天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

12.復活した黒い悪魔

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解呪が終わったあと、部屋を用意されたシェニカはベッドに倒れ込んでこんこんと眠った。
いつもなら結界を張って眠るが、今回は俺が隣に居るからと言って結界は張らせなかった。


『黒』に散々舐められ、体をまさぐられたんだ。俺が消毒してやりたくて堪らなかった。





「お疲れ様」


俺もベッドの上に身体を横たえ、眠るシェニカの頭を撫でながら寝顔を見つめた。


シンと静まり返った部屋には、開かれた窓の外から聞こえる鳥の囀る声だけが響く。

ここが俺の警戒すべき場所という事にも関わらず、その穏やかな空気に緊張感を持つ事を忘れてしまいそうになる。



そんな空気の中、俺は眠るシェニカとそっとキスをして、布団を少し捲って旅装束の上から胸に触った。


本当は『黒』と同じように直接身体に触れたいが、万が一、あの右ストレートが飛んできたら俺は避ける自信がない。



あの右ストレートは予備動作が少ない上に、こいつの身体に触れていると、もっと触りたくなってしまうから隙だらけになる。


アレを食らって俺も気絶したら、『寝込みを襲って逆襲された間抜けな悪魔』として一生の傷を負いそうな気がする。プライドが高いことは自覚しているが、そんなことになったら誰にも見られていなくてもプライドはズタズタだ。





だから、『黒』と同じことをしたくなる欲望を必死に抑え、頬と唇に何度も触れるだけのキスを丁寧に施した。





「うーん」


「起きたか?」


シェニカの声を聞いて身体を離し、ベッドの縁に腰を下ろした。もしや寝込みを襲っているのがバレたのかとヒヤヒヤするが、目は閉じたままだから大丈夫そうだ。




「この蛇野郎め…」


シェニカの目はまだ開いていないが、言葉を喋っているから寝ぼけているらしい。物騒な寝言に思わずシェニカの右手を見ると、手は開いたままシーツの上にある。





「蛇野郎?夢でも見てんのか?」


シェニカは蛇に襲われる夢でも見ているのか、ゴロンゴロンと忙しなく寝返りを打った後、枕を抱きしめて止まった。





「ルクト…かっこいいな。ふふっ」


俺はその言葉に驚いて目を見開いた。
思わずその顔を凝視すると、にへら〜と締まりのない顔をして笑っていた。





「本当か?本気でそう思っているのか?男として見てるのか?!」


思わずシェニカの耳元でそう尋ねてみたが、眠っているから、もちろん返事なんて返ってこなかった。



だが、それ以降は時折うわごとのように、抱きしめた枕に嬉しそうに顔をすり寄せ、俺の名前を呼んでいた。




ーーこれは俺を男として見るようになったってことなのか?いつから?

寝顔を見ながら思い返してみれば、シュゼールで誓いの事を聞いた時、こいつは何だか悩んでいたな。
その時、女の研究者が『お節介を焼いた』と言っていたが、まさかそれか?



短時間に俺を男として認識させるような事なんて、一体何を言われたんだろうか。気になる。






俺を意識したかもしれないってことは、とても喜ばしいことだ。俺はシェニカの頭を撫でながら、口元がだらしなく緩むのを自覚した。





ーーやっと俺の苦労が実を結ぶ日が近づいてきたのだろう。風と運は俺に向いている。



身体がウズウズしてしまったので思わず窓の外に顔を出し、空を見ながらニヤけた顔を元に戻そうとしたが、頭の中では『ベッドでアレコレできるまでの道順』のシミュレーションが止まらない。


ニヤけた顔が元に戻らないと諦め、俺は頭を何度も掻きむしりながら想像を膨らませた。




ーーーーーーーーー



目が覚めると激しい空腹感が襲ってきたので、用意された部屋で食事を取った後、『黒』さんが休んでいる部屋にルクトと2人で見舞いに行った。



「えっと、改めて。『白い渡り鳥』のシェニカです」


「どうも。ここの傭兵団『黒鷹』のリーダーをしているシューザだ。シェニカ、解呪してくれてありがとな」


ルクトによれば、解呪が終わる数瞬前にシューザは私に殴り飛ばされたらしく、その左頬には怪我をしていた。
呪いの世界だけでなく、現実世界でも殴ってしまった私は申し訳なくて、彼にきちんと治療魔法を施しておいた。





「どんな呪いだったのか説明してくれ。2日もじっとしてたから心配したんだぞ」


解呪が終わった直後、ルクトの目の周りには薄っすらと隈が現れていたから心配で眠れなかったのだろう。
心配症なルクトを寝不足にしてしまって、私はとても心苦しかった。



「あの呪いをかけた人、黒魔法の適性がすごく高い人だったんだ。私は白魔法に特化してるけど、その人は黒魔法の適性値が私以上の人だったから解呪に時間がかかったの。

呪いの内容は幻覚、幻聴、痒み、飢え、不眠、執着の6種類。
全部直接的には本人を死に至らしめることはないけど、苛立たせたり本人を孤立させる内容ばかりを選んでたよ」


私がそう説明すると、シューザはお腹の底から出したような深いため息をついた。



「そうか。俺だけじゃなく傭兵団ごと潰す気だったってわけか。あいつ性格悪そうだったけど、やっぱりそうだったんだな。
しかし、シェニカってなかなか良い右ストレートを持ってるんだな。弱っていたとはいえ、一応傭兵の俺を一発で吹っ飛ばして気絶させるなんてなぁ」



「シェニカがやってなかったら、俺がやってた」


「どういうこと?」

ルクトに問いかけたのに、返事を返したのはシューザの方だった。



「俺がね、シェニカにキスしたり舐めたりしてたんだよ。そしたらこいつが怒ってねぇ」



「えっ!ちょっと…そんなことしてたの!?呪いの世界の話だけだと思ってたのに…」


なんてことだ。私のファーストキスが、自分の知らない内にシューザに奪われていようとは。これは殴り飛ばしたことへの罪悪感なんていらないじゃないか。

むしろ治療魔法をかける必要がないくらいの大罪だと思う。





「呪いの世界?」



「解呪する時、呪いの本体を呪いの世界で浄化しないといけないんだ。
ちなみに今回の呪いのイメージは、6匹の赤黒い大蛇だったの。その蛇が私に巻きついてきたり、顔を舐めたりキスしてきたりしたの」




「赤黒い蛇…。そういえばお前、赤黒い膜が張ってたし、蛇みたいな感じがしたな。
こいつの右ストレートは強烈だったが、俺が殴り飛ばしたかったな」


ルクトの言葉を聞いたシューザはゴホンと咳払いをして、思い出したように口を開いた。



「そうだ。シェニカに何か礼がしたいんだけど、何か欲しいものとかあるか?」



「特にないし、礼もいらないよ。それが仕事なんだし」



「だが、誰もが匙を投げる呪いを解呪してくれたんだ。何か礼をしたいというのは当然だと思うんだ。それに解呪が出来たら言ってくれって言ったろ?」


シューザの話を聞いて、私は隣にいるルクトを見上げた。




「んー。じゃあルクトの鍛錬に付き合ってあげてほしいかな。最近はルクトも物足りなさそうだしね」



レオンと別れてから、ルクトはコロシアムに出てもいないし、鍛錬する相手もいない状況だ。腕が落ちると困ると言っていたから、『黒い悪魔』であるシューザとの鍛錬は彼のためになるはずだ。





「確かに最近物足りなさはあるけど…。それじゃお前への礼にならないだろ?」



「私は特にないし」



「じゃあ、こうしよう。礼はまた今度。こいつとの手合わせは俺だってしたいことだから、シェニカの提案は聞かなかったことにする。これでどうだ?」



「分かった、それでいいわ」






ルクトとシューザの鍛錬のため、シューザの体力が元に戻るまで、私とルクトは『黒鷹』の拠点の屋敷でお世話になることになった。


体力も魔力も回復した私は、シューザの呪いの解呪に失敗した白魔道士の治療と解呪もしておいた。

シューザの解呪は時間がかかったが、白魔道士の解呪は弱点が同じ場所だったこともありスムーズに終えることが出来た。




傭兵団にとっては『赤い悪魔』であるルクトの存在はかなり警戒をされていて、何だか刺々しい空気が漂っていた。


常にフェイドが一緒に居てくれるから、傭兵達が喧嘩腰で怒鳴ってくることもない。
ただ、こちらを睨みつけたり、ヒソヒソと何かを話す空気が流れていて、とても居心地が悪かった。




小さな客間でくつろいでいる時、席を離れていたフェイドが部屋に戻ってきて、テーブルの上にバスケットを置いた。



「シェニカさん。白魔道士の治療もしてもらって、本当にありがとうございました。これ、街で人気の菓子屋のものなんです。よかったらどうぞ」


バスケットの中には、クッキーやマドレーヌがたくさん並べられていた。





「うわぁ!美味しそ〜!ありがとう!じゃ、早速…」


美味しそうなクッキーを私が遠慮なく手にとって食べていると、フェイドが感心したように見ていた。



「やっぱり女性はお菓子が好きなんですね」


「え?」


「あ、いや。この傭兵団には女性が一人も居ませんから、シェニカさんが物珍しくて」



「私は珍獣かい」

フェイドの言葉に私は思わず思ったことを呟いていた。





「い、いや。そういうわけじゃないんです!」


あたふたと慌てるフェイドは何だかとっても可愛く見える。彼はやっぱりこの傭兵団のマスコット的役目をしていそうだ。




「でも、本当にシェニカさんに解呪してもらえて良かった。リーダーには言えませんでしたが、もしかしてずっとこのまま呪いが解けないんじゃないかって…。
長引けば長引く分だけ、みんなが不安になっていたんです。そんな時に助けて頂いて、本当にありがとうございました」



「しかし、『白い渡り鳥』にも解呪出来る奴とそうじゃない奴がいるんだな」


ルクトがマドレーヌに手を伸ばすと、パクっと1口で食べた。
お酒ばかり飲む彼に甘い物を食べるイメージはなかったけど、食べっぷりを見ていると結構イケる口なのかもしれない。



「『白い渡り鳥』ってね。白魔法の適性の母数が85以上の人がなれるんだ。
85の人と95の私だと出来ることが少し違うかな。多分、ここに前に来た人は85だったんだと思う。
私、あの呪い解呪するの手間取ったでしょ?きっとその人達じゃ解呪するのが難しかったと思うよ」


「じゃ、呪いをかけた奴は?」


「限りなく100に近いよ。多分白魔法はほとんど使えない、黒魔法に特化した人。
私、別の人がかけた同じ呪いを解呪した事あるけど、こんなに手間取らなかったし、最初視た時にあの呪いをかけた人が怖いと感じたもの」




「よく分かりますね。呪いをかけたディネード将軍は大国サザベルの筆頭将軍ですし、黒魔法に精通した人の1人として有名なんです。
彼のそばには同じように黒魔法の強力な部隊がいて、すごく強いんです」


静かに会話を聞いていたフェイドが、感心したように頷きながら私を見たが、その将軍のことを思い出したのか、ブルリと一瞬だけ小さく震えてた。




「その人には近付かないほうが良いと思うよ。また呪いをかけられたら…」


「今回の件で、我々も色々と考えなくてはならなくなりました。しばらくはサザベルやマードリアと関わる戦いには行かないと思いますが、注意しておきます」







数日後、シューザの身体もすっかり元通りになったらしく、屋敷から少し離れた開けた場所で手合わせが行われることになった。

レオンとの時のように私が結界を張ることになったが、結界の周りには傭兵団のメンバー達がズラリと並んでいた。



「シェニカ、結界よろしくな」

まともな状態のシューザを見て『黒い悪魔』と呼ばれる理由がすぐ分かった。

色素がほとんどない青白い瞳はそのままだが、後ろで束ねた長い黒髪、上下とも黒い旅装束、その上から羽織った膝裏まである黒い上着、背中に携えた黒光りする長い剣と全身黒ずくめだった。





「シューザ、真っ黒…」



「ははは!『黒い悪魔』なんでね」

すっかり身体が戻ったのか、シューザの顔は精悍な顔つきになっていた。




「お前は菓子でも食ってのんびりしてろ」


「ルクト。張り切りすぎて地面穴ぼこだらけにしないようにね」


「あ?あー。まぁ覚えてたらな」

2人は隅っこで結界を張って座っている私から離れて対峙すると、途端に凍りつくような殺気がビリビリと襲ってきた。

その殺気は結界の外で見ていた傭兵たちにも届いて、ざわついていた声が一瞬で消えた。


音が消え、シンと静まり返った空気の中、剣すら抜かない2人は彫刻のように立っていた。
遠くから見ると、髪の長さや髪の色、服装、武器などは違うが、何だかこの2人背格好がよく似ている気がする。




動かなかった2人が突然地面を蹴って、剣を抜きながら同時に魔法を繰り出した。
剣より先に魔法がぶつかったらしく、砂嵐のような煙が巻き上がったと思うと、どこかでギィン!と鋭い音がしているから剣戟けんげきが始まったのだろう。


何が起こっているか分からないが、砂埃の向こうで空まで昇る激しい赤い炎と黒く光る雷のような閃光が何度も見え、ビリビリと肌を刺すような殺気と、荒々しく空気を震わせる振動が周囲に響く。




ギャラリーの傭兵たちも一言も喋ることなく、大人しくその行く末を見守っているようだ。


レオンとの時も激しかったが、シューザとの鍛錬もかなり激しい。
素人目にはレオンは豪胆さが見えた気がしたが、シューザはピンポイントで狙ってくるような鋭い攻撃をしているように見えた。




元々目つきの悪いルクトはより鋭い眼光に、精悍な好青年っぽいシューザの顔は目つきがルクトに負けないくらい鋭かった。

そしてやっぱり2人とも口元が邪悪に歪められていた。レオンも同じように鋭い目つきで邪悪に口元を歪めていたので、『悪魔』とあだ名のつく人はみんな同じなのかもしれない。


2人の鍛錬の様子を見ていると、動物で例えるとルクトは狼、シューザは鷹、レオンは獅子という感じがする。







ふと、結界の外にいるフェイドに目を向けると、フェイドもこの空気に触発されたのか、2人と同じように鋭い目をして口元をクッと上に引き上げていた。


ーーあんなに可愛い感じだったのに、戦場だと全然違うんだろうな。


マスコット的な可愛さは鳴りを潜め、完全に1人の傭兵の顔だった。その意外な変身ぶりに私は正直驚いた。







長い時間が経った頃、2人は満足したのか剣を鞘に戻し、汗を手で拭いながら私の方へと近寄ってきた。


「待たせた」

私は自分の周囲に張った結界を解くと、ルクトは私の手を引いて立ち上がらせた。




「結界ありがとう。おかげで久しぶりに良い汗かけたよ。鈍った身体もこれで元通りになったな」


「シューザ、もう大丈夫なの?」


「おかげさまでね。腹減ったろ?屋敷でメシにしよう」


結界を解くと、事の成り行きを見ていた傭兵団の人達がシューザの周りに一斉に集まって、拍手をしたり抱き付いたりして復活を心から喜んでいた。



「リーダー!よかった…!本当によかった!」


「これでもう大丈夫ですね!」



「あぁ、そうだな。お前らには心配かけたな」


シューザがそう言うと、傭兵団の人達は一際大きな歓声をあげた。

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