。諦めろ」


俺達は傭兵達を引き連れて戦場へと旅立った。

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